国際民事訴訟法T
佐久間奈々
第1問
(1)について
一、 本問では、中国在住の中国人大学生であるYのインターネット上のコメントをしたことによって、韓国人の歌手Xに中国・日本・韓国で損害が発生している。このとき、Xは、損害発生地たる日本で損害賠償請求をすることができるか、問題となる。
二、 まず、渉外的な民事紛争に関しては、国際裁判管轄を規定するような国家間の条約等が存在しないため、各国裁判所に処理がゆだねられている。しかし、日本の民事訴訟法においては、国際裁判管轄を定める明文の規定が存在しないため、どのような事件に関して日本国内の裁判所に国際裁判管轄を認めるかが問題となる。
この点に関しては、民事訴訟法の国内土地管轄規定によってわが国の裁判所の1つが国内裁判管轄をもつときには、わが国が全体として国際裁判管轄を有するとする逆推知説と国際裁判管轄の決定を国際的な裁判機能の振り分けの問題とする管轄配分説が存在していたが、前者では国際配慮に欠け、後者では当事者がいずれの国に裁判管轄が認められるか予測できないため、不当である。そのため、わが国で裁判を行うことが当事者間の衡平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情がある場合を除き、民事訴訟法の国内土地管轄規定によることが妥当である。(修正逆推知説、最判平成9年11月11日・民集51巻10号4055頁)
三、 本問においてXは、不法行為による損害賠償を請求している。民事訴訟法5条9号は、不法行為事件につき、不法行為地に裁判管轄を認めている。証拠収集の便宜から裁判の適正・迅速が期待できること、不法行為地での訴訟は両当事者の予測にかなうこと、不法行為地は行為地の秩序維持にかかわることから、国際裁判管轄についても不法行為地における裁判管轄は認められている。そして、不法行為地管轄の規定に基づいてわが国の裁判所に国際裁判管轄を認めるためには、原則として、被告の行為により原告の法益について損害が生じたことの客観的事実関係が証明されなければならない。なお、この際の証明に関しては、「一応の証明」で足りる。(最判平成13年6月8日・民集55巻4号727頁)
不法行為の加害行為地と結果発生地が異なる場合にどちらに管轄が認められるかが問題となるが、上記の理念に基づくと加害行為地および結果発生地の両方の裁判所に管轄を認めるのが相当であるため、そのいずれかが内国に存在する場合はわが国の国際裁判管轄が肯定される。(東京地中間判昭和59年3月27日・下民集35巻1〜4号110頁)しかし、本問のように、インターネットなどを介した不法行為においては全世界的に国際裁判管轄が認められることになり、被告に対して酷である。そこで、このような場合には、あらかじめ被告が損害の発生を予測しえた地に限定して国際裁判管轄を認めるのが妥当であると解する。
四、 本問において、Xは、中国でインターネットにコメントをしており、それによって韓国・中国・日本において損害が発生しているため、この事実をもって、被告の行為により原告の法益について損害が生じたことの客観的事実関係に関して「一応の証明」が為されたということができる。
そこで、日本国内の裁判所に国際裁判管轄が認められるためには、本問被告のYがあらかじめ日本において損害が発生することを予測しえたかどうかが問題となる。この点、YはXのファンであり、Xの主な活動の場が中国・韓国・日本であったということを知っていたと考えられる。そして、インターネット上で運営されている掲示板に悪意のあるコメントをすれば損害が発生することは容易に予測しえたはずである。
ただし、Yがコメントをした掲示板は中国語の掲示板であったため、日本で損害が発生することを事前に予測していたとは限らない。しかし、国際裁判管轄を決定するに際して実際に当事者が予測していたことを要求してしまうと法的安定性を欠くため、予測の可能性だけで足りると解する。しかも、Xが歌手として活躍し始める前の写真を掲載すれば、Xの知名度が高ければ高いほどメディア等で取り上げられて、海外にも情報が伝わる可能性が高くなることから、日本や韓国において損害が発生することを予測しえたということができる。
したがって、Yの行為によりXの法益について損害が生じたことの客観的事実関係に関して「一応の証明」が為されており、Yには日本において損害が発生することを予測しえたということができるため、日本の裁判所での本問訴えに関する国際裁判管轄を認められる。
(2)について
一、 Xは上記の日本における訴訟で、日本での損害の賠償に加え、中国及び韓国での損害の賠償についての請求についても国際裁判管轄が認められるか。国際裁判管轄において併合請求が認められるか問題となる。
二、 民事訴訟法7条では、原告が同一被告に対して複数の請求をする場合における訴訟の客観的併合を認めている。これは、複数の請求をそれぞれの裁判所で審理するよりも、同一の訴訟手続において処理したほうが当事者の負担が軽減され、さらに訴訟経済にも資するからである。しかし、これを国際裁判管轄においてそのまま認めることには問題がある。なぜなら、国際裁判管轄の場合、本来の管轄地で裁判を受ける当事者の利益は、国内管轄の場合よりも格段に大きい。それにも拘らず、いかなる場合にも一律に客観的併合による裁判管轄を認めることは不当である。そこで、国際裁判管轄の場合には、請求相互間の関連性を要求するべきであると解する。(最判平成13年6月8日・民集55巻4号727頁)
三、 本問において、XのYに対する請求は、Yのインターネットへのコメントという同一の行為により発生した不法行為であるため、請求相互間の関連性があるといえる。したがって、客観的併合が認められるため、Xが日本で提起した損害賠償訴訟において中国及び韓国での損害賠償についても日本の裁判所は国際裁判管轄を認める。
(3)について
一、 XはZに対しても日本で損害賠償を請求することができるか。放送会社Zは番組を放映することを通じて損害を拡大させただけあるため、不法行為であるかが問題となる。また、不法行為であった場合、番組の放映が韓国に限定されていたことから、日本の裁判所に不法行為地管轄が認められるか問題となる。
二、 まず、Zの行為が不法行為にあたるかが問題となる。このとき、不法行為の存在は「一応の証明」をもって認められるため、被告の行為によって原告の法益について損害が発生したという事実を客観的に証明できれば良いと解する。(前掲最判平成13年6月18日)
ZはYのインターネットへのコメントを全て真実であるかのような番組を放映した結果、Yのコメントの内容が広く流布され、Xの中国・韓国・日本での収入が大幅に減少した。本来であればYのコメントはあまり話題になっていなかったにも拘らず、このような損害が発生したのはマスメディアの影響力によるものである。そのため、Zの番組を放映するという行為によってXの収益が減少したという損害が発生しているため、Zに不法行為があったということができる。
三、 次に、上記不法行為に基づいて日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるかが問題となる。
この点、不法行為地管轄における不法行為地とは結果発生地も含まれるため、Xの収益が減少した地である日本にも不法行為地管轄が認められるということができる。しかし、本問においては原告・被告が共に韓国人であり、両者の活動拠点は韓国内に存在する。このことから、両当事者にとって韓国で訴訟を追行するのが最も負担が少なくなるといえる。また、このような場合に不法行為の結果発生地であるというだけで日本国内での訴訟追行を認めることは被告にとって不当な負担を課すことになる。また、不法行為地が韓国であることから、証拠その他の収集に関しても韓国内で訴訟追行することが妥当である。したがって、このような場合に日本国内の裁判所に国際裁判管轄を認めることは、当事者間の衡平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があるということができるため、日本の裁判所は国際裁判管轄を認めない。
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<参考文献>
本文に掲げた判例の他
本間・中野・酒井「国際民事手続法」
梅本吉彦「民事訴訟法」
小室他「基本法コンメンタール新民事訴訟法1」