国際民事訴訟法U

B050099−7 

4年 上田綾乃 

 

 

問題1:

 日本法の適用に誤りがある外国判決であっても、民訴法118条に基づき日本で承認・執行することが認められるか。

 民訴法118条の承認要件には法が正しく適用されていることというものはなく、民事執行法24条2項が外国判決の実質的再審査を否定していることから、このような外国判決の承認を、わが国の裁判所がわが国の判例に反するからという理由で拒否することはできないようにも思われる。

しかしながら、民訴法118条3項が「判決の内容および訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと」(公序要件)と規定することから、わが国の判例に反する外国判決は「日本における公の秩序」に反すると言えるのではないだろうか。この点につき以下検討する。

公序要件の趣旨は、外国の法令あるいはその判断基準がわが国における法令、判断基準と異なることがあっても外国裁判所の判決を承認するが、そのことがわが国の基本的法秩序、道徳的観念に反することになるときは当該外国判決を承認しないということにある[1]とされる。その判断に際して、外国判決の主文のみならず判決の基礎となる事実を考慮できるとする点について現在争いはないが、民事執行法24条が実質的再審査を禁止していることとの関係から、当該外国判決の事実認定、法令の適用、判断の内容についての当否について判断することは許されない。そして、上記公序要件は実体的公序と手続的公序に分けられるが、本問は判決の内容が公序違反か問題となる実体的公序の場合である。実体的公序の例としては典型的、外国判決が第2婦人の地位を認めている場合や、賭博に基づき債務の履行を命じている場合などが挙げられている。この他にも、外国裁判所の確定判決がわが国の確定判決と抵触する場合にも、内国法秩序の尊重という観点から、一般に実体的公序のなかで調整すべきであるとする見解が有力[2]である。

上記のような場合と同様に、本問のような場合においても公序要件に反するとして承認を拒絶することは許されるだろうか。まず、本問が例に挙げた第2婦人の事例や賭博債務の事例のようにわが国の道徳的観念に反するものではないことは明らかである。とすると、問題となるのは基本的法秩序である。上記の例は内国確定判決に加え外国確定判決も承認するとすればわが国において既判力が抵触することとなり弊害が生じるために、わが国の法秩序に反するとされるのであるが、本問では、そのような既判力抵触は生じ得ない。そして日本法の解釈において現在の判例に反するといっても、そのような判例の立場と異なる判決は国内の裁判所でも多々下されているものであり、例えその判決が判例に反するからといってその執行が必ず拒絶されるような取り扱いはなされていない。このことを考えれば、判例違反であるからといってわが国の公序に反するとは言えず、むしろ判例違反であることを理由に法適用の当否を判断することは、実質的再審査の禁止に該当する可能性が高いのではないだろうか。

また、外国判決の承認を求めた当事者の立場から考えると、わが国の判例違反であるからといって外国判決の承認がなされないとすると、その事件に関してわが国での既判力を獲得するには再度わが国で訴えを提起するしか手段がなくなってしまう。しかしながら、わが国に裁判管轄の無い場合や、すでに請求権が時効にかかってしまった場合を考えると、当事者にとって著しく不当な結論を導くことになるのではないだろうか。従って、国際的に他国の法を準拠法として判断することが一般的に是認されている現在においては、自国の法であってもその法適用については審査すべきでないと考える。

以上より、本問のような場合に、日本法の適用に誤りがある外国判決であっても、日本で承認・執行することは許されるべきである。

 

 

問題2:

(1)Xによる詐欺の主張が認められるか否かにつき、東京地方裁判所はいかなる法律を適用するか。わが国の裁判所は、本問のような仲裁契約の成立を判断するにあたって準拠法をどのように選択すべきとしているのだろうか。

@学説と判例の立場

まず、前提として国際仲裁契約の訴訟上の作用が問題となるが、この点については、この問題がわが国裁判所の国際裁判管轄の制限に関する問題であることから、法廷地国際民事訴訟法に従って判断されるべきであるということに特に争いはなく、また外国仲裁契約の存在が妨訴抗弁となることについても特に争いはない。

