国際関係私法基礎

 

設問(1):伊東玄一郎氏の答案から抜粋

設問(2):目黒陽介氏の答案から抜粋

設問(3):林純子氏の答案から抜粋

設問(4)(5):北大路史顕氏の答案から抜粋

設問(6):出井翼氏の答案から抜粋

 

設問(1

結論:

 本件契約の準拠法は乙国法である。

 

理由:

1.適用条文

1)契約の単位法律関係は法律行為である。

2)法律行為の準拠法決定については、例外的に通則法7条によって当事者自治が認められ、当事者間の選択したが準拠法とされる。一方、選択がない場合には、通則法は8条によって客観的連結に立ち戻り、その契約についての最密接関係地法を準拠法とすると規定する。(さらに、消費者契約については同11条、労働契約については同12条の適用がある。)

3)よって、本件契約準拠法は通則法7条、8条、(9条)によって決定される。

 

2.明示の合意の存否について

1)本件契約においては、以下の理由でAB間において準拠法についての明示の合意はなかったものと認められる。

2)すなわち、本件契約の交渉過程において、AからBに発した発注書には「本件契約の準拠法は日本法であ」ると記載されている。その一方で、その発注書に対するBAに対する受注確認書においては「本件契約の準拠法は乙国法であ」ると記載されている。そしてBは受注確認書発送後、直ちに本件βを発送し、Aはそれを受領している。

3)以上の事実からすれば、その後、明示的にAが乙国法を準拠法とすることを前提とする意思表示・行為等をなしていない本件においては、AB間に本件契約の準拠法について明示の合意があったということはできない。

 

3.黙示の意思の合致の存否について

1)契約準拠法について明示の合意がないとしても、黙示の意思の合致を認めることができれば、通則法7条より、それを契約準拠法とすべきである。この点に関して、通則法8条が規定された今日では、黙示による指定の実際的意義は限定されたという考えがある。[1]たしかに、この説がいうように、通則法8条により、法例時代の硬直した行為地法主義に比し、柔軟な客観的連結が可能となった点は認められる。しかし、あくまで8条は当事者の選択がない場合に初めて適用される構造となっている以上、客観的連結を探る前に、まず、主観的連結の存在を検討する必要性は通則法が制定されて以降も変わるところはないと考えられる。

2)黙示の意思の合致を認定する際に考慮すべきは、当事者の当該事案における現実の意思である。仮定的意思は、そもそも当該当事者の意思ではないのであるから、排除されるべきである。[2]

3)本件においては、AB間において、特に準拠法指定について黙示の意思の合致があったと認められる事情はみとめられない。

 

4.特徴的給付の理論

1)以上より、本件においては、AB間において契約準拠法の選択は明示的のも黙示的にもないから、通則法81項より、本件契約の最密接関係地法を探ることとなる。

2)通則法82項は“特徴的給付”をする者の常居所地法(括弧書で例外あり。後述。)を当該契約の最密接関係地法だと推定する。特徴的給付する者とは、その契約を特徴づける給付または履行をなす者を指す。[3]たとえば、典型的な商事の売買契約場合には、契約当事者の主要な履行義務は、売主の物の引渡し義務と買主の代金支払義務があるが、後者は契約一般に共通する義務である一方で、前者は売買契約を特徴づける義務であるといえる。よって売買契約の場合には、特徴的給付をなす者は売主だということになる。

通則法82項は、括弧書きにおいて、その者が「当該法律行為に関係する二以上の事業所で法を異にする地に所在するものを有する場合にあってはその主たる事業所の所在地の法」を最密接関係地法と推定するとしている。

3)本件においては、βの売主はBであり、特徴的給付者となる。そして、本件契約では、契約交渉段階ではシンガポール所在のBのアジア地区支店のbが担当し、契約締結段階においては、発注書・受注確認書は乙国所在のBの本社が窓口となっている。(発送はBの乙国工場からされているが、これは事業所には当たらない。)

 そうすると、Bは、本件契約に関係する事業所として、シンガポールと乙国というを異にする地に所在する2つの事業所を有しているといえる。よって、通則法82項括弧書後段に従って、この場合には、乙国所在のBの本社がBの主たる事業所といえることから、乙国法が最密接関係地法として推定されることになる。

 

