2006719

道垣内正人

 

2006年度前期「国際私法応用演習」(後半50点分)について

 

日本のA社は多分野へ事業を広げて一時は大きな利益を上げていたが、いくつかの事業部門が大幅な赤字に陥り、会社全体としての業績は大きく落ち込み、その再生を危ぶむ声も上がっていた。そのころ、甲国のB社は、A社の事業部門の一つであるトイ事業部門に目を付け、その部門だけの買収を企図していた。このトイ事業部門の中核は、アニメーション・キャラクターQを活用したものであり、自らQの人形を乙国所在の工場で生産して世界各国に販売している。また、A社は、Qの利用をコンピュータ・ゲーム、文房具、アパレルなどの分野で世界各国におけるビジネスを展開する事業を営むC社、D社、E社などにライセンスし、ライセンス料を受領している。

買収の方法について以下の2案に絞り込まれている。第1案は、A社の有するQについての各国法上の著作権、乙国所在のトイ生産工場とその関連施設、その他契約上の地位等を譲り受けるとともに、トイ事業部門の社員の移籍を受け容れるという方法である。これに対して、第2案は、A社のトイ事業部門を日本の会社法に基づいて会社分割をした上で、分社化されたトイ事業会社の株式をB社が現金で買い取るという方法である。

 

M&Aに係る法律実務経験の多い弁護士(複数)から頂いたコメントの一部:

 

Ø  キャラクタービジネスということでは、著作権もそうですが、普通は広く関連商品をカバーすべく商標登録してそれもライセンスの対象にすると思います。(でないとライセンシーも安心してキャラクター商品を売れませんので。)

 

Ø  「乙国所在のトイ生産工場」は、A社がA社の名義で直接所有し、運営しているということですね? 海外の支店・営業所という位置づけになると理解しました。通常は、この手のビジネスの場合、現地法人を作ってそこで工場を建てて人も雇うほうが多いと思いますので、そういうケースでは本国での対象事業の分割に伴って関連資産としてその現地法人の株式を承継取得する(資産譲渡の場合は直截に当該株式を譲り受ける)ことが大半かと思います・・・。

 

Ø  海外の事業が現地法人化されている場合に、売手の現地法人から買い手の現地法人(またはセットアップされた買収用ビークル)に、営業譲渡するというような取引も実務的にはあるようです。ただ、この場合は、マスターの契約で全世界での営業譲渡について規定するとともに、個別に各国ごとに営業譲渡契約を結ぶことが多いのではないかという気がします。

 

Ø  問題2のところは、どの資産や権利・義務の承継を論じるのか、特定されてはどうでしょうか。・・・単なる日本法上の問題としても、契約か債権か不動産かによって取引の完了に必要な手続が違いますし、海外の資産・契約・権利義務等については会社分割の効力が当然にはおよばず個別の移転手続が必要になるというということだと、個別の移転手続に何が必要なのかという話しになりますが(そこから先は問題の射程なのかもしれませんが)、海外では株式の移転に監督官庁の認可が必要な国もあって・・・、というようなことになります。

 

Ø  これは学生さんには難問のように思いますね。新人研修でやらせて見たいものです。

 

問題1

 第1案において、A社の有する世界各国の著作権法上のQについての著作権、乙国所在の土地・建物・機械その他の備品、A社トイ事業部関連の売掛債権・債務(準拠法は様々)、以上を一括してA 社からB社へ譲渡することを主たる内容とする一括譲渡契約(日本法を準拠法とする条項が置かれている。)を起草中である。この譲渡について日本の裁判所で争いになった場合に有効でありかつ執行力ある判決を得ることができるようにすることを確保するために、この一括譲渡契約が日本法上有効であることに加えて、どこの国の法律上どの点が有効であることが必要か。

(なお、社員の移籍問題については触れる必要はない。)

 

1.       A社トイ事業部門関連資産・負債の一括譲渡契約(=日本法準拠法)でカバーされる事項は何か。

 

一括譲渡契約は債権契約にすぎず、A社とB者間の債権債務関係だけを対象としている。したがって、譲渡対象とされる次のものについて、AB間では譲渡を債権的に約束していても、第三者との関係における権利の譲渡の有効性の問題は別であり、これは別の単位法律関係として別の連結点により準拠法が定められる。

(1) 著作権の譲渡

(2) 不動産・動産の所有権譲渡

(3) 売掛債権の譲渡

(4) 売掛債務の引受け

(5) (ライセンス契約上の地位の譲渡)

 

