国際関係私法基礎2007
長島匡克
基本方針
(1)
専属管轄の合意を覆し、日本で裁判をできないか。(日本で裁判できなかったら、公益通報者保護の規定でXを擁護できなくなる。)
(2)
解雇を無効とすることはできないか。
解雇が有効である場合にはなんらかの金銭的な補償を得ることはできないか。
問題1(1)上記のP条があっても、Xは日本の裁判所にY社を被告とする解雇無効確認の訴えを提起することができるか。
1. 「専属的管轄合意がある→NYで裁判を行う」を覆すために、「専属的管轄合意の成立もしくは効力を否定する」ことができないか。
A)
成立について
合意の実質的成立要件は、国際民事訴訟の考え方によって判断される[1]。判例(最判S50.11.28民集29.10.1554 以下「@判決」)は、合意の成立は民訴法11条2項の書面性の要件を緩めているが、本件では以下のように書面があるので、専属的管轄合意が成立したことが認められる。
専属管轄の合意(契約書P条)
Article P: Any dispute arising out of or in connection with this employment
contract shall be solely resolved through a legal proceeding before the courts
located in the city of New York, which shall have the exclusive jurisdiction over the dispute.
※札幌高裁S45.4.20は、国内の専属的管轄の合意において、「保険契約ニ関スル訴訟ニ付テハ当会社ノ本店所在地ヲ管轄スル裁判所ヲ以テ合意ニヨル管轄裁判所トス」との合意を付加的合意と解して、消費者を保護したが、本件においてはexclusiveという単語から、このような解釈はできない。また、国際間での移送は認められていないため、民訴法の20条での移送も認められない。
B)
効力について
この合意の成立について、@判決は
(1)「ある訴訟事件についての我が国の裁判権を排除し、特定の外国の裁判所だけを第1審裁判所と指定する旨の国際的専属的裁判管轄の合意は、(イ)当該事件が我が国の裁判権に専属的に服するものではなく、(ロ)指定された外国の裁判所が、その外国法上、当該事件につき管轄権を有すること、の2個の要件を満たす限り、我が国の国際民訴法上、原則として有効である」
(2)「国際的専属的裁判管轄の合意は...はなはだしく不合理で公序法に違反するときなどの場合は格別、原則として有効と認めるべきである。」
としており、(1)でこの(イ)、(ロ)の2要件を満たせば、専属的管轄合意が「妨訴抗弁」となり、合意裁判所がその事件に対して裁判管轄権を行使しうることを条件として原則として「妨訴抗弁」となる。本件については、この原則に従えば、P条の合意は妨訴抗弁になり、日本の裁判所に訴えを提起しても、訴えの利益なしとして却下されることになる。
ただし、本判決は、(2)で
「管轄の合意がはなはだしく不合理で公序法に違反するときなどに当たる場合」
には、例外として効力を有しないとしている。
C)
@判決の評価
学説の多数説もおおむね判例を支持しており、その消極的要件の具体化を試みている。一方、これに反対する説得的な学説が、日本における権利義務の確定という見地から、「日本で執行と承認がなされること」を要求する[2]が、本判決においては「(ロ)の要件を欠く場合とは異なり、権利の実現が全く閉ざされることとなるものではな」い、と判示してその考え方を採用しないことを明らかにしている。[3]
したがって、「国際管轄の合意」についての問題はこの判断枠組みで判断されることになろう。
2. 争点:問題を残すのは公序の意味である。<本件の事情は例外事情に当たるか>
A)
本件は労働契約であるので、この例外事情にならないか。
特に注目すべきは、@判例は、契約自由の原則が支配する国際商事契約であったことに対し、本件は、契約自由の原則が妥当しない労働契約であるという点である。労働契約は当事者間に力の差があるため、対等な2当事者間の契約である国際商事契約とは異なることになり、判断枠組みが異なるのではないか、あるいは例外事情に当てはまるのではないか。
B)
労働契約の際の専属的合意管轄の裁判例
そこで、国際労働契約に関する裁判例で上記「公序」を検討したものとして、東京高裁H12.11.28判時1743.137(ユナイテッド航空事件、以下「A判決」)がある。この裁判例で、
