国際関係私法2008

安井 恵

 

問題1

(1)        CAを法定代理人として、Dに対して、親子関係存在確認又は認知請求とともに、扶養料請求の訴えを日本の裁判所に提起したとすれば、国際裁判管轄は認められるか。

 

1.親子関係存在確認または認知請求の国際裁判管轄について

国際裁判管轄権に関し、日本にはこれに関する制定法はないが、国際裁判管轄の判断については、すでに最高裁が判例を示し、基準を確立している[1]。すなわち、当事者間の公平、裁判の適正・迅速等の観点から、条理によって決めていくべきであり、原則的には民訴法の裁判籍に関する規定が条理に沿うものとして、民訴法に従うのが適当である、しかし、具体的事案において条理に反する結果を惹起する特段の事情がある場合はこの限りではない。

そこで、まず、本件に関しての民訴法を見てみる。

民訴41項→訴えは被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所の管轄。

民訴42項→人の普通裁判籍の決定は原則として住所。

補足的に日本国内に住所がない場合は最後の住所による。

 
 

 

 

 

 


これらの法律によると、被告となるDの住所地であるニューヨーク州(以下NY州と記す)の裁判所に国際裁判管轄が認められることになる。

しかし、NY州で裁判を起こすのは、Cにとって不利であり、また、親子関係の存否は子にとって重大な事項であり、子の福祉の観点から、通常は弱い立場にある子の住所地に管轄を認めてもいいのではないか、という意見も当然にあるものと思われる。

 

 そこで、過去に子の住所地に管轄を認めた判例はないかを調べたところ、認めた事案として、以下の2つをピックアップする。

 

@東京高判H17.11.24家月58巻11号40頁

「親子関係事件の国際裁判管轄権については、特段の事情がない限り、相手方の住所地国を原則とするが、子の福祉という観点から、子の住所地国にも認めるのが相当である。」

⇒この事例については、子の福祉という観点から、子の住所地にも国際裁判管轄を認めるという判示をしている。

 

A東京高裁H10.2.26判時1647号107頁

(養育費の請求に関し)「民事訴訟法118条1号の適用上、親子関係事件においては被告の住所地に国際裁判管轄を認めるべきであるが、被告が出張で数回にわたり原告の住所地であるミネソタ州を訪れ、同州内で原告と性交渉を持ったような場合には、親子関係訴訟がミネソタ州で提起されることが被告の予測の範囲を超えるものとはいえず、また、原告は出産後もミネソタ州に居住していて採証上の便宜が同州内に多く集中しており、他方、原告には収入が少なく、被告の住所地での提訴は過大な負担となるので、原告の住所地の国際裁判管轄は肯定できる。」

⇒この事例についても、原則は被告の住所地としながらも、採証上の便宜、原告の負担等を考慮して、原告の住所地での国際裁判管轄を認めている。

 

上記の判例を見ると、裁判所は原則として国際裁判管轄を被告の住所地としているが、諸般の事情を考慮して子の住所地での国際裁判管轄も認めている。また、人事訴訟法41[2]の趣旨も、子の住所地での国際裁判管轄を認めることを間接的に支えていると思料される、という裁判例も存在する。[3]さらに、親子関係の国際裁判管轄については、学説も一致して、子の住所地に裁判管轄を認める。[4]

したがって、本件においても、原則は被告であるDの住所地であり、そうするとNY州の裁判所に国際裁判管轄を認めるべきであるが、Cはまだ3歳であり、またCの法定代理人であるAも定職はなく、被告の住所地での提訴は過大な負担となる一方で、Dは年収500万ドルを得ており、また、日本に旅行中にCと合意のもと性的関係を持った以上、日本で親子関係訴訟が提起されることは突然のことではあるが、想像し得ない、というまでのものではない。このようなA,C,Dの状況を考えると、日本を国際裁判管轄として認めてもよい、と考えられることになる。

 

このように、原則としては、被告の住所地を国際裁判管轄とするが、子の保護、福祉を重視して、子の住所地にも管轄を認めるとするのが日本の判例・学説である以上、CAを法定代理人として認知請求の訴えを日本の裁判所に提起した場合、Dは日本での国際裁判管轄が認められることを覚悟しておくべきである。

 

2.扶養料請求の国際裁判管轄について

 扶養料請求の訴えは、認知により親子関係が存在することを前提とした扶養義務に基づく扶養料請求の訴えであるので、認知の訴えと切り離しては成立せず、そうすると、国際裁判管轄は上記1で検討した認知の訴えの国際裁判管轄と同じである、とするのが妥当であると考える。

 また、扶養料請求訴訟においては、扶養権利者たる申立人の利益保護の考慮が必要であり、権利者の住所国は、権利者の生活状態の調査や扶養料額の算定などに必要な資料の収集にももっとも都合がよい[5]、と考えられる。

