国際民事訴訟法

1B070281-9  工藤拓真

 

まず状況を整理する。

 

日本人であるXは、日本に在住しており、フィンランドで売られていたY販売の機器を友人のオランダ人Aより受け取った。

Xは、日本で当該機器を使用していたところ、当該機器が発火し、それにより大やけどを負った。

その後、XはYを被告として、東京地裁に損害賠償請求訴訟を提起しており、本訴訟は不法行為を原因とするもので、Yが製造者であるため、製造物責任の問題である。

 

次に、本問を検討するにあたり、前提として、@国際裁判管轄の判断枠組み、A不法行為地、B特段の事情に関して、整理する。

 

まず@国際裁判管轄の判断枠組みについて整理する。

 

本来、裁判権とはその国の主権の一作用としてもたらされるものであり、裁判権の及ぶ範囲は原則として主権の及ぶ範囲と同一である。

したがって、被告が外国人または外国に本店を有する外国法人である場合は、外国人または外国法人が進んで服さない限りは、原則として日本の裁判権は及ばない。

但し、日本の土地に関する事件、その他被告が日本と法的関係を有する事件については、被告の国籍、所在を問わず、被告を日本の裁判籍に服させるのが相当である。

 

この点、最判昭和56年10月16日(マレーシア航空事件)、東京地判昭和57年9月27日の判決を通して、国際裁判管轄に関する明文の規定がない場合の日本における国際裁判管轄の判断枠組みを示している。

すなわち、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当であること、とする考えを前提として、「民訴法の規定する裁判籍のいずれかが日本にあれば、管轄を認めるのが条理に適うため、管轄を認める」こととし、その上で、「ただし、管轄を肯定することがかえって条理に反するような『特段の事情』があれば別であること」という調整を加えた。

 

しかし、東京地判昭和62年7月28日判決がそうであるように、「特段の事情」の検討が肥大化し、あらゆる要素が「特段の事情」として考慮されるようになってきた。

こうした状況は法的安定性を欠いており、判断枠組みとして適当といえない。

当事者への正義は、本案について考慮すべき事情であって、訴訟の入り口に過ぎない裁判管轄については、できるだけ単純かつ明確な基準によって判断されるべきである。

 

よって、本問では、国際裁判管轄に関する明文の規定がない場合の日本における国際裁判管轄の判断枠組みとして、まず@不法行為地管轄の有無、Aその結論を修正するに値する「特段の事情」があるか否か、といった順序の検討を行うこととする。

 

A「不法行為地」について整理する。

 

不法行為地の裁判籍(民訴法第5条第9号)は、原則として、国際民事訴訟においても適用される。

なぜなら、不法行為地では証拠の収集が容易であり、裁判の適正や迅速性の要請に合うためである。また、被告は不法行為地での応訴を通常予測しうるし、被害者の迅速かつ容易な権利実現にも適うからである。

 

本問のように、製造物責任が問われる問題では、加害行為地(製造地)と結果発生地(事故発生地)とが一致しないため、不法行為地管轄の適用範囲について、意見の対立が起こる。

(ア)加害行為地としての製造地のみならず結果発生地としての事故発生地も含まれると解する説。

(イ)製造地のほか、当該製品が流通することが合理的に予測できる場合に限って事故発生地の管轄を肯定する説。

(ウ)商品の購入地、使用地にも管轄を認める説。

以上の三説があるが、(ア)説が適当だと考える。

なぜなら、事故発生地の管轄には、証拠収集が容易で適正迅速な裁判ができることと、被害者保護に資するという合理性があるからだ。

なお、製造者が予測できなかったという事情は「特段の事情」として例外的に考慮すれば足りる。

 

B「特段の事情」について整理する。

 

最高裁平成9年11月11日判決では、@契約締結地と義務履行地との不一致、A契約内容、B義務履行地及び準拠法の明示の合意の欠如、C被告の活動の本拠地と義務履行地との不一致、D証拠方法の所在地と義務履行地との不一致、E管轄を否定した際に原告に生じる負担の確認、という6つの事情が「特段の事情」として考慮されている。

しかし、このうち、義務履行地管轄が日本にあることを前提と解される事情は、義務履行地管轄の検討の際に既に一度検討されているはずであり、その意味で再び俎上にのせる必要はない。よって、@・C・Dは「特段の事情」といえない。

また、A、Bについてもこの問題は「特段の事情」ではなく、その大元であるルール(判断枠組み)の設定の段階で検討するべき問題である。

よって、@からDはルール適用により肯定される結論を覆すような「特段の事情」ではなく、当然Eもそうではない。

 

よって、本問では、「特段の事情」の存否については、あくまで「不法行為地管轄が日本にあることを前提として、それを覆す」事情の有無によって検討する。

 

以上の前提のもと、以下検討に入る。

(なお、問いに答える上で不要となる事情については、極力触れないようにする。)

 

(1)について

本問では、当該機器を製造販売していた被告Yはフィンランド国外には拠点を持たず、海外発注にも応じていない小さな会社であり、当然日本での販売も想定していない。

 

このような場合に、日本は国際裁判管轄を有するであろうか。

 

まず、不法行為地管轄の有無を検討する。

 

本問において、事故発生地は日本である。

ここで、前提[(ア)説採用]より、日本には不法行為管轄があると解する。

 

次に、特段の事情の有無について検討する。

 

前述のとおり、Yは日本での販売を想定していないし、客観的に見てもYに今回の事故の発生は予見し得なかったと言える。

よって、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に照らしても、不法行為地管轄があるという前提を覆して相当、といえる程度の特段の事情が存在すると言える。