5.推定を覆す事情の存否について

1)以上より、本件では、通則法82項より乙国法が最密接関係地であると推定されるが、その推定を覆す事情はあるかが問題となる。

2)本件においては、上記推定を覆すほどの事実はうかがわれない。

 

6.結論

以上に述べたように、本件ではAB間で、契約準拠法の明示的・黙示的指定はなく、特徴的給付であるBの本件契約に関係する主たる事業所は乙国所在のB本社であるから、乙国法が最密接関係地法として推定される。その推定を覆す事情はないから、結局、本件契約の準拠法は乙国法となる。

 

設問(2)   

 

 通則法は、不法行為によって生ずる債権の成立及び効力について、17条に原則規定を置き、18条、19条に生産物責任及び名誉又は信用の毀損についての特例を置いている。

 しかし、通則法20条において、不法行為の準拠法につき、明らかにより密接な関係がある地がある場合は、当該他の地の法によるとの例外を定めており、「当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたこと」を明示的に例示している。この規定は、契約と不法行為の双方に関連する事案について生じる、法性決定や請求権競合などの困難な問題を回避できること、契約準拠法の適用は当事者の予見可能性に資することを根拠とする。[4]よって、この場合、不法行為の準拠法を契約準拠法にあわせることになる。[5]

本件において、BAに対する加害行為は、自社製の純度80%程度であり、有毒物質が10%以上混入したβをAに引き渡したことである。Bは、本件契約において、純度99.99%以上のβをAに引き渡す義務を負っていたのであり、上記の加害行為は、契約に基づく義務に違反して行われたものであると認められる。

よって、ABに対して不法行為に基づく損害賠償請求をすることができるか否かは、通則法20条により、(1)において検討した、本件契約の準拠法による。

 

設問(3) 

 

 1. 国際裁判管轄ルール(Annex

 

(1) P条1項

              まず、P条1項であるが、「日本国内に事務所又は営業所を有する者に対する訴え」について、「その事務所又は営業所における業務に関するものについて」は、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる旨規定している。これは、「原告は被告の法廷に従う」という被告保護の原則に基づいて、日本国内に事務所・営業所がある限り、その業務に関する訴えについては、当該事務所・営業所に応訴する義務と能力が認められるものと考えられることを理由にしているものと解される。

              これを本問にみるに、訴えられるのはBであるが、Bは日本国内には事務所も営業所も有していない。そのため、本訴訟は本条項には該当しない。

 

(2) P条2項

              次に、P条2項は、「日本において事業を継続して行う者に対する訴え」において「その者の日本における業務に関するもの」については、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる旨を規定している。これも、事務所・営業所はなくとも、日本で事業を継続して行っている以上、被告に日本で行われる裁判に応訴させることが、当事者の公平、裁判の適正・迅速という観点から不相当とは認められないと考えられることを理由にしているものと解される。

              これを本問にみるに、Bのアジア地区支店では、ここ数年間において、日本市場における売上が概ねその10%を占めている。「ここ数年間」の売上が日本で「10%」を占めていることより、Bの日本における事業の継続性が認められるものと考える。また、日本法人たるAとの契約違反に基づく損害賠償請求については、「日本における業務に関するもの」といえる。したがって、AのBに対する契約違反に基づく損害賠償請求については、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるものと考えられる。

 

(3) Q条

              また、Q条では、不法行為に関する訴えについて、「不法行為があった地が日本国内にあるとき」は日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる旨が規定されている。また、同条但書では、外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、「日本国内における結果の発生が通常予見することのできないものであったとき」には、日本の裁判所には国際裁判管轄が認められないことが定められている。

              ここで、「不法行為」とは、加害行為及び結果発生のいずれも含まれるものと解する。なぜならば、同条文中に「結果の発生」という文言が使われていること、また、民事訴訟法5条9号の「不法行為」と同意義であると考えられるところ、「(旧民事訴訟法第15条第1項[6]の)不法行為地には行為のなされた地だけでなく、損害の発生した地も含まれると解すべき」とした判例[7]があるからである。

              しかし、澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門(第6版)』(有斐閣,2006)283頁で指摘される通り、損害発生地に経済的損害の発生地を含めると、被害者の住所・本店の所在地国の管轄を認めるのと同じことになってしまうので、物理的な損害の発生地に限るべきであると考える。これは、前述の通り、「原告は被告の法廷に従う」という被告保護の原則に基づいて、被告に日本で行われる裁判に応訴させることが、当事者の公平、裁判の適正・迅速という観点から相当とは言えないと考えられるからである。

