WLS国際私法U(2019年度)
(g):
君島憲和
(h):
君島憲和
(i):
箸本明雄
(m): 箸本明雄
(g)
1 契約の単位法律関係は「法律行為」であるから、その準拠法は法の適用に関する通則法(以下、「通則法」とする。)7条以下の規定により決定される。
2(1) d2契約、sd契約に準拠法の選択があった場合、通則法7条によりその選択した地の法が準拠法となる。本件では、両契約につき準拠法の定めはないことから、明示の準拠法選択は認められない。
(2) もっとも、通則法7条が当事者自治を趣旨とするものであることから、当事者の意思を尊重すべきであり、明示の意思だけでなく、黙示のものであっても当事者の現実的な意思であることが明確であれば足りる。
そこで契約当時における黙示の意思の存否を検討すると、d2契約は乙国市場についての甲国法人であるA社と日本法人であるB社の契約であり、sd契約は乙国市場についてのB社と乙国法人であるC者間の契約であるところ、これらの当事者の所在地が異なっており、契約の締結場所や代金の支払通貨等により特定の国の法を黙示的に指定したような事情もないことから、黙示の意思も認められない。
よって、本問において、黙示の準拠法選択も認められない。
3(1) このように当事者の準拠法選択がないことから、客観的連結を定めた通則法8条により準拠法を決定する。通則法8条1項は、「当該法律行為に最も密接な関係がある地の法による」とするが、かかる規定は具体的な連結点を定めることなく準拠法選択における基本的指針を示すにとどまっており、予測可能性に欠ける。そこで、2項3項で推定規定を置くことで、一定の法的安定性を確保しようとしている。
(2)特徴的給付の理論(通則法8条2項)
ア 特徴的給付の理論とは、当該契約に特徴的な給付をする者の所在地を契約の最も密接な関係地とするものである。特徴的給付とは、契約類型の中でその契約と他の契約を区分する基準となる給付であり、当該契約においてその給付をする側が特徴的給付をする者と推定される。
イ これを本問についてみると、まずd2契約は乙国市場における実用ドローンβの販売をB社に任せるものである。この契約により、B社としては、乙国内において法整備活動の促進、店舗用地の買収や店舗工事等を行う義務が生じ、A社としては、その資金の提供もしくはBの役務に対する対価としての報酬等、金銭を給付する義務が生じると考えられる。そして、βの販売という段階においては、A社はB社に対して乙国向けのβを提供する義務があり、B社にはこれを引き取る義務がある一方で、B社にはこのβのAB間の売買代金もしくは乙国における売り上げの納入という形でA社に金銭を給付する義務が生じるといえる。このような点からすると、d2契約では、金銭給付の反対給付としての給付が複数あり、また本件契約の特徴といえる給付も複数あることから、特徴的給付を確定できないといえる。また、sd契約においても、契約の主体がB社とC社に変わるだけで、内容は異ならないことから、この契約についても特徴的給付を確定できないといえる。
ウ したがって、特徴的給付の理論(通則法8条2項)によって最密接関係地法の推定はなされない。
(3)特徴的給付が確定できない場合は、最密接関係地法の推定がなされない以上、当事者の国籍、常居所、主たる事務所の所在地、契約目的物の所在地、契約締結地、契約目的の実現地、主たる債務の履行地などを総合考慮し、最密接関係地法を特定することになる。
本件におけるd2契約やsd契約は、甲国法人のA社、日本法人のB社、乙国法人のC社が主体となったものであり、それぞれの主たる事務所の所在地は異なり、また契約締結地も不明である。もっとも、これらの契約の目的は、A社がB社を通じてβの乙国市場におけるディーラー網を構築し、B社がC社を通じて乙国市場におけるサブディーラー網を構築することにある。このような事情からすれば、本件契約は、乙国市場でβを販売するためになされたものであり、契約目的の実現地は乙国であるといえる。
(4)したがって、d1契約及びsd契約の最密接関係地は乙国である。
4 以上から、これらの契約の準拠法は乙国法である。なお、通則法9条による変更があった場合、その法によることになる。
(h)
1 本件においてC社は、A社及びB社を指して、利益至上主義の冷酷な会社経営をしていると非難する声明文を甲国語、乙国語、英語でそのウェブサイト上に掲載している。これは信用毀損による不法行為と性質決定できるため、通則法19条が適用される。
