早稲田大学法科大学院2007年度夏「国際私法II」試験問題
ルール
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参考文献その他の調査を行うことは自由ですが、他人の見解を求めること及び他人の見解に従うことは禁止します。
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解答作成時間は自由ですが、解答送付期限は、2007年7月8日(日)22:00p.m.です。
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解答は下記の要領で作成し、[email protected]宛に、添付ファイルで送付してください。
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メールの件名は、必ず、「国際私法II」として下さい(分類のためです)。
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文書の形式は下記の通り。
・ A4サイズの紙を設定すること。
・ 原則として、マイクロソフト社のワードの標準的なページ設定とすること。
・ 頁番号を中央下に付け、最初の行の中央に「国際私法II」、次の行に右寄せで学生証番号と氏名を記載してください。
・ 10.5ポイント以上の読みやすいフォントを使用し、また、全体として読みやすくレイアウトしてください。
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枚数制限はありません。ただ、あなたが法律事務所のアソシエイトであり、パートナーからメモの作成を依頼されたと想定して、不必要に長くなく、内容的に十分なもの(判例・学説の適度な引用を含む。)が期待されています。
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これは、成績評価のための筆記試験として、100%分に該当するものにするものです。
問題
イタリアで長年音楽活動をしている著名なフランス人作曲家Aの曲は世界中で知られているが、特に日本において人気があり、そのCD等の売上げのうち70%は日本市場からのものである。そのような背景から、Aは自己の作曲した主要な100曲の著作権(ただし、イタリア法上の著作権を除く。)をまとめて日本法人B社に譲渡する契約(以下、「本件契約」という。)を締結した。
本件契約書には次のような規定があった。
Article
1: Transfer of Copyrights
Subject to the provisions of this
agreement, “A” hereby transfers to “B” and “B” hereby acquires from “A” any and
all copyrights to the works (hereinafter referred to as the “WORKS”), as
specified in the Appendix, which is an integral part of this agreement, under
the laws applicable in respective countries of the world, except in Italy (the
bundle of such copyrights around the world, except in Italy, being hereinafter
referred to as the “COPYRIGHTS”), including, but not limited to, the right to
publish the WORKS in whole or in part in any and all forms and media, now or
hereafter known.
Article
2: Representation and Warranty
(1) “A” represents and warrants that he is the
sole owner of the COPYRIGHTS, and that the COPYRIGHTS are not subject to any
legal obligation or encumbrance including, but not limited to, a pledge for the
benefit of any party.
(2) The sole and exclusive remedy for the
breach of the representation and warranty provided for in the preceding
paragraph is the payment by “A” to “B” of at least Ten Thousand US Dollars (US$
10,000) per one violation in respect of one of the copyright of the COPYRIGHTS
under one governing law. In the
case where “B” proves that the amount of damage caused by such a breach exceeds
that amount (US$ 10,000), “A” shall pay such proved amount of money to “B”.
...
Article
4: Abstention
After the transfer of the COPYRIGHTS to ”B”,
“A” shall abstain from exercising any residual right that may survive the
transfer and remain with “A” under the applicable law of any jurisdiction, including,
but not limited to, the moral right in respect of the WORKS.
...
Article
6: Governing Law
(1)
Subject
to the provision of Paragraph 2 of this Article, this agreement shall be
governed by and interpreted in accordance with the laws of UTOPIA, without
regard to its conflict of laws principles.
(2) The matters provided for in Article 2 shall
be governed by and interpreted in accordance with the laws of JAPAN, without
regard to its conflict of laws principles.
Article
7: Jurisdiction
Any dispute arising out of or in connection
with this agreement shall be solely resolved through a legal proceeding before
the District Court of Tokyo, which shall have the exclusive jurisdiction over
the dispute.
