国際民事訴訟法

                 三嶋朋典

第1問

小問(1)

第1 養子縁組の許可・決定の国際裁判管轄について

 渉外的な養子縁組の許可・決定の国際裁判管轄については、それを明らかにする実定法はなく、確立された判例法が形成されているとも言い難い(もっとも、下級審例は少なからず蓄積されてきている状況ではある。)。これをどのように考えるべきであるか。

 財産関係事件の国際裁判管轄については、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理にしたがって決定するとされ、当該事件について、我が国の民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として裁判籍を認めるのが条理にかなうが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきだとする判例法理が確立されている(最判昭和56年10月16日、最判平成9年11月11日など)。

 さらに、身分関係事件についても、離婚請求訴訟の国際裁判管轄については、被告が我が国に住所を有する場合には我が国の裁判所に国際裁判管轄が認められ、また、被告の住所が我が国にない場合でも当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理から我が国の国際裁判管轄が肯定される場合があるというような判断枠組みが判例は採用しているようである(最判昭和39年3月25日、最判平成8年6月24日など。この両判決の関係は不明確な部分もあるが、被告の住所が我が国にない場合でも、例外的に我が国に国際裁判管轄が認められる場合がありうるという点については同様であると思われる。)。

 これらの国際裁判管轄に関する判例理論は、養子縁組の国際裁判管轄を考える上でどのような影響を与えるものであろうか。

 まず、国際裁判管轄について規定した実定法が我が国には存しないことについては、養子縁組の許可・決定も財産関係事件および離婚請求訴訟と同様である。したがって、養子縁組の許可・決定の国際裁判管轄についても、条理によって決定すると解するのが妥当であると考える。

 しかしながら、条理によって決定されるとしても、財産関係事件および離婚請求事件と養子縁組の許可・決定との間には性質上大きな違いがあるということを留意しなければならない。

 即ち、前者においては原告と被告が対立構造にある訴訟事件であるのに対し、養子縁組の許可・決定においては、当事者である養親と養子の間に対立構造が存在しない非訟事件としての性質を有しているのである。

 したがって、前者の国際裁判管轄を判断するための条理の内容を判断する上で、重要な考慮要素であるとされた当事者間の公平という理念は、二当事者の対立する構造ではない養子縁組の許可・決定の国際裁判管轄を考える上では、重要視されるものではないのである。

 養子縁組の許可・決定においては、当該養子縁組の成立を認めることが子の福祉の観点から適当であるかどうかが問題になっている場面であり、そのような制度理念からすれば養子縁組の国際裁判管轄の存否を判断する条理の有無は当事者間の公平という理念ではなく、子の福祉実現という理念から判断されるべきである。

具体的には、当該養子縁組が子の利益保護に資するものであるかどうかをどこの国の裁判機関が最もよく判断できるかという点に求められよう。この理は、当該養子縁組が断絶型・非断絶型であるかにかかわらず認められるといえる。

第2 本問の断絶型養子縁組の決定につき、我が国に国際裁判管轄が認められるか

 上に見たとおり、本問の断絶型養子縁組の決定が認められるかどうかは子の福祉という理念から条理によって決せられるべきである。ところで、我が国の家事審判規則64条の3は、我が国の特別養子事件の管轄は、養親となるべき者の住所地の家庭裁判所に管轄を認めている。養子縁組の許可・決定の国際裁判管轄の有無を決する条理の判断について、財産関係事件において条理の有無の判断する場合のように、我が国の規定において裁判籍が認められる場合には、国際裁判管轄を認めるのが条理にかなうといういわゆる逆推知を認めて、養親となるべき者の住所地が我が国にあれば、我が国に国際裁判管轄を認めるのが条理にかなうといえるだろうか。

 この点については、逆推知を認めるべきではないとするのが正当であろう。なぜなら、家事審判規則64条の3は国内的裁判管轄について規定したものであり、国際裁判管轄について直接に影響を与えると考えるべきではない。また、逆推知を認めた財産関係事件に関する判例も「民訴法」と述べているのであり、家事審判規則のような非訟事件の訴訟手続について定めた規定についても同様に解する理由はないように思われる。

 とはいっても、家事審判規則64条の3が養親になるべき者の住所地に管轄を認めるべきとした趣旨は、国際裁判管轄の有無について条理の有無を判断する上で重要な考慮要素となりうるであろう。

 結局、当該養子縁組が子の利益保護に資するものであるかどうかをどこの国の裁判機関が最もよく判断できるかを、具体的な事情などを考慮しながら決することになる。

 また、断絶型養子縁組が成立すれば、実親子関係が戸籍上からも抹消されるという重大な身分関係を創設するものであるため、その意味では子の福祉について非断絶型養子縁組よりも慎重な考慮が要求されるといえよう。

 本問において、養子となるべきBとCは養親であるAとFの常居所地である日本にすでに滞在して、生活をともにしており、養子縁組成立後も引き続き日本において生活していくことが見込まれる。そうだとすれば、養親となるべきAとFに養親としての適格性・適合性があるかどうかを判断するために養親の経済状態や生活状況を審理することが必要となる。そして、これらの事項を判断するのに最も適当なのは養親となるべき者の常居所の存する国の裁判所であるといえよう。家事審判規則64条の3が特別養子事件の管轄を養子となるべき者の住所地の家庭裁判所に認めたのも同様の判断に基づくものである。