 

以上より、日本は国際裁判管轄を有しない。

 

(2)について

 

本問では、Yは日本にも100%子会社Bを有しており、日本国内でも同種の機器を販売している。

 

このような場合に、日本は国際裁判管轄を有するであろうか。

 

まず、不法行為地管轄の有無を検討する。

 

この点については、問(1)と同様の理由に加え、民訴4条の5より、外国の社団の普通裁判権は、日本における主たる事務所または営業所により定まる、ことが明記されていることから、不法行為地管轄はあると解する。

 

次に、特段の事情の有無について検討する。

 

本問では、確かにYは日本向けに同種の機器を販売している。

しかし、事故を起こした機器はBが販売する機器のように日本仕様のものとなっていない。

つまり、Yは日本での販売を想定してはいるものの、あくまで想定している販売物は日本仕様のものであるということになり、Yはその意味において「特段の事情」を主張する可能性がある。

 

しかし、日本仕様のものを売っていたからといって、日本において日本仕様でない同種の機器が流通する可能性を完全に否定できるわけではない。

そうである以上、この問題は本案で解決すべき問題であって、裁判の入口である管轄において判断するべきではない。

 

よって、不法行為地管轄があるという前提を覆して相当、といえる程度の特段の事情が存在するとは言えない。

 

したがって、日本は国際裁判管轄を有する。

 

(3)について

Yは世界的に著名な企業であり、日本には支店、営業所等はないものの、様々な広告媒体を通じて宣伝を行っていることから、明らかに日本を販売先として想定しており、実際に商社を介して日本においても当該機器は広く販売されている。

 

このような場合に、日本は国際裁判管轄を有するであろうか。

 

まず、不法行為地管轄の有無を検討する。

この点については、問(1)と同様の理由から、不法行為地管轄はあると解する。

 

次に、特段の事情の有無について検討する。

 

前述のとおり、Yは日本での販売を合理的に想定していると考えられる。

つまり、事故発生の予見可能性が全くなかったといえる事情は存在せず、「特段の事情」が存在するとは言えない。

 

したがって、日本は国際裁判管轄を有する。

 

(4)について

本問では、Yの規模に関する情報はない。

当該機器には英語で、「本製品に関するあらゆるクレイムはフィンランド法によりフィンランドの裁判所のみで解決するものとすることをご了解の上、ご使用ください」と記載されおり、この記載は事故後にも十分確認できる状態にあった。

 

Yは、Xの英語能力が高く、記載に関しての理解の下使用していたという理由から、記載内容に関する承諾して使用していたとして、専属的管轄合意を主張している。

 

このような場合に、Yの上記の主張は成立するだろうか。

 

まず、IとYの間に裁判管轄の合意の有無について。

裁判管轄の合意の方式について、IとYの間で直接合意が交わされていない点から、問題となる。

 

この点、国際商取引では、迅速を要する場面が多く、船荷証券に荷送人の署名を必要としない等の現状を考慮するべきだろう。

よって、少なくとも当事者一方が作成した書面に特定国裁判所が明示されており、当事者間における合意の存在が明白であれば足りると解するのが相当である。

ただし、合意につき著しく不合理な条件である場合は、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念の観点から、この限りではない。

 

では、本問において、当事者間における合意の存在は明白であるといえるだろうか。

 

前述の通り、英語による記載事項は事故後にも十分確認できる状態にあった。

 

また、Yが主張するIの英語能力については、定かではない。

しかし、これは言い換えれば英語能力がなかったことを証明できていないということになる。

 

したがって、IとYの間に裁判管轄の合意があったと考えることができる。

 

では、当事者間で管轄の合意があったとして、合意が著しく不合理で公序に反することはないだろうか。

Iは地理的に相当遠方であるフィンランドに赴いて訴えを提起することになり、不利な条件といえるので問題となる。

 

この点、前述のとおり明記されていないため、Yの企業的な規模を考慮する必要がある。

 

まず、Yが、問(1)のように、フィンランド国外での販売を想定していない場合を検討する。

 

この場合、Yにとって自社の製品についてどのような訴訟が起きるか分からず、Yにとって重要な訴訟に発展する可能性もあるため、本拠のあるフィンランドの裁判所を指定するのは合理的であるといえる。

 

したがって、Yの活動の本拠がフィンランドのみにしか存在しない場合は、本件管轄の合意は不合理で著しく公序に反するとも言えない。

 

次に、Yが、日本における販売を想定している、または客観的に見て日本での販売が想定し得る場合を検討する。

 

この場合、経済的優位にある企業が交渉力の差によって、消費者に対して、訴訟をフィンランドの裁判所に限定することは、一方的に負担を強いることになるといえる。

 

この場合、日本の裁判所で訴訟を提起されたとしても、Yにとって不意打ちといえるほどのものではなく、不利益があるとはいえない。

 

したがって、公平の観点からも合理的な条件ということはできず、著しく公序に反する管轄の合意であるといえる。

 

以上より、Yの活動の本拠がフィンランドのみにしか存在しない場合はYの主張は認められ、Yが、日本における販売を想定している、または客観的に見て日本での販売が想定し得る場合には、Yの主張は認められない。

 

 

以上

〈参考〉

 石黒一憲・ジュリスト616148

道垣内正人・判例評釈・ジュリスト1133213

  高田裕成・国際私法判例百選169

 多田望・国際私法判例百選167

  高橋宏志・国際私法判例百選170

田中美穂・国際私法判例百選173

 渡辺惺之・国際私法判例百選177