 では、国際仲裁契約の準拠法はどのように判断されるべきであろうか。学説においては、仲裁契約の準拠法はまず第一に当事者の意思に委ねるべきとする通説と、国家(日本)の裁判所において仲裁契約が妨訴抗弁として提出されるかぎりにおいて、その仲裁契約の人的および物的範囲は、「手続は法廷地法による」という原則に従い、法廷地法、つまり日本法によって判断されるとする少数説がある。しかし、少数説のように仲裁契約の抗弁の訴訟上の効果についてのみならず、仲裁契約の実体的内容(人的および物的範囲)に関しても当事者意思を無視して必ず法廷地法による制限を課そうとすることに対しては批判が強い。仲裁が当事者間の合意を基礎とする紛争解決手段であることを考えれば、やはり通説のように準拠法も当事者の意思をもとに決するのが妥当である。判例も通説と同様の立場にたつ。仲裁契約そのものの成否が問題となる本問とは異なり、仲裁契約の効力を判断するにあたっての準拠法が問題となった事例であるが、最判平成9年9月4日事件[3]において判例は以下の様に判示している。国際仲裁における仲裁契約の成立および効力については、「法例71項により、第一次的には当事者の意思に従ってその準拠法が定められるべきものと解するのが相当である。そして、仲裁契約中で右準拠法についての明示の合意がされていない場合であっても、仲裁地に関する合意の有無やその内容、主たる契約の内容その他諸般の事情に照らし、当事者による黙示の準拠法の合意があると認められるときには、これによるべきである」。そしてこの判例は本問と同様に仲裁契約の中にクロス条項(当事者が仲裁を申し立てる際はそれぞれ相手方の居住国で申し立てなくてはならないとする条項)が挿入されていた事例であるが、このようなクロス条項の存する場合は、準拠法につき明示の合意がなくとも、仲裁地の合意から、その仲裁地法を準拠法とする黙示の合意を読み取ることができるとする。

 しかし、上記のような仲裁契約の効力に関し準拠法が問題となった判例の射程は、「仲裁契約そのものに詐欺的に締結されたという瑕疵があるのではないか」というような仲裁契約の成否が問題となる本問にまで及ぶのだろうか。この点につき、上記判例の判旨が仲裁契約を法例7条にいう「法律行為」として捉えており法例7条が成立と効果によって準拠法を区別しない態度を示していることからは、仲裁契約の成立についても判断の射程が及ぶものと考えられる[4]

A本問の検討

 このような通説・判例に基づき本問を検討する。本問の仲裁契約の成否を判断する準拠法の決定に当たっては、(法例7条1項に相当する)法の適用に関する通則法7条に基づき、第一次的には当事者の意思に従って定めるべきであるとされる。まず、本問において当事者間に準拠法につき明示の合意がある場合には、その準拠法によって仲裁契約の成否を判断することとなる。しかし、そのような明示の合意のない場合も、仲裁地の合意やその他事情を勘案し黙示の合意有りと解される場合においては、その合意を推定し準拠法を定められるべきであると考えられる。本問においては、いわゆるクロス条項が採用されており、Xが仲裁を申立てる場合にはNY州を仲裁地とする旨の合意がなされている。仲裁地の合意が唯一の考慮要素ではないが、その他に特に日本法を準拠法とすべき事情のない限り、本問においてはNY州法が準拠法として適用されるものと考える。

 

(2)Xの提起した訴えにつき、東京地方裁判所はどのように判断すべきか。本来特許庁が第一次的判断権を有する特許の有効性という争点を含む紛争を、私人間の紛争解決手段たる仲裁に付託することは許されるか、という仲裁適格(仲裁可能性)が問題となる。

@仲裁適格の準拠法

 仲裁適格とは、ある紛争を仲裁によって解決することができるかどうかという問題であるが、これは裏返せば国家による裁判の排他的管轄をどの範囲で認めるかという問題であり、各国の司法政策に直結する問題[5]ということができる。その範囲は各国ごとにことなり、仲裁適格を判断する際にどの国の法律によるかは重要な問題となる。

 まず、仲裁契約の成立・効力につき第一次的には当事者の意思によるべきとする上記平成9年判例の射程が本問にも及ぶかを検討する。ここで射程が本問にも及ぶとすれば、仲裁適格はおそらく仲裁地法たるNY州法によって判断されることとなる。しかしながら、仲裁判断の承認について規定する仲裁法45条2項8号は、「仲裁手続における申立てが、日本の法令によれば、仲裁合意の対象とすることができない紛争に関するものである」場合には、承認できない旨定めている。仲裁判断の取消しについても同様の規定が存在する(同法44条1項7号)。すなわち、仲裁地法(NY州法)によれば仲裁適格を満たすとしても、法廷地法(日本法)によれば仲裁適格を満たさない場合には、その仲裁の効力を日本に及ぼすことはできなくなってしまう。従って、NY州で仲裁できることを理由にわが国に提起された訴えを却下するためには、NY州法のみならず、日本法によっても仲裁適格が認められることが要件となる。

A日本法からみた仲裁適格

 そこで、日本法において特許の有効性を仲裁において争うことが許されるか検討する。まず、仲裁適格とは「当事者が和解をすることができる」民事上の紛争に認められるものとされている(仲裁法13条1項)。この「和解」の意義については争いがあり、民法上の和解や訴訟上の和解などと比較もされるものの、当事者の処分権能の有無を問題とする仲裁独自の概念と考え、政策的な判断も含めて実質的に考えれば足りると思われる。