              これを本問にみるに、Bの不法行為の加害行為地及び物理的損害の結果発生地はいずれも日本ではない。そこで、AのBに対する不法行為に基づく損害賠償請求については、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められないのが原則である。

              しかしながら、民事訴訟法7条では、併合請求において請求のうちの一つに管轄があれば他の請求に関してもその裁判所に訴えを提起できる旨が定められている。この定めは訴訟当事者間の公平や訴訟経済を趣旨としているものであると考えられるが、かかる趣旨は国際裁判管轄についても妥当するものと考えられる。したがって、AのBに対する不法行為に基づく損害賠償請求のみでは日本の裁判所には国際裁判管轄が認められないが、AのBに対する契約違反に基づく損害賠償請求と併合して訴えを提起する場合には、双方の請求につき日本の裁判所に国際裁判管轄が認められることとなると解する。

 

(4) R条

              R条では、日本の裁判所が国際裁判管轄権を有すると認められる場合であっても、「当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特段の事情」のある場合には、訴えを却下することができると定められている。また、「特段の事情」の判断材料として、「事案の性質、当事者及び尋問を受けるべき証人の住所、使用すべき検証物の所在地その他の事情」が同条に挙げられている。

              思うに、この条文の定められた趣旨は、国内事件であれば民事訴訟法17条により移送ができるのに対して、国際管轄であるために外国裁判所への移送はできないこと、また、外交関係がないために司法共助の嘱託により日本にない証拠・証拠方法を日本の裁判所が利用することができず、適正な裁判を行うことが困難である場合などがあることである[8]。そして、ひいては個別の事件の具体的な状況において、その地での応訴を余儀なくさせられる被告の「裁判を受ける権利」の確保を図ることが必要であることにあるものと考えられる[9]

              これを本問にみるに、「当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特段の事情」は認められず、同条の適用はないものと考えられる。

 

2. 結論

 

              以上より、AがBに対して日本で契約違反及び不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した場合、日本の裁判所には国際裁判管轄が認められるものと解する。

 

設問() 

 

 日本では、外国判決の承認・執行に共通する要件として(民事執行法243項)、民事訴訟法118条に@「外国」「裁判所」の「確定」「判決」であること(民事訴訟法118条柱書)、A法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること(同法1181)、B敗訴の被告が、公示送達によらないで訴訟の開始に必要な呼び出しもしくは命令の送達を受けたこと、又はこれを受けなかったとしても応訴したこと(同法1182号)、C外国裁判所の判決の内容及び訴訟手続が日本の公序良俗に反しないこと(同法1183)、D相互の保証があること(同法1184)、という5つの要件が定められている。

 本問では、民事訴訟法1182号及び4号の要件は具備しているとの仮定が存在するため、以下では、上記@ACの要件につき検討することとする。

 

@) 要件A「判決裁判所に国際裁判管轄があったこと」の検討

 この要件に関し、最高裁判所(最判平成10428民集523853)は、「民訴法118条1号所定の『法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること』とは、我が国の国際民訴法の原則から見て、判決国がその事件につき国際裁判管轄(間接的一般管轄)を有すると積極的に認められることをいうものと解される。そして、どのような場合に判決国が国際裁判管轄を有するかについては、これを直接に規定した法令がなく、よるべき条例や明確な国際法上の原則もいまだ確立されていないことからすれば、当事者の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により、条理に従って決定するのが相当である。具体的には、基本的に我が国の民訴法の定める土地管轄に関する規定に準拠しつつ、個々の事案における具体的事情に即して、当該外国判決を我が国が承認するのが適当か否かという観点から、条理に照らして判決国に国際裁判管轄が存在するか否かを判断すべきものである。」と述べ、a) 間接管轄の判断の基準となる国は判決国ではなく承認国であること、及び、b) その間接管轄基準は、直接管轄基準と異なる緩やかな基準を採るものとすること、の二つの判断をなしていると、一先ずは解せる。

