国際民事訴訟法T
氏名:角田典子
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第二問
民事訴訟法4条5項は、外国の社団または財団の普通裁判管轄存否につき、「日本における主たる事務所又は営業所により、日本国内に事務所又は営業所がない場合には日本における代表者その他の主たる業務担当者の住所により定める」ものとされている。一方、5条5項では「事務所又は営業所を有する者に対する訴えでそれに業務関連性あるものは、当該事務所又は営業所の所在地に管轄がある」と規定されている。これら二つの規定には、国際裁判管轄の判断を巡る考えが大きく影響している。以下、5条との関連性から4条5項に含まれた意味を検討していく。
まず国際裁判管轄の判断につき、原則として4条以下被告の住所や法人の主たる事業所など土地管轄規定が日本に当てはまれば日本に国際裁判管轄が認められるとされる。そして例外的に、日本での訴訟が当事者の公平、裁判の迅速・適正に反するならば日本の管轄が否定されるのである。これは国際裁判管轄には移送制度が認められずいわば入口で全てが決まる為、受訴裁判所を一回で決する必要があることから導かれる。このように判断した判例として、マレーシア航空事件が有名である。これはマレーシアの国内線に関する航空運送契約が、マレーシア国内で行われており日本支店はそれにつき何ら関与していなかったにも関わらず日本の裁判管轄が認められた事例であった。本判例は、“当事者の公平、裁判の迅速・適正”という条理による判断から“民訴法の土地管轄規定”による管轄決定を導いた点で国際裁判管轄判断におけるリーディングケースといえる。こうした考えの根拠には、二つの国際裁判管轄に関する説の対立がある。
まずは、逆推知説である。日本の土地管轄規定から逆に捉えるこの説は、以前の通説・判例であった。しかしこれに立脚した場合、民訴法の土地管轄規定に当てはまればどの様な事案でも国際裁判管轄が認められることとなる。管轄を広く認めすぎるという結果を招き、過剰管轄という事態を生じかねない。ある意味では制限不足ともいえるこの逆推知説と並び主張されるのが、管轄配分説である。これに拠れば、国際裁判管轄の判断を場所的配分の問題として捉え、“当事者の公平、裁判の迅速・適正”の理念により決することとなる。つまり地球を遠くから眺め、どの国で裁判するのが最適か考えるのである。この説は民訴上にはもともと国際裁判管轄に関する法が欠けつしているのだから、逆推知説のように土地管轄規定から導くのは妥当ではなく4条5項には修正を加えるべきであり5条5項にいう業務関連性が必要だとしたのである。
これら二説を検討すると、民訴法4条5項と同法5条5項との矛盾が生じてくる。つまり、4条5項を適用することで5条5項が無意味化しかねないのである。さらに、5条5項における「業務」とは支店における業務を指すとされるが、民事及び商事に関する国際裁判管轄権及び外国判決に関する条約準備草案に拠れば、「業務」とは支店がなくともその地での継続的商業活動いわゆるdoing businessが認められれば足りるとされる。こうした支店は必要か否かの問題につき会社法817条では、「日本に支店がない場合で日本での活動を継続取引するならば、日本での代表者を定めなければならない」としている。つまり、日本における“継続的商業活動=doing business”で判断するか、または営業所所在地で判断するのかの差異が表れているといえる。
これらを踏まえ、本問につき検討する。本問では、本店を外国に有する外国法人が日本に営業所を有することを根拠として、当該営業所と無関係な事件につき日本の裁判所に国際裁判管轄を認めた。これは4条5項を軸に管轄判断をした事例であるが、この考えの裏には日本での管轄を決する際に“業務関連性=doing business”をいかに捉えたかが問題になったと解せる。つまり民訴法の土地管轄規定に修正をなし、“当事者の公平、裁判の迅速・適正”の見地から5条5項による判断をすべきとした管轄配分説ではなく、逆推知説に立脚し結論を導いたのである。先述したようにこれと同様の見解を示した判例が、マレーシア航空事件であるのだがその判断がはたして適切であったかは疑問である。被告が外国法人であり、日本に営業所を有し日本における業務に関連して訴訟が提起されたときには、日本の裁判所に管轄を認めて然るべきであるが、マレーシア航空事件の如くにほんとの業務に関連なき場合にも日本の管轄を認めるのは、あまりにも管轄を広く解しすぎているといえよう。被告たる外国法人に我国での継続的・実質的事業活動があること、被告に応訴を強制するのが不当でないこと、そして“当事者の公平、裁判の迅速・適正”といった条理に照らして日本で訴訟を行うのが不適切でない場合には、日本に管轄を認めてよいと解せる。
以上のように、日本の裁判所に対して、日本に支店を有する外国法人の起こした日本と無関係の事件に関する国際裁判管轄が認められることは、国際裁判管轄を巡る諸説の対立と“業務関連性”や条理をどのように管轄判断に反映させるかという問題に拠るものであると解せる。その中で民訴法4条5項の考えは、欧米的視点ともいえるdoing businessといった業務関連性(5条5項)よりも民訴法の土地管轄規定に重きを置いた結果であるといえよう。当該ビジネスとの業務関連性を重視する欧米的見解には“最小の関連性存否=minimun contact”があるか否かが管轄判断の鍵となる。一方で本問のような判断は、民訴の土地管轄規定を順守したものであろう。しかし日本に事業拠点があることを根拠に、日本に無関係な事案についてまで一概に日本に管轄を認めることが真に紛争の解決になるのかは未だ議論の余地があるように思われる。その点で、当事者の公平など訴訟の上で必要不可欠な条理と土地管轄規定を判断材料として管轄を決する管轄配分説のような思考には、各事案に応じた柔軟且つ適正な判断を可能にし適切な紛争解決を整えるという意味で、それなりの意義があると思われる。
以上