一般に特許権の侵害事件においては、侵害に対する差止めや損害賠償の請求は通常の財産上の請求であり仲裁適格は及ぶとされている。これに対し、有効性に関する争いについては、対世効を求めるものである限りその判定権は特許庁が専属的に有しており、一般に仲裁適格はないものとして否定的に解されている[6]。しかしながら、特許権侵害が争点となる紛争において、その前提問題として特許の有効性を判断することは許される[7]と考える。というのは、仲裁判断によって特許を対世的に無効であるとすることは特許庁による判断を待つべき類のものであり許されないが、あくまでも仲裁当事者間においてのみ、侵害紛争の前提問題として当該特許を無効として扱うことは、当事者の処分権能の範囲内としても不都合はなく、仲裁適格を認めてもよいのではないだろうか。

B本問の検討

 以上より、本件事例はYのアメリカ特許無効そのものの確認訴訟ではなく、その特許を前提としたXY間契約における債務の存否を争うものであるから、日本法において仲裁適格が認められる。しかし仲裁の成立・効力に関しては(1)と同様にNY州法が適用されることから、NY州法によっても仲裁適格が認められることが必要となる。従って、NY州法によれば本問は仲裁適格有りとされる場合は本件仲裁契約は有効なものとして扱われ、東京地方裁判所はわが国に提起されたXの訴えはその仲裁契約に反するものとして却下すべきである。

 これに対して、NY州法によれば、本問の紛争は仲裁適格を欠き本件仲裁契約は無効であるとされた場合には、Xの訴えは適法なものとして認められるべきである。但し、外国で登録された特許権等の侵害訴訟についてもわが国の国際裁判管轄が認められるとするのが多数説[8]であるが、外国特許権の成立の有無等につきわが国の裁判所が判断できるかについては争いがある。外国特許権の権利付与の国家行為性に鑑みれば、特許法168条2項を類推するなどして外国の特許審判がなされるまで訴訟手続を中止するなどの措置をとることが望ましいと考える。

 

(3)Xの提起した訴えにつき、東京地方裁判所はどのように判断すべきか。(2)と同様の仲裁適格の有無に加え、日本の独占禁止法(以下独禁法)違反であるか否かが争点となる紛争をNY州における仲裁で解決することができるかが問題となる。

@仲裁適格の有無

 独禁法違反は公正取引委員会が主として執行するものであり、そのような違反の有無を前提とする紛争を仲裁によって解決することは許されるのだろうか。このような仲裁適格は、(2)の場合と同様に法廷地法(日本法)と仲裁の準拠法(NY州法)の双方において認められなければならないと考えられる。

 まず、日本法においては、独禁法においても特許の場合と同様に、差止め請求や損害賠償の前提としてであれば、当事者のみを拘束する判断として仲裁の中で独禁法違反であるか否かを判断することは許されるとすべき[9]である。仲裁はあくまでも当事者間のみの判断であり、その判断は公正取引委員会を拘束するものでないと解すれば、敢えて独禁法違反の場合に仲裁による紛争解決を禁止する理由は無いと考えられるからである。

 また、本問においては外国で行われる仲裁において日本の独禁法違反であるか否かを判断することの適否が問題となるが、仲裁はあくまでも裁判所外で行われる当事者間の紛争解決手段であることから、単にその仲裁地が日本であるか外国であるかは関係がない。従って、NY州法から見た仲裁適格は明らかではないものの、日本法においては本件紛争に仲裁適格は認められる。

A本問の検討

 以上より、本問の事例がNY州法においても仲裁適格が認められ仲裁契約が有効とされるばあいには、東京地方裁判所はXの訴えを却下すべきである。逆に、NY州法によれば仲裁適格が否定され本件仲裁契約無効とされる場合には東京地方裁判所はXの訴えにつき審理すべきである。



[1] 高桑昭「外国判決承認の要件としての公序良俗」『国際私法の争点(新版)』(有斐閣、1996)237頁

[2] 大阪地判昭和52年12月22日判タ361号127頁は、内外確定判決の抵触が生じる際には常に外国判決の承認を公序に反するとする。

[3] 民集51巻8号3657頁、判時1633号83頁、判タ969号138頁

[4] 横溝大・法学協会雑誌116巻10号1685〜1699頁(1999)

[5] 山本和彦=山田文『ADR仲裁法』(日本評論社、2008)352頁        

[6] 小島武司=高桑昭編『注釈と論点・仲裁法』(青林書院、2007)62頁

[7] 出井直樹=宮岡孝之『QA新仲裁法解説』(三省堂、2004)50頁、小島=高桑前掲注()62頁

[8] 相澤英孝編『知的財産法概説〈第3版〉』(弘文堂、2008)396頁

[9] 出井=宮岡・前掲注(7)51頁、小島=高桑・前掲注(6)62頁