国際私法I

増谷嘉晃

 

問題()について

 

1.結論

 AB間の婚姻の有効性は、法廷地の国際私法である通則法24条、42条によって判断される。その結果、AB間の婚姻は、無効となると考える。

 

2.理由

1.遺産処理の問題−いわゆる「本問題」

 通則法36条によれば、「相続は、被相続人の本国法による」ことから、本問の日本でのAの遺産処理の問題は、被相続人であるAの本国法、すなわち甲国法によって処理されることになる。

 遺産処理の問題であるから、甲国法が、死者の財産はすべて国庫に属するなどといった特殊な法制度を有している場合は別段、通常は相続人が誰かを確定する必要がある。そして、被相続人の配偶者は相続人の地位を有するのが一般的であると考えるから、Bの相続権の有無を確定するにあたって、AB間の婚姻の有効性が問題となる。

 

2.婚姻の有効性の問題−いわゆる「先決問題」

()「先決問題」の考え方

 本問においては、婚姻の有効性の問題は、遺産処理の問題の前提となっている。このような、本問題の前提となる問題(先決問題)の処理の仕方として、@本問題準拠法を適用すればよいとする本問題準拠法説、A先決問題は本問題の準拠法所属国の国際私法によって解決されるべきであるとする本問題準拠法所属国国際私法説、B「先決問題」という概念自体を認めず法廷地国際私法によるべきとする法廷地国際私法説、C原則としてB説を採用しつつも、先決問題が本問題準拠法所属国と密接に関係し、法廷地との関係がうすく、国内での裁判の調和が乱されるおそれが少ないことなどを条件に、場合によってはA説によることを認める折衷説がある。

本問のAB間の婚姻の有効性の判断について、@説によれば、遺産処理の準拠法と同様に甲国法が準拠法となり、A説によれば、遺産処理の準拠法所属国の甲国の国際私法によって決定される法が準拠法となり、B説によれば、通則法24条によって各当事者の本国法が準拠法となり、C説によれば、原則B説と同じ処理だが、条件を充たすと判断されればA説の処理がなされる可能性もある。

 上記4つの説のうち、次に述べる理由からB法廷地国際私法説が妥当であると考える。すなわち、まず、@A説については、本問題の設定の仕方によって同じ論点についての結論が変わることになり、訴訟戦術次第で準拠法が左右されることになるから妥当でない。また、C説も、基準が不明確であり、場当たり的な判断となるおそれがある点で妥当でない。したがって、同じ問題について常に同じ処理がされるから法的安定性があるし、それぞれの準拠法で判断される単位法律関係をつなぎ合わせて解を得るという国際私法の構造に合致しているB説が妥当である[1]。判例も、法廷地国際私法説をとる(最判平12127日民集5411)

以下では、法廷地国際私法説に従って、通則法による具体的な判断を示す。

 

()通則法24

ア.累積的適用

 通則法241項は、「各当事者につき、その本国法による」という配分的連結を採用している。

 婚姻障害についての本項の解釈の仕方として、二つの説がある。すなわち、@婚姻障害を国際私法上、一方的要件と双方的要件とに区別する考え方と、A一方的要件と双方的要件とを区別することなく、241項は当事者双方の累積的適用を定めていると解する見解である。

 @の考え方によれば、婚姻障害のうち、一方的要件に関する場合には一方の当事者の本国法により、他方、双方的要件に関する場合にはその要件が双方の当事者について問題となることから、配分的適用とはいうものの、結局は当事者双方の本国法によることになり、結果的に累積的に適用される。

しかし、@説によれば、本項の単位法律関係を男性側の一方的要件・女性側の一方的要件・双方的要件と3つに分けることになるが、それは解釈の限界を超えている。単位法律関係が一つである以上、送致範囲は準拠法上の実質的成立要件に関するルールすべてであって、A説が妥当である[2]

 本問で問題となる異教徒間の婚姻禁止は、双方の当事者の関係を問題とする要件であるから、一方的要件と双方的要件を分ける見解によっても双方的要件にあたると考えられる。したがって、いずれの見解によっても、甲国法と乙国法が累積的に適用される。

 そこで、本問についてみると、乙国においては、異教徒間の婚姻禁止ルールは存在しないものの、甲国においては、「イスラム教徒が異教徒と婚姻することは禁止」されているところ、Aはイスラム教徒であり、Bはキリスト教徒であるから、AB間の婚姻は甲国法の実質的成立要件を満たさないことになる。

