実務国際私法T(2008)テスト
宮木俊輔
問題1
(1) CがAを法定代理人として、Dに対して、親子関係存在又は認知請求を行う前提として、Bとの間で父子関係が成立していないことが前提となる。Bとの間で父子関係が存在するにもかかわらず、Dとの間でも父子関係が成立するとすれば、Cは二重に父子関係を有することになり、公序に反する結果となるからである。
そこで、BとCとの間の父子関係の有無を検討するに、Cは日本・フランスの二重国籍を有するAと日本人Bが婚姻中に出生した子であることから、渉外的要素を含む問題である。そして、本件ではBとCとの間の嫡出親子関係が問題となっていることから、法の適用に関する通則法(以下、単に「通則法」という。)28条1項により連結点は父親であるBの本国法とされ、準拠法は日本法となる。そして、日本法によれば、妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定される(民772-T)。本件でCが「推定されない嫡出子」とされるような特段の事情は見当たらないから、本件の嫡出推定を覆すためには嫡出否認の訴え(民774)によらなければならないところ、嫡出否認の訴えは夫からしか提起できず、出訴期間も1年に限られており(民777)、この期間を過ぎれば夫との嫡出親子関係は確定し、これを覆すことはできない。もっとも、夫を含む関係者が、妻の産んだ子が夫の子ではないことを認めている場合には、子から父子関係の不存在の確認を求めても、あえてこれを否定する理由はない。したがって、このような場合には、家事審判法23条により、家庭裁判所は必要な事実を調査した上で合意内容に問題がなければ、合意に相当する審判をすることができ、これによりBとCとの間の嫡出親子関係を否定することができる。
本件では、Cの血液型からBがCの父ではありえないことが判明したことから、AB間の離婚に至っており、Bを含めた関係者がBC間の親子関係を否定していると考えられる。したがって、Cとしては、まず、家事審判法23条に基づき家庭裁判所に合意に相当する審判を求め、BとCとの間の嫡出親子関係を否定した後に、CがAを法定代理人として、Dに対して、親子関係存在又は認知請求を行うことになろう。
それでは、CがAを法定代理人として、Dに対して、親子関係存在又は認知請求を行うとして、まず、AがCの法定代理人となれるかが問題となる。アメリカ国籍を有するDと、日本・フランスの二重国籍を有するCとの間の親子関係が問題となっていることから、渉外的要素を含む問題である。
非嫡出子のためその血統上の父と認められる者に対して認知の訴を提起しうるものとする場合に、非嫡出子の法定代理人においてもこれを提起することができるか否かが問題となるが、これは非嫡出子の認知の要件の問題であって、認知の成立の問題ではないと解すべきであるから、通則法18条2項に従い、選択的適用主義が採用され、Cの本国法又はDの本国法により、これを定めるべきところ、Cの本国法たるわが民法787条は、非嫡出子の法定代理人においても認知の訴えを提起することができるものとしている。
そこで、さらに、この場合において、非嫡出子の母が、非嫡出子の法定代理人として、認知の訴えを提起しうるか否かは、親子間の法律関係に属する問題であるというべきであるから、通則法32条に従い、これを定めるべきところ、本件のように、非嫡出子のためその血統上の父と認められる者に対して認知の訴を提起する場合には、それに対する勝訴の確定判決があるまでは、非嫡出子の法律上の父はいまだ確定しないのであって、通則法32条カッコ書にいう「父母の一方が死亡し、又は知れない場合」に該当するというべきであるから、BとCに共通の本国法である日本法により、これを定めるべきものである(通則法38条により二重国籍者の場合は常居所地法が本国法とされる)。したがつて、本件において、Cの母であるBが、被上告人の法定代理人として、その代理権を行使し、Dに対して認知の訴を提起しうるか否かは、わが民法により、これを定めるべきものであるところ、民法818条1項は、いまだ父の認知していない非嫡出子で成年に達しない者については、その母が、単独で、親権者(法定代理人)となり、その法定代理権を行使しうるものとしている。
最後に、CがAを法定代理人として、Dに対して、親子関係存在又は認知請求を行う場合、非嫡出親子関係の成立についての準拠法はいずれの地の法によるか。
通則法29条前段によれば、嫡出でない父子親子関係の成立については、子の出生当時の父親の本国法によるとされていることから、準拠法はアメリカ法となる。もっとも、アメリカ合衆国は、いわゆる地域的不統一国法の国家であることから、通則法の指定する準拠法指定が、単にアメリカ合衆国の法を指定するにとどまり、最終的な準拠法はアメリカ合衆国の準国際私法に委ねる趣旨なのか(間接指定主義)、通則法が直接にいずれかの州法まで指定するものなのか(直接指定主義)が問題となる。