【事案】日本人Xがアメリカのデラウェア州法人のY会社と契約をして、航空機の客室乗務員としての雇用契約を締結した。Xは試用期間中に、Yの上司から自主退職を勧められ、退職届を作成してYに提出した。このような退職には納得ができないとして、東京地裁に、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と、退職届を出した日以降の賃金の支払いを求めた。
なお、XとYとの契約には、米国連邦裁判所ないしイリノイ州裁判所を専属的管轄裁判所とすることが記載されていた。
【判旨】専属的裁判管轄の合意の成立に関しては、Yが説明会を開いていた点、Yの担当者が質問を受け付ける態度であった点、本件雇用契約の内容がAFAという労働組合との協定に一定程度拘束されている点、Xの英語能力では理解できる内容であった点を考慮して、合意管轄は成立したとした。
一方、その合意の効力については、労働者が契約締結を強いられたところは見受けられない点、アメリカで訴訟追行された場合のXの不利益を承認した上でXは契約を締結したものと見られてもやむを得ない点、米国に本拠を有し、世界のあらゆる地域において輸送業務を営んでいるYが、日本において客室乗務員を採用する際に、雇用条件に関する裁判管轄を米国の裁判所に帰属する旨の契約を締結する自由を否定される理由は見出しがたい点等を考慮して、本件におけるYの主張を権利の乱用と評価することはできないとした。
C)
A判決の評価
A判決は、@判決の判断枠組みにより、その中での例外事情について判断し、その結果「公序」を厳しく認定した。
この判決を乗り越えるには、2つの方法が考えられる。
<事案の相違性について>
(1)労働契約とはいえ、AFAという大きな労働組合と会社との労働協約の適用があったのであり、使用者と一労働者、という関係ではなく、当事者間の力の差はほとんどなかったといえること
(2)労働契約の締結の際に、説明会を開き、また個別に質問に応じる姿勢が会社側にはあったこと。
(3)労働者が客室乗務員であり、主たる労務地が必ずしも日本であるとは言えなかったこと
の事情があげられる。
そうすると、本件においては、Xからより詳細な事実を確認する必要があるが、
(1)少なくともXの主たる労務地は日本であること
(2)公益通報者保護法の判断も求められていること
という事情があり、当然にA判決のように判断されるわけではない。
<判決の不当性について>
@判決は、商事契約についての判例であり、A判決がその判断枠組みを当事者の格差のある本件にそのままあてはめたのは不当である。なぜなら、比較法的に見て、ヨーロッパの労働裁判に関する管轄合意(ブリュッセルT規則)は、労働者に有利な合意のみを認めており、当事者の合意を制限する方向にあること、また、実体法上の一定の強行法規が置かれている場合、それが外国裁判所の管轄合意により潜脱されることがあり得、妥当でない。これは公序違反とは別の問題であるとも批判できるからである。[4]
※Yに対して予測可能性を与えず、不合理であるとの主張には、Xの前の勤務地のイギリスは、ブリュッセルT規則に加盟しているという事情も考慮すべきである。それを考えると、Yにとって、日本での裁判を認めることが特別な不利益であるとはいえない。
3. 勝算(私見)
判例としての@判決、労働契約についてA判決がある以上、本件において日本に管轄があるということは厳しいように思われるが、本件において解雇原因が公益通報にあると思われるので、専属的管轄合意を有効にして日本での裁判を避けることが公序に反するとの主張もできると思われる。NYの裁判所でNY法に基づいて裁判ができることになれば、公益通報者保護法の、公益通報の促進し国民の生活の安全や社会の健全な育成という目的が達成されなくなり、日本の公益に大きな損失を被ることも考えられるからである。
したがって、公益通報者保護を中心に論じることで、裁判所は管轄合意を無効とせざるを得なくなると思われる。
4. 専属管轄合意が無効であったら
公序法に反して無効とされた場合には、専属管轄の合意がないことになる。その場合は、最判S56.10.16民集35.7.1224「マレーシア事件」の基準に従って「条理」(当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念)で判断することになり、特段の事情がない限り[5]、労務の提供地であり、かつ証拠も多数ある日本で裁判をすることができる。
(2) (1)について日本での裁判が可能であると仮定して、Q条があっても、Xが日本法に基づく何らかの保護を求めることができるか。
Article Q: This employment contract is governed by the laws of New York.