Appendix:
…
最終的には日本での訴訟において問題となることを前提として、以下の問題に答えなさい。設問(1)については、B社を依頼者とする弁護士の立場から検討することになるが、他の点については、専ら理論的に検討しなさい。
なお、UTOPIA国及びARCADIA国は実在する国であり、「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」の締約国であることとする。また、以下において、条項番号のみを引用しているのは、本件契約書の条項である。
l 以下の青字は、答案を採点した結果を踏まえて、およその筋道を示すだけであり、異なる結論にいたるものであっても、筋道の通った議論が展開されていれば、それなりの評価をしたことを予め付言しておく。
(1) Aはかなりの高齢者であり、認知症を患っているとの噂もあることから、本件契約に先立って、その行為能力について確認を要するのではないかとの議論があった。Bとしては、国際私法上、どのような点に注意して調査すべきか。
l 通則法4条のみに触れた答案もいくつかあったが、5条の問題。
l なお、老齢者の行為能力について通則法4条によって定まる準拠法によって判断すべき点はなくはない。たとえば、90歳以上の者について、一般に行為能力を制限する国があるかもしれない。そうすると、5条が前提とする審判等がなくても、4条により適用される本国法上、そのような行為能力制限制度があるか否かは一応問題となり得る。ただ、公序則(通則法42条)により、そのような高齢者について一般的に行為能力を制限するというその本国法の適用結果は公序違反とされる可能性はあろう。もっとも、以上の点は念のための議論であり、答案でこれに触れたものはなく、実際、触れる必要はない。
l 通則法5条 → 日本で審判等があるか否かの調査は、5条により日本の管轄が認められるのは日本に住所・居所を有するか、日本人である場合に限定されているので、不要。ただし、通則法35条2項1号により、日本で後見人が選任されている可能性も否定できないので、この点の調査は必要。
l 外国裁判所による後見開始の審判等の外国での効力・日本での効力 → このような審判等の存在の調査は必要。外国裁判所での同審判等の日本での効力については、否定説もあるが、民訴法118条の準用が可能であり、管轄は国籍国・住所国・居所地国にあるとされる。ただ、日本での効力が認められなくても、少なくとも審判等をした国ではその効力があるため、国際的なビジネス展開をする可能性のあるB社としては無関心ではいられないであろう。
(2) 本件契約締結後、第2条第1項に反して、ARCADIA国法上の5曲についての著作権を同国法に基づいて登録し、Aに対する債権者Cのために質権を設定・登録していることが判明した。そこで、B社は同条第2項に従って5万ドルの請求をした。これに対して、Aは、第6条において第2条についてのみ日本法を準拠法としているのは、他の部分の準拠法であるUTOPIA法によれば、同条第2項の定める損害賠償の予定が無効とされるおそれがあり、そのリスクを回避するためであって、このような準拠法の分割は認めるべきではないと主張している。この点、どのように考えるか。
l 多くの答案の結論:分割指定OK。
l 東京地裁平成13・5・28判決が分割指定を否定した際に付けた条件、「船荷証券の約款の記載内容が明確であり、かつ、荷送人又は船荷証券所持人が不測の損害を被るおそれがないといった特段の事情があればともかく、そのような特段の事情がない限り」の射程に、問題文の状況は当てはまるのではないか。すなわち、明示の規定と契約締結をする直接の当事者間の問題であるという点で、この裁判例によっても分割指定が認められる場合であるということはできないか。
l 分割指定を認めたと解される裁判例があることに触れる必要あり。
l Aが主張している法律の回避論の妥当性についても触れる必要あり。そもそも当事者自治(特に分割指定肯定論)と整合的な議論とは言えず、また、本件では部分的に日本法をしていることなどから、A主張は認められない。