 

したがって、扶養料請求の訴えについても、認知の請求とともに日本の裁判所に国際裁判管轄が認められることを覚悟しておくべきである。

 

 

 

(2)        (1)について日本での裁判が可能であると仮定して、親子関係存在確認又は認知請求の準拠法はどうなるか。

 

 日本での裁判が可能であるとすると、その準拠法は、法の適用に関する通則法(以下通則法と記す)によって定められることになる。

 本件では、婚姻関係にないADの子Cが、Dに対して親子関係存在確認又は認知を訴えるものであるので、単位法律関係は、非嫡出親子関係の成立となる、と考えられる。しかし、嫡出親子関係の成立については、日本のように認知主義をとる国と、出生の事実によって当然に親子関係を認めるという事実主義をとる国があるので、まず、通則法28条によって嫡出親子関係の成立の有無を確認し、嫡出子にあたらないとなったら、非嫡出親子関係の成立として、通則法29条の問題となる。

通則法281項:夫婦の一方の本国法で子の出生の当時におけるものにより子が摘出となるべきときは、その子は、嫡出である子とする。

通則法291項:嫡出でない子の親子関係の成立は、父との間の親子関係については子の出生の当時における父の本国法により、母との間の親子関係についてはその当時における母の本国法による。この場合において、子の認知による親子関係の成立については、認知の当時における子の本国法によればその子又は第三者の承諾又は同意があることが認知の要件であるときは、その要件をも備えなければならない。

2 子の認知は、前項前段の規定により適用すべき法によるほか、認知の当時における認知する者又は子の本国法による。この場合において、認知する者の本国法によるときは、同項後段の規定を準用する。

3 父が子の出生前に死亡したときは、その死亡の当時における父の本国法を第一項の父の本国法とみなす。前項に規定する者が認知前に死亡したときは、その死亡の当時におけるその者の本国法を同項のその者の本国法とみなす。

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


まず、通則法281項によれば、子が摘出であるか否かは、その出生当時の父又は母の本国法によって定めることになる。本件については、ABともに本国法は日本法(Aについての本国法は通則法381項を適用)であるので、日本法を見ると、日本民法は嫡出子と非嫡出子を分けて考えており、Cが出生した当時はABは婚姻関係にあったので、CABの間の嫡出子と推定される(民法7721項)。しかし、本件では、Cの血液型から、BCの父でないことが明らかであるので、これによりCの嫡出性の推定は及ばず、ADとの間に出生した非嫡出子であることになる。[6]

したがって、本件においては、嫡出親子関係は成立せず、非嫡出親子関係の成立についての準拠法を通則法29条によって定めることになる。

 

通則法291項によれば、父との間の親子関係については、子の出生当時における父の本国法によることになる。これは、出生当時と定めていることからもわかるように、出生時の親子関係の成立についての規定である、と考えられる。

そして、認知については、2項が規定され、子の認知は、1項により適用すべき法によるほか、認知の当時における認知する者または子の本国法によることになる、とされている。

本件の場合には、Cの認知による親子関係の成立に関してであるので、2項が適用されることになるが、これによると、Cの出生当時におけるDの本国法であるアメリカリフォルニア州法、認知時におけるDの本国法であるNY州法、Cの本国法である日本法、あるいはフランス法ということが考えられる。

つまり、可能性としては、

@日本法

Aフランス法

Bアメリカ・カリフォルニア州法(以下CA州法と記す)

Cアメリカ・NY州法

4つが考えられる。

 このように、準拠法が選択的であるのは、認知の場合には出生後、長期間を経てから認知される場合もあり、その時点で相応しい準拠法を適用することが適当であるとの考慮とともに、認知の成立を容易にしようという考慮に基づいている。[7]

 したがって、この4つの法のうち、準拠法としてはどれでも選びうる、ということになるが、ここで、本国法については、さらに別の規定がある。

 

通則法381項:当事者が二以上の国籍を有する場合には、その国籍を有する国のうちに当事者が常居所を有する国があるときはその国の法を、その国籍を有する国のうちに当事者が常居所を有する国がないときは当事者に最も密接な関係がある国の法を当事者の本国法とする。ただし、その国籍のうちのいずれかが日本の国籍であるときは、日本法を当事者の本国法とする。

 

 

 通則法381項は、二重国籍の場合には、常居所を有する国がある場合はその法によることを定めている。したがって、本件の場合には、Cは日本とフランスの二重国籍を持つが、住居所地は日本であるので、Cの本国法は日本法となる。

 