1. 準拠法はなにか
まず、単に単位法律関係を決定する必要があるが、これは労働契約と解される。労働契約とは、通則法12条には労働者・労働契約の定義がなく、解釈に委ねられているが、対価を得て指揮命令に従って労務を提供するものを労働者、そのことを定める契約を労働契約と解すことになる[6]。したがって、報酬の額を得ている外国事務所の責任者も、労働者となる。本件Xも、給与体系が完全歩合制で、Y社日本支社の幹部ではあるが、この労働者に当たると解される。
12条1項は労働契約の成立および効力についても、通則法7条による当事者自治が認められていることを前提としている。そうだとすれば、Q条がある限り、NY法を準拠法にすべきである。成立に関しては争いがないと思われる。それに加えて、12条1項で、最密接関係地(2項で労務の提供地に推定される。本件では日本法)に規定されている強行法規も適用される。さらに、より公益性の強い絶対的強行法規は国際私法とは別に、目的にあわせ属地的に適用される。
2. 通則法12条の強行規定と絶対的強行法規の関係。
通則法12条にいう強行規定とは、労働契約の成立または効力に関する規定のうち、当事者の意思によっては排除できないものを意味する[7]。
通則法12条は、絶対的強行法規とはその適用根拠や適用範囲を異にする。絶対的強行法規の適用は、強い強行性を有しているかが問題となり、それが肯定されれば当然に適用され、通則法12条は、当事者による準拠法選択の際に往々にして力の強い使用者に有利な法選択がされる点を問題とし、その最密接関係地法中の強行規定であれば、法廷地でなくとも、また絶対的強行法規でなくとも、その適用を求める労働者の意思表示によりその適用を可能とするものである[8]。すなわち、通則法12条の強行規定=絶対的強行法規ではなく、互いに排除するものではない。したがって、それぞれ検討すればよい。
3. 公益通報者保護法違反
i.
本件においては、Xは、本件解雇の理由はY社日本支社の活動について金融商品取引法に違反すると思われる事実をXが日本の金融庁に通報したことにあると主張しているため、公益通報者保護法違反の解雇が疑われる。公益通報者保護法の法的性質はなにか。
公益通報者保護法は、その3条において、公益通報を原因とした解雇を禁じている。この法律の目的は、事業者による不正が頻発し、それによって国民の生命、身体、財産、その他の利益が侵害されていることから、公益通報者保護法を成立し、公益通報を促進し、よって国民の生活の安全、社会経済の健全な発展を目的としたものである。この法律の保護法益は、国民生活の安全、社会経済の健全な発展にある。[9]
つまり、この法律は絶対的強行法規と解される。したがって、準拠法であるNY州法では適法な解雇であっても、公益通報者保護法の要件に当てはまれば、当然に公益通報者保護法が適用され無効としうる。
ii.
公益通報者保護法の解雇無効の要件は[10]
@解雇の理由が公益通報をしたことであること
A不正の目的の通報ではないこと
B行政機関への通報については、(1)通報内容の真実相当性、(2)外部通報の相当性
である。
Xの公益通報が、以上の要件を満たしていれば、解雇は無効になる。
要件@については、Yの主張する解雇理由(Xの勤務成績が落ちていること、ある巨額の損失を与える案件での取引の責任者であったこと)が、公益通報を理由とする解雇を隠すための表面上の理由としても考えられるので、見極めが必要である。
なお、Yの本件の公益通報は「Y社が金融庁から何ら制裁を受けていないことから分かるように、Xの思い違いである」との主張は、真実と信ずるに足りる相当な理由があれば、3条2号の要件を満たし、解雇は無効となる。この点については、Xに詳しく聞く必要があろう。
iii.
無効となった場合
この場合は、それまでの賃金と、損害が立証可能であれば、不法行為に基づく損害賠償請求もできるだろう。
4. 労基法18条の2違反
i.
Xの公益通報の要件は厳しいため、これを立証しきれなかった場合でも労基法18条の2の適用がある。[11]
そこで労基法18条の2の解雇権濫用法理を適用できないか。
ii.
