国際民事訴訟法

47070268 渡辺大祐

 

設問(1)

 

結論:東京地裁は国際裁判管轄を有しない

 

理由

1(1) 本設問において、東京地裁は国際裁判管轄を有するか。まず、国際裁判管轄の認められる範囲をどのように解するかが問題となる。

 (2) この点、国際裁判管轄について直接に定める条約(例えば、航空運送条約に関する事件や海事関係の事件を適用範囲とする条約があげられる[1]。)が存在すれば、その条約によってその範囲が決定されることになる。しかし、適用されるべき条約がない場合には、国際裁判管轄についてよるべき明文の国内法規定はないとされる。従って、その範囲は条理により決定されることになる[2]

 (3) これについて、マレーシア航空判決・最判昭和56年10月16日民集35巻7号1224頁(以下、「昭和56年最判」とする)では「…当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理にしたがつて決定するのが相当であり、わが民訴法の国内の土地管轄に関する規定、たとえば、被告の居所(民訴法二条)、法人その他の団体の事務所又は営業所(同四条)、義務履行地(同五条)、被告の財産所在地(同八条)、不法行為地(同一五条)、その他民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、これらに関する訴訟事件につき、被告をわが国の裁判権に服させるのが右条理に適うものというべきである。」としている[3]

 (4) さらにファミリー事件判決最判平成9年11月11日民集51巻10号4055頁(以下、「平成9年最判」とする。)では「どのような場合に我が国の国際裁判管轄を肯定すべきかについては、国際的に承認された一般的な準則が存在せず、国際的慣習法の成熟も十分ではないため、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である。そして、我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである。」とした。

 (5) このように判例は、民訴法上の土地管轄規定を出発点としながら、当事者間の公平や裁判の適正・迅速を期するという理念に反する「特段の事情」がない限り、日本の国際裁判管轄を肯定するとの見解を採っている。

 

2(1) 本設問においては、原告は製造物責任訴訟(もしくは不法行為責任訴訟。両訴訟の併合提起もありうるであろう)を提起すると考えられる。しかし、国際裁判管轄が認められるかどうかを判断する前提として、製造物責任を不法行為の問題と捉えるか、それとも不法行為とは別個の責任と捉えるか、法律関係の性質決定が問題となる。

 (2) この点、わが国の判例[4]及び多数説は、これを一種の不法行為責任と性質決定して[5]おり、これに従うのが妥当であろう。

 (3) わが国の民事訴訟法5条9号において、「不法行為に関する訴え」は不法行為地の裁判所が管轄する。不法行為地に裁判籍を認める理由は、裁判所の提訴の容易化、証拠収集の便宜にあるが、昭和56年最判・平成9年最判に照らすと、不法行為地の裁判籍は、国際裁判管轄においても原則(=特段の事情がない限り)として肯定されることになる。

 (4) (製造物責任訴訟における)「不法行為地」には、加害行為地としての物の製造地と、結果発生地としての事故発生地があるとされている[6]。そうすると、本件では日本で事故が発生しているので、国際裁判管轄が認められるように思える。

 

3(1) しかし、ここで「管轄原因事実の証明」の点で問題となる。すなわち、不法行為地管轄のためには、訴えが「不法行為に関する」ことが必要であるが、これに必要な「不法行為」は、実は、管轄が決まった後に実体判断として請求の当否が審理される「不法行為」でもある。つまり、手続法上の管轄原因を基礎付ける事実の証明が、実体法上の請求原因を基礎付ける事実の証明を先取りしてしまうのは本末転倒であるので、前者についてどの程度のことが証明されれば管轄を認めてよいのか、問題となるのである[7]

 (2) この点、学説においては、不法行為の存在が一応の証拠調べに基づく一定程度の確かさをもって証明されればよいという一応の証明説が多数説といってよく、これに従う多数の下級審判例[8]があった。

 (3) しかし、最判平成13年6月8日民集55巻4号727頁(以下、「平成13年最判」とする)は「我が国に住所等を有しない被告に対し提起された不法行為に基づく損害賠償請求訴訟につき,民訴法の不法行為地の裁判籍の規定(民訴法5条9号,本件については旧民訴法15条)に依拠して我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定するためには,原則として,被告が我が国においてした行為により原告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足りると解するのが相当である。」と判断した。