イ.実質的成立要件を欠く場合の効果

 婚姻の実質的成立要件は各当事者につきその本国法によるから、かような実質的成立要件欠缺の効果もまたそれぞれの本国法によるべきである[3]

 したがって、本問では、要件の欠缺が問題となる当事者の本国法である甲国法によって、無効であるか、取消すことができるものであるか等が決まることになる。

ウ.跛行婚(不均衡婚)

 なお、本問では、婚姻挙行地法主義を採用する乙国では有効だが、本国法主義を採用する日本の国際私法によれば、無効あるいは取消しうる婚姻となる可能性がある。しかし、現代の国際私法の構造からすればこれはやむを得ない[4]

 

()通則法42

ア.通則法42条は、「外国法によるべき場合において、その規定の適用が公の秩序又は善良の風俗に反するときは、これを適用しない」とする。

 ここで、公序にもとづく外国法の適用の排除は、本問題についてのみ生じ、先決問題については、ほとんど問題とならないとする見解がある[5]。これは、先決問題は内国関連性が希薄になることが多いことを根拠にするものと思われるが、通常の場合と同様に内国関連性や外国法の規定の内容等からみて、外国法適用の具体的結果が内国の公序良俗に反すると判断される場合には、その適用を排除するべきである [6]。なお、そもそも先決問題と本問題という区別自体が妥当でないことは上述の通りである。

イ.以上の考え方を前提に、本問における甲国法の適用結果が公序に違反しないかを検討する。

公序違反とされるか否かは、適用結果の異常性と内国関連性の相関関係で決まるべきである[7]

本問においては、信教の自由、法の下の平等を保障する日本法を適用すれば、婚姻が認められるにかかわらず、甲国法を適用すれば、婚姻が無効となり、適用結果の異常性は高いといわなければならない。また、本問では、日本に居住しながらビジネスで成功を収めたAの、資産総額で世界のトップ10に入るほどの巨額の相続(日本の不動産も相当多く含まれると思われる)が問題となっている事案であることを考慮すれば、日本との関連性もゼロではない。しかしながら、Aは甲国人で、Bは乙国人であり、かつ両者の婚姻関係は乙国でなされていたのであり、また、Bには、今後日本に住むなどといった事情も見あたらない。

以上から、本問では、甲国法の異教徒間の婚姻禁止ルールを適用して、AB間の婚姻を無効とすれば、適用結果の異常性は高いといえるが、日本の法秩序を乱すほどの内国関連性があるとは思われない。よって、通則法42条の公序違反はなく、AB間の婚姻は無効である。

ウ.なお、異教徒間の婚姻禁止については、単に異教徒間の婚姻であるというだけの理由で、婚姻を無効とすることは、信教の自由、法の下の平等などを定め、保障するわが国の法体系のもとにおいては、公序良俗に反するものと解さざるを得ないとする裁判例がある(東京地裁平成3329日家月45367) が、この裁判例の事案は、一方当事者は、日本人であるし、日本において夫婦生活していたという事案であるから、必ずしも、本問の事案と同一には論じられない。

 

<道垣内のコメント(以下、青地部分につき同じ):受験者全体では約3:2で公序違反とはしないという上記と同じ結論を採用する答案が多数でした。しかし、道垣内の私見によれば、次の通り、公序違反とすべきではないかと考えます。すなわち、A・Bの婚姻の時点で考えれば、A・Bの婚姻が日本から見れば無効又は取消得べきものであり、その理由が異教徒間婚姻禁止という甲国法の適用結果であるとしても、日本との関係が皆無である以上、あえて通則法42条を発動する必要はないと考えられますが、その66年後、日本在住で大富豪となった亡Aの相続問題処理の時点で公序則発動の有無を判断するとすれば、日本との関連性は十分に大きいのではないでしょうか。事案解決の落としどころとしても、6年間の平穏な夫婦生活の後、突然のAの失踪以来60年間、少なくとも失踪宣告の手続をとって再婚するという選択をしないできたBを、甲国法によれば異教徒間婚姻が禁止されているとの理由で、日本での遺産処理上、Aの配偶者・相続人とは認めないという結論は据わりが悪いように思われます。>

 

問題()について

 

第1.結論

 AE間の婚姻は、取消しうるものとして成立している。

公序か否かの判断時点は、Aの相続問題の発生時である。

Eが、Aが独身であるとBの登場まで信じていたことは公序違反か否かの判断に影響を与える。

 

