国際私法II
林保宏
(1)
Aはかなりの高齢者であり、認知症を患っているとの噂もあることから、本件契約に先立って、その行為能力について確認を要するのではないかとの議論があった。Bとしては、国際私法上、どのような点に注意して調査すべきか。
1. 本問におけるAは常居所地がイタリアで、本国がフランスであることから、同人の行為能力に関する後見等の審判が行われるとすれば、イタリアもしくは又はフランスにおいてなされるものと考えられる。<2つを繋ぐorは「又は」です。さらに小さい区分がある場合、大きい区分に「又は」、小さい区分に「若しくは」を用います。法令用語の基礎は一応知っておくべきでしょう。>
しかし、法の適用に関する通則法(以下、「通則法」と略す)は、外国においてされた後見開始の審判等に類似する裁判の日本における効力について規定を置いていない。
この点に関し、この種の手続の属地的性格を強調して、外国における審判の効力を否定する見解もある。しかしながら、後見に関する通則法5条に基づいて日本法において後見開始の審判等がされた場合には、日本としてはその効力は世界中に及ぶことを前提としているもとの解されていることから、それとのバランスを考え、一定の要件のもとに外国における後見開始の審判等の効力を日本で認めるべきである。要件としては、民事訴訟法118条を準用し、通則法5条を外国に当てはめた場合にその外国に管轄が認められることに加え<このことから、第1パラグラフ記載のイタリア・フランスでの審判の有無が問題となることになります。>、手続保障、公序、相互の保障などを審査することになろう。
2. 従って、B社としては、まず、Aがフランスまたはイタリアにおいてこの種の宣告を受けていないかどうかを調査すべきであり、調査の結果宣告を受けていることが判明した場合には、その宣告を受けた国における当該宣告が、手続保障、公序、相互の保障などの観点から、民事訴訟法118条の準用により、日本に効力を及ぼしうるものであるかをも調査する必要がある。<なお、ビジネス上は、日本からみて管轄がなく、日本で承認されない審判でも、契約は取り消されるリスクがあるので、一定以上の市場国であれば調査を要することもあるでしょう。>
(2)
本件契約締結後、第2条第1項に反して、ARCADIA国法上の5曲についての著作権を同国法に基づいて登録し、Aに対する債権者Cのために質権を設定・登録していることが判明した。そこで、B社は同条第2項に従って5万ドルの請求をした。これに対して、Aは、第6条において第2条についてのみ日本法を準拠法としているのは、他の部分の準拠法であるUTOPIA法によれば、同条第2項の定める損害賠償の予定が無効とされるおそれがあり、そのリスクを回避するためであって、このような準拠法の分割は認めるべきではないと主張している。この点、どのように考えるか。
1. 本問における契約は、その準拠法を第6条で規定している。同条の規定によれば、契約2条以外の部分に関してはUTOPIA法が、契約2条部分に関しては日本法が準拠法とされる旨が定められている。では、このような準拠法の分割はAの主張するように認めるべきではないのであろうか。
2. 分割指定に関して、東京地判平成<勝手な略号は用いない方がよいでしょう。>H13 ・5・28は、契約を細分化することは、法律関係を複雑にするとともに、契約当事者の立場を不安にするため、特段の事情がない限り、準拠法の分割を認めるべきでないと判示している。しかしながら、通則法7条の規定からも分かるように、日本の国際私法においては、契約準拠法に関して当事者自治の原則が採用されていることがわかる。すると、通則法は準拠法の分割指定に関しては、これを否定する趣旨ではなく、上記裁判例は妥当とはいえない。<上記の裁判例の示している基準を当てはめても、本件においては分割が認められる余地があることに言及すべきでしょう。>
次に、分割が可能だとした場合、どこまで分割することが出来るかという問題があるが、契約というものは、そもそも単一の契約という特定は困難であり、分割されたそれぞれが契約であるとみれば、分割に限界を設けることはできないと解すべきである。
よって、分割指定は原則として許されると解すべきことになり、本問における準拠法の分割も問題なく認められることとなる。Aの主張には理由がないということになる。<Aが主張している法律の回避論は、そもそも当事者自治(特に分割指定肯定論)と整合的な議論とは言えない等、その主張の妥当性についても触れておくべきでしょう。>
3. なお、以上から明らかなように、契約第2条に規定された法的負担等があった場合の責任については、契約第6条2項により日本法が適用されることなるが、日本法により判断されるのは、法的負担等が付着していた場合の責任の内容であり、法的負担が付着しているか否かは、先決問題として権利質権の準拠法により別個に判断されることになる。権利質権の準拠法は、権利自体の準拠法によるとされており、日本とARCADIA国がベルヌ条約加盟国であることから、同条に基づき、権利自体の準拠法はARCADIA国法となる(ベルヌ条約の解釈については、(3)で詳述しているので、そちらを参照されたい)。