 (4) 従って、平成13年最判に従うと、原告は管轄原因の客観的事実を証明する必要がある。それでは、本設問における客観的事実は何か。

 (5) この点、一口に不法行為といっても、事件類型に応じて管轄原因の客観的事実を考慮することになる。本設問においては、製造物責任訴訟を「不法行為」と性質決定したのであるから、製造物事件の特殊性を考慮する必要がある。

 (6) そこで、本設問における管轄原因の客観的事実としては@請求原因として製品に欠陥があること、A損害が発生したこと、B損害と欠陥の間に因果関係が存在すること、の各要件に該当する具体的事実を記載しなければならない[9]。なお、不法行為の管轄原因の判断に当たっては、わが国の国際民事訴訟法によるべきであると解する。そして、条理に照らして、わが国の製造物責任法を斟酌することが相当であると考える。

 (7) 以上より、被告が管轄原因の客観的事実を争って、管轄抗弁を行う場合には、原告は上記の事実を証明しなければ、訴えは却下されることになる。

 

4(1) 最後に、仮に原告が管轄原因の客観的事実を証明できたとしても、本設問において当事者間の公平や裁判の適正・迅速を期するという理念に反する「特段の事情」があるとして(平成9年最判参照)、訴えは却下されないか。

(2) これを本設問についてみてみると、被告は小さな会社であり、専らフィンランドでの販売を意図し、フィンランド語の説明書を付けているだけであって、フィンランド国外には何らの拠点もなく、海外からの発注にも応じていない。また、本件機器は100kgの重さがあり、持ち運びも難しい。被告としては、フィンランド語での説明書に27度を超える場合には使用しないこととの注意を印刷しておけば、フィンランド国内で訴訟等が起きても対応できると考えていたのである。

(3) 従って、「日本で」「35度を超え湿度も高い日に」使用することに関して

は予測可能性がないといえる。

 (4) よって、本設問では被告の予測可能性がなく、東京地裁に訴えを認めること

    は当事者間の公平を著しく害するものであるから、特段の事情が認められる。

 

5 以上より、東京地裁は国際裁判管轄を有しない。

 

 

設問(2)

 

結論:東京地裁は国際裁判管轄を有する

 

理由

1(1) 本設問において、東京地裁は国際裁判管轄を有するか。

 (2) この点、原告は@ 設問(1)のように、日本を不法行為地であるとして国際裁判管轄が認められるA 外国法人の子会社である日本法人が、わが国の民事訴訟法の4条5項・5条5号の営業所に該当するとして国際裁判管轄が認められる、と主張することが考えられる。

 

2(1) まず、日本を不法行為地であるとして国際裁判管轄が認められるか。この点については、設問(1)ですでに検討した枠組みに沿って判断する。すなわち、原告が管轄原因の客観的事実を証明することができた場合には、本設問において、当事者間の公平や裁判の適正・迅速を期するという理念に反する「特段の事情」があれば、国際裁判管轄は否定されることとなる。

 (2) この点、Yは著名な大企業で、世界各国に販売子会社を設立しており、日本には100%子会社Bを設立し、Bを通じて日本市場向けにも同種の機器を販売している。従って、「日本で」「販売子会社が」「日本向けの製品について」訴訟を提起されること自体は当然にありうることである。

 (3) それでは、「日本向けの製品について」のみならず、「フィンランド向けの製品について」も訴訟を提起することが許されるか。

 (4) 確かに、「日本で」「フィンランド向けの製品が」使用されることは、被告としては予想することは難しい。しかし、被告は著名な大企業であり、世界各国に販売子会社を設立している以上、ある国使用の製品が、他国に流通することは全く予想できないとまではいえない。さらに、被告は著名な大企業であるのだから、当事者間の公平の点からも、原告にフィンランドで訴訟を追行させることは妥当でない。