 この前者の判断に関しては、民訴法118条1号の文言上日本の基準を適用することが明らかになっており(道垣内・国際私法判例百選<新法対応補正版>193)、また、間接管轄を承認の要件として求める趣旨たる「事件との関連が薄いにも拘らず、判決国裁判所が不当に管轄を行使し、その為に被告の権利保護が不十分になってしまうという異常事態を救済するため」という理念にも合致すること(松岡博・国際関係私法入門<第二版>300)から、形式的・実質的に妥当な判断であると解せるので、本問においても、この基準を用いることとする。

 これに対して後者の判断に関しては、上記のb) のような判例理解を示すものもある(河邊善典・最判民事篇平成10年度・上1761)が、判例の事案では承認国である日本の法律には規定がない訴訟制度が問題となり直接管轄の規定がない事例での判断であり、通常の場面では間接管轄=直接管轄である鏡像理論を否定する趣旨ではないと解せる(木棚他・国際私法概論<第5版>348)。この最高裁の判断と本問との関係であるが、本問では、「日本には国際裁判管轄についての明文の定めがある」という設定であるので、「間接管轄基準は、直接管轄基準と同一であり、その基準は本問では明文の規定であるAnnex記載の国際裁判管轄ルールである」という判断が、以下の考察の前提となる。

 以上の判断を踏まえて「丙国に国際裁判管轄があるか」を考えると、国際裁判管轄ルールQ条本文に「日本の裁判所は、不法行為に関する訴えについて、不法行為があった地が日本国内にあるときは、管轄権を有する。」とあるので、この基準を用いると、本問では、Cが罹患した地(即ち、不法行為があった地)が丙国であることから、『丙国には、不法行為に関する訴えについて管轄権がある』という結論を下すことが出来る。

 よって、本件では、外国判決の承認・執行の為の要件Aが充足されると判断できる。

 

A) 要件@「外国」「裁判所」「確定」「判決」・要件C「公序」の検討

 本件での丙国判決の内容は、「Aは、Cに対し、実損額賠償として900USドル、懲罰的損害賠償として8100USドル、計9000USドルを 支払え」というものである。

 このような懲罰的損害賠償を命じる外国判決の日本での承認執行が問題になった事例として、最判平成9711民集5162573頁が挙げられる。

 この判決は、「外国裁判所の判決が我が国の採用しない制度に基づく内容を含むからといって」それだけで即公序違反になるわけではないとしつつ、懲罰的損害賠償が見せしめと制裁の為の制度であって、日本法の予定する損害賠償制度と本質的に異なる為、「我が国における不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相容れないものであると認められる」としてこの制度を一律に公序違反と判断し、要件Cが欠ける為日本での承認執行が認められないと結論を下した。

 しかしながら、懲罰的損害賠償判決の不承認の理由は、このように要件Cの欠如に求めるよりも、むしろ、『刑法5条との関係で要件@の「判決」が「民事判決」に限られることから、日本から見て民事判決とはいえない懲罰的損害賠償判決の懲罰部分は要件@を欠く』との判断を理由とすべきである(澤木・道垣内・国際私法入門<第6版>291)

 したがって、本問においても、実損額900USドル部分の損害賠償判決については、日本民法の損害賠償の理念に合致しており公序違反は問題にならず、且つ、丙国という外国の裁判所で確定した判決であるから、要件@Cを満たす、と判断できる。これに対して、懲罰部分たる8100USドルの損害賠償判決は日本から見て民事判決とはいえない故、民事訴訟法118条柱書の「判決」とは言えない為、要件@を欠くこととなる。

 

B) 結論

 以上@)A)の検討により、当該丙国判決の内、実損額900USドル部分の損害賠償判決についてのみ日本で執行が可能であり、懲罰部分たる8100USドルの損害賠償判決は執行が許されない、と結論付けられる。

 

設問() 

 

@) 「法性決定」

 Aの損害賠償責任の有無・範囲についての準拠法を決定する為には、まず第一に、「本件における法律関係の性質決定(法性決定)」を行う必要がある。この法性決定の対象となる 本件における「法律関係」は、「Aの製造した医薬品αを消費したCが丙国で罹患し、被害者たるCが加害者たるAに対して被害の回復を求めている」というものである。

 ここで、通則法18条の単位法律関係をみると、それは、「生産物で引渡しがされたものの瑕疵により他人の生命、身体又は財産を侵害する不法行為によって生ずる生産業者又は生産物にその生産業者と認めることができる表示をした者に対する債権の成立及び効力」であるので、以下、本件法律関係が通則法18条の単位法律関係に含まれるか否かの検討を行うこととする。