(3)
本件契約締結後、しばらくして、B社は、譲渡を受けたAの曲Pを現代風に編曲して日本の歌手Dに歌わせたところ、大ヒットとなった。これについて、Aは、日本の著作権法第27条によれば、「著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。」と規定し、同法61条2項は、「著作権を譲渡する契約において、第27条又は第28条に規定する権利が譲渡の目的として特掲されていないときは、これらの権利は、譲渡した者に留保されたものと推定する。」と規定されていることから、Aには編曲について権利があり、それをB社は侵害していると主張している。これに対して、B社は、本件契約書の第6条に定めるUTOPIA法によれば、契約の自由が広く認められており、同国法によれば、その種の権利も譲渡可能であると反論している。これについてどう考えるか。
1. Aの主張は、「著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利」が譲渡の目的として特掲されていない本件契約においては、著作権法27条及び61条2項により、同権利はAに留保されており、Aの曲Pを現代風に編曲して日本の歌手Dに歌わせたB社は、編曲についての権利を侵害しているとするものである。B社は、これに対し、契約準拠法のUTOPIA法によれば、同権利は譲渡可能であると反論しているが、これは、譲渡可能とされている以上、侵害は発生し得ないという主張と解される。
したがって<「すると」はaccordinglyという意味では使わないでしょう。>すると、本問においては、権利の譲渡可能性という法的問題を判断する準拠法が主要な問題となることがわかる。なぜならば、日本法が準拠法とされれば、著作権法が適用される結果、権利移転が契約において特掲されていないために編曲についての権利がAに留保され、Bの行為はAの著作権を侵害することとなる一方で、UTOPIA法が準拠法とされれば、編曲についての権利を含む著作権の全てがBに譲渡されたことになるため(契約第1条参照)、著作権侵害は発生しないことになるからである。
2. では、何法を準拠法とするべきであろうか。Aは侵害があるとされる場合には、差止め、不法行為による損害賠償、債務不履行による損害賠償等を請求することになるので、譲渡可能性判断においても、これらの請求と同じ準拠法で判断するべきであるとも考えられる。
この点に関し、特許権に関する判断ではあるものの、最判H平成18・10・17は、「譲渡の対象となる特許を受ける権利が諸外国においてどのように取り扱われ,どのような効力を有するのかという問題については,譲渡当事者間における譲渡の原因関係の問題と区別して考えるべき」と判断している。そして、著作権に関する東京高判H平成13・5・30も「著作権の譲渡について適用されるべき準拠法を決定するに当たっては、譲渡の原因関係である契約等の債権行為と、目的である著作権の物件類似の支配関係とを区別し、それぞれの法律関係について別個の準拠法を決定すべきである。」と判断している
するとしたがって、譲渡の対象となる著作権が諸外国においてどのように取り扱われ,どのような効力を有するのかという問題については,譲渡当事者間で生じた問題と区別して考えるべきであり,その準拠法は,著作権の効力そのものを判断する際に適用されるべき法律であると解するのが相当である。
3. 著作権の効力そのものを判断する際に適用されるべき法律について、通則法の規定はない。しかし、日本及びイタリアは、「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」と略す)」締約国であり、同条約の5条2項が著作権の保護範囲に関する準拠法を規定しているため、同条に従い準拠法を決定することになる。
ベルヌ条約5条2項第3文は、著作権の「保護範囲及び著作者の権利を保全するため著作者に保障される救済の方法は、この条約の規定によるほか、専ら、保護が要求される同盟国の法令の定めるところによる」と定めている。
この規定の解釈をめぐっては、法廷地実質法によることを定めるものであるとの見解と、法廷地国際私法によることを定めるものであるとの見解がもある。しかしながら、前者によれば、法廷地となりうる国毎に異なる扱いがされることが認められることとなり妥当でないし、後者によれば、この規定の存在意義が認められないこととなり不自然な解釈となってしまい妥当ではない。この規定に関しては、むしろ保護国法(=利用行為地法)を適用するべき旨を定めたものと解するべきことになる。
4. よって、本問においては、日本におけるAの著作権が日本においてB社による利用が問題となっていることから、譲渡可能性判断における準拠法は保護国法である日本法ということとなる。そして、日本法が準拠法とされる以上、日本の著作権法が適用される結果、権利移転が契約において特掲されていない以上、編曲についての権利はAに留保され、Bの行為はAの著作権を侵害することとなる。従って、UTOPIA法で譲渡可能であるとのB社反論は理由がないこととなる。