2.       これらの事項についての準拠法は何か。

 

(1) 著作権の準物権的側面

 

条理(通則法13条を無体物に当てはめた場合のあるべきルール)により、保護国法による(ベルヌ条約52項参照。これ自体は不法行為準拠法の定めか?)。したがって、各国の著作権法上、当事者間・第三者との関係において著作権譲渡が有効とされるために要求される要件を具備しなければならない。

 

第五条 〔保護の原則〕

(1)

著作者は、この条約によつて保護される著作物に関し、その著作物の本国以外の同盟国において、その国の法令が自国民に現在与えており又は将来与えることがある権利及びこの条約が特に与える権利を享有する。

(2)

(1)の権利の享有及び行使には、いかなる方式の履行をも要しない。その享有及び行使は、著作物の本国における保護の存在にかかわらない。したがつて、保護の範囲及び著作者の権利を保全するため著作者に保障される救済の方法は、この条約の規定によるほか、専ら、保護が要求される同盟国の法令の定めるところによる。  (3項以下、略。)

裁判例:

東京高判平13・5・30判時1797111、国私百選47事件---著作権の譲渡の準拠法は、譲渡の原因関係である契約等の債権行為と目的である著作権の物権類似の支配関係の変動とを区別し、それぞれの法律関係について別個に準拠法を決定する。後者の著作権の支配関係の変動については、第三者に対する排他的効力を有するから、物権について所在地法が適用されるのと同様、保護国法が準拠法となる。(契約の準拠法である日本法上契約は有効であり、保護国法である日本法上、契約の締結により著作権は直ちに移転すると判示。傍論において同旨、東京高判平15・5・28判時一八三一・一三五、重判平15国私四)

 

なお、東京地判平16・5・31判タ1175265---著作権に基づく差止請求は、著作権の排他的効力に基づき著作権を保全するための救済方法であるからベルヌ条約五条二項が適用され、また、著作者の死後における人格的利益の保護のための差止請求及び謝罪広告請求は、著作者の権利を保全するための救済方法であるから同条約六条の二第三項が適用され、いずれも保護が要求される国の法による。他方、著作権侵害、著作者人格権侵害及び名誉毀損を理由とする損害賠償請求の性質は、不法行為であるから法例11条[通則法17]による。(いずれも日本法が準拠法となるとし、一部の請求を認容した事例)

 

(2) 不動産・動産の所有権譲渡

 

通則法13条により、目的物所在地法による。したがって、乙国所在の土地・建物・機械その他の備品の譲渡については、当事者間・第三者との関係において乙国法上要求される物権法上の要件を具備しなければならない。

 

(3) 売掛債権の譲渡

 

債権の譲渡可能性・債権譲渡当事者間で有効に譲渡するための要件については、当該債権自体の効力の問題とされ、当該債権自体の準拠法による。また、債権譲渡の第三者に対する効力についても、通則法23条により、当該債権の準拠法による。したがって、売掛債権の準拠法が様々であれば、それぞれについてその準拠法により、これらについて有効な譲渡とされるために要求される要件を具備しなければならない。

 

(4) 売掛債務の引受け

 

債務引受けについては明確な条文がないので、通則法23条を類推して考える必要がある。当該債務自体の準拠法によることになろう。 

 

(5) (ライセンス契約上の地位の譲渡)

 

契約上の地位の譲渡は、債権譲渡と債務引受の集合体であり、上記(3)(4)の議論から、ライセンス契約の準拠法による。

 

3.       なお、社員の移籍については、問題1の範囲外としているが、個々の社員との交渉により、移籍を承諾する社員のA社退社の手続をとるとともに、B社との新規雇用契約を締結しなければならない。その準拠法については、新たに通則法7条・8条・12条により定まる。

 

問題2 

 第2案を実行しようとする場合、日本法の定める第三者保護手続(債権者保護手続)を踏むだけでよいか。そうでないとすれば、どの点についてどの国の法律上問題がないようにしておく必要があるか。

 (なお、社員の移籍問題は問題3で論ずること。)

 

1.       日本の会社法上の会社分割の効果は、事業に係る資産・債務の準拠法いかんに関わらず発生するか、それとも、問題1と同様に個々の資産・債務の準拠法上の要件具備が必要か。

 

日本法人であるA社の会社分割自体について日本法によるのは、明文の規定はないが、法人の組織法上の問題は当該法人の設立準拠法によるからである(本拠地法ではなく、設立準拠法によると考える理由は、会社の設立そのものの根拠法であるということに加え、会社法2条2号が外国の法令に準拠して設立された会社等を外国会社と定義していること、会社93311号が外国会社について設立準拠法を登記事項としていること等にある)

