国際民事訴訟法
小宮 明史
(1) 国際裁判管轄について
ア 最高裁判決の基準の妥当性
原審は、国際裁判管轄について、最高裁判例を引用して判断枠組みを設定している。まず、「国際的に承認された一般的な準則が存在せず、国際的慣習法の成熟も十分でないため、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である」とする。もとより、この点については異論はない。
しかし、「我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときには、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させるのが相当である」との原則論は、全面的な合理性を有するものでない。なぜなら、この原則論は、その前提として「条理」から導出されるべきものであるところ、国内民訴法上の裁判籍が肯定されれば自動的に国際裁判管轄が認められるとしては、両者の差異を看過した結論が生じるおそれがあり、それはもはや「条理」に適わないと評価されうるからである。つまり、全面的に国内民訴法の土地管轄規定を基礎とすることは、その出発点となる「条理」に違背しうる。国内土地管轄については事件処理に適当でなければ移送が可能であることが前提となっているのに対し、国際裁判管轄では移送は不可能である以上、より慎重に管轄ルールを考える必要がある(1)。ゆえに、条理から個別的に国内民訴法の土地管轄規定が国際裁判管轄として妥当するか否かを検討し、不適当な規定はその適用を排除ないし制限することが相当である。
もっとも、原審は以上の原則論に続けて「我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきであると解するのが相当である」とし、上記の弊害を「特段の事情」の判断において修正し、具体的妥当性を保とうとする。それゆえ、この段階において「条理」が再び確保されると解せば、上の批判は当たらないとも思える。しかし、原審は、以下に述べる個別的な国内土地管轄規定の不備を考慮して特段の事情を判断しておらず、「条理」が本件において回復されたとは評価できない。さらに、国際裁判管轄は職権調査事項であると解されるところ、原審は事実上被告に主張責任を課している。いわゆる特段の事情論は、国内土地管轄規定の機械的適用を是正することを使命として登場したものと解されるが、これらの点に照らせばその不完全さは明らかである。むしろ、特段の事情論については、予測可能性を失わせ、その結果、和解による紛争処理の際によるべき基準が不明確になるとの欠点も指摘されている(2)。したがって、原則論の段階において、個別的に国内民訴法の土地管轄規定が国際裁判管轄として妥当するか否かを検討し、明確かつ合理的な判断基準が定立されるべきである。
イ 民訴法4条5項の国際裁判管轄ルールとしての妥当性
原審は、外国社団である被告USOの日本における主たる営業所が東京都渋谷区にあることから、民訴法4条5項により普通裁判籍を認め、これをもって、国際裁判管轄を肯定している。
しかし、他の民訴法上の国内土地管轄の規定との関係から、同項は国際裁判管轄ルールとしては排除されることが相当である。
第一は、同条4項が国際裁判管轄においても妥当すべきものと解されるからである。そもそも、同条の定める普通裁判籍に国内土地管轄が認められるのは、原告が被告の生活の根拠地に出向くのが公平であるとの考慮に基づいている(3)。ゆえに、同条4項は、法人等については、その本拠地である主たる事務所又は営業所を普通裁判籍とする。そして、「原告が被告の根拠地に出向くのが公平である」との考慮は、当事者間の公平を内容とする国際裁判管轄上の条理にも適合すると解される。よって、国際的な観点から裁判管轄を配分すれば、外国法人等に対する訴え一般については、その本拠地国に提起すべきものとなる。しかし、同条5項を国際裁判管轄ルールとして採用すると、日本国内に支店を有する外国法人に対しては、いかなる事件・請求についても国際裁判管轄を肯定する結果となる。これが、上記の当事者の公平の観点からして過剰管轄であることは明らかである。
第二に、同法5条5号との関係である。同号は、業務関連事件について、その業務を行う事務所又は営業所の所在地に特別裁判籍を定めるが、この理は、国際的に事業を展開する法人等にも妥当するものである。そして、上記のとおり過剰管轄となるおそれのある同法4条5項に比して、事件との関連で適正な範囲での管轄を肯定する点で、これを国際裁判管轄ルールとして採用することが相当である。支店所在地では当該支店関連業務についてだけ管轄を認めることを定める同法5条5号との両立の観点からも、同法4条5項は国際裁判管轄ルールから排除されるべきこととなる(4)。
ウ 民訴法5条9項の国際裁判管轄ルールとしての妥当性
原審は、別紙「損害賠償債務等目録」(1)記載の債務不存在確認請求について、その実行行為とされる本件預金担保の設定が東京都内で行われたことから、民訴法5条9号により不法行為地の特別裁判籍を認め、これをもって国際裁判管轄を肯定している。
しかし、本件が債務不存在確認請求であることに鑑みれば、同項は国際裁判管轄ルールとして認められないと解するべきである。
同号が不法行為地管轄という特別裁判籍を定める理由としては、不法行為地に被害者が居住する場合に被害者の救済に資するとともに、その地での応訴を加害者に期待してもその予測を超えた不当な要求とはいえないことが挙げられる(5)。そして、その意義は、被害者の保護の必要性が高い渉外的な不法行為事件に関しては、より強く妥当し、国際裁判管轄ルールとして肯定されるべきことに異論はない。
