国際私法基礎A/B-2006年度冬学期試験問題解説
道垣内正人出題 2006年12月26日-31日実施
1. 相続事件
乙国人 甲国人 日本人
2年前41歳で死亡 現在45歳
B ------------- 亡A ======== Y1
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X Y2・Y3
甲乙二重国籍 甲国人・甲国人
5歳 19歳・16歳
Aは、「ここ5年間は、年間300日程度、乙国で生活」。
財産
・日本にある5億円の不動産(下記(2)(b)の1億円相当の石碑を含む。)
・日本の証券会社の口座にある3億円の投資信託。
・乙国のB宅にある2億円の書画骨董。
・日本の銀行からの借入金3億円。
(1) 先決問題・婚姻の有効性・死後認知
(a) 先決問題
Xの考えは、準拠法所属国実質法説
最判平成12・1・27(民集54巻1号1頁)---判例への言及は不可欠
先決問題不存在説の実質的理由:
@ 何が先決問題となるかは本問題の設定の仕方次第であり、操作可能。
A 同じ問題は常に同じように処理することが法的安定性に繋がる。
(b) 通則法24条1項は、配分的適用を定めている。
考え方の主な対立
α説: 一方要件は一方の当事者の本国法のみにより、
双方要件は双方の本国法を累積適用する。
β説: 全面的に双方の本国法を累積適用する。
なお、最判平成3・9・13(民集45巻7号1151頁)は、認知による非嫡出親子関係の成立について認知者と被認知者の本国法を配分的に適用していた平成元年改正前の法例旧18条1項のもとでの認知無効請求について、一方の本国法により無効になるときは他方の本国により無効とはならないときでも無効となると判断しており、β説を支える根拠になるとの指摘もある。
日本法によれば、民法731条違反の場合の取消しをXが求めることはできず(744条1項)、また、すでに適齢に達しており(民法745条)、Aは死亡しているので(民法744条1項但書)、いずれにしてもA・Y1の婚姻が取消されることはない。
これに対して、Aの本国法である甲国法は男女ともに19歳を婚姻適齢としており、婚姻適齢を欠く婚姻は無効であり、日本民法744条1項但書・745条のような規定はないとされている。
α説によれば、婚姻適齢が一方要件か双方要件かが問題となるが、男性の適齢は女性の側の一方要件と考えると考えれば格別、そうでない限り、α説によっても、β説によっても、Aが18歳であった点において甲国法によればA・Y1の婚姻は無効であって、治癒される余地はないことになる。
そこで、このような外国法の適用結果が通則法42条の公序則に照らしてどう判断されるかであるが、ここ5年間は乙国での生活が年間300日程度になるとしても、25年前から生活をともにし、2人の子もいて日本に不動産等所有をしているというA・Y1の関係は日本と極めて密接に関係しており、今になって、その婚姻を25年前に婚姻適齢を欠いていたことを理由に無効とするという結果は日本としては受け容れることができないものであり、公序違反であると判断して、この婚姻を有効と扱うべきであろう。
(c) 方式についての通則法24条3項但書の定めは国際私法規定であり、その適用の結果、本件婚姻の方式は日本法に適合していなければならないのに、日本法により求められる婚姻届を提出していないので婚姻不成立とされるのであるから、通則法42条が対象とする外国法の適用結果が公序違反となる場合とは異なる。論旨は国際私法の立法論であって、解釈論としては、通則法24条3項但書の通り、本件婚姻は方式を欠き有効とはいえないと判断されるべきである。
なお、この公序違反の主張が国際公序の存在を前提としている場合の反論、また、民法90条に基づく場合の反論もしておくと丁寧。
(d) 日本民法では787条但書により、死後3年を経過したときは死後認知請求をすることができないが、甲国法によれば、死後認知は、認知請求者が父の死亡を知ってから1年間しか許されない旨規定されており、本件ではY2・Y3がAの死亡を知ってから2年半が経過している。そのため、死後認知請求ができないという外国法の適用結果は公序違反となるかは、日本の法秩序として、死後認知請求を死後2年半経過してしまうと認めないという法改正があり得るか否かを考えることで判断の指標とすることができよう。現在の3年間という期間は絶対的なものとは解されないので、死後2年半が経過している本件で死後認知請求ができないという結論は必ずしも公序違反とはいえないように思われる。
ただし、本件では、婚姻は有効であると信じてこれまで生活してきており、Xの婚姻は有効とはいえないとの主張に対しても、A・Y1婚姻は有効であるとの立場を維持して争っているという事情を考えると、この2年半の期間において死後認知請求の訴えを提起すべきことをY2・Y3に期待することはできない特殊な事情があるということができ、にもかかわらず、A国法によれば死後認知請求ができないという結論は公序違反と判断する余地が相当にあるように思われる。