2.理由

1.日本におけるAE間の婚姻の有効性

()通則法241項−実質的成立要件

ア.婚姻の成立は、各当事者につき、その本国法による(通則法241)

 重婚は、双方の当事者の関係を問題とするから、双方的要件であると解される。よって、問題()で検討した@説A説どちらの見解にたっても、結論は変わらない。

本問では、Aの本国法である甲国法とEの本国法である日本法によって判断することになるところ、甲国法上は、重婚は認められているが、日本法においては、重婚は婚姻障害要件とされている(民法732)

婚姻の実質的成立要件を欠く場合の効果は、その要件の欠缺が生じている当事者の本国法によるべきであるから、日本法によるところ、日本法では、重婚の効果は、重婚となった後婚につき取消しうる婚姻となることである (民法744)[8]

なお、重婚の夫の前婚の配偶者が、重婚となる後婚の無効・取消を主張しうるか否かについては、前婚の配偶者固有の身分に関する権利の問題としてその本国法によるべきものとする立場(通則法33)、前婚の婚姻の効力の問題としてその準拠法によるべきものとする立場(通則法25)も考えられるが、やはり重婚となる後婚の無効・取消の主張者の範囲の問題として、後婚の両配偶者の本国法のいずれか一方により、それが認められるときには認められるべきである[9]

イ.以上のとおり、AE間の婚姻は、日本法上の婚姻禁止に抵触するが、日本民法は、重婚を取消事由とするにすぎないので、無効ではなく、方式を充たせば、取消しうる婚姻として成立する。

 

()通則法242項、3項−形式的成立要件(方式) 

ア.日本人と外国人とが日本で婚姻する場合、方式については、婚姻挙行地法である日本法によるべきである(通則法243項ただし書)

日本法による方式を充たすためには、当事者双方および成年の証人二人以上から、口頭または署名した書面で戸籍法の規定に基づく届出(創設的届出)をしなければならない(民法739条、戸籍法74)。市区村長は、受理するに当り、婚姻成立のための実質的成立要件を具備しているか否かについて審査しなければならなない。戸籍実務では、日本人については、「戸籍謄本」、外国人については、「婚姻要件具備証明書」を添付させ、本国法の実質的成立要件を備えているかどうかを審査している[10]。市区町村長は、これらの書類を審査のうえ、各当事者が実質的成立要件を具備していると判断すると、「受理決定」の行政処分をし、婚姻が成立する[11]

受理決定が無効であれば、届出の法効果は発生しておらず、形式的成立要件を満たさないということになる。

イ.本問では、港区長は、先述の「婚姻要件具備証明書」の代わりに、自分は独身であって甲国法上の婚姻障害は存在しない旨のAの陳述書に基づき、重婚禁止にふれるにかかわらず、婚姻届を受理している瑕疵があるが、この受理は有効であろうか。

ここで、婚姻届の受理決定は行政行為と解されるところ[12]、無効な行政行為とは、行政行為に内在する瑕疵が重要な法規違反であることと、瑕疵の存在が明白であることとの二つの要件を備えている場合である(最判昭34922日民集13111426)。最高裁は、瑕疵の明白性については、とくに権限有る国家機関の判断をまつまでもなく、何人の判断によってもほぼ同一の結論に到達しうる程度に明らかであることを指すとする(最判昭3637日民集153381)。なお、明白性要件を不要とし、瑕疵が重大であれば無効とする判例もある(最判昭48326日民集273629)が、「第三者の保護を考慮する必要のないこと」が前提となっている事案であって、本問事例には、この判例の射程は及ばない。

本問についてみれば、Aが、甲国が内戦状態にあって「婚姻要件具備証明書」の提出が不可能である旨を述べ、婚姻障害は存在しない旨の陳述書を提出し、港区長はそれに基づいて受理したことからすれば、何人の判断によってもほぼ同一の結論に到達しうる程度に明らかとはいえず、瑕疵は、明白性を欠く。したがって、受理決定は、無効とはいえない。そして、行政処分は、たとえ違法であっても、その違法が重大かつ明白で当該処分を当然無効ならしめるものと認む場合を除いては、適法に取消されない限り完全にその効力を有する(最判昭301226日民集9142070)から、受理は、取消されるまでは有効である。

ウ.以上で検討したとおり、取消がなされない限り、受理は有効に成立している。したがって、形式的要件を欠くとはいえない。

 