以上により、本件においては、子の本国法としては日本法が選択されるので、準拠法としては日本法、フランス法、NY州法、CA州法の4つが考えられるが、通則法381項によって、日本法、NY州法、CA法が選択されることになる。

 

 なお、通則法41条では、反致を認めており、当事者の本国法とよるべき場合において、その国の法に従えば日本法によるべきときは、日本法となる。

 従って、本件において、仮にNY州法、またはCA州法を準拠法とした場合であっても、NY州法またはCA州法にて、日本法によるべきという規定があれば、日本法になることになる。

 

※参考(私見)

上記のように、準拠法としては3つの選択肢が考えられるが、最終的には日本法となる可能性が高いように考える。その理由として以下の2つを挙げる。

@本件はCの出生後から既に3年が経過しているので、上記にあるような認知の準拠法が選択的である趣旨から考えると、まず、CA州法は選択肢から外すのが妥当である、と考える。

Aそうすると、日本法とNY州法からの選択になるが、本件では日本での裁判管轄を認めていることが前提であること、日本では民法にて認知制度が規定されているので、本件についての判断は日本法のみで可能であること、を考えると、あえて他国の法律であるNY州法によらずとも裁判が可能である。

したがって、Dは本件認知の訴えについては、日本法が準拠法となる、という認識を持っておく必要がある、と考える。

 

(3)        (1)について日本での裁判が可能であると仮定して、扶養料請求の準拠法はどうなるか。

 

扶養に関しては、日本は「扶養義務の準拠法に関する条約」を批准し、これを国内実施するための法律として「扶養義務の準拠法に関する法律」を制定・施行しているので、扶養料請求の準拠法も、この法律に従うことになる。

 

21項:扶養義務は、扶養権利者の常居所地法によって定める。ただし、扶養権利者の 

常居所地法によればその者が扶養義務者から扶養を受けることができないときは、当事者の共通本国法によって定める。

2 前項の規定により適用すべき法によれば扶養権利者が扶養義務者から扶養を受けることができないときは、扶養義務は、日本法によって定める。

 

 この法律によれば、扶養義務は、まずは、扶養権利者の常居所地法によって定められることになるので、本件の場合はCの常居所地である日本法によって定められることになる。

 但し、日本法によればCDから扶養を受けられない場合は、当事者の共通本国法に定めるとあるので、日本法の扶養に関する規定を確認してみる。

 

民法8771項:直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。

 

 日本の民法では、直系血族に扶養の義務を認めている。現時点において、CDは直系血族ではないが、認知をすることで、親子関係は生じるので、認知後であれば、CDは直系血族になり、DにはCを扶養する義務があることになる。

 

従って、日本法によれば、認知後であれば、CDから扶養を受けられることになるので、第21項前段に規定されているように、Cの常居所法である日本法を準拠法とすることになる、と考える。

 

(4)        BDに対して、婚姻関係侵害を理由に損害賠償請求訴訟をする場合、日本の裁判所の国際裁判管轄は認められるか。

 

BDに対して婚姻関係の侵害を理由として損害賠償請求をする場合、この婚姻関係の侵害は不法行為となるので、不法行為についての国際裁判管轄が日本の裁判所に認められるかを検討する。

 

(1)と同様に、国際裁判管轄権に関し、日本にはこれに関する制定法はないので、原則的には民訴法の裁判籍に関する規定が条理に沿うものとして、民訴法に従うのが適当である。

そこで、民訴法の規定を見てみる。

 

民訴法59号:不法行為に関する訴え  不法行為があった地

 

上記の法にしたがうと、国際裁判管轄は不法行為地、となるが、まず、不法行為地については、他人の権利・法的利益を侵害する行為が行われた加害行為地、その行為による侵害結果が発生した結果発生地もしくは損害発生地がその対象に含まれると考える。

 

次に、不法行為地であることの決定については、不法行為があったか自体が重要な争点となるので、本来であれば本案の審理をつくして判断されるものであるが、管轄を認めるか否かは本案審理の前に決定される事柄であるので、日本に管轄があるかの判断においては、原則として、被告が日本においてした行為により、原告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足りる。(最判H13.6.8民集554727頁)

なお、この判断基準については、この他に、原告の主張に有理性があれば不法行為の存在を仮定していい、とする説や、一応の証明ができればよい、とする説もあるが、それぞれ、被告の応訴を強いるのは不当である、管轄が安易に広く認められすぎる、というような批判もある。[8]

 

そこで本件を見ると、Dによる婚姻関係の侵害行為について、Aと関係を持ったという加害行為が行われたのは日本であり、また、Aと関係を持ったこと自体が夫婦関係を破壊することになるので、損害が発生したということができ、さらに実際に離婚という結果が発生したのも日本である。そうすると、不法行為地は、加害発生地加害発生地いずれかによっても日本となる。また、不法行為自体の存否についても、その相手方であるAが、DCの父親だと主張していること、Cは明らかにBの子ではないこと、という事実から、ADが関係を持ったということが認められ、またBAと離婚したという事実もあるので、不法行為自体の存在も認められる。