 (5) 以上より、本件においては不法行為地管轄を否定する「特段の事情」は存在しない。

 (6) 従って、東京地裁は国際裁判管轄を有する。

 

3(1) 2ですでに東京地裁は国際裁判管轄を有するという結論をとった以上、外国法人の子会社である日本法人が、わが国の民事訴訟法の4条5項・5条5号の営業所に該当するとして国際裁判管轄が認められるか、については検討する必要がないようにも思える。しかし、原告は訴えを提起する時点では、両方主張するであろうから、この点についても判断をする。

 (2) これについて正面から判断した裁判例は見当たらない(この点、横浜地裁平成18年6月16日判時1941号124頁《以下「平成18年横浜地判」とする》は日本法人の会社は被告の子会社ではないと認定しているから、事案と異にすると言えよう。)から、解釈によるしかない。

(3) 学説上は、被告が日本における子会社を通じてわが国で継続的・実質的に事業活動を営んでいる場合は、わが国における事業活動を営んでいる場合は、わが国における事業活動と関係ない訴訟についても、国際裁判管轄が認められるとの見解がある[10]

 (4) これに対しては、日本における子会社を通じて一般的な事件について外国の親会社に国際裁判管轄を及ぼすためには、子会社の法人格を否認してその行為を親会社のものと見るべき特別の事情や、子会社の行為を親会社に帰属させるだけの代理類似の関係が認められることが必要であるとして反対する見解がある[11]

 (5) この点、民事訴訟法5条5号の「事務所又は営業所を有する者」とは、自己の名と計算で業務を執行する者をいうと解されており[12]、日本法人に対する訴えの場合、子会社の事務所又は営業所の所在地を管轄する裁判所をもって、その親会社に対する事件について管轄が生じるとは解されていない。

 (6) そうであるならば、国際裁判管轄の有無を判断する場合にのみ、日本法人の場合と異なる解釈ができるとする根拠は見出しがたい。したがって、3(4)のように、被告とは別の法人を被告の事務所又は営業所と見ることができるのは、法人格否認の法理によりその行為を親会社のものと見るべき特別の事情がある場合や、子会社の行為を親会社に帰属させるだけの代理類似の関係が認められる場合に限られると解するのが妥当である[13]

 (7) これは5条5号だけでなく、4条5項においてもあてはまる。

 (8) 設問においては、被告は著名な大企業であり、日本法人が法人格否認の法理の適用を受けることは考えられないし、子会社の行為を親会社に帰属させるだけの代理類似の関係が認められるとも思えない。従って、外国法人の子会社である日本法人が、わが国の民事訴訟法の4条5項・5条5号の営業所に該当するとして国際裁判管轄は認められない。

 

4 以上より、本設問では、「外国法人の子会社である日本法人が、わが国の民事訴訟

 法の4条5項・5条5号の営業所に該当するとして」は国際裁判管轄は認められない

が、「日本を不法行為地であるとして」国際裁判管轄が認められる。

 

 

設問(3)

 

結論:東京地裁は(原則として)国際裁判管轄を有する

 

理由

1(1) 本問において、東京地裁は国際裁判管轄を有するか。

 (2) この点、原告は@ 設問(1)(2)のように、日本を不法行為地であるとして国際裁判管轄が認められるA 被告がわが国で様々な広告媒体を通じて宣伝をし、販売をしており、このような実質的・継続的営業活動をしていることが、わが国の国際裁判管轄を肯定する根拠となる、と主張することが考えられる。

 

2(1) まず、日本を不法行為地であるとして国際裁判管轄が認められるか。この点については、設問(2)と同様に、設問(1)ですでに検討した枠組みに沿って判断する。すなわち、原告が管轄原因の客観的事実を証明することができた場合には、本設問において、当事者間の公平や裁判の適正・迅速を期するという理念に反する「特段の事情」があれば、国際裁判管轄は否定されることとなる。

 (2) この点、被告は著名な大企業で、本件事故と全く同じ製品を世界中で販売しており、日本でも様々な広告媒体を通じて宣伝をしているが、日本には支店、営業所等はなく、もっぱら日本の商社が輸入した製品を小売業者に転売し、小売業者から消費者に販売されている。