<出題の趣旨としては、形式的成立要件については問題としなくてよく、他の受験者はこの部分に触れていなくても採点には何ら影響しません。>

 

()結論

 以上のとおり、実質的成立要件については、日本法上の重婚禁止に抵触する。その効果として、取消しうる婚姻とされる。形式的成立要件については、受理に瑕疵があるものの、取消されるまでは有効に成立しているから、形式的成立要件は充たしているといえる。したがって、結果的に、AE間の婚姻は、取消しうる婚姻として、成立しているといえる。

 

2.公序違反か否かの判断時点

()考え方

公序違反の判断基準時は、常に現在であるべきである。準拠法の適用結果が公序違反か否かの判断が時々刻々となされていると考えるべきではない。なぜなら、公序則の目的はあくまで例外的に国内法秩序のコアの部分を守ることにあり、時間の経過と共に、もはや目くじらを立てないでよくなる場合や、その逆も考えられるからである。つまり、公序則の目的は、現時点での公序守ることである[13]

 本問では、過去の時点であるAEの婚姻時ではなく、現在の時点であるAの相続問題の発生時を公序違反か否かの判断時点とするべきである。

したがって、AEの婚姻から58年以上が経過していることや、Aの巨額の資産の相続が問題となっていることなど、現時点にいたるまでの様々な事情や観念の変化等を考慮した上で、公序違反かどうかを決するべきである。

()本問について

 通則法42条の公序違反かどうかの判断は、外国法の適用結果を問題とすべきである。国際私法上の公序とは、特定の超国家的なものではなく、国家的なものであるから、自国法の適用を公序で排除することは考えられない[14]

本問においては、甲国法では、重婚は認められていて、日本法の規定によって取消しうる婚姻となる訳であるから、この事案の適用結果は、甲国法と日本法が累積的に適用されているとはいえ、日本法の適用結果の影響によるといえる。したがって、本問の法の適用結果である取消しうる婚姻に対して、通則法42条による判断をすることは、日本法の適用結果を通則法42条によって判断することになるから、妥当ではない。

 

3.Eが、Aが独身であるとBの登場まで信じていたことと公序違反か否かの判断

 公序違反か否かの判断は、適用結果の不当性と内国関連性の相関関係によることは前述の通りである。

それでは、この相関関係の判断において当事者の主観的な意思は考慮しうるであろうか。

外国法の適用の結果が内国の公序に反すると判断されるためには、当事者の国籍、住所、年齢、職業、資力、心身の状態および生活の状況その他一切の事情が考慮されるべきである[15]。したがって、この当事者の主観的な意思も考慮するべきである[16]

 本問では、Eは、Aが独身であるとBの登場まで信じていた。しかし、もし仮に、Eが、重婚にあることを知っていた場合は、外国法の適用により日本の法秩序からは許容されない不当な結果がEに及んだとしても、Eの保護の必要性は低い。したがって、日本人の保護の必要性が低いという意味で、日本との内国関連性は強くない。一方、独身であると信じていた場合は、保護の必要性が高く、日本との内国関連性も強い。このような意味で、Eが、Aが独身であるとBの登場まで信じていたことは、公序違反か否かの判断に影響を与えると考える。

 ただし、本問が、外国法適用結果が問題となる事案ではないことについては、2で述べた通りである。

 

<ご指摘の通り、問題(2)の後半部分は空振りです。むしろ、問題(1)について、いつの時点で公序違反の有無の判断をするかを問うべきでした。問題(2)については、日本法上、A・Eの婚姻は取消得べきものとなっていることになり、民法7442項により、Bが取消しの請求をできることになる、という単純な答えになります。>

 

問題()について

 

第1.結論

 Bには相続権がないとされる甲国法の適用結果は、通則法42条の公序に違反しない。

 

2.理由

1.外国法の解釈−甲国の最高裁判例について

 外国法が適用される場合には、外国法の解釈がなされなければならない。外国法は外国法として適用されるべきものである以上、外国法の解釈は、わが国の裁判所としての立場からでなく、当該外国裁判所としての立場において、当該外国の裁判官がなすようになされるのが当然である。当該外国の判例および学説も実定法としての意味を有する限り考慮されるべきである[17]。判例法の場合、それにどのような権威が認められているかも、当該外国秩序の中で決定されなければならない[18]

 したがって、本問における甲国の最高裁判所の裁判例についても、わが国の裁判所の立場から解釈するのではなく、甲国法秩序における最高裁判例の権威にしたがって、解釈されなければならない。