2 通則法19条は、不法行為についての通則法17条の規定にかかわらず、「他人の名誉又は信用を毀損する不法行為によって生ずる債権の成立及び効力」は、被害者が法人である場合、その主たる事業所の所在地法によるとしている。これは、@被害者保護、すなわち、被害者の社会生活の中心地としてその者に最も密接な関係に立つ法を適用すべきであり、A名誉・信用毀損の場合、加害行為の結果は複数の法域で生じ得るとしても、通常は被害者の所在地において最も重大な社会的損害が発生していると考えられ、B加害者である情報発信者は、通常、その対象となる被害者の所在地を知っているか、少なくとも知っているべきであるから、加害者の予見可能性との関係でも一定程度の合理性を有するといえるという点に根拠がある。
したがって、本件ではB社は日本法人であり日本に主たる事業所があるから、準拠法は日本法になるとも考えられる。
3(1) もっとも、通則法20条は明らかにより密接な関係がある地がある場合の例外を設けている。そこで、通則法20条の適用の有無を検討する。
(2) この点、通則法20条は、例外の認められる2つの場合を列挙した上で、続けて「その他の事情に照らして」と規定していることから、これらが例示であることは明らかである。これは最密接関係地法の適用の確保を重視するものであるが、この規定の存在によって、不法行為になるかどうか、その場合にどのような責任が発生するかが不明確になるなど様々な弊害が生じ得るため、例示の場合はともかく、「その他の事情に照らして」別の準拠法が適用されることは慎重になされるべきである。
そのため、まず、BC間にはsd契約があることから、通則法20条にいう「当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたこと」に該当し、より密接な関係がある地があるといえるのではないかにつき検討する。
(3) 契約に基づいていかなる義務が発生するかは、契約の効力の問題であり、契約の準拠法によって判断される。本件sd契約の準拠法は問題(g)で検討したように乙国法である。仮に乙国法上、契約の相手方の信用を毀損することないよう配慮する義務についての規定がある場合には、契約当事者につきかかる義務が認められ、それに反して相手方の信用を毀損することは「契約に基づく義務に違反」したことになる。また、仮に、乙国法上、そのような義務についての明文の規定がなかったとしても、契約当事者間に要求される注意義務の一般規定の解釈から、相手方の信用を毀損してはならない義務が導かれ得るといえるので、それに反して相手方の信用を毀損することは「契約に基づく義務に違反」したことになる。
したがって、通則法20条にいう「当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたこと」に該当する。この点、インターネットを通じた信用毀損は世界中のどこからでも発信できることからすれば、乙国における発信のみを禁止する義務とはいえないが、本件sd契約が主たる義務の履行地を乙国としていることからすれば、乙国との関連性が強い。他方、本件の信用毀損行為は、日本語での掲載がないことから、日本法人たるB社が日本において大きな被害を受けるとは限らず、日本との関連性が強いとは言い切れない。
(4)よって、通則法19条により適用されるべき日本法よりも、乙国法の方が明らかにより密接な関係がある地法といえる。
4 以上から、通則法21条、22条が適用されるべき事情も見受けられない本問においては、B社の請求を判断する準拠法は乙国法となる。
(以上、君島憲和)
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[1] 松岡 博, 国際関係私法入門〈第3版〉,
有斐閣,
2012, p. 95.
[2] 中西 康・北澤安紀・横溝 大・林 貴美,
リーガルクエスト 国際私法〔第2版〕,
有斐閣,
2018, p. 225.
[3] 木棚 照一, 国際私法 プライマリ法学双書,
成文堂,
2016, p. 264.
[4] 松岡 博, 国際関係私法入門 第3版,
有斐閣,
2012, p. 99.
[5] 澤木敬郎・道垣内正人,
国際私法入門〔第7版〕, 有斐閣双書, 2014,
p. 190.
[6] 木棚 照一, プライマリ法学双書 国際私法,
成文堂,
2016, p. 294.
[7]
澤木・道垣内, 国際私法入門〔第7版〕, 有斐閣, 2014,
p. 235.