 (3) 確かに、このような場合にまで国際裁判管轄を認めてしまうと、同様の事件が起こった場合には被告は世界各地で訴訟をしなければいけなくなり、これは被告にとって大きな負担となるものであるから、特段の事情があるようにも思える。

 (4) しかし、被告は著名な大企業であることを考慮すると、仮に世界各地で訴訟をしなければならなくなったとしても、当事者間の公平を害するものであるとは言えないであろう。さらに、高温多湿のわが国では、35度を超え湿度も高い日というのは真夏であればそう珍しいことではない。従って、おおやけどを負った原告はあくまでも「日本における標準の使用方法」でもって本件機器を使用していたわけであるから、このような場合にわが国に国際裁判管轄を認めないというのは、原告の期待を著しく損なうものである。

 (5) 以上より、本件においては不法行為地管轄を否定する「特段の事情」は存在しない。

 (6) 従って、東京地裁は国際裁判管轄を原則として有する。

 (7) もっとも、本設問において、国際裁判管轄を「原則として有する」としたのは、被告が、高温多湿の地域(日本に限られない)に販売する場合に、何らかの特別な措置(注意書きをしておく、などであろうか)をしている場合には、不法行為置換管轄を否定する特段の事情が存在することもありうるのではないか、考えたからである。

 

3(1) 2ですでに、東京地裁は国際裁判管轄を(原則として)有するという結論をとった以上、A被告がわが国で様々な広告媒体を通じて宣伝をし、販売をしており、このような実質的・継続的営業活動をしていることが、わが国の国際裁判管轄を肯定する根拠となるか、という点については検討する必要がないようにも思える。しかし、原告は訴えを提起する時点では、両方主張するであろうから、設問(2)と同様に、この点についても判断をする。

 (2) これについては、設問(2)で触れた、平成18年横浜地判が参考となる。平成18年横浜地判では「…原告は,被告が実質的・継続的に商業活動を営んでいることから直ちに本件訴訟につき我が国の国際裁判管轄権が肯定される旨の主張をしているけれども、『実質的・継続的に商業活動を営んでいる』という概念自体が基準として必ずしも明確ではないから、上記主張を採用することはできない。」として、原告の主張を退けた。

(3) 確かに、学説上は、被告外国法人がわが国で継続的で実質的な事業活動を営んでおり、原告の住所地であるわが国の管轄を認めても被告にとっては必ずしも不当ではなく、また、わが国で訴訟の審理にとって必ずしも不適切な法廷地でないときは、わが国の業務と関連のない訴訟について管轄を認めてよい、との見解がある[14]。これは、米国法上のいわゆる継続的事業活動(doing business)の法理[15]を参考にしたものであるとされる[16]

 (4) これに対しては、手がかりとなる規定がない状態で条理解釈によって継続的事業活動を一般的な事件についての国際裁判管轄の根拠とするのは、管轄についての当事者の予測可能性、管轄の安定性を損なうおそれがあるとして反対する見解がある[17]

 (5) それでは、どのように考えるか。思うに、平成18年横浜地判の判断及び上記3(4)の見解に賛成するべきであると考える。やはり「継続的・実質的営業」という概念は定義することは難しく、国際裁判管轄をこのような曖昧な概念によって決定することは妥当ではないからである。

 (6) ここで、このように解するのであれば、いわゆる「特段の事情論」という議論自体も否定されるべきではないか、との批判が考えられる。すなわち、「特段の事情論」も、国際裁判管轄を具体的事情によって否定するものであるから、当事者の予測可能性や管轄の安定性の点で問題があるのではないか、という批判である。

 (7) しかし、このような批判は当てはまらないと考える。すなわち、「特段の事情論」は、国際裁判管轄が「認められること」を前提に「本件では否定することが妥当か」という問題である。それに対して、本件のように「継続的・実質的営業活動」によって国際裁判管轄が認められるか、という議論は、国際裁判管轄が「原則として認められないこと」を前提に「本件では特別に認められるか」という問題である。