 さらに、BとCは、甲国から適正な出国手続を経ておらず、また我が国の在留資格を有していない。したがって、本問の断絶型養子縁組の決定の審判はBおよびCに我が国の在留資格を付与するという意義も有しているのである。ここで、断絶型養子縁組の決定の審判につき、国際裁判管轄が認められず申立が却下されるとすれば、BとCは強制退去処分を受けるか、あるいは適法な在留資格のないまま我が国に滞在するという不明確な地位におかれることになり、それは子の福祉に資するものとはいえない。

 さらに、我が国以外に本問の断絶型養子縁組と関連性を有し、国際裁判管轄の有無が問題になりそうな国は、養子となるべきB・Cの本国法である甲国である。

 しかしながら、養親であるAは甲国において誘拐犯として指名手配されており、甲国の裁判所に断絶型養子縁組の申立をするために甲国に入国したなら、逮捕されるのは必至でありAおよびFに甲国で断絶型養子縁組の申立をすることを要求するのは酷であるというべきである。

<管轄を認めるのとは逆の方向に働く事情であるとしても、BCの連れ出し方についても触れるべきでしょう。(道垣内)

 以上からすれば、本問の断絶型養子縁組が子の利益保護に資するものであるかどうかについては、養親となるべきAおよびFの常居所地である日本の裁判機関が最もよく判断できるといえ、我が国に本問の断絶型養子縁組の決定の国際裁判管轄を認めるのが条理にかなうというべきであり、国際裁判管轄が認められると解される。

 

小問(2)

AとB・Cの間の非断絶型養子縁組の許可審判につき、日本の裁判所に国際裁判管轄を認めることができるか。

 この点についても小問(1)第1で検討したように、子の福祉という理念から条理によって判断され、当該養子縁組が子の利益保護に資するものであるかをどこの国の裁判機関が最もよく判断できるかを、具体的な事情などを考慮しながら決することになる。

 なお、家事審判規則63条が、我が国における非断絶型養子縁組の養子縁組である普通養子事件の管轄について、養子となるべき者の住所地の家庭裁判所に管轄権を認めているが、小問(1)第2で検討したように、逆推知を認めるべきではないと解されるので、当該規定の存在により、B・Cの生活の本拠であった児童保護施設の存する住所地である甲国に国際裁判管轄があるとするのが条理にかなうというべきではない。同条が養子となるべき者の住所地の裁判所に管轄を認めた趣旨も考慮しながら、検討することが肝要である。

 同条が養子となるべき者の住所地の家庭裁判所に管轄権を認めた趣旨は結局のところ、子の福祉の観点から、養子となるべき者とより強い関連性を有する養子の住所地に管轄を認めるべきであるという価値判断であると考えられる。

 そうであるとすれば、養子となるべき者の住所地に国際裁判管轄を認めるべきだとする考え方と子の福祉を実現する養親となるべき者の適格性を審査するのに都合のよい養親の住所地・常居所地に管轄を認めるべきであるとする考え方は、終局的に子の福祉を図る目的を有するという点で一致しており、互いに両立するのであって、排斥しあうものでないと考えるべきである。

 そうであるとすれば、小問(1)で検討したような諸事情(B・Cの在留資格の点、甲国においての申立の期待可能性が存しない点)などを考慮すれば、当該養子縁組が子の利益保護に資するものであるかについて、養親となるべきAの常居所地である日本の裁判機関が最もよく判断できるといえ、我が国に本問の非断絶型養子縁組の許可審判の国際裁判管轄を認めるのが条理にかなうというべきであり、国際裁判管轄が認められると解される。

 

小問(3)

 FとB・Cの間の非断絶型養子縁組の許可審判につき、日本の裁判所に国際裁判管轄を認めることができるか。

 この点についても小問(1)第1で検討したように、子の福祉という理念から条理によって判断され、当該養子縁組が子の利益保護に資するものであるかどうかをどこの国の裁判機関が最もよく判断できるかを、具体的な事情などを考慮しながら決することになる。

 小問(2)との違いは、Fが日本国籍を有しない乙国人である点に求められるが、Fが不法滞在者であり、日本から強制退去を受けるというような危険性があるとすればまた違った考慮が必要となるであろうが、日本人であるAの配偶者として日本に常居所地を有している以上、小問(1)、(2)の議論が妥当するといえるのであり、この点をあまり重要視する必要はないと考えられる。

 Fの本国法が乙国法であることは準拠法の決定の場面では問題となるが、少なくとも国際裁判管轄の有無の判断の場面においては、重要な考慮要素と解されない。

 したがって、当該養子縁組が子の利益保護に資するものであるかについて養親となるべきFの常居所地である日本の裁判機関が最もよく判断できるといえ、我が国に本問の非断絶型養子縁組の許可審判の国際裁判管轄を認めるのが条理にかなうというべきであり、国際裁判管轄が認められると解される。

 

第1問

 

  <省略>