 

2.甲国法の適用結果は公序違反か

()通則法36条によれば、相続は、被相続人の本国法によるとされる。したがって、本問では、被相続人たるAの本国法が準拠法となり、その適用結果として、Bには相続権がないことになる。

()日本の民法においては、配偶者は相続権を有する(890)。これは、夫婦財産の清算および被相続人の死亡後の扶養(生活保障)を目的とする。

そして、推定相続人が相続開始前に、その意思に反して相続資格を失う場合として、法律上当然に相続人ではなくなる「相続欠格」と、被相続人が特定の相続人が相続することを望まず、かつ客観的にもそれがもっともと判断される事情があるときに、相続人としての資格を剥奪する「廃除」がある。

 相続欠落は、民法8911号から5号に、5類型が法定されている[19]。この規定の根拠は、2号以外(2号はナポレオン法典依頼の規定であり、現在では実際上の意味は乏しい)は、財産取引秩序を乱す違法行為に対するサンクションと理解される[20]

 廃除については、遺留分を有する推定相続人が、被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったときは、被相続人は、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求することができる(民法892条)。

 この規定は、客観的な行為を根拠にしつつも、被相続人の請求が要件だから、相続欠格とは異なり、被相続人との人間関係や信頼関係を破壊するような行為であることも根拠となる。

 以上のとおり、日本の民法においては、財産取引秩序を乱す違法行為があるような場合(891)や、「虐待」、「重大な侮辱」、「著しい非行」がある場合で被相続人の請求があるような場合(892)に初めて、相続人の相続権が奪われることになる。

したがって、このような事情のない本問事案に、仮に日本民法を適用するとすれば、配偶者について、相続権が与えられないという結論は導かれないと思われる。

()それでは、本問の甲国法の適用結果が国際私法上の公序に反するといえるであろうか。

 甲国法の内容および最高裁判例の内容をみれば、甲国法は男性の重婚を前提としていることと、最高裁判例の、被相続人との婚姻中に、いかなる理由があれ、他の異性との間に婚姻類似の生活関係を持ったものは含まないとの解釈からは、男性が複数の配偶者を持つことは許されるが、配偶者である女性が他の男性と婚姻類似の生活関係を持つことは許されないとする点において、男性優位の思想を読み取ることができ、これは男女平等を保障する日本の法体系とは相容れないとも思われる。

 しかしながら、先述のとおり、問題とすべきは、法の内容ではなく、甲国法の適用結果と内国関連性であって、配偶者であるBに相続権が認められないという結論がわが国の法秩序に鑑みて看過できないものか否かである。

 そこで、本問を具体的にみれば、Bは、日本法によれば認められる相続権が完全に奪われることになるから、適用結果の異常性は小さくはないが、BAの婚姻関係は6年間足らずである一方で、Bは、Aが乙国を去ってから、C10年間も婚姻類似の関係に入っている。さらに、ABが音信不通になってから約60年も経過しているのであるから、異常性が高いともいえない。次に、内国関連性について、問題()で触れたとおり、本問では、日本に居住しながらビジネスで成功を収めたAの、資産総額で世界のトップ10に入るほどの巨額の相続(日本の不動産も相当多く含まれると思われる)が問題となっている事案であることを考慮すれば、日本との関連性もゼロではない。しかしながら、Bは乙国に住む乙国人であり、今後日本に住むといったような事情もない。これらのことと、先に述べた適用結果の異常性が高くないことを踏まえれば、Bに相続権を認めないことが、日本の法秩序を乱すとまではいえないと考える。

()したがって、甲国法によって、Bに相続権が認められないことは、公序に反するとはいえない[21]

 

<Bがかわいそうではないでしょうか。Bを救うとすれば、甲国法の判例の射程を本件のような特殊な場合には及ばないと解するか、それができなければ、やはり公序違反とするほかないと思われます。受験者の約50%は公序違反との結論でした。その理由付けとしては、日本法とは異なる結論であること(甲国法のような内容への法改正もあり得ないこと)に加え、日本での巨額の遺産処理であって、日本との関連性が大きいということになろうかと思われます。>

 

問題()について

 

1.結論

 Dに相続権があるかどうかは、法廷地国際私法である通則法28条によって判断される。本条によれば、夫の本国法と妻の本国法の選択的連結となるから、甲国法と乙国法のどちらか一方で嫡出性が認められれば、Dは嫡出子といえる。一方、Dが被相続人の子でないというためには、通則法28条のみならず、29条、31条、33条の検討によっても親子関係がないことを確認する必要がある。以上のような判断の結果として、本問では、Dは相続権を有すると考える。