 (8) 「すでに管轄がある状態」から「本件で認められない」という場合と「管轄がない」のに「本件では認めよう」という話では、大きな差があるように思われる。すなわち、当事者の予測可能性、管轄の安定性をより害するのは、後者ではなかろうか。確かに、「特段の事情論」も、その点で問題はあるが、当事者の公平や裁判の適正・迅速の点から、ぎりぎり許されると解する。しかし、「継続的・実質的営業活動」の議論は、「特段の事情論」に比べ、さらに当事者の予測可能性、管轄の安定性を害するものであり、もはや許されないと解する。

 (9) 従って、被告がわが国で様々な広告媒体を通じて宣伝をし、販売をしており、このような実質的・継続的営業活動をしていることが、わが国の国際裁判管轄を肯定する根拠となる、との主張は認められないから、この主張によっては国際裁判管轄は認められないと解する。

 

4 以上より、本設問では、「実質的・継続的営業活動をしていることからして」は

際裁判管轄は認められないが、「日本を不法行為地であるとして」国際裁判管轄が(原

則として)認められる。

 

 

設問(4)

 

結論:被告の「専属的管轄合意により日本の裁判所の管轄は排除されている」

との主張は、失当である

 

理由

1 本設問において、被告は専属的管轄合意により、日本の裁判所の管轄は排除されて

いると主張しているが、認められるか。専属的管轄を認める合意の成立及び効力が問

題となる。

 

2(1) 国際裁判管轄の合意に関しては、@成立要件A方式(書面性)B有効要件(ないし適法要件)C具体的事案における公序違反・信義則違反・権利濫用等の有無が問題となる[18]。以下、各要件を検討していくが、最判昭和50年11月28日民集29巻10号1554頁(以下、「昭和50年最判」とする)を参考にしつつ検討することとする。

(2) もっとも、その前提として、これらの要件等にかかわる適用法規の決定問題がある。ABCの準拠法がわが国の国際民事訴訟法であることはほとんどの学説が一致しているが、@成立要件については見解が分かれている。

(3) この点、法廷地の国際民事訴訟法によるとする説(判例[19]・通説)、法廷地手

続法によるとする説、契約準拠法によるとする説などがある。

(4) 思うに、問題となっているのは、わが国の国際民事訴訟法上の効力を認めるか否かという点についてであるので、わが国際民事訴訟法自体の立場において実質的に解決すべき問題と考えられる。従って、法廷地の国際民事訴訟法によるべきであるとする説が妥当である[20]

 

3(1) まず、本設問では、@管轄合意の成立要件を満たすか。

(2) 学説では、専属的国際裁判管轄の合意の一般的な要件として、当事者の便宜、公平の見地から見て妥当であるという意味での合理性を要求する考え方が一般的である[21]。管轄の合意の合理性を問題とする学説の背景には、消費者と企業、労働者と雇用者というような対等でない当事者間の合意について、その劣位の当事者を保護するという要求や、合意の形骸化などに関する危惧があるといえる[22]

(3) これを本設問についてみてみると、製品にはプレートが貼り付けてあり、英語で、本製品に関するあらゆるクレイムはフィンランド法によりフィンランドの裁判所のみで解決するものとすることをご了解の上、ご使用下さい、との記載があり、本件事故が発生した製品にもこのプレートはそのままの状態で残っていた。さらに、被告は、原告の英語能力は高く、この記載を理解して使用していたはずであり、したがって、上記の記載内容を承諾して使用していたというべきであって、この専属的管轄合意により日本の裁判所の管轄は排除されている、と主張している。

(4) しかし、製品にプレートが貼り付けているだけで、当事者と直接そのように約束を交わしたわけではないこと、製品を使用する者は現実には個別的に合意をすることはできず、仮に英語能力が高く記載を理解していたとしても、実際に使用する際には製造会社の提示する約束に従わざるを得ないことなどを考慮すると、本設問のような原告にとって明らかに不利である合意は無効であると解さざるを得ない。

(5) 従って、本設問では、@管轄合意の成立要件を満たさず、無効であると解する。

 

