早稲田大学法科大学院2007年度冬「国際私法I」+「国際民事訴訟法」試験問題メモ
問題
第1問 【国際民事訴訟法受験者は小問(1)から(3); 国際私法I受験者は小問(4)から(6)】
日本に常居所を有する日本人Aは、独裁国である甲国の実情に関心を持ち、何度も甲国を訪問して精力的に取材活動を続けてきているフリー・ジャーナリストとである。その取材過程で、甲国で生まれ育った甲国人B・Cという兄弟(5歳の姉と2歳の弟)の存在を知った。B・Cの両親である甲国人・D・Eはともに、反政府的な姿勢で甲国の惨状を告発していた活動家であったところ、1年前にひき逃げ事故(犯人は不明のまま)で2人同時に死亡し、B・Cは児童保護施設に預けられていた(この施設は独裁者の親衛隊養成のための施設であるとの噂がある)。
Aは、B・Cにスポット・ライトを当てることで社会的関心を喚起し、彼らの両親の死亡が甲国特殊警察による暗殺であることを世界に告発する計画を立てた。そこで、Aは、2007年8月1日、B・Cが収容されている施設を訪問した際に彼らを連れ出し、かねて打ち合わせておいた協力者の車で警備の少ない山岳地帯の国境を越えて隣国に出国し(甲国政府内の協力者からB・Cの正規のパスポートを入手していた)、そこからB・Cとともに日本に帰国した。
甲国の警察当局は、これをAによるB・Cの誘拐事件と断定し、国際指名手配の手続をとった。そして、甲国政府は日本国政府に対して(両国間に外交関係はある)、犯罪人としてAを引き渡すとともに、犯罪被害者であるB・Cを甲国に帰国させることについての協力を要請している(日本国政府の対応は未定)。なお、AによるB・Cの国外連れ出しについては、Aのジャーナリストとしての名声を上げるためのパフォーマンスであって、そのために幼い子らに危険な逃避行をさせ、その上、彼らを甲国の圧政の象徴的に使おうとしているとの批判的な報道もされている。他方、B・Cは、Aとその妻F(日本に常居所を有する乙国人)と生活をしており、A・FとB・Cとの間には実親子関係のような信頼関係が構築されつつある。
このような状況において、Aは、その妻F(日本に常居所を有する乙国人)とともに、B・Cとの間で断絶型養子縁組(実方の血族との親族関係が終了する養子縁組)をすることを希望している。そして、これができないのであれば、非断絶型養子縁組でもよいとしている。
ちなみに、養子縁組に関する甲国法・乙国法の概要は以下の通りである。
Ø
B・Cの本国法である甲国法:
(a)
非断絶型養子縁組とともに断絶型養子縁組が認められている。
(b)
断絶型養子縁組の場合、甲国の国教である宗教上の特別裁判所の決定を要する。
(c)
断絶型養子縁組の場合、養子は3歳以下でなければならない。
(d)
断絶型養子縁組の場合、実父母の同意が必要であり、実父母がない場合には、検察官の同意が必要である。
(e)
断絶型養子縁組については、上記(b)・(c)・(d)のほか、日本法と同じ。
(f)
非断絶型養子縁組の場合、養子が15歳以下であれば実父母の同意が必要であり、実父母がない場合には、検察官の同意が必要である。
(g)
非断絶型養子縁組については、上記(f)のほかは、日本法と同じ。
Ø
Fの本国法である乙国法
(h)
非断絶型養子縁組しか認められない。
(i)
1人の養親は1人の養子との間でのみ養子縁組をすることができる。(これは乙国の人口抑制のため、実子を1人に限るという少子化政策が実施されており、この脱法行為を防止することが目的とされている。)
(j)
養子となる者が15歳未満である場合には、実父母の同意が必要であり、実父母がない場合には、親族会の長の同意又は養子となる者が住所を有する行政区画の長の同意のいずれかを要する。(甲国には乙国にあるような親族会の制度はないが、B・Cの父方の祖父が甲国政府高官の職にあることが判明しているとする。)
(k)
以上のほか、非断絶型養子縁組については、日本法と同じ。
養子縁組事件のようなタイプの非訟事件においては、「当事者間の公平」という基準は妥当しないのではないか。子の福祉を最も重要な価値基準として国際裁判管轄を判断するのが妥当ではないか。家事審判規則の定めは参考にはなり得ても、決め手にはならない。管轄は広めに認めて、実体判断において妥当な措置を講ずることが求められるのではないか。
養子縁組事件の国際裁判管轄については、非断絶型養子縁組について、
