2007年度上智大学「国際民事紛争処理」(1単位)試験問題
ルール
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参考文献その他の調査を行うことは自由ですが、他人の見解を求めること及び他人の見解に従うことは禁止します。
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解答作成時間は自由ですが、解答送付期限は、2007年5月26日9:00a.m.です。
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解答は下記の要領で作成し、[email protected]宛に、添付ファイルで送付してください。
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メールの件名は、必ず、「国際民事紛争処理」として下さい(分類のためです)。
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文書の形式は下記の通り。
・A4サイズの紙を設定すること。
・原則として、マイクロソフト社のワードの標準的なページ設定とすること。
・頁番号を中央下に付け、最初の行の中央に「国際民事紛争処理」、次の行に右寄せで学生証番号と氏名を記載してください。
・10.5ポイント以上の読みやすいフォントを使用し、また、全体として読みやすくレイアウトしてください。
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枚数制限はありません。ただ、あなたが大手法律事務所のアソシエイトであり、直属のパートナーからメモの作成を依頼されたと想定して、不必要に長くなく、内容的に十分なもの(判例・学説の適度な引用を含む。)が期待されています。
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これは、成績評価のための筆記試験としては100%分に該当するものにするものです。
問題
フランスの航空機メーカーA社は、近く市場に投入する最新鋭の航空機Pタイプを売り込むため、デモンストレーション・フライトを各国で行っていた。その一環として、韓国を出発して、日本で昼食をとって、その日のうちに韓国に戻るという企画が立てられ、航空会社関係者等が招待された(無償)。しかし、Pタイプ機は韓国を離陸直後に機体に亀裂が生じ、航路を大きくはずれつつ空中分解して墜落した。空中分解には一定の時間を要した模様であり、韓国領空内で生じたのか、北朝鮮領域内で生じたのかは不明であった。事故後の状況によれば、韓国と北朝鮮の双方の領域に遺体、機体の残骸などが散乱していた。この事故により、乗員・乗客200名が死亡した。そして、事故の原因はドイツの部品メーカーBが納入した部品の欠陥によるものである可能性が相当程度あるとされている。
以下の設問に答えなさい。解答の作成上,より詳細な事実関係が必要であったり、外国法の内容が判明していることが必要である場合には、適切に場合分けをして解答を作成すること。なお、本件に適用される条約は存在しないことを前提とする。
(1) 死亡した乗客には日本の航空会社関係者も含まれており、その遺族10名は、A・Bを被告として損害賠償請求訴訟を東京地裁に提起した。AもBも日本には支店も営業所も有していないが、Aは広報・情報収集のための100%子会社(日本法人)を有しているとする。この訴えに対して、A・Bは日本の裁判所には国際裁判管轄がないと主張して争っている。国際裁判管轄についてどのように判断するか。
(2) (1)の事実関係とは異なり、Aは日本に子会社を有していないが、本件Pタイプ機には日本のメーカーCの製造した部品も使用されているとする。(1)の原告らは、Cの製造した部品が事故原因となった可能性もあると主張し、A・Bに加えてCも被告として損害賠償請求訴訟を東京地裁に提起した。A・B・Cに対する訴えについて日本の裁判所の国際裁判管轄は認められるか。
(3) 死亡した乗客のうち、韓国の航空会社関係者の遺族の一部には北朝鮮に住む親族も含まれており、彼らは北朝鮮の裁判所に損害賠償請求訴訟を提起した。北朝鮮の裁判所は国際裁判管轄を認め、A・Bに対して損害賠償金の支払いを命じた。そして、勝訴した原告等は、Bが日本法人Cの株式(東京証券取引所第1部上場)の30%を有することから、その財産に対してこの北朝鮮判決に基づく強制執行を求めた。この北朝鮮判決の日本での執行は認められるか。
(4) 死亡した乗客のうち、韓国の航空会社関係者の遺族が韓国の裁判所にA・Bに対する損害賠償訴訟を提起し、一審で勝訴判決を得た。これに対して、A・Bは控訴したが、控訴は棄却され判決は確定した。仮に、韓国には、控訴審裁判所は、訴訟遅延の目的で公訴を提起したと認められるときは、遅延利息を最高10倍まで増額することができる旨の規定があるとして*、控訴裁判所は、これに基づいて、損害賠償額に加え、通常、年5%の遅延利息とするところを年50%で計算した遅延利息の支払を命じたとする。この判決を日本で執行しようとする際、この遅延利息の部分はどのように扱われるか。