(2) 反致(通則法41条)
(a) 不動産以外の相続についての部分反致の成否の判断における「常居所」
通則法36条は本国法によるべき場合であるので、反致の規定(41条)の適用が問題となる。Aの相続の準拠法所属国である甲国の国際私法によれば、不動産の相続はその不動産の所在地法によるが、不動産以外の相続は被相続人の常居所地法によるとされているとするとすれば、部分反致の問題である。部分反致を否定する見解もあるが、単位法律関係の大きさにはずれがあるのがむしろ普通であり、常に部分反致となると言うこともでき、41条がある以上、部分反致否定論は成り立たない。
不動産以外の相続について日本法への反致が成立するか否かは、Aの常居所が日本にあったということができるか否かにより、これは反致の成否の判断であるから、甲国の国際私法上の常居所の基準による(日本の法務省通達やハーグ相続準拠法条約3条(2)(死亡の直前5年以上の期間居住していた場合に常居所地法による旨を定める規定)を引用する場合にも、あくまで参考資料として位置づけることが大切)。
本件では、「ここ5年間は、年間300日程度、乙国のB宅で生活をしていた」のであり、Bは少なくとも5年以上前から特別の関係にあり、Bとの間の現在5歳になっている子がいるという実質的な関係もある。このような状況のもとで、なお、Aの常居所が日本にあるか否かであるが、この「常居所」概念は反致の成否を判断する基準であるので、日本の国際私法上のものではなく、甲国の国際私法上のものであることは確かであるが、それでもおそらく、Aの常居所は乙国にあるとされ、日本にはないとされるであろうと解される。したがって、不動産以外の相続について反致は成せず、甲国法によることになる。
(b) 不動産相続についての部分反致の成否の判断における「不動産」
反致の成否を判断するためであるから、甲国の国際私法上の概念である「不動産」の基準に従うべきである。甲国法によれば、「不動産」とは全く移動することができないもののみを指すとされていることが、実質法上の定義か国際私法上の定義か明確ではないが、たとえ前者であるとして、国際私法としてもそのような定義を前提としているものと解される(そうでなければ、自国所在の不動産の相続について混乱が生ずるであろう)。
本件の石碑がたとえ重さ約2tであるとしても動かすことは不可能とはいえず、事実、博物館が購入を希望しているとすれば、甲国法上の不動産には含まれないと解される。したがって、石碑の相続について反致は成立せず、甲国法によることになる。
(c) 計算
(a)・(b)によれば、不動産相続については日本法により、不動産以外の相続については甲国法によることになる(動産には石碑が含まれる)。負債は不動産ではないので、後者に含まれ、甲国法によることになる。
日本は包括承継主義を採用しているが、甲国では、相続について精算主義が採用されている。したがって、日本においても、相続財産管理人を選任して、プラスの遺産からマイナスの遺産(負債)の弁済を行う必要がある。手続費用はゼロという前提であるので、下記の通りの金額となる。
・不動産:4億円(1億円相当の石碑の除く)
・不動産以外の財産:石碑1億円+投資信託3億円+書画骨董2億円-負債3億円=3億円
不動産を換価した4億円についての相続準拠法は日本法、不動産以外の財産を換価した3億円についての相続準拠法は甲国法。民法900条1号及び4号但書により、Y1に50%、残りを子で分けるが、Xは非嫡出子であるので、Y2・Y3の相続分の半分となる。これに対して、不動産以外の財産を精算し、換価した3億円については、Y1、Y2、Y3、X、各25%となる。下記の表の通りである。
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Y1 |
Y2 |
Y3 |
X |
不動産を換価した4億円 |
日本法による相続分 |
50% |
20% |
20% |
10% |
金額 |
2億円 |
8000万円 |
8000万円 |
4000万円 |
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不動産以外の財産を精算・換価し3億円 |
甲国法による相続分 |
25% |
25% |
25% |
25% |
金額 |
7500万円 |
7500万円 |
7500万円 |
7500万円 |
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合計金額 |
2億7500万円 |
1億5500万円 |
1億5500万円 |
1億1500万円 |