(4)
同じ頃、B社は、譲渡を受けたAの曲QのタイトルをRに変更し、日本の歌手Eに歌わせた。これについて、Aは、日本の著作権法第20条の定める同一性保持権を侵害するものであり、これは人格権であって、依然としてA自身が有する権利であるので、販売の差止めと損害賠償を求めている。これに対して、B社は、本件契約書の第4条によりAは著作者人格権の不行使(著作者人格権の放棄ではなくB社に対してだけその不行使)を約束しており、その条項は本件契約の準拠法であるUTOPIA法により有効であるので、Aの主張は認められないと反論している。これについてどう考えるか。
1. 本問において、Aは著作権の一内容としての同一性保護権の侵害を理由として販売の差止めと損害賠償を請求している。これらの請求内容をより詳細に分析すれば、@著作権に基づく差止請求、A不法行為に基づく損害賠償請求、B債務不履行に基づく損害賠償請求の3つと理解することが出来る。<3つに区別された問題がアプリオリに提示されている根拠が不明です。むしろ、ベルヌ条約6条の2は、統一実質法の規定として、財産的権利と区別して著作者人格権は著作者に留保されること、その救済方法は保護国法によることを定めているので、少なくとも@とAはこの規定の適用の問題になると解されます。>
2. それぞれの請求についての準拠法を判断するに当たっては、著作権についての準拠法を規定するベルヌ条約5条2項第3文6条の2第3項を検討する必要がある。同条は、著作権の保護範囲のみならず、著作者の権利を保全するため著作者に保障される救済をも単位法律関係としている。これは、損害賠償、差止め、その他どのような救済がどの程度与えられるべきかという実体問題を意味するものと解される。すると、著作権に基づく差止請求のみならず、不法行為に基づく損害賠償請求についてもベルヌ条約により準拠法が決定されることとなる。この限りにおいて、特許権侵害事例において不法行為による損害賠償請求を不法行為と性質決定した最判H平成14・9・26はベルヌ条約適用下では妥当しないこととなる。
しかしながら、債務不履行に基づく損害賠償請求につていては、別個に考える必要がある。なぜならば、同請求は、権利が侵害されたことによる損害賠償ではなく、契約内容に違反したことに基づく損害賠償と性質決定することができるからである。よって、債務不履行に基づく損害賠償請求の準拠法はUTOPIA法ということとなる。但し、契約違反に基づく著作権侵害の存否については、著作権の効力に関する問題と性質決定できるため、先決問題としてベルヌ条約に従い準拠法が決定されることになる。
3. 以上の準拠法に関する議論を前提に、本問における各請求について判断したい。
@ 著作権に基づく差止請求について
同請求については、ベルヌ条約に基づき、準拠法は著作権の保護国法である日本法となる。すると、日本の著作権法20条が同一性保持権を規定することから、譲渡を受けたAの曲QのタイトルをRに変更し、日本の歌手Eに歌わせたB社の行為は、著作権侵害を構成し、差止請求が認容されるようにもみえる。
しかしながら、著作権法20条1項は、著作権侵害を構成するためには改変が著作者の意に反して行われることが要求されているため、本問において、改変についてのAの同意の存否を検討する必要がある。契約4条におけるAの著作者人格権の不行使約束が同意と同視できるかどうかが問題となる。この不行使約束は、著作者人格権の放棄ではなくB社に対してだけその不行使を約束しただけにすぎず、そのように考える限り、改変することに対して同意まで与えていたと解することは出来ない。よって、同意は認められず、著作者人格権権侵害の違法性阻却自由事由は存在しないこととなる。
よって、著作権に基づく差止請求は認容されうる。
A 不法行為に基づく損害賠償請求について
@と同様に、ベルヌ条約にしたがい、日本法により請求が判断されることとなり、@と同様の理由によりB社の行為は著作権侵害を構成し、不法行為に基づく損害賠償請求は認容されうる。
B 債務不履行に基づく損害賠償請求について
権利侵害の有無に関しては保護国法たる日本法が準拠法となるが、権利侵害の有無にかかわらず、契約準拠法たるUTOPIA法において有効な権利不行使条項の存在により、Aは債務不履行責任を追及できないこととなる。<契約文言に違反をしているのはAの法なので、問題の立て方に問題があるように思われます。>
しかしながら、通則法42条は「外国法によるべき場合において、その規定の適用が公の秩序又は善良の風俗に反するときは、これを適用しない。」と定めていることから、Aが債務不履行責任を追及できないという結果が、法廷地たる日本の公序に反しないかが問題となる。この点に関しては、日本の著作権法20条においても、同意がある限りにおいては権利侵害が認められないとされているのであるから、契約により、権利行使を制限される結果となろうとも公序には反さないと解される。