4(1) 管轄合意の成立要件を満たさず無効であるとすると、以下の要件は検討する必要がないようにも思えるが、証明に失敗するおそれがあること等も考慮して、以下の要件を検討する。それでは、次にA方式(書面性)、の要件を満たすか。

(2) この点についても見解は分かれており、(a)当事者の意思が明確であればよく、合意が特に書面に記載される必要はないとする説や、(b)書面は必要であるとする説(さらに、同一書面により合意する必要はなく、手紙等の交換で十分であり、両当事者の署名は不要とする説や合意の申し込みが書面によっていれば、その承諾は口頭または暗黙でよいとする説などに分かれる)などの学説がある[23]

(3) この点、昭和50年最判では、「少なくとも当事者の一方が作成した書面に特定国の裁判所が明示的に指定されていて、当事者間における合意の存在と内容が明白であれば足りると解するのが相当であり、その申込みと承諾の双方が当事者間の署名のある書面によるのでなければならないと解すべきではない」として、柔軟に解している。

 (4) これを本設問について見てみると、本件機器には被告が作成したプレートが貼り付けられており、その内容はフィンランドの裁判所で解決すると明示的に指定されており、合意の内容は明白である。

(6)従って、A方式(書面性)の要件は満たす。

 

5(1) 次に、B管轄合意の有効要件(ないし適法要件)を満たすか。

(2) この点については、昭和50年最判・通説は、(a)その事件が日本の裁判所の専属管轄に属しないこと、及び(b)指定された外国裁判所が管轄を認めること、の2つをあげる。

 (3) これを本設問について見てみると、本件事情からは明白であるとはいえないが、共に問題はないと考えられる。

(4) 従って、B管轄合意の有効要件(ないし適法要件)は満たす。

 

6(1) 最後に、C具体的事案における公序違反・信義則違反・権利濫用等の有無の点で問題はないか。上記@―Bの各要件をクリアしても、具体的事案における国際民事訴訟法上の公序違反・信義則・権威濫用等の有無を検討する必要がある。

(2) この点、昭和50年最判は「合意がはなはだしく不合理で公序法に違反する場合のほかは」、原則として有効であるとしており、無効となる余地を残している。

(3) これを本設問について見てみると、日本においては気温が35度を超え、湿度も高くなる日があるのは、真夏であればそう珍しいことではなく、原告はあくまでも通常の使用方法で使用していたものと考えられる。このような場合においても、常にフィンランドで訴訟を提起しなければならないとすると、原告の信頼を著しく害するものであるし、被告との訴訟追行能力に差があることを考慮すると、このような合意管轄は信義則に反すると言わざるを得ない。

(4) 従って、本設問において、このような専属的管轄合意は信義則に反するものであるから、Cの要件を満たさず、無効である。

 

7 以上より、本設問では、管轄合意の成立要件を満たさず無効であると考えられるし、

仮に成立要件を満たすとしても、このような専属的管轄合意を認めることは信義則に

反するものであるから、この点においても無効である。従って、被告の「専属的管轄

合意により日本の裁判所の管轄は排除されている」との主張は、失当である。

 

 

設問(5)

 

結論:本件において、訴えの利益を欠くとは言えないが、日本の国際裁判管轄

を否定すべき特段の事情があるといえる

 

理由

1 本設問では、被告は原告が日本で判決を得ても、被告の資産は日本になく、フィン

ランドは日本の判決を承認執行しないため、無意味な判決になるので、@訴えの利益

を欠く、又はA日本の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情がある、と主張している。

従って、それぞれについて検討する。

 

2(1) まず、@訴えの利益を欠くと言えるか。

(2) 訴えの利益とは、本案判決をするのに必要な原告の正当な利益のことをいう。

本設問において訴えの利益があるかどうか確認するに当たって、まず、訴えの 

利益をどの国の法律に基づいて判断するかが問題となる。

(3) この問題について、日本においては従来あまり議論がなされていないようであるが(ただし、千葉地裁昭和49年12月25日判時781号96頁は確認の利益について日本法の適用を当然の前提とする)、ドイツ法の下では若干の議論が現れている。すなわち、多数説及び一部裁判例がこれを法廷地法の問題であると考えるのに対し、有力な少数説が訴えの利益はむしろ実体の問題であるとして実体準拠法の適用を説く[24]