・千葉家市川出張所審平成元・6・23---「国際裁判管轄について検討すると,養子縁組事件に関しては養子となる者の福祉を主眼としてこれを審理・判断すべきことが近代養子法の理想であるとの原則が一般的かつ国際的に承認されていることからすると,原則として,その国際裁判管轄は,養子となる者の常居所地に属すると解される。しかるところ,かおりは,現在,カナダ国ブリテイツシユ・コロンビア州に居住(Residence)するが,本件申立時には千葉県船橋市所在の前記乳児園に住所を有していたのであるし,また,仮に本件申立が認められない場合には再び同乳児園にその住所を移転せざるを得ないことも明らかである。従つて,かおりを日本国に常居住所を有する者として扱うべきである。そして,このように解する以上,本件の国際裁判管轄は日本国に属し,また,国内的裁判管轄は,家事審判規則63条により,当裁判所に属する。」と判示。
・札幌家審平成4・6・3---「申立人は,日本国に住所を有する日本人であり,また,未成年者は,韓国人で日本に住所(常居所)を有するものではないが,現在日本国の申立人夫婦のもとに所在し,その期間も5か月以上にわたるから,日本国に本件事件の国際裁判管轄権を認めることができる。」と判示。
一般論に終始するのではなく、当てはめの段階では上記の事実関係、特に、B・Cの国外連れ出しの方法、甲国でAが刑事犯の容疑者とされていること、甲国からのB・Cの帰国要請などを踏まえた論述が求められる。
養子となる者の住所が日本にあることを管轄理由とする場合のみならず、養親となる者の住所地が日本であることを理由として管轄を肯定するとしても、養子となる者がどのようにして日本に連れてこられたのかという点は無関係ではないと思われる(実際、少なくとも子が日本に現在しなければ養親となる者の住所地が日本であっても管轄を肯定することは困難ではないか)。この点は日本の管轄を否定する方向に働くことになるので、管轄を肯定するのであれば、この点を考慮してもなお、日本の管轄を肯定する旨の論述が必要となる。他方、甲国で本件養子縁組を行うことが現実的には不可能であることも、日本の管轄を肯定する方向に働く事情として言及すべきである。
なお、子の保護に関するハーグ条約については、末尾*参照。
小問(1)
A・FとB・Cとの間の断絶型養子縁組の決定を日本の家庭裁判所に求めた場合、国際裁判管轄は認められるか。
断絶型養子縁組について家事審判規則64条の3は養親の住所地管轄を規定。
小問(2)
AとB・Cとの間の非断絶型養子縁組の許可審判を日本の家庭裁判所に求めた場合、国際裁判管轄は認められるか。
非断絶型養子縁組について家事審判規則63条は養子の住所地管轄を規定。
小問(3)
FとB・Cとの間の非断絶型養子縁組の許可審判を日本の家庭裁判所に求めた場合、国際裁判管轄は認められるか。
Fが日本人でない点は、小問(2)と異なる結論を導く事情とはいえない。
小問(4)
A・FとB・Cとの間の断絶型養子縁組は認められるか。
小問(5)
AとB・Cとの間の非断絶型養子縁組は認められるか。
小問(6)
FとB・Cとの間の非断絶型養子縁組は認められるか。
F国の(i)の要件は、中国法にも見られるものであって、神戸家審平成7・5・10は、準拠法となる中国法によれば、養子を1名に限定されており、具体的事案において2名の幼い兄弟の一方とは養子縁組ができないという結果が生ずることは公序に反するとしている。
第2問 【国際私法I受験者のみ】
横浜地裁平成3年10月31日判決(家裁月報44巻12号105頁)(テキストのCase 3-1)について控訴審を経て(控訴審判決は全く同じ事実を認定し、全く同じ内容の判決を下したと仮定する)、上告され、その上告が受理されたとする。最高裁の立場で、判決を起案しなさい。適用されるのは、法例ではなく、法の適用に関する通則法とする。
なお、上告理由は、法の適用に関する通則法の適用を明らかに誤っており、結論に影響を及ぼすという趣旨のものであるとする。結論は、上告棄却、破棄差戻し、破棄自判、いずれでもよい。外国法を適用しなければならない場合、当該外国法の内容の正確さは採点の際に考慮しない。
第3問 【国際民事訴訟法受験者のみ】
アメリカ・テキサス州連邦地方裁判所での特許侵害訴訟の被告となった日本企業Yは、原告X(アメリカ人)からのコンピュータのソース・コードQの開示を求めるディスカバリーに対して、”unavailable”との回答をしたところ、後の証人尋問により、Yは実際にはこれを保有していることが判明した。その結果、テキサス州連邦地方裁判所は、次のような制裁を命じた。すなわち---、
@
無条件で忌避することができる陪審員の数を、Xは4名、Yは2名とする(陪審員の選定プロセスにおいて不適切であると考える者を一定のルールの下で排除することができる制度がある)、
A
Yの冒頭陳述はXのそれの2分の1とする、
B
特許の非侵害を立証するためのY側の専門家証人の申請は認めない、
C
Yの最終陳述はXのそれの3分の1とする、
---以上を主な内容とする制裁である。
その後、裁判の結果、Yは特許侵害によりXへの1億ドルの損害賠償を命じられ、上訴したが原判決は維持されたまま判決は確定した。Xはこの判決に基づいて日本における強制執行を求めている。この執行は認められるか。当該判決は外国裁判所の確定判決であり、民事訴訟法118条1号、2号及び4号の要件については問題ないとする。