この点、国際私法は、内外諸国に場所的に併存するもろもろの法律秩序の中から、それぞれの法律関係に適用する最も適当な法律を指定する法律にすぎないと考えられるから、間接指定主義の考えるように、国際私法による準拠法指定を必ずしも国家を単位とした準拠法指定でなければならないと考える論理的必然性はない。むしろ、国際私法の準拠法指定の精神からすれば、直接指定主義によらしめるのが妥当であるとも考えられる。
しかし思うに、いったいその国のいずれの地域の法律が、その国の国民たる当事者の属人法(本国法)として最も密接な関係を有するかは、その本国の立法者が最もよく知るところである。したがって、内国の裁判官が、その外国人の本国法として、その本国内のいずれの地域の法律が当事者に最も密接な関係を持つか判断するよりも、その本国の立法者が判断して立法しているところに従うのが実際的には妥当であると考えられる。
以上検討してきたところから、CがAを法定代理人として、Dに対して、親子関係存在又は認知請求を行う場合、その準拠法はアメリカ法であり、いずれの地域の法律が適用されるかは、アメリカ合衆国の準国際私法に委ねられるものと解する。
(2) (1)においてCとDとの間に親子関係の成立が認められるとして、CがDに扶養料を請求する場合、扶養義務の成立はいかなる地の法律によるのか。
親子間の扶養義務については、かつては、そのうち未成年の子に対する親の扶養義務は、夫婦間の扶養義務と同じく、いわゆる生活保持の義務であるから、一般親族間の生活扶助の義務について定めたと解される法例旧21条(通則法33条)によるのではなく、親子関係の準拠法(通則法32条)によると解されていた。
ところが、我が国が、子に対する扶養義務の準拠法に関するハーグ条約を批准し、1977年9月19日に発効するに及び、この条約の締約国に常居所を有する婚姻したことのない21歳未満の子に対する扶養義務は、原則として、子の常居所地法によることになった。さらに1986年には、上記条約を批准したことに伴い、扶養義務の準拠法に関する法律が制定され、あらゆる親族間の扶養義務がこの法律により規律されることになり、その結果、未成年の子に対する扶養義務を含む親子間の扶養義務の問題は、すべてこの法律によることとなった(通則法43条1項が扶養義務について通則法の適用除外を明文で定めている)。
本件では、未成年の子Cに対する扶養義務が問題となっているところ、扶養義務の準拠法に関する法律2条本文によれば、扶養義務は、扶養権利者(C)の常居所地法により定められる。本件でCの常居所は問題文から必ずしも明らかではないが、Cが今だ3歳という幼児であることからすれば、おそらく母親であるAと共に暮らしていると推測できること、Aが日本在住であることなどからすれば、Cの常居所は日本であると推測される。
以上より、未成年の子Cに対する扶養義務の準拠法は、Cの常居所地法である日本法であり、民法877条により、CはDに対して扶養義務の履行として、扶養料を請求することができると解する。
(3) BがDに対して、婚姻関係侵害を理由とする損害賠償請求を提起した場合、この損害賠償請求の準拠法はいずれの国の法律によるか。アメリカ国籍を有するDが日本を旅行中にAと不貞行為を行っていることから、渉外的要素を含む問題である。
この点、夫婦間の貞操義務は婚姻の効力によって課されているものであり(Aはフランスと日本の二重国籍であるが、通則法38条により、常居所地である日本が本国法とされること、Bは日本が本国法であることからすれば、通則法25条により夫婦の本国法が日本法で同一であるから、婚姻の効力は日本法を準拠法として定まり、日本法によれば夫婦間に貞操義務が課されていることは明らかである)、Dはこれを侵害したのであるから、婚姻関係侵害を理由とする損害賠償請求の準拠法は、婚姻の効力を定める通則法25条によって決定されるべきとの考え方もありうる。
確かに、AはBに対して貞操義務を負っているから、Bが貞操義務違反を主張してAに対して損害賠償請求をするような場合には、通則法25条の適用問題であるといえる。しかし、本件では、第三者であるDが婚姻関係侵害を行っているのであり、婚姻の効力の問題とは言えず、通則法25条を適用するのは不適切である。
思うに、第三者Dによる婚姻関係侵害を理由とする損害賠償請求は、正義や公平の観点から被害者に生じた過去の損害の填補を図ることを目的とする不法行為に基づく請求であると解すべきであり、したがって、不法行為の問題として性質決定すべきである。
不法行為債権の成立に関する準拠法を定める通則法17条によれば、連結点は、第1次的には結果発生地法であり、結果発生が予見できなかった場合には、副次的に加害行為地法とされている。