(i)
1 問題の所在
B社がC社に対してするsd契約の解除は、準拠法である日本法にもとづいて行われることになる。これに対しC社としては、日本法上、甲国大統領令は解除を正当化する事由にあたらず、B社の契約解除は無効であると主張することが考えられる。そこで、契約解除に際し、甲国の大統領令が適用され得るのかについて検討する。
2 当事者自治の原則とその修正
B社・C社間の契約は私法上の契約であり、B社が契約を有効に解除するためには、原則として準拠法上の契約解除原因が発生していることを要する。準拠法は日本法であり、甲国大統領令は日本法上の法規には当たらないため、甲国大統領令があったとしても、準拠法上何ら解除原因とはならないのが原則である。
もっとも、輸出入規制等の国家の経済的社会的法政策にもとづく公権力性の非常に高い法規(強行的適用法規)については、当事者の意思に関わらず適用されるのではないかについて検討する。
この点については、そのような「特別連結」を認めずとも、契約準拠法の解釈において、その事実的影響を考慮すれば足りると解すべきである。契約準拠法と法廷地法以外の「絶対的な強行法規の適用」は認めないとしつつ、第三国の強行法規の事実的影響は契約上の債務不履行における帰責事由の評価など、契約準拠法の枠組みのなかで評価することが可能であり、当事者間の契約について、あえて第三国の強行法規が直接規律することを認める必要性はないと解する。
「外国公法の適用いかんは内国の政策とも関わる問題であるため、その適用を当事者の意思に依存させるべきではない」として、契約準拠法とは別個独立に、「外国法規の適用意図」、「契約関係と外国との関連性」、「外国公法の目的・内容の受容可能性」を要件として、第三国の強行的適用法規の適用することを提唱する立場があるとされるが、上記の理由により妥当でないと解する(百選P.35参照)。
3 本件での検討
本件では、甲国大統領令は、甲国と乙国との間の安全保障上の対立を背景に発布されたもので、国家の経済的社会的法政策にもとづく公権力性の非常に高い法規にあたる。しかし、それは準拠法かつ法廷地法たる日本法上の強行法規ではなく、強行的に連結適用される理由はないと解する。従って、日本法上の解釈において、その事実的影響を債務不履行の帰責事由において取り込む等、契約準拠法の枠組みのなかで評価すれば足りる。
本件では、甲国の大統領令を受けて日本法において公法的強行法規が発動されている場合ではなく、甲国大統領令が直接に日本法人の行動を規律することを認める必然性はない。従って、甲国の大統領令はB社の契約解除を正当化することにはならない。[甲国大統領令違反に対する制裁が厳しいものである場合、日本法上、不可抗力の抗弁が成り立つこともあるのではないかと思われます。]
(m)
1 問題の所在
A社・B社間の契約準拠法は甲国法であるから、日本の法は適用されないのが原則である。もっとも、設問(i)で検討した通り、国家の経済的社会的法政策にもとづく公権力性の非常に高い法規(強行的適用法規)については、当事者の意思に関わらず適用されるのではないか。
この点、通則法1条が、「法の適用に関する通則について定める」と規定しているのは、「社会的、経済的その他の公的な目的から制定されている法律の適用を妨げるものではない」ことが暗黙の前提にあると解すべきであり、法廷地国における一定の強行法規については、当事者の意思に関わらず適用されるものと解する(入門P.177)。
2 絶対的強行法規の特別連結理論
この点、準拠法のいかんに関わらず適用される絶対的強行法規の例として、契約準拠法ではない日本の労働法の適用を認めた裁判例が存在する(東京地判昭和40年4月26日)。旧法例下の裁判例であるが、通則法12条にその考え方が受け継がれている。このような考え方は弱者救済を目的とした強行法規にあてはまるもので、通則法上、労働法のほか、消費者法についても明文の規定が置かれている。
「優越的地位」とは、個々の取引関係における相対的な地位の格差から生じ、資本力・販売力・信用力の差を背景に、容易に取引相手や取引内容を変更できない状況にある場合に認められる、独禁法上の法理である(有斐閣・法律学小辞典より)。「優越的地位の濫用」は、不公正な取引方法の一つとして禁止されるのであり、まさに弱者救済を目的とした法理である。そうすると、通則法上の明文の規定はないが、独禁法上の「優越的地位の濫用の法理」についてもその趣旨が妥当し、法廷地強行法規として適用が認められ得る。
3 本件での検討
本件についてみると、A社がB社に求めている支払いは、実際に引き取りをしていないドローンの代金支払いであり、優越的地位の濫用に当たり得る事例である。従って、日本の裁判所は、A社のB社に対するドローン代金支払い債務の有無について、日本の独占禁止法の優越的地位の濫用の法理を適用して判断をすることができると解する。
(以上、箸本明雄)
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参考文献
@ 国際私法入門(第8版) 澤木敬郎・道垣内正人著・・・・・入門
A ポイント国際私法 総論 道垣内正人著 ・・・・・総論
B ポイント国際私法 各論 道垣内正人著 ・・・・・各論
C 国際私法判例百選(第2版) 櫻田嘉章・道垣内正人編・・・・・百選