2007年6月16日:道垣内正人
「国際協力論」:国際ビジネス紛争の解決---国際訴訟と国際仲裁
1. 国際訴訟
最高裁平成9年11月11日判決(民集51巻10号4055頁)
[事実] 原告・控訴人・上告人Xは、日本での自動車の輸入・販売を主たる業務とする日本法人であり、被告・被控訴人・被上告人Yは、昭和40年ころからドイツ連邦共和国内に居住し、フランクフルトを本拠として営業活動を行ってきた日本人である。昭和62年12月1日、XとYは、XがYに欧州各地からの自動車の買い付け、預託金の管理、代金の支払、車両の引取り及び船積み、市場情報の収集等の業務を委託することを内容とする契約(「本件契約」)をフランクフルトで締結した。そして、Xは、Yの求めにより、本件契約に基づく自動車の買い付けのための資金として、昭和62年11月26日及び同年12月7日に、Yの指定したドイツ国内の銀行口座に合計9174万7138円を送金した。
その後、Xは、次第にYによる預託金の管理に不信感を募らせ、信用状によって自動車代金の決済を行うことをYに提案し、Yに対して預託金の返還を求めた。ところが、Yがこれに応じなかったため、Xは、自己の本店所在地が右預託金返還債務の義務履行地であるとして、右預託金の残金2496万0081円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める本件訴訟を千葉地裁に提起した。一審、二審とも、国際裁判管轄を否定して訴え却下。Y上告。
[判旨] 上告棄却。 1 「被告が我が国に住所を有しない場合であっても、我が国と法的関連を有する事件について我が国の国際裁判管轄を肯定すべき場合のあることは、否定し得ないところであるが、どのような場合に我が国の国際裁判管轄を肯定すべきかについては、国際的に承認された一般的な準則が存在せず、国際的慣習法の成熟も十分ではないため、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である(最高裁昭和55年(オ)第130号同56年10月16日第2小法廷判決・民集35巻7号1224頁、最高裁平成5年(オ)第764号同8年6月24日第2小法廷判決・民集50巻7号1451頁3照〉。そして、我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである。」
2 「これを本件についてみると、Xは、本件契約の効力についての準拠法は日本法であり、本訴請求に係る預託金返還債務の履行地は債権者が住所を有する我が国内にあるとして、義務履行地としての我が国の国際裁判管轄を肯定すべき旨を主張するが、前記事実関係によれば、本件契約は、ドイツ連邦共和国内で結結され、Yに同国内における種々の業務を委託することを目的とするものであり、本件契約において我が国内の地を債務の履行場所とすること又は準拠法を日本法とすることが明示的に合意されていたわけではないから、本件契約上の債務の履行を求める訴えが我が国の裁判所に提起されることは、Yの予測の範囲を超えるものといわざるを得ない。また、Yは、20年以上にわたり、ドイツ連邦共和国内に生活上及び営業上の本拠を置いており、Yが同国内の業者から自動車を買い付け、その代金を支払った経緯に関する書類などYの防御のための証拠方法も、同国内に集中している。他方、Xは同国から自動車等を輸入していた業者であるから、同国の裁判所に訴訟を提起させることが上告会社に過大な負担を課することになるともいえない。右の事情を考慮すれば、我が国の裁判所において本件訴訟に応訴することをYに強いることは、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反するものというべきであり、本件契約の効力についての準拠法が日本法であるか否かにかかわらず、本件については、我が国の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情があるということができる。したがって、本件預託金請求につき、我が国の国際裁判管轄を否定した原審の判断は、結論において是認することができ、原判決に所論の違法はない。」
2. 国際仲裁
最高裁平成9年9月4日判決(民集51巻8号3657頁)
【事実】 1 上告人(原告・控訴人)Xは、教育関係の催事のプロデュース、外国アーティストの招へい及び一般興行等を目的とする日本法人(株式会社)であり、被上告人(被告・被控訴人)Yは、アメリカ合衆国においてサーカス興行を行う同国法人訴外Aの代表者である。XとAは、昭和62年10月2日、Xが、昭和63年度及び平成元年度の2年間、Aのサーカス団を日本に招へいして興行する権利を取得し、Aに対してその対価を支払うとともに、Aが、右2年間、日本において、Aのサーカス団が昭和62年8月15日にアメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴのスポーツアリーナにおいて行った公演と規模、質共に同等のサーカスを構成して興行する義務を負う旨の契約(以下「本件興行契約」という)を締結した。