(3) 本件契約締結後、しばらくして、B社は、譲渡を受けたAの曲Pを現代風に編曲して日本の歌手Dに歌わせたところ、大ヒットとなった。これについて、Aは、日本の著作権法第27条によれば、「著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。」と規定し、同法61条2項は、「著作権を譲渡する契約において、第27条又は第28条に規定する権利が譲渡の目的として特掲されていないときは、これらの権利は、譲渡した者に留保されたものと推定する。」と規定されていることから、Aには編曲について権利があり、それをB社は侵害していると主張している。これに対して、B社は、本件契約書の第6条に定めるUTOPIA法によれば、契約の自由が広く認められており、同国法によれば、その種の権利も譲渡可能であると反論している。これについてどう考えるか。
l 債権的効力と物権的効力の区別。ここでの問題は支分権につき特に定められている「特掲」という要件の問題であり、その譲渡に慎重さを求める物権的な問題であるので、著作権自体の準拠法による。
l ベルヌ条約5条2項の保護国法の意味。利用地国法。日本での利用については日本法によることになる。
l 著作権法61条の「特掲」は準拠法の分割的指定で足りるか? → No
l 答案の結論は、Aの主張を認めるものが多い。
(4) 同じ頃、B社は、譲渡を受けたAの曲QのタイトルをRに変更し、日本の歌手Eに歌わせた。これについて、Aは、日本の著作権法第20条の定める同一性保持権を侵害するものであり、これは人格権であって、依然としてA自身が有する権利であるので、販売の差止めと損害賠償を求めている。これに対して、B社は、本件契約書の第4条によりAは著作者人格権の不行使(著作者人格権の放棄ではなくB社に対してだけその不行使)を約束しており、その条項は本件契約の準拠法であるUTOPIA法により有効であるので、Aの主張は認められないと反論している。これについてどう考えるか。
l 著作者人格権の譲渡の可否・不行使特約の有効性の問題は、契約の問題ではなく、著作権自体の問題である。その法が不行使特約をすることができるとしている場合に、本契約4条が債権的合意として有効か否かの問題については契約準拠法としてのUTOPIA法が規律する。
l ベルヌ条約6条の2により、著作者人格権は財産権としての著作権譲渡後も著作者に残り、著作物の改変等について異議を申し立てることができ、具体的にどのような救済方法が認められるかは保護国法による(同条3項)。前者の点については、統一実質法としてのベルヌ条約の規定が適用され、後者の点は、統一国際私法としてのベルヌ条約の規定が適用される。
l 本件の保護国法は日本法。
l 日本の著作権法の解釈としての不行使特約の有効性については答案では解釈が分かれた。Aの主張を認めるのが多数。
(5) 第1条によれば、イタリア法上の著作権は譲渡の対象とはされず、Aが依然として所有している。ところが、B社は第1条により認められているインターネットを介した音楽配信ビジネスを開始し、B社の日本にあるサーバーに設定したウエブ・サイトから本件契約により譲渡されたAの曲もダウンロードできるようにしたため、イタリアからもそのウエブ・サイトにアクセスしてAの曲をダウンロードする例が頻発するようになった。そこで、AはB社が本件契約に違反していると主張し、そのビジネスの中止を求めている。この主張についてどのように考えるか。
l ベルヌ条約5条2項によりイタリア法による。
l イタリア法の域外適用になるとの議論もみられるが(カードリーダー判決を引用して)、Aはイタリアでのビジネスの中止が勝ち取れればいいので、域外適用の問題ではないのではないか。また、そもそも、ベルヌ条約5条2項と域外適用という議論は整合的ではない。
l Aは損害賠償を求めているわけではないので、これに触れる必要はない。触れるとしても「なお」書き程度。
(6) B社の広報担当者は、Aとの間で発生したトラブルについて日本で記者会見を行い、Aの子供がイタリアで巨額の詐欺事件に関係したようであり、それが表に出ないように被害者に民事賠償をする資金を必要としているとの噂があり、それが理由で本件の著作権譲渡後も金銭を要求しているようであること、しかし、所詮その子供に対する刑事訴追は免れられず、そうなればこのトラブルも解決する見通しであることなどを話した。このニュースはイタリア、フランスはもとより、世界中に配信され、特に音楽業界では一時期大いに話題となった。これについて、Aはプライバシー侵害であり、また名誉毀損でもあると主張している。このことに基づきAに救済が与えられるか、与えられるとしてどのような救済かという点についての準拠法は何か。
l プライバシー侵害も含めて通則法19条によりイタリア法による。
l 20条による準拠法の差し替えはない。
l 22条の制限に言及する必要あり。