(ア)労基法の規定は絶対的強行法規あるいは通則法12条1項にいう強行法規となるか、(イ)本件Xのような労働者に対しても労働法の適用があるか、が問題である。
(ア)に関しては
(a)
準拠法選択のアプローチを採用し、労働契約の規制については通則法7条により決する
(b)
地域的適用範囲確定のアプローチを採用し、労基法は「公法」ないし絶対的強硬行法規として直接的に適用されるとする見解
(c)
労基法の中でも、行政庁の行為や労使協定が私法上の効果発生の要件となっている場合に限って絶対的強行性を肯定する見解
の対立がある。[12]
これについては、労基法が雇用契約の自由を社会政策的な目的を根拠に一定程度制限している点、刑罰や行政取り締まりが制裁として科している点を考えると、(b)と考えるのが妥当であろう。その結果、NY州法を準拠法にしている本件でも、労働基準法の考え方をオーバーライドしていける関係規定が、重ねて適用される。
(イ)に関しては、労基法の対象でないという裁判例(東京地裁S44.5.14判時568.87「B判決」)がある。
【事案】ゼネラルマネージャーとして日米の支店および本社から給料を二重にとり、子女の教育関係費用を受け、家具付き建物、自家用自動車一台を無料で使用できるという雇用契約をしていたAが突然の解雇をうけ、家屋の明け渡し請求をB会社から受けた。
【判旨】労基法の対象としている労働者は、日本の雇用形態がいわゆる年功賃金を前提とした非流動的な労働市場であることを前提とし、いったん解雇されると社会生活上著しい打撃を受けるために、それを保護する目的で解雇事由の原則に対し一定の制限を加えている。したがって、Aのような労働者に対する突然の解雇は、解雇権濫用とはいえない。
また、労基法9条の「労働者」について、「使用者の指揮監督かに労務を提供し、使用者から労務に対する対償としての報酬を支払われる者をいう」(横浜地裁H16.3.31労判876.41)のである。
本件についてみると、Xは以上の2つを総合して、XはY社日本支社の幹部ではあるがゼネラルマネージャーとまでの地位にはなく、賃金も1億もらってはいたが、完全歩合制ということであり、「労働の対価」としての報酬をもらっていると考えられる。したがって、B判決の射程には入らず、労基法の適用になると考えられる。
iii.
そこで、労基法18条の2の要件「客観的に合理的な理由を書き欠き、社会通念上相当であると認められない」ことを立証して、Y解雇権の濫用を主張する。
5. 解雇が有効とされた場合、なんらかの保護を求めることはできないか。
l
労基法20条1項により30日間の賃金の請求をできる。
労基法がXにも適用される前提をとれば、Xは突然解雇され、その解雇日までの給与しか支払われていない。したがって、20条1項違反であり、30日分以上の平均賃金を求めうる。
l
不法行為に基づく損害賠償も、解雇権濫用がない限り違法性が認められず、それはできない。
6. 勝算(私見)
以上のところことから、解雇の無効を手にするには、「当該解雇が公益通報を原因とするものかどうか」がもっとも大きな争点である。公益通報者保護法の要求する要件を満たしていない場合には、認められる可能性は厳しいかもしれない。
しかし、少なくとも30日分以上の平均賃金を得ることはできるだろう。
*上記のうち、赤字部分は道垣内による事後修正です。
[1] 通説・判例。道垣内正人・注釈民事訴訟法(1)112頁など
[2] 澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門(第6版)』有斐閣双書
[3] また、管轄合意の合意形成過程の形骸化を理由に合意された法廷地と事案との間に密接関連性があることを管轄合意の適法要件とする説もある。(石黒一憲『現代国際私法(上)』)そう解すると、本件のような事情では、この合意は不適法となる。しかし、@判決基準はその後の裁判例の基準となっているため、この論理をもとに展開しても、裁判所に採用されるのは厳しいかと思われる。
[4] 神前禎『新裁判実務体系(3)143頁』
[5] 最判H9.11.11民集51.10.4055
[6] 澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門(第6版)』有斐閣双書225頁
[7] 小出邦夫「一問一答 新しい国際私法」商事法務
[8] 同上P84
[9] 内閣府HP「公益通報者保護制度ウェブサイト」、公益通報者保護法逐条解説http://www5.cao.go.jp/seikatsu/koueki/gaiyo/files/tikujo-a1.pdf
[10] 同上
[11] 日本弁護士連合会消費者問題対策委員会『通報者のための公益通報ハンドブック』民事法研究会
[12] 山川隆一『国際労働関係の法理』P180信山社