山田有美「ディスカバリーに関する衝撃的な制裁命令」国際商事法務35巻9号1221頁(2007)参照。
参考になる裁判例:
東京地判平成10・2・25---オーストラリア・クイーンズランド州裁判所のサマリー・ジャッジメントの日本での執行を認めた事例。正式な事実審理に入る条件としてオーストラリアの裁判所の発した立担保命令に応じず、同国の裁判所で別の種々の申立て及び訴訟提起という防御活動を尽くした被告が、オーストラリアにおける訴訟過程が不正で、公序要件に欠けると非難するのは信義にもとる、等と判示。
水戸地竜ヶ崎支判平成11・10・29---ハワイ州連邦地裁の懈怠判決の執行について、連邦民訴規則は「事実審理の前の段階における当事者等による証拠開示又は証拠収集の協力懈怠(不履行)について・・・他方当事者の主張事実を証明があったものとみなすこと、懈怠当事者の証拠提出を制限することなどのほか、懈怠当事者の主張等を却下すること、懈怠を理由として懈怠原告の請求を却下し、又は懈怠被告に対して敗訴判決をすること等ができることを規定していること、実際にいかなる制裁をするかについては、当事者の懈怠についての故意の有無、理由及び程度等を検討して決定するが、特に懈怠当事者の主張等を却下し、懈怠を理由として懈怠原告の請求を却下し、又は懈怠被告に対して敗訴判決をするに当たっては懈怠が故意又は重過失によるものであるか否かを判断しなければならないと解されている」ところ、「このような訴訟手続は右の証拠開示手続への参加を怠る不熱心な当事者に対する一般予防ないし一般抑止としての懲罰の一面を含むものと評価でき、特に懈怠被告に対し制裁として重い敗訴判決(懈怠判決)をする手続についてはその要素を多分に含むものと評価できるが、これを原告の立場から見れば、原告の請求を認容する勝訴判決をするのであるから、訴訟追行に不熱心な被告から原告を救済する結果となるものである。ところで、我が国の民事訴訟手続においては、正当な理由なく主張立証を怠るなど訴訟追行に不熱心な当事者に対しては、訴訟上の信義則や弁論の全趣旨を適用して他方当事者を救済する結果となる様々な措置が規定及び運用されており(これは現行民訴法下に限らず旧民訴法下でも同様)、特に、被告が適式に呼出しを受けた口頭弁論期日に出頭しない(このため弁論をしないか、被告本人尋問ができない)場合には、審理の現状及び当事者の訴訟追行の状況を考慮して(当該期日が被告本人尋問を行う期日であった場合にはその尋問採用決定を取消した上)口頭弁論を終結して原告の請求の当否を判断し被告敗訴の判決をすることもできる(弁論をしない場合につき、民訴法二四四条参照)のであるが、この措置規定及び運用が当事者に対し訴訟追行に不熱心であることに対する一般予防ないし一般抑止、あるいは制裁として機能する面があることは否定できない。そして、訴訟追行に不熱心な当事者に対して、裁判手続上どのような措置を採るかは、その国ないし地域の訴訟制度の歴史的沿革、訴訟観等によって異なるにせよ、訴訟追行に不熱心な当事者から他方当事者を救済する必要性は国ないし地域、訴訟制度のいかんを問わないと考えられる一方、このような救済をすることが、訴訟追行に不熱心であることに対する一般予防ないし一般抑止、あるいは制裁として機能することになるのである。以上のことからすると、アメリカ連邦地方裁判所における懈怠判決の手続ないし制度は、基本的には訴訟追行に不熱心な当事者から他方当事者を救済する措置として、我が国の民事訴訟手続ないし制度と相容れない異質なものとまではいえないというべきである。」と判示。
日本の民訴法208条・224条等の制裁措置との比較して、許容範囲といえるか否かが焦点。
実体的公序の問題として、1億ドルの損害賠償は懲罰的損害賠償ではないか、という点にも触れている答案が多かった。しかし、懲罰か否かは金額で決まるわけでなく、もっと低額でも填補賠償でない部分は懲罰であるので、金額だけからはそのような推定は当てはまらない。それに加えて、手続上の制裁措置が懲罰的であることにも言及した上で、仮に懲罰的損害賠償が含まれているとすれば、という仮定的な議論をすることは考えられる。もっとも、そのような形で触れるとしても、最判平成9・7・11を中心に最少限度の言及をした上で、その部分の執行は認められないという程度の言及で十分である。本問の趣旨が手続的公序の点にあることは明らかであろう。いずれにしても、この事態的公序の点に力を費やし、中核の問題である手続的公序についての記述が簡単に終わってしまうような答案にはよい評価は与えられない。
なお、米国特許法には3倍額賠償が明文上認められている(35U.S.C.284)。
35 U.S.C. 284
Damages.
