国際私法U
生田秀
(3) A社とC社は契約関係に立たないので、A社はC社に対して不法行為に基づく損害賠償請求を行うこととなる。
通則法17条は、不法行為について結果発生地法を準拠法とすることを原則としているが、その地における結果発生が通常予見できないものである場合には、但書きにより加害行為地が準拠法となる。そして、17条但書きにいう「予見」の対象は、当該具体的な結果の発生ではなく、それと同種の結果の発生であるとされている。
本件においては、B社を通じてA社にワインが輸出されることは予見不可能であったとしても、たとえばB社が日本との貿易を主たる業務とする会社であって、B社を通じて日本のいずれかの会社にワインが輸出されることがC社と同様の業者にとって通常予見可能であれば、結果発生地である日本法が準拠法となる。
他方、このような事情がなく、日本の業者に輸出されることが通常予見不能の場合には、17条但書きが適用されて加害行為地法が準拠法となる。本件ではC社がワインをB社に販売したことが加害行為となるから、販売行為が行われた地の法律が準拠法となる。
(4)
1.A社
渉外的要素を含むか否かに関わらずあらゆる法律関係についてまずは国際私法が適用される、という考え方に立つと、日本法人であるA社との関係においてもまずは通則法18条が適用される。
18条の「生産物」には農産物であるワインも含まれ、「生産業者」には流通業者であるA社も含まれると考えられるので、本件ワインについての消費者とA社との間の生産物責任についての準拠法は、消費者がワインの引渡しを受けた地の法である日本法が準拠法となる(通則法第18条本文)。
2.B社
B社は、日本法人A社に対してワイン1000ダースを販売したのだから、流通過程を経由して日本市場に当該ワインが到達することは容易に予見することができたといえる。
したがって、消費者がワインの引渡しを受けた地の法である日本法が準拠法となる(通則法第18条本文)。
3.C社
B社を経由して本件ワインが日本の消費者に到達することは、C社にとって通常予見することができないといえるので、この場合はC社の主たる事務所の所在地法であるスペイン法が準拠法となる(通則法第18条但書き)。
もっとも、C社がB社とは別ルートで日本市場に同種の商品を直接供給していたような場合には、予見可能性の要件が満たされ、日本法が準拠法となる(通則法第18条本文)。
(5)
1.不法行為の準拠法
この場合も通則法17条が適用されることになり、(3)で述べたように日本における損害発生が通常予見可能な場合には結果発生地法である日本法が準拠法となり、通常予見できない場合には加害行為地法であるスペイン法が準拠法となる。
なお、「問題となった化学物質はぶどうに本来含まれる成分であった」ならば、少なくとも日本法上は「加害行為」も「結果発生」も存在しないようにも思える。しかし、抵触法上の準拠法選択の局面で、実質法に立ち入った価値判断をしてはならないから、(3)と同様に日本を「結果発生地」、スペインを「原因行為地」と考えてよい。
2.日本法の累積適用
さて、仮に17条でスペイン法が準拠法となった場合、22条が累積適用されるかどうかが問題となる。
「問題となった化学物質はぶどうに本来含まれる成分であった」以上、本件の事実がスペイン法上違法となったとしても日本法上は違法とならないから、条文を素直に適用すれば22条により日本法が累積適用されてC社の責任が否定されそうである。
そもそも22条が引き継ぐ法例11条3項については、内国法を過度に優先するもので削除すべきとする見解が有力であった[1]が、経済団体等の強い要請によって存置されたという経緯がある。
しかし、このような特別留保条項が存在することで、合理的な外国の原告は日本裁判所の利用を避けるよう努めることとなり、かえって日本企業の紛争解決コストや契約交渉コストが増大するおそれが指摘されている[2]。
また、理論上も42条の公序則との関係が不明であり、統一的な説明が望まれる。
このような経緯から、22条の制限的解釈についてさまざまな説が主張されているが[3]、私は不法行為法が内国公益と密接な関係を有することに鑑みて、22条は不法行為法の領域における公序則の一態様として把握されるべきであると考える。このような解釈を採用することで、22条の適用場面を外国法適用の結果が内国公序に重大な影響を与える場合に限定することが可能となる。
以上を本件についてみると、本件は、スペイン法を適用した結果が内国公序に何ら影響を与えない事案であるから、22条を累積適用すべきではないと考える。
以上