 (4) 確かに、訴えの利益は確かに実体法上の権利と一定の関係を有すること自体はできない。しかし、訴えの利益はあくまでも「訴訟要件」のうちの一つであるのだから、ドイツでの多数説及び一部裁判例と同様に、法廷地法の問題であると考えるべきである。

 (5) 従って、本設問においても、訴えの利益があるか(本設問は、現在給付の訴えである)どうかは法廷地法、すなわちわが国の民事訴訟法で判断するべきである。そこで、以下判断する。

 (6) 思うに、原告が現在の給付の訴えを提起し、給付受領権が履行期に達していることを主張している以上、それだけで訴えの利益は肯定されるべきであり、被告の資産が日本にあるか、承認執行をしないために無意味な判決となるかどうかは、考慮する必要はないと解する。この点、大審判昭和7年9月29日新聞3476号16頁も、「恩給証書ノ返還ヲ求ムル請求権ノ存在ヲ認メ得ル限リ裁判所ハ其ノ請求ヲ認容スベキモノニシテ其ノ際判決ハ執行ノ可能ナルト否トヲ顧慮スルノ要スルナキモノトス」と判断していることが参考になる。

 (7) この点、「被告の資産が日本にあるかどうか」という点と、「承認執行をしないために無意味な判決となるかどうか」という点には差異があり、後者との関係では訴えの利益が認められないようにも思える。しかし、現在の給付の訴えにおける訴えの利益においては「給付受領権が履行期に達しているかどうか」がまさに重要な問題になるのであって、訴えの利益においては、この要件を満たしさえすれば、認められると解する。

 (8) 従って、本設問は損害賠償請求訴訟であり、履行期は不法行為時であるから到来していると原告は主張するであろうから、「被告の資産が日本になく、フィンランドは日本の判決を承認執行しないため、無意味な判決になる」ということは、訴えの利益において考慮すべき問題ではないと解する。

 (8) 以上より、訴えの利益を欠くとは言えない。

 

3(1) 次に、A日本の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情がある、と言えるか。

 (2) 思うに、平成9年最判が「…我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである。」と判断しているように、特段の事情があるかどうかは、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の点から判断するべきである。

 (3) この点、石黒一憲「渉外訴訟における訴え提起」新堂幸司他編・講座民事訴訟(2)51頁では、「外国での承認・執行の可能性を考慮することを疑問とし、裁判を受ける権利はそれ自体として保障すべきである」と論じている。

 (4) これに対し、青山善充「国際的裁判管轄権」民事訴訟法の争点50頁(1979年)では「渉外事件において裁判の能率ということを考える場合には国内民事訴訟の場合と異なり、単にどの国で裁判を行うことが最も迅速でありかつ当事者の出費を最小限に食い止めることができるかという考慮のほか、その国で直ちに強制執行をなしうるか、またはその国で判決をもらえば他国において承認執行されうるか、または他国における承認・執行の問題を生ずることなくそれによって直ちに紛争は解決されるのか、といった考慮が必要になってくる。」としている。

 (5) 思うに、「被告の資産が日本になく、フィンランドは日本の判決を承認執行しないため、無意味な判決になる」ということは、特段の事情として考慮すべきであると解する。なぜなら、訴えの利益とは異なり、「特段の事情の有無」については、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の点から判断すべきであり、資産が日本になく判決を承認執行しないのであれば、結局は判決の実効性を欠くものであるから、裁判の迅速の点で問題があるからである。

 (6) 従って、日本の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情があると言える。

 

4 以上より、「原告が日本で判決を得ても、被告の資産は日本になく、フィンランド

は日本の判決を承認執行しないため、無意味な判決になる」という事情があっても、

訴えの利益については否定されないが、日本の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情

となる、と解するべきである。

 