 本件の医薬品αは物質βを加工したものであり、通則法18条の「生産物」の定義たる「生産され又は加工された物」に当たり、有毒物質が10%以上混入していたことから、「αには瑕疵があった」と認められる。Cは、その医薬品αにより疾病に罹患し身体を侵害されたことを理由に、医薬品αを製造し世界中で販売していることから通則法18条の「生産物を加工することを業とする」という定義に該当する生産業者Aに対し、その損害を賠償するように求めているのであり、本件法律関係は、条文上通則法18条の単位法律関係に形式的に合致するものと考えられる。

 さらに、連結政策を考慮すると、通則法17条が定める一般的不法行為においては、連結点は原則加害行為の結果発生地であり、結果発生地について通常予見可能でない場合には17条但書により加害行為地が適用され、この加害行為地は社員による加害行為地を指すと解されているのに対し、通則法18条は、原則として「物の引渡地」を連結点として選択し、例外要件として「生産者が通常予見することができないものであったときは、『生産業者等の主たる事業所の所在地法』が準拠法となる」旨を定めている。これは、18条は、17条とは異なり、生産物が媒介となって権利侵害が生じた場合には、「被害者の関連性の深さと加害者にとっての予測可能性とのバランスを考慮する必要がある」という思想の下、18条本文では生産者は市場を目指しているので市場地を連結点としても予測可能性を担保できるから引渡し地を連結点とする連結政策を採り、18条但書では生産物責任という法人の重大な経営責任に関する問題については法人の活動を統括する地が最密接関係地であるとの判断を連結政策として採っていることを示すものである。

 したがって、本事案は、医薬品αが世界中に販売され流通が予定されていることから、まさに「被害者Cの引渡し地との関連性とAの予測可能性とのバランスを考慮すべき場面」といえ、Aがまさに丙国を市場としαを出荷しており、且つ、本件のような医薬品による疾病被害責任を法人Aに対し追及する為の最密接関係地は社員の加害行為地ではなく法人の活動を統括する地であると判断できる故、本件法律関係は、通則法17条ではなく通則法18条の単位法律関係に含まれると考えられる。

 

A) 「連結点の確定」及び「準拠法の特定」

 @)の考察から本件法律関係は、通則法18条の単位法律関係に含まれると考えられるので、続いて第二に、通則法18条に基づき連結点の確定を行うこととする。

 @)で考察したように、通則法18但書で「生産業者等の主たる事業所の所在地法」が連結点として定められているのは、生産物責任という重大な経営責任に関する問題は社員による個別の加害行為地ではなく法人の活動を統括する地が最密接関係地であるという判断に基づくものであるので、18条但書の「通常予見することが出来るか否か」という文言も、この連結政策に基づき解釈すべきである。即ち、本件において連結点を確定する上で問題となる「Aが丙国で、生産物たる医薬品αが引き渡されることを通常予見することができたか否か」の判断においても、予見の対象は、「Cが罹患する原因となった当該αが丙国で引き渡されたこと」ではなく、「丙国で同種のαの引渡しがなされること」と解釈されることとなるのである。

 したがって、本件では、Aは自らαを丙国に出荷している以上、「丙国で同種のαの引渡しがなされること」は通常予見可能であると判断できる故、CAに対する損害賠償の準拠法は通則法18条の本文によりαの引渡し地たる「丙国法」となる、と結論付けられる。

 

B) 通則法20条の検討

 本件においては、連結点として可能性のある甲国・乙国・日本・その他の法域が「@)A)の考察中に示した丙国が最密接関係地である理由」を超える密接関係性を有しているとは認められない故、通則法20条の適用はないと考えられる。

 

C) 通則法22条の検討

 本件のような不良医薬品による疾病被害は、日本法においても不法行為を構成する為、本事案において通則法221項が適用されることはない。

 これに対して、本件の損害賠償に関して、丙国法が例えば懲罰的賠償制度を有しているような場合には、日本で懲罰賠償の範囲については賠償を日本の法廷で命ずることが221項により出来ないこととなる。

 