結果発生地法は婚姻関係侵害としての不貞行為が行われた日本であると解されるが、仮にAが既婚者であることを隠していたような場合には、結果発生が予見できなかった場合として加害行為地法が準拠法となる余地がある。しかし、加害行為地も婚姻関係侵害としての不貞行為が行われた日本であることは明らかであるから、いずれにせよ日本法が準拠法になると考えられる。そして、日本法上、婚姻関係侵害としての不貞行為は、民法709条の不法行為を構成するとされている。
以上より、BはDに対して、日本法を準拠法として婚姻関係侵害を理由とする損害賠償請求をすることができると解する。
問題2
原審の判断には、法令の適用、解釈を誤った違法があるから、破棄されるべきである。
1、原判決には、反致の解釈を誤った違法がある。
原判決は「本件土地建物の相続については日本法に反致されるが(通則法第41条)、ロシア連邦の国際私法は一般に反致を認めるので、日本に上記の反致規定が存在することにより、ロシア連邦にから見ればロシア連邦法によるとされていることを理由に、結局、相続準拠法はQ共和国法になる。」と述べ、これは、いわゆる二重反致を認めたものと解される。
確かに、イギリスのforeign court theoryのもとでは、二重反致が認められている。そして、foreign court theoryは、自国裁判官はあたかも当該外国の裁判官であるかのごとく着席し、当該外国の裁判官が判断するとおりに(自国側での)準拠法を決定する、などと説明される。本判決は、このような立場に立ったものであると思われる。
foreign court theoryの考え方は、一部、総括指定説のような考え方を前提としている。なぜなら、foreign court theoryは前述の如く、自国裁判官はあたかも当該外国の裁判官であるかのごとく準拠法を決定する考え方であるところ、そこでは自国国際私法により指定された当該外国の国際私法の適用が、当然に予定されているからである。
しかし、総括指定説によれば、論理的に、準拠法が決定しないことになる。なぜなら、国際私法により指定される外国法の中に常にその外国の国際私法が含まれるものとすると、A国の国際私法によれば、B国法によるべき場合に、そのB国法の中にB国の国際私法が含まれ、また、B国の国際私法によれば、A国法によるべき場合に、そのA国法の中にA国の国際私法が含まれることになる。そうすると、結局、A国法によればB国法、B国法によればA国法というように、両国の法律の間を無限に往復することになって、適用すべき準拠法が決定しないことになるからである。したがって、国際私法による外国法の指定は、総括指定ではなく、実質法指定であると解すべきである。
そうすると、一部、総括指定説のような考え方を前提としているforeign court theoryの考え方は採用できず、それを前提とする二重反致も認められないと解するべきである。
2、原判決には、通則法41条の解釈、適用を誤った違法がある。
学説の中には、二重反致自体の成立は否定しつつ、通則法41条の解釈を通じて二重反致を認めたのと同様の結論を導こうとする見解がある。すなわち、通則法41条によれば「当事者の本国法によるべき場合において、その国の法に従えば日本法によるべきときは、日本法による。」と規定されているところ、本国国際私法の反致の法則の顧慮の結果、日本法が準拠法とならない場合は通則法41条所定の「その国の法に従えば日本法によるべきとき」という要件を満たさないから、反致は成立せず、結局、当事者の本国法が準拠法となるという見解である。
本判決が二重反致を認めたものでないとしても、この見解に従ったものとも考えられる。
しかし、従来の用法に従えば、通則法41条の単純反致は、単に相手国の(反致を含まない)通常の抵触規定に従って日本法によるべき場合を指すのであって、その国の反致規定を考慮した結果は、単純反致の不成立とは言えない。もちろん、このような文言上の可能性が直ちに解釈論として正当であるわけではなく、本国の国際私法のどこまでを「その国の法」として顧慮すべきかという判断が必要であることは言うまでもない。ただ、我が国において反致はもともと単に実際的必要性に基づいて実定的に認められているに過ぎないのであるから、本国の国際私法の全てに従うという限りなく総括指定説に近づく解釈を取るべきものとも考えられないのである。
以上を本件についてみれば、通則法36条によれば、相続準拠法は「被相続人の本国法」とされるところ、被相続人たるPの本国法はロシア連邦のQ共和国であるが、ロシア連邦の国際私法によれば、不動産相続の準拠法は所在地法によるとされ、本件土地建物の所在地法は日本法とされるのであるから、まさに通則法41条に該当するものとして(単純)反致が成立し、結局、本件土地建物の相続準拠法は日本法であると解するべきである。
3、結論
以上述べてきたところから、二重反致ないし二重反致を認めたのと同様の結論を導く原判決には、法令の適用、解釈を誤った違法があり、本件での準拠法は日本法であるから、原判決は破棄されるべきである。