以上



[1] 高桑昭・道垣内正人編「新・裁判実務大系3」41頁〔道垣内正人〕

[2] 高桑昭・道垣内正人編「新・裁判実務大系3」41頁〔道垣内正人〕

なお、条理の内容について

@民訴法の土地管轄規定から逆に推知して、その裁判籍が日本にあれば原則として国際裁判管轄があるとする逆推知説

A民訴法の規定を国際的配慮から修正して類推し、その修正された基準に該当すれば国際裁判管轄があるとする管轄配分説

などがあげられる。「別冊ジュリスト 国際私法判例百選〔新法対応補正版〕」167頁〔多田望〕

[3] 本判決は、いわゆる「逆推知説」的な立場を採用したと評することができる。 櫻田嘉章・道垣内正人編「別冊ジュリスト 国際私法判例百選〔新法対応補正版〕」167頁〔多田望〕

[4] 大阪地中間判昭和48年10月19日判時728号76頁、東京地中間判昭和49年7月24日下民集25巻5−8号639頁、東京地中間判昭和59年3月27日下民集35巻1−4号110頁などである。

[5] これに反対する説としては、製造物責任は、類型的に原因行為地と損害発生地とが異なることが多い点に特徴があるので、一般不法行為とは区別し、被告の住所・本拠地、加害行為地、損害発生地(加害者の予見不可能な地でないことが条件)を具体的管轄原因とするが、製品の購入地、使用地の管轄は認めるべきでないとする道垣内説などがある。 蔡華凱「製造物責任訴訟の国際裁判管轄」神戸大学大学院法学研究会42巻1号60−65頁

[6] 後藤明史「生産物責任訴訟」 国際私法の争点・新版 225頁

[7] 松岡博「国際関係私法入門」有斐閣 280頁

[8] 東京地判平成7年3月17日判時1569号83頁、東京地判平成9年2月5日判タ936号242頁など

[9] 小林秀行編「新製造物責任法体系U〔日本篇〕」172頁

[10] 松岡博 判評343号197頁

[11] 高桑昭・道垣内正人編「新・裁判実務大系3」65頁〔野村美明〕

[12] 秋山幹男ほか「コンメンタール民事訴訟法(@)(2)」80頁

[13] 吉野内謙志 判例タイムズ1245号244頁(平成18年度主要民事判例解説)

[14] 松岡博 判評343号197頁

[15] アメリカ抵触法第二リステイトメント第47条(外国法人―邦において事業を行うこと)では以下のように規定している。

@ 邦は、その邦において事業を行う外国法人に対し、その邦における事業から生じた訴訟原因につき裁判管轄権を行使することができる。

A 邦は、その邦において事業を行う外国法人に対し、当該事業が継続的勝つ実質的に行われ、そのためその邦の裁判管轄権の行使が相当と認められる場合には、その邦における事業から生じたものではない訴訟原因についても、裁判管轄権を行使することができる。

[16] 高桑博・道垣内正人編「新・裁判実務大系3」65頁〔野村美明〕

[17] 高桑昭・道垣内正人編「新・裁判実務大系3」65頁〔野村美明〕

[18] なお、指定された国の判決が将来日本で承認されることまでは要件としないとされているが、日本の法秩序における権利義務の確定という見地から、これを要件とすべきではないかという説もある。 澤木敬郎・道垣内正人「国際私法入門」第6版 283頁

[19] 大阪高判昭44年12月15日判時586号29頁とそれを肯定した昭和50年最判

[20] ただし、この説には具体性を欠くという欠点がある。結局は民訴法11条についてとられる解釈と大きな違いはないことになろう。 新堂幸司=小島武司編・注釈民事訴訟法(1)112頁〔道垣内正人〕

[21] 池原季雄「国際的裁判管轄権」新・実務民事訴訟講座7巻37頁

[22] 貝瀬幸雄「国際的合意管轄の基礎理論」(2・完)法協102巻7号1415頁

[23] 貝瀬幸雄「国際化社会の民事訴訟」348頁

[24] 斉藤秀夫他編「注解民事訴訟法(5)・第2版」〔山本和彦〕412−413頁