D) 通則法42条の検討

 仮に、丙国法によっては損害賠償が一切認められない場合や丙国法により与えられる賠償額があまりに低額である場合には、通則法42条の公序則が働き、準拠法たる丙国法の適用が排除されることとなる。この場合、日本の実質法が準拠法になると解する考え方もあるが、所謂「逆転現象(国際私法入門・第6版・澤木敬郎・道垣内正人・64頁)」の弊害を防ぐ為にも、「公序則で丙国法の適用排除を決断した際の判断基準となった内国公序」が損害賠償の規範となる、と考えるべきである。

 

E) 最終的な結論

 本件における「CAに対する損害賠償責任の有無及び範囲の準拠法」は原則として通則法18条の本文によりαの引渡し地たる「丙国法」となるが、例外的に、丙国法で懲罰的賠償が認められているような場合はその範囲につき賠償は認められず、逆に丙国法では賠償が認められない場合や賠償額があまりに低額である場合には42条の公序則が働き、丙国法が排除されることで、「判断基準となった内国公序」が一種の準拠法のような役割を果たすこととなる、と考えられる。

 

設問() 

 

 本問における原告であるDは、自らが直接にαを買い求めたわけではなく、知人のCから分け与えられたαによって疾病に罹患しているため、所謂バイ・スタンダーに当たるものと解される。

 通則法18条は、準拠法を被害者が生産物の引渡を受けた地と規定しており、直接生産物の引渡を受けた者を対象としている。また、実質的にも他国で偶然に巻き込まれた者に対しても引渡地の法を適用すべき合理的な理由はない。従って、本件の場合には生産物の特例規定(通則法18)ではなく、不法行為の一般原則(17)の規定を適用すべきである(『国際私法入門』242)

 医薬品αによるAからDへの侵害の存在は、前問(5)を引用してこれを肯定する事ができる。問題は、丁国におけるDの被害が「その地における結果の発生が通常予見することのできないもの(17条但書)」であったか否かである。

 医薬品αは丙国に出荷され、同国で消費されたのち1週間で同医薬品が原因とみられる疾病の続発をうけて製造・販売を中止したものであるから、Cが他国である丁国にαを持込み、同地でDに分け与えてDに損害を発生させることは、通常予見されるものとは評価できない可能性がある。

 もし、上記のように通常は丁国での侵害結果発生が予見できない場合は、加害行為地の法が準拠法となるが、「加害行為が行われた地」とは如何に解するべきか。この点、通則法18条但書においては「(加害者である)生産者の主たる事業所の所在地法」と定められていることとの対比で考えれば、法人による加害行為の場合には、法人の本店の所在地ではなく、社員が実際に加害行為を行った地と解される(前掲241)

 では、本件において「社員が実際に加害行為を行った地」とは何処か。検討するに、疾病の原因となったα実際に販売されていた地は丙国であり、Aの社員が直接因果経過に携わっているのはこの時点までであるから製造された甲国が加害行為地は丙国であるというべきである。

 ただし、以前からAが医薬品αを丁国にも輸出していた場合や、そうでなくても丙国と丁国が陸続きの隣国であり、実際に丁国においてもαが広く販売されている事実などがあれば、Aは丁国内における侵害結果の発生は通常予見できるものであったと評価できる。

 以上より、ADに対する損害賠償責任の有無及び範囲ついての準拠法は、Dに対する丁国における侵害結果の発生が、Aにおいて予見可能であった場合には丁国法。予見不可能であった場合には丙国法となる。

                           

 

 

 

 

 



[1] 木棚照一・松岡博・渡辺惺之著「国際私法概論(第五版)」137

[2] 大塚章男「事例で解く国際取引訴訟」31

[3] 木棚照一ほか・前掲139

[4] supra n.12松岡132頁、高杉直「法適用通則法における不法行為の準拠法−22条の制限的な解釈試論」ジュリスト132557頁(2006

[5] supra n.3入門250頁、supra n.3松岡132

[6] 民事訴訟法第一五条第一項「不法行為ニ関スル訴ハ其ノ行為アリタル地ノ裁判所ニ之ヲ提起スルコトヲ得」(昭和40年当時)

[7] 東京地裁判決昭和40527日(下級裁判所民事裁判例集165923頁)

[8] 澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門(第6版)』(有斐閣,2006)pp.281-282

[9] 高田裕成『国際私法判例百選(新法対応補正版)』有斐閣83事件解説2