よって、債務不履行に基づく損害賠償請求は認容されない。<問題の立て方自体疑問なので、これも疑問です。><20条は人格権保護という強い法政策に基づくものなので、法規と実質的に同様の効果を有する不行使特約の効力は日本法で保護される著作者人格権ついては認められないのではないでしょうか。>
4. それぞれの請求の可否については、上述のとおりであるが、不法行為の損害賠償請求と、債務不履行の損害賠償請求が競合しているようにも見える。このような場合においては、専ら契約の問題と性質決定する見解もあるが、通則法に規定によれば、契約準拠法と不法行為準拠法との間にはとくに優劣先後の関係があるとは考えられない。よって、当事者は、それぞれの準拠法に基づいて損害賠償請求をなすことができると解するのが相当である。すると、本問において、Aは@著作権に基づく差止請求及びA不法行為に基づく損害賠償請求をなすと考えられる。<Bの点を上記のような記述にすれば、この部分の記載は不要になります。>
5. 従って、著作者人格権の不行使が本件契約の準拠法であるUTOPIA法により有効であることを理由とする反論をもってしても、@著作権に基づく差止請求及びA不法行為に基づく損害賠償請求を免れることにはならないため、AB社の反論は理由がない。
(5)
第1条によれば、イタリア法上の著作権は譲渡の対象とはされず、Aが依然として所有している。ところが、B社は第1条により認められているインターネットを介した音楽配信ビジネスを開始し、B社の日本にあるサーバーに設定したウエブ・サイトから本件契約により譲渡されたAの曲もダウンロードできるようにしたため、イタリアからもそのウエブ・サイトにアクセスしてAの曲をダウンロードする例が頻発するようになった。そこで、AはB社が本件契約に違反していると主張し、そのビジネスの中止を求めている。この主張についてどのように考えるか。
1. 本問において、AはB社に対契約違反を理由とするビジネスの中止を求めている。これは、契約の効力としての差止請求と性質決定することができる。<著作権自体に基づくものではないでしょうか。>そして、契約に関する法的問題に関しては、設問(4)でも述べたとおり、契約準拠法で判断するのが相当である。すると、本件差止請求に関しては、UTOPIA法により可否が判断されることとなる。但し、債務不履行の内容たる著作権侵害の事実は、先決問題としてベルヌ条約5条2項第3文により、保護国法によりて判断されることとなる。
2. では、本問における保護国法は何国法となるか。どの国において著作権侵害が発生しているかが問題となる。この点に関しては、アップロード行為を行った地において著作権侵害が発生していると解する考え方もありうるところではあるが、実質的な侵害が発生しているのは、アクセスが行われている国であるのであるから、保護国はアクセス国と解するのが相当である。
そして、本問においては、イタリアからのアクセスによるイタリア著作権の侵害が問題となっているのであるから、保護国法はイタリア法ということになる。
3. 保護国法がイタイリア法となることから、著作権侵害の有無についてはイタリア法<救済方法についてもベルヌ条約により保護国法になるのではないでしょうか。>、差止請求に関してはUTOPIA法により判断されることになるが、イタリア法により著作権侵害が認められるとされた場合、その適用結果を日本の裁判所が命ずることが属地主義を採用する日本の著作権秩序に反しないかが問題となりうる。
この点に関し、特許権に関する最判H平成14・9・26は属地主義を理由として、域外適用を法例33条の公序違反になると判断している。しかしながら、外国法がどのように地域的に適用されるかは、それが、「私法」であれば、国際私法に委ねられていることであり、日本では、反致の場合を除き、日本の国際私法だけが私法の地域的適用関係を規律している。すると、通則法によりイタリア法が適用されるとされた以上、イタリア法の適用結果を日本の裁判所が命ずることとなったとしても、通則法42条の公序に反することとはならないと解すべきである。
4. よって、先決問題たる著作権侵害の有無についてはイタリア法、本問題たる差止請求の可否に関してはUTOPIA法により判断されることになる。<同上。>
(6)
B社の広報担当者は、Aとの間で発生したトラブルについて日本で記者会見を行い、Aの子供がイタリアで巨額の詐欺事件に関係したようであり、それが表に出ないように被害者に民事賠償をする資金を必要としているとの噂があり、それが理由で本件の著作権譲渡後も金銭を要求しているようであること、しかし、所詮その子供に対する刑事訴追は免れられず、そうなればこのトラブルも解決する見通しであることなどを話した。このニュースはイタリア、フランスはもとより、世界中に配信され、特に音楽業界では一時期大いに話題となった。これについて、Aはプライバシー侵害であり、また名誉毀損でもあると主張している。このことに基づきAに救済が与えられるか、与えられるとしてどのような救済かという点についての準拠法は何か。