*実際には、1998年の韓国民事訴訟法の改正の際に、控訴棄却の判断とともに、その控訴が訴訟遅延目的であると認められるときは、控訴状印紙額の最高10倍までの金額の裁判所への納入を命ずることができる旨の条文提案があったが、これは採用されなかったようである(確定的な情報ではない)。
採点後のコメント
(1) Aに対する訴えについて管轄原因となる可能性があるのは、@Aの100%子会社の日本法人の存在、A日本人遺族が日本で被った経済的及び精神的損失、B損害賠償債務の履行地(Aに対しては契約違反に基づく損害賠償と不法行為に基づく損害賠償の両者が考えられる)、以上であろう。
@については、法人格は別であるものの、同一法人格の一部としての支店・営業所とその経済的実体に大差はないことと、また、その業務のうち「広報」は本件のデモンストレーション・フライトと関係が深く、場合によっては、この日本子会社を通じて日本人客は勧誘を受けた可能性もある。そのため、営業所所在地としての管轄が認められる可能性がないとは言い切れない。
Aについては、不法行為地管轄としての原因発生地と言えるかが問題となるところ、不法行為地管轄が認められる根拠の最大のものは証拠収集の点にあり、本件では、まずは事故原因が最大の争点になることが予想され、事故発生地である韓国・北朝鮮にある証拠の比重が大きいであろう。
Bについては、国際裁判管轄の原因として不法行為に基づく損害賠償債務の義務履行地を認めた裁判例もあるが、持参債務の原則によれば(それが請求権の準拠法によるのか法廷地法によるのかは別として)、原告住所地管轄の肯定と言うことを意味するので、契約において特に定められた履行地であればともかく、不法行為に基づく場合はもちろん、契約違反に基づく場合にも消極的に解するべきであろう。
そうすると、@の管轄原因が認められる余地があるということになるが、そもそもAの日本の子会社をAの営業所と同視することには法人格を否認することができる程度の同一性を要すると考えられるため、相当の無理があるのに加えて、本件の事情に照らせば、Aに日本での訴訟を強いることは予想外の負担となり得るとともに、事故原因についての証拠が外国にあり、日本での裁判が迅速かつ適正に行うことができるか否か疑問があり、仮にルールの適用としては管轄を肯定できるとしても、管轄を否定すべき特段の事情があると解される。
他方、Bに対する訴えは不法行為に基づく損害賠償請求であると解されるところ、上記の通り、上記AとBに基づく日本の裁判所の国際裁判管轄は否定されると解される。
以上により、A・Bいずれに対する訴えについても国際裁判管轄は認められない、との結論が落ち着きがよいであろう。
(2) Cは日本法人であるので、普通裁判籍が日本にあり、国際裁判管轄は認められる。そこで、A・Bに対する訴えについても、Cに対する訴えとの主観的併合を根拠に国際裁判管轄が認められるか否かがポイントとなる。その際、事故調査の結果、Bの部品に欠陥があった可能性が「相当程度ある」とされていることから、Cは「当て馬」であり、Cに対する訴えは本案については請求棄却となる可能性が相当程度あるとすれば、そのような訴えと併合すれば、本命の被告に対する国際裁判管轄が認められるとした場合の弊害を考えてみるべきであろう。航空機であればもちろん、もっと複雑でない製品でもその部品の納入業者の中に日本企業が含まれていることは珍しくないとすれば、最終製品メーカーはいつでも日本で訴えられるということになってしまうからである。この点、日本の裁判例はなく、また十分な学説上の議論もないが、この点への言及があることが望ましい。
なお、主観的併合については、否定説も相当に強い上、本件では、少なくともBとCは、いずれの責任も否定されるか、いずれかの責任が認めらて他方の責任が肯定されるか、いずれかであって、Cに対する管轄があるからといって、Bに対する管轄を肯定する理由は全くないケースであると言うことができよう。
(3) 本件北朝鮮判決の日本での執行については、北朝鮮が事故発生地の一つであることから間接管轄は認められるとしても、@北朝鮮が「外国」か、A裁判の公開が実現されているのか等、手続保証はどうであったのか、B相互の保証はあるのか、が主な問題点であろう。@については肯定説・否定説、どちらもあり得よう。他方、AとBの検討の出発点は、北朝鮮での手続法・裁判実務、外国判決承認制度がそれぞれどうなっているのかであって、日本からみて勝手な議論ができるわけではない。
(4) 本件韓国判決の扱いについては、懲罰的損害賠償に関する最高裁判決に依拠しつつ、45%分の遅延利息の執行は公序違反となり、執行できるのは、損害賠償についての元本と5%の遅延利息分だけであろう。