1. Upon finding for the claimant the court shall award the claimant
damages adequate to compensate for the infringement but in no event less that a
reasonable royalty for the use made of the invention by the infringer, together
with interest and costs as fixed by the court.
2. When the damages are not found by a jury, the court shall assess
them. In either event the court may increase the damages up to three times
the amount found or assessed. Increased damages under this paragraph shall
not apply to provisional rights under section 154(d)
of this title.
3. The court may receive expert testimony as an aid to the
determination of damages or of what royalty would be reasonable under the
circumstances
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* CONVENTION ON JURISDICTION,
APPLICABLE LAW, RECOGNITION, ENFORCEMENT AND CO-OPERATION IN RESPECT OF
PARENTAL RESPONSIBILITY AND MEASURES FOR THE PROTECTION OF CHILDREN
(Concluded 19 October 1996)
(Entered into force 1 January
2002)
CHAPTER II – JURISDICTION
Article 5
1 The
judicial or administrative authorities of the Contracting State of the habitual
residence of the child have jurisdiction to take measures directed to the
protection of the child's person or property.
2 Subject to Article
7, in case of a change of the child's habitual residence to another Contracting
State, the authorities of the State of the new habitual residence have
jurisdiction.
Article 6
1 For
refugee children and children who, due to disturbances occurring in their
country, are internationally displaced, the authorities of the Contracting State on the territory of
which these children are present as a result of their displacement have the
jurisdiction provided for in paragraph 1 of Article 5.
2 The
provisions of the preceding paragraph also apply to children whose habitual
residence cannot be established.
Article 7
1 In case
of wrongful removal or retention of the child, the authorities of the Contracting State in which the child
was habitually resident immediately before the removal or retention keep their
jurisdiction until the child has acquired a habitual residence in another
State, and
a each person, institution or other body having rights of custody
has acquiesced in the removal or retention; or
b the child has resided in that other State for a period of at
least one year after the person, institution or other body having rights of
custody has or should have had knowledge of the whereabouts of the child, no
request for return lodged within that period is still pending, and the child is
settled in his or her new environment.
2 The
removal or the retention of a child is to be considered wrongful where _
a it is in breach of rights of custody attributed to a person, an
institution or any other body, either jointly or alone, under the law of the
State in which the child was habitually resident immediately before the removal
or retention; and
b at the time of removal or retention those rights were
actually exercised, either jointly or alone, or would have been so exercised
but for the removal or retention.
The rights of custody
mentioned in sub-paragraph a above, may arise in particular by operation of law
or by reason of a judicial or administrative decision, or by reason of an
agreement having legal effect under the law of that State.
3 So long
as the authorities first mentioned in paragraph 1 keep their jurisdiction, the
authorities of the Contracting State to which the child has been removed or in
which he or she has been retained can take only such urgent measures under
Article 11 as are necessary for the protection of the person or property of the
child.
6条と7条を対比すると、子の国外連れ出し事例における扱いについて、条約作成会議でどのように考えられたかが分かる。しかし、本当に難しいのは、本問のように、救出としての連れ出しなのか、違法な連れ出しなのかの認定であり、この条約はその認定は所与のものとして規定を置いている。