1. Aはプライバシー侵害及び名誉毀損を主張していることから、不法行為を理由とする請求をB社お及び通信社に対して行うことが考えられる。名誉侵害に基づく不法行為関しする準拠法は通則法19条に規定がある。
本問において、まず問題となるのは、通則法19条がプライバシー侵害を単位法律関係として規定していないことから、プライバシー侵害に関しても、同条により準拠法を決定しても良いかという点である。この点に関し、通則法19条における名誉及び信用の毀損とは国際私法上の概念として各国の様々な制度を包含する意味内容であると理解すべきであり、また、実質的に考えても、異なる連結政策をとることが相当であるとは考えられないので、プライバシー侵害についても、同条により準拠法を決定することが相当と考えられる。
次に問題となるのが、通則法19条が、不法行為成立の効果として認められる救済方法という法律問題についても、その準拠法を規定するものであるかどうかである。この点に関し、通則法19条は「不法行為によって生ずる債権の成立及び効力」に関する定めであり、救済方法の問題は不法行為によって成立する債権の効力の問題であるのであるから、救済方法に関しても通則法19条により準拠法が決定されると解すべきである。<いわずもがな、ではないでしょうか。>
では、本問における不法行為の成否判断及び、救済方法に関する準拠法は通則法19条によれば、何法となるのであろうか。同条により連結点は被害者の常居地法とされていることから、プライバシー侵害及び名誉毀損を受けたAの常居地法であるイタリア法が準拠法ということになる。
2. ここで、通則法20条は「明らかに前三条(解答者注:19条を含む)の規定により適用すべき法の属する地よりも密接な関係がある他の地があるときは、当該他の地の法による。」と規定していることから、明らかにより密接関連性のある地の法があれば、その地の法が適用されることになる。本問においては、被害者のプライバシー侵害や名誉毀損の結果は、これ以上拡大しないほどに発生しきっている<このような変な口語はつかうべきではないでしょう。>と解されるので、Aが求める救済方法としては事後的な救済たる損害賠償請求、謝罪広告、反論請求権等が考えられる。<救済方法に重点を置いて、最密接関係性を検討するのはいかがなものでしょうか。不法行為自体(行為と結果)に焦点を当てて、検討すべきではないかと思います。>
損害賠償請求に関しては、Aの常居所地法より、密接関連性のある地は考えられないので、イタリア法が準拠法となることで問題ない。また、謝罪広告や反論請求権等に関しても、本件のような典型的な拡散型不法行為においては、Aの常居地よりも明らかに密接関連する地は存在しないと言えるので、これらについても、イタリア法が準拠法となることで問題ない。よって、通則法20条の適用はない。
3. さらに、通則法22条2項は、「不法行為について外国法によるべき場合において、当該外国法を適用すべき事実が当該外国法及び日本法により不法となるときであっても、被害者は、日本法により認められる損害賠償その他の処分でなければ請求することができない。」と規定している。よって、不法行為が成立するためには、イタリア法のみならず、日本法により不法行為が成立する必要があるし、イタリア法で認められる救済方法は、日本法によっても認められるものでなければならない。
救済方法について、イタリア法で、どのようなものが認められるかが明らかではないが、日本法においては民法723条により、「名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。」とされていることから、原状回復のための処分も認められている。そして、最判S昭和31・7・4判決<「最判」に「判決」は含まれているので、重複。>は「謝罪広告を新聞紙等に掲載すべきことを命ずる判決は、その広告の内容が単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するにとどまる程度のものである限り、憲法一九条に反するものではな」いと判示していることから、この限りにおける原状回復の処分までは、認められることとなろう。
4. なお、通則法42条の公序の発動の点であるが、不法行為が成立するとされた場合には、通則法22条により日本法でも不法行為がの成立が肯定されているのであるから、公序の発動の余地はない。しかしながら、不法行為が成立しないとされた場合には、不法行為が成立しないという結果が、法廷地たる日本の公序に反するような結果になるのであれば、公序則が発動される可能性もありうるところである。
5. 以上の議論から、Aに救済が与えられるか、与えられるとしてどのような救済かという点についての準拠法は、通則法19条によりイタリア法ということになるが、日本法も累積適用されることに注意が必要である。
以上