 

会社法上の会社分割:制度目的は個別の移転手続を要することなく、事業に係る権利・義務の包括承継の効果を発生させ、事業再編を容易にすることにある。

 

n   会社法優先説

会社法の公的目的の強さから、日本から見る限り、個別の準拠法いかんに関わらず、会社法上の効果が発生すると考える。

 

実質的に考えても、日本法上の債権者保護は合理的であり、問題ない。

 

ただし、著作権・不動産の譲渡の第三者対抗要件については、各準拠法上の措置をとる必要がある? 

 

n   個別準拠法優先説 

 

会社法上の資産・債務の承継が生ずる旨のルールは、会社法上の規定ではなく、日本の物権法、債権法等の規定とみるべきであり、それらは個別資産・債務等の準拠法が日本法である場合にのみ適用されることになると考え、それらの事項についての準拠法が外国法である場合には、それぞれの外国法次第となると考える。

 

後者が説得的か。

 

2.       日本法人である新設分割設立株式会社の買収

 

新設分割設立会社の株式の売買契約自体は債権契約として通則法7条・8条により定まる準拠法によるが、株式の譲渡が対世的に有効とされるためには、当該会社の設立準拠法である日本法による。

 

なお、B社として、重要な財産の譲受け等の理由により、その設立準拠法である甲国法上何らかの手続を要することとされていれば、その要件を満たす必要がある(日本法上は会社法36241号により取締役会決議を要するとされる可能性がある。)

 

問題3

 第2案について、労働者保護の点についてはどうか。

 

1.       通則法上、労働契約の準拠法はどうなっているか。

 

第一次的には通則法7(9)123項で定まる労働契約の準拠法により、それに加え、通則法12条1項・2項に基づき、労働者が当該労働契約の最密接関係地法(原則として労務提供地法と推定される。)中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思表示を使用者に対して表示した場合には、その規定も適用される。

 

もっとも、これとは別に、絶対的強行法規と呼ばれる公益性のより強い法規については、それ自身の法目的に応じて地域的適用範囲があり、上記の国際私法ルールとは別に適用される。

 

会社分割に伴い承継が問題となるA社の社員は、日本の本社のトイ事業関連部門に主として従事する者と、乙国所在のトイ工場においてトイ事業関連部門に主として従事する者であり、後者には日本の本社からの出向者と現地採用の労働者がいることが予想される。

 

日本の本社社員及び日本から乙国工場への出向者の労働契約準拠法はおそらく日本法であろう。これに対して、乙国工場での現地採用社員の労働契約準拠法はおそらく乙国法であろう。

 

そうすると、労働契約準拠法と労務供給地法とがずれるのは、日本から乙国工場への出向者ということになり、彼らについては、日本法に加え、乙国法上の強行法規による保護を主張すれば、それが与えられることになる。その他の社員は、それぞれ日本法と乙国法のみによる。

 

絶対的強行法規については次の項参照。

 

2.       会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(以下、労働契約承継法という。)の法的性質は何か。絶対的適用法規の場合、その地域的適用範囲はどうか。

 

労働契約承継法が、労働契約準拠法が日本法である場合に適用される通常の私法であれば、労働契約準拠法が日本法である前者の社員にのみ適用され、労働契約準拠法が乙国法である後者の社員の多く(日本からの出向者は日本法が準拠法であると思われるので適用される。)には適用されないことになる。

 

労働者承継法が絶対的強行法規であり、属地的適用範囲を有するとすれば、日本で働く社員には労働契約準拠法のいかんに関わらず適用され、乙国で働く社員には適用がないことになる。

 

乙国で働く日本からの出向者に対しては労働契約承継法が適用されてしかるべきであると考えられ、ということは、同法は、労働契約準拠法が日本法である社員および労働契約準拠法が外国法であっても日本で働いている社員に適用があると解することになる。

 

3.       新設分割設立会社のB社による買収の際の社員の処遇

 

いかなる保護があり得るかは、第一次的には通則法7(9)123項で定まる労働契約の準拠法により、それに加え、通則法12条1項・2項に基づき、労働者が当該労働契約の最密接関係地法(原則として労務提供地法と推定される。)中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思表示を使用者に対して表示した場合には、その規定も適用される。

 

株主の変更に過ぎないので、乙国法上も、おそらく特別の保護は与えられないものと思われる。