XとAは、本件興行契約締結の際、「本件興行契約の条項の解釈又は適用を含む紛争が解決できない場合は、その紛争は、当事者の書面による請求に基づき、商事紛争の仲裁に関する国際商業会議所の規則及び手続に従って仲裁に付される。Aの申し立てるすべての仲裁手続は東京で行われ、Xの申し立てるすべての仲裁手続はニューヨーク市で行われる。各当事者は、仲裁に関する自己の費用を負担する。ただし、両当事者は仲裁人の報酬と経費は等分に負担する。」旨の合意(以下「本件仲裁契約」という)をした。
本件訴訟は、Xが、本件興行契約締結に際し、Aの代表者であるYがキャラクター商品等の販売利益の分配及び動物テント設営費用等の負担義務の履行についてXを欺罔してXに損害を被らせたと主張して、Yに対して不法行為に基づく損害賠償を求めるものである。これに対して、Yは、XとAとの間の本件仲裁契約の効力がXとYとの間の本件訴訟にも及ぶと主張して、本件訴えの却下を求めた。一・二審とも訴え却下。
【判旨】 上告棄却。 1 「本件仲裁契約においては、仲裁契約の準拠法についての明示の合意はないけれども、『Aの申し立てるすべての仲裁手続は東京で行われ、Xの申し立てるすべての仲裁手続はニューヨーク市で行われる。』旨の仲裁地についての合意がされていることなどからすれば、Xが申し立てる仲裁に関しては、その仲裁地であるニューヨーク市において適用される法律をもって仲裁契約の準拠法とする旨の黙示の合意がされたものと認めるのが相当である。」
2 「本件仲裁契約に基づきXが申し立てる仲裁について適用される法律は、アメリカ合衆国の連邦仲裁法と解されるところ、同法及びこれに関する合衆国連邦裁判所の判例の示す仲裁契約の効力の物的及び人的範囲についての解釈等に照らせば、XのYに対する本件損害賠償請求についても本件仲裁契約の効力が及ぶものと解するのが相当である。そして、当事者の申立てにより仲裁に付されるべき紛争の範囲と当事者の一方が訴訟を提起した場合に相手方が仲裁契約の存在を理由として妨訴抗弁を提出することができる紛争の範囲とは表裏一体の関係に立つべきものであるから、本件仲裁契約に基づくYの本案前の抗弁は理由があり、本件訴えは、訴えの利益を欠く不適法なものとして却下を免れない。」
外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(昭和36年7月14日条約第10号)
第2条
1.
各締約国は、契約に基づくものであるかどうかを問わず、仲裁による解決が可能である事項に関する一定の法律関係につき、当事者の間にすでに生じているか、又は生ずることのある紛争の全部又は一部を仲裁に付託することを当事者が約した書面による合意を承認するものとする。
2.
「書面による合意」とは、契約中の仲裁条項又は仲裁の合意であって、当事者が署名したもの又は交換された書簡若しくは電報に載っているものを含むものとする。
3.
当事者がこの条にいう合意をした事項について訴えが提起されたときは、締約国の裁判所は、その合意が無効であるか、失効しているか、又は履行不能であると認める場合を除き、当事者の一方の請求により、仲裁に付託すべきことを当事者に命じなければならない。
第5条
1.
判断の承認及び執行は、判断が不利益に援用される当事者の請求により、承認及び執行が求められた国の権限のある機関に対しその当事者が次の証拠を提出する場合に限り、拒否することができる。
(a) |
第2条に掲げる合意の当事者が、その当事者に適用される法令により無能力者であったこと又は前記の合意が、当事者がその準拠法として指定した法令により若しくはその指定がなかったときは判断がされた国の法令により有効でないこと。 |
(b) |
判断が不利益に援用される当事者が、仲裁人の選定若しくは仲裁手続について適当な通告を受けなかったこと又はその他の理由により防禦することが不可能であったこと。 |
(c) |
判断が、仲裁付託の条項に定められていない紛争若しくはその条項の範囲内にない紛争に関するものであること又は仲裁付託の範囲をこえる事項に関する判定を含むこと。ただし、仲裁に付託された事項に関する判定が付託されなかった事項に関する判定から分離することができる場合には、仲裁に付託された事項に関する判定を含む判断の部分は、承認し、かつ、執行することができるものとする。 |
(d) |
仲裁機関の構成又は仲裁手続が、当事者の合意に従っていなかったこと又は、そのような合意がなかったときは、仲裁が行なわれた国の法令に従っていなかったこと。 |
(e) |
判断が、まだ当事者を拘束するものとなるに至っていないこと又は、その判断がされた国若しくはその判断の基礎となった法令の属する国の権限のある機関により、取り消されたか若しくは停止されたこと。 |
2.
仲裁判断の承認及び執行は、承認及び執行が求められた国の権限のある機関が次のことを認める場合においても、拒否することができる。
(a) |
紛争の対象である事項がその国の法令により仲裁による解決が不可能なものであること。 |
(b) |
判断の承認及び執行がその国の公の秩序に反すること。 |
仲裁法(平成15年法律第138号)
(仲裁合意の効力)
第13条 @仲裁合意は、法令に別段の定めがある場合を除き、当事者が和解をすることができる民事上の紛争(離婚又は離縁の紛争を除く。)を対象とする場合に限り、その効力を有する。
A[以下略]
(仲裁判断の承認)
第45条
@仲裁判断(仲裁地が日本国内にあるかどうかを問わない。以下この章において同じ。)は、確定判決と同一の効力を有する。[以下略]