国際民事訴訟法試験問題
砂岡枝り加
第1問
<省略>
第3問
1.(1)本件において、本件判決が、原告Xからのコンピューターのソース・コードQの開示を求めるディスカバリーに対して、Yが、事実とは異なる回答をしたために課された制裁のもと出されている点が、民事訴訟法118条3号の「公序」の要件に反するものであるかが問題となる。
2.(1)日本の裁判所により下された確定判決は、我が国において既判力を有し、それが給付判決であれば債務名義として執行力を有する。そして、そのような効力が与えられている根拠は、そうした判決が当事者に必要な手続保障が与えられた上で下された公権的判断であるという点にある。とすれば、外国で下されたものであったとしても、@日本で最低限必要とされるだけの手続保障が国の裁判所に比肩するだけの信頼され得る機関による判断で、かつ、A日本で最低限必要とされるだけの手続保障が確保された上でなされたものであれば、日本においても同様に既判力や執行力を認める余地があることになる。これが、外国判決承認執行制度の実質的な根拠である。民事訴訟法118条3号は公序について、外国判決の内容に関する公序(以下「実体的公序」という)と訴訟手続に関する公序(以下「手続的公序」)とを分けて規定する。実体的公序は、外国判決に日本国内でも判決としての通用力を認めることの当否を、日本の実体法秩序の面から問うものである。ここでいう判決の内容には、主文のみならず理由も含まれる。手続的公序とは、外国で重大な瑕疵ある手続きに基づいて下された判断に判決としての通用力を内国で認めることが、日本の基本的手続法原則(適正手続の保障、裁判を受ける権利の保障など)に反する場合を対象とする。本件は、判決内容が問題となる場合ではなく、その判決の成立過程(成立手続)が問題となっている場面であり、「手続的公序」が問題となる。
<手続的公序が問題となった裁判例、東京地判平成10・2・25(オーストラリア・クイーンズランド州裁判所のサマリー・ジャッジメントの執行)や水戸地竜ヶ崎支判平成11・10・29(ハワイ州連邦地裁判決の懈怠判決の執行)への言及があることが望ましい。(道垣内)>
(2)そこで、原告Xからのコンピューターのソース・コードQの開示を求めるディスカバリーに対して、Yが、事実とは異なる回答をしたために、@無条件で忌避することができる陪審員の数を、Xは4名、Yは2名とすること、AYの冒頭陳述はXのそれの2分の1としていること、B特許の非侵害を立証するためのY側の専門家証人の申請は認めないこと、CYの最終陳述は、Xのそれの3分の1とするとの制裁のもと、出された判決であるという点が、「手続的公序」に反しないか。公序規定がいかなる場合に発動するかについて、民訴法118条3号は、「判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良な風俗に反しないこと」と規定するにとどまり、いかなる事態がそのような場合にあたるのかについて明言していないため、問題となる。この点、学説・裁判例では、@外国判決を承認・執行した場合に内国でもたらせられる結果の異常性・重大性、A事案と内国との牽連性の強さという2つの要素を総合衡量して判断するという判断基準が確立している。
しかし、この判断基準は、国際私法上の公序の要件審査(通則法42条)と歩調をあわせたものであり、この審査基準は「実体的公序」の場面で用いられるものである。「手続的公序」の場合、特に、Aの内国牽連性は、その強弱とは無関係に我が国で、既判力・執行力を与えるのに必要な最低限の手続保障がなされていたかを審査されなければならず、内国牽連性の重要性は低下することになる。そこで、「手続的公序」の場合の審査基準は、主に外国判決を承認執行した場合に内国でもたらされる結果の異常性、重大性から判断すべきである。
3.(1)本件について検討してみると、本件では、ディスカバリー制度が用いられているが、ディスカバリー制度による証拠収集は、裁判所を経由しない私人の権能に委ねられた事項であり、その目的は、事前に相手方の手持ち証拠を開示させることにより、法廷闘争における当事者の実質的公平を確保し、訴訟戦略としての不意打ち防止するところにある。日本の民事訴訟法の下では、証拠開示は裁判所を通じて行われ(民事訴訟法219条以下参照)、証拠開示は極めて制限されたものになっており、証拠保全の方法も限定されている。判例[1]は外国裁判所の判決が我が国の採用していない制度に基づく内容を含むからという一時をもって直ちに「公序」にあたるということはできないとし、それが我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれない場合には、公の秩序に反するとする。この点、ディスカバリー制度の実質的公平、不意打ち防止という目的自体は、日本の基本的手続法原則である適正・公平な裁判と共通する。しかしながら、原告Xからのコンピューターのソース・コードQの開示を求めるディスカバリーに対して、Yが事実とは異なる回答をしたために課された@無条件で忌避することができる陪審員の数を、Xは4名、Yは2名とすること、AYの冒頭陳述はXのそれの2分の1としていること、B特許の非侵害を立証するためのY側の専門家証人の申請は認めないこと、CYの最終陳述は、Xのそれの3分の1とするとの制裁は、懲罰的色彩が強く、制裁を課すことで実質的に被告人の防御権を認めていないものといえ、対審的構造に依拠し、被告に対し十分な防御の機会を付与するという適正手続の保障、公平な裁判、裁判を受ける権利の保障という日本の基本的手続法原則(民事訴訟法2条参照)と相いれない。また、手続的公序の違背があっても、それが一部にとどまり、判決全体に影響をおよぼしているといえない場合は、承認は拒否されないとするべきであるとするが[2]、本件は上記B、C、Dの制裁がために、被告側Yは十分な立証活動を行えず、その結果敗訴しており、上訴をしたが、原判決は維持されたまま、判決は確定しており、判決全体に影響を及ぼしているといえる。よって、外国判決を承認・執行した場合に内国でもたらせられる結果の異常性・重大性から、本件判決は、承認することは民事訴訟法118条3号にいう「公序」に反すると考えられる。
(2)以上の検討から、Xの本件判決に基づいて日本における強制執行は、118条3号の「公序」に反するものといえ、執行は認められないと解する。
参考文献
<第1問、第3問共通使用>
1.澤木敬郎・道垣内正人 国際私法入門 第6版
2.木棚照一・松岡博・渡辺惺之 国際私法概論 第5版
3.櫻田嘉章・道垣内正人編 国際私法判例百選 新法対応補正版
4.本間靖規・中野俊一郎・酒井一 国際民事手続法
5.高桑昭・道垣内正人編 国際民事訴訟法(財産法関係)