しかし、本件がまさにそうであるように、訴訟対策として、外国での損害賠償請求に対抗するために、加害者側は加害行為地とされる我が国の裁判所に債務不存在確認請求を提訴することがありえる(6)。そして、この場合に同号に基づいて国際裁判管轄が認められては、被害者と加害者の利益は逆転することになる。原審が、本件債務不存在確認請求についても同号の国際裁判管轄ルールを認める理由は明らかではないが、上に述べた同号の趣旨は看過されるべきではない。被害者の保護のために認められた特別裁判籍が、正反対に、被害者にとって酷な結果をもたらすことは、明らかに当事者間の公平という「条理」に背くものと評価されよう。
エ 民訴法7条の国際裁判管轄ルールとしての妥当性
原審は、別紙「損害賠償債務等目録」(2)ないし(5)記載の請求について、同目録(1)記載の債務不存在確認請求の行為と密接に関連するものであることから、民訴法7条により併合請求の裁判籍を認め、これをもって国際裁判管轄を肯定している。
しかし、ウで検討したとおり、同目録(1)記載の請求については、国際裁判管轄が否定されるべきであるから、併合請求の裁判籍はその前提を欠き、認められない。
また、原審のこの点に関する判断は、最判平成13年6月8日に依拠するものであるが、同判例が、当該事案の検討において各請求が「実質的に争点を同じくする」ことを理由として、「密接な関係」を認定していることに注目するべきである。
これに対して原審は、弁論の全趣旨のみを根拠として、「密接な関連」を認定している点で、上記最高裁判例の解釈を誤るか、あるいは、審理不尽の違法があるというべきである。特に、同目録(4)および(5)の請求は原告みずほBKと甲野松夫との間の銀行取引に関するものであるため、預金担保の実行に関するものである同目録(1)の請求との間の密接な関連が、弁論の全趣旨のみを根拠として直ちに肯定されるとは解しがたい。実質的に争点が同一であるかについて、より立ち入った審理がなされるべきである。
オ 特段の事情
仮に、上記アないしオの主張が認められないとしても、本件について我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情が認められるため、国際裁判管轄は否定されるべきである。
本件で認められるべき特段の事情とは、本件イリノイ訴訟が係属しているという一点に尽き、かつ、それで十分なものである。イリノイ訴訟が係属しているにもかかわらず、本訴えにつき国際裁判管轄を肯定し、原告の我が国における訴訟追行を許容することは、裁判の適正という理念に反する結果となる。
まず、イリノイ訴訟は被告USOから原告に対する損害賠償請求訴訟であるところ、本件はこれに対抗するための債務不存在確認の訴えであり、両者の訴訟物は同一であると解される。ゆえに、このまま両者を並行して継続させ、判決に至らせることは、跛行的法律関係の発生・訴訟追行上の不経済といった弊害をもたらす。そして、これらの弊害を防止することは、外国判決の承認制度の存在意義でもあるため(7)、同制度の趣旨を没却することにもなりかねない。
思うに、裁判の適正という理念は、我が国で国際裁判管轄が争われている眼前の事件のみについて判断するべきではない。当事者は、社会的事実としての紛争解決を望んでいる以上、包括的に当該紛争の適正な解決を念頭に置くべきである。上記の弊害が生じることは、当事者の関心の本質であるところの「裁判の適正」を害することとなる。
そして、本件イリノイ訴訟が本件に先行するものであること、給付訴訟と債務不存在確認訴訟については訴えの利益の観点から前者が優先されるべきであることに鑑みれば、我が国に係属する本件訴えにつき国際裁判管轄が否定されるのが相当である。他方で、被告としては、大企業であることもあり、米国における訴訟追行上、過大な不公平が生じるものとはいえない。
原審は、本件イリノイ訴訟が本案審理に至っていないことを理由として、特段の事情の存在を否定するが、長期的な視点に立って裁判の適正の理念を勘案するならば、上記理由は当を得ないものといえよう。
(2)国際的二重起訴について
原審は、民訴法142条の裁判所は外国を含まず、また、これを禁止する慣習、条理も認められないとして、国際的二重起訴の主張を認めない。
しかし、(1)のオで述べたことと同一の理由から、国際的二重起訴は禁止されるものと解するべきである。すなわち、将来の外国判決の承認が予測できる場合には、日本では訴えの利益がなくなり、外国訴訟判決についても民訴法142条の考え方を及ばすべきである(8)。
以上
<参考文献>
(1) 道垣内正人「国際裁判管轄権」高桑昭=道垣内正人編・新・裁判実務体系3、43頁
(2) 道垣内正人「国際裁判管轄権」高桑昭=道垣内正人編・新・裁判実務体系3、47頁
(3) 長谷部由紀子執筆、中野貞一郎編・新民事訴訟法講義〔第2版補訂版〕75頁
(4) 道垣内正人「国際裁判管轄権」高桑昭=道垣内正人編・新・裁判実務体系3、44頁
(5) 佐野寛「不法行為地の管轄権」高桑昭=道垣内正人編・新・裁判実務体系3、91頁
(6) 佐野寛「不法行為地の管轄権」高桑昭=道垣内正人編・新・裁判実務体系3、96頁
(7) 高桑昭「外国裁判の承認」高桑昭=道垣内正人編・新・裁判実務体系3、307頁
(8)道垣内正人「国際訴訟競合」高桑昭=道垣内正人編・新・裁判実務体系3、147頁