 

従って、BDに対して婚姻関係侵害による損害賠償を提起した場合、日本の裁判所に国際裁判管轄は認められる、と考える。

 

※参考

 本件と似た事案として、東京高判S51.5.27下級民集27324頁を挙げておきたい。[9]

この事件では、妻が、妻の勤務先の使用者と性的関係をもつようになり、夫と妻のとの婚姻関係を侵害する不法行為をしたという理由で、その使用者に損害賠償請求の訴えを提起した事案について、夫、妻、使用者はいずれもアメリカ人であったが、すべて日本に居住し、日本でこの不法行為をおこなったため、行為地である日本の裁判所が裁判権をもつことは問題ない、と判断された。

 

(5)        (4)について日本での裁判が可能であると仮定して、損害賠償請求の準拠法はどうなるか

 

 (4)で述べたように、本件は婚姻関係の侵害という不法行為に対する損害賠償請求であるので、不法行為に関する準拠法の決定について、通則法を確認する。

 

通則法17条:不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法による。ただし、その地における結果の発生が通常予見することのできないものであったときは、加害行為が行われた地の法による。

 

 この法律によれば、不法行為を原因とする損害賠償請求権の成立及び効力は、加害行為の結果発生地の法律によることになる。本件においては、加害行為の結果発生地は(4)で検討したように、日本であるので、日本の法律となる。

 

 また、日本における結果の発生が通常予見することのできないものであった場合は加害行為地の法律によることになるが、この「通常予見することができなかった」かの判断は、加害者の主観ではなく、一般人を基準に、加害行為の性質・態様、被害発生の状況等に鑑み、客観的に判断すべきである。というのは、主観的主張を認めると、加害者の恣意的な準拠法選択権を与える結果になるからである。[10]本件においては、Dは日本でAと関係を持ったのであるから、そのこと自体が婚姻関係を侵害するという結果を発生させることは十分認識しうるし、離婚という結果の発生については驚くかもしれないが、予見することができない、とまでは言えないし、さらに、加害行為が行われた地も日本である。

 

 従って、損害賠償請求の準拠法は日本法による、と考える。

 

問題2

 

 まず単位法律関係を決定してから、管轄、準拠法の決定をし、適用していく、というプロセスはかなり論理的であり、まさに「パッチワーク」のようである、と実感した。しかし、準拠法を外国法とした時に外国法では規定がない場合や公序に違反する場合など、例外を認める必要がある場合には、その例外を認めており、また、それを立法にも反映している場合があるが、どこまで認められるかについては、事件が起きてみないとわからないように感じ、論理性の限界、各国の法律まで踏み込まないことの限界があるように思ったが、ではこの限界を事前に知る手だて、つまり事件の予防をすることについての有効な手段はあるのか、疑問に思った。ただ、各国の文化や歴史が異なり、また各国間の利益が複雑に絡み合う現代においては、万民法型統一私法を作成するのももはや無理であり、そうであれば、最低限の秩序を国内法として定めようとすることは極めて合理的であり、実際的解決法としてなるほど、と思った。

 



[1] 最判S56.10.16民集3571224、最判H9.11.11民集51104055

[2]人事訴訟法41項:人事に関する訴えは、当該訴えに係る身分関係の当事者が普通裁判籍を有する地を管轄する家庭裁判所の管轄に専属する。

[3] 名古屋地判S50.12.24判時81675(土井輝生「国際私法基本判例(身分・親族)」126頁(同文館出版,1992)。なお、人事訴訟法改正前であるため、判決中の条文は「人事訴訟法27条の各規定」となっている。

[4] 木棚・松岡・渡辺「国際私法概論 第5版」316頁(有斐閣ブックス,2007

[5] 早田芳郎「渉外的扶養関係事件の裁判管轄権及び準拠法」岡垣学・野田愛子編『講座・実務家事審判法(5)267頁(日本評論社,1990

[6] 参考判例として、福岡家裁H1.5.15家月421116(国際私法判例百選 新法対応補正版(有斐閣,200759事件(120頁)

[7] 澤木・道垣内「国際私法入門 第6版」130頁(有斐閣双書,2006

[8] 国際私法判例百選 新法対応補正版(有斐閣,2007) 84事件(170頁)参照。

[9]土井輝生「国際私法基本判例(身分・親族)」84頁(同文館出版,1992

[10]木棚・松岡・渡辺「国際私法概論 第5版」170頁(有斐閣ブックス,2007