 

2.理由

1.考え方

本問では、Aの遺産争いが生じているから、通則法36条によって、被相続人Aの本国法である甲国法が遺産争いの準拠法となる。

 そして、甲国法によれば、被相続人の子は、相続権が認められるところ、本問では、嫡出性が問題となっているから、通則法28条を適用する。通則法281項によれば、夫婦の一方の本国法で子の出生の当時におけるものにより子が嫡出となるべきときは、その子は、嫡出である子とする。

本項は、嫡出推定だけを単位法律関係にしているのではなく、嫡出否認等の問題もふくまれていると解すべきである[22]。また、本項は、他方の本国法上嫡出子となるのであれば、自分の本国法上は嫡出子とならないときであっても、嫡出子となるという選択的連結を採用している[23]

 本問では、Aの本国法である甲国法か、Bの本国法である乙国法によって、Dが嫡出子であるといえれば、Dは嫡出子の身分をもつ。以下、甲国法と乙国法の適用を検討する。

2.甲国法

()甲国法によれば、婚姻中に妻が懐胎した子は夫の子と推定し、これを覆す嫡出否認の訴えを利害関係人は提起できるものの、その期間は子の出生から3年以内であることが絶対条件とされ、例外は認められない。

 本問では、まず、DABの婚姻中に懐胎した子であるから、Dには嫡出推定が働く。そして、Dの出生からは約60年が経過しているから、嫡出否認の訴えも認められない。

 したがって、甲国法によれば、Dは嫡出子の身分を取得することになる。

()それでは、甲国法適用の結果、Aが去ってから8ヶ月後で、しかも、Cと婚姻類似の関係にあったBから生まれたEに嫡出性を認めることが通則法42条の公序に反することはないだろうか。

 日本民法7721項によれば、妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。また、同条2項によれば、婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

 また、日本民法上、嫡出否認の訴えは,夫が子の出生を知った時から一年以内 (民法777)である。また、日本法では、人事訴訟法41条の例外はある(777条の提訴期間内に死亡した場合に3親等内の血族に否認権がある)ものの、原則として、嫡出推定の否認権は、夫にしかない(民法774)

以上のとおり、日本においても、嫡出推定および嫡出否認の制度を採用している。たしかに、甲国法は、出生の日から3年であり、嫡出否認の訴え提起期間については、相違があるものの、子の法的身分関係の安定を保持する必要を重視している点は、日本民法でも同じであって、これらのことを考慮すれば、本問事案において、適用結果の異常性は、さほど高くないといえる。そして、異常性の低さを補って公序違反性を認めさせるような内国関連性もあるとは思われない。したがって、本問事案において、甲国法によって、Eに嫡出性が認められても、日本の公序には違反しない。

3.乙国法

乙国法によれば、嫡出推定に関する規定はなく、証拠に基づいて判断するとされ、最近の乙国の最高裁判所の判例によれば、DNA検査により定めることとされている。

推定規定がないから、Dは、自己がAの嫡出子であることを主張立証する必要がある。しかし、Eは、DNAサンプルの提出を拒否している。

それでは、日本の裁判所は、DNAサンプルの証拠調べをすることができるであろうか。乙国法によれば、DNAサンプル検査により嫡出子かどうかが決定されるのであるから、本問事案のような場合に、強制によってでもDNAサンプルを証拠調べする制度は整っているものと思われる。

しかし、DNAサンプルを提出させるかどうかは、手続の問題であり、手続は法定地法によるから、日本法による。民事訴訟法によれば、Eの意思に反するDNAサンプルの証拠調べをなすことは困難であると思われる。

 そうすると、乙国法によれば、Dが、自己がAの嫡出子であることを証明することは困難であると思われる。

4.結論

以上から、Dは、甲国法によれば、自己の嫡出性の立証に成功するが、乙国法によれば、立証に失敗することになると思われる。しかし、上述のとおり、通則法28条は、選択的連結を採用しており、甲国法によって嫡出性が認められれば、乙国法による証明は必要がない。

よって、Dは、Aの嫡出子であるといえ、相続権がある。

5.補足

なお、本問においては、甲国法によってDの嫡出性が認められるから、問題がないが、仮にDAの子ではないという結論を導くにあたっては、29条、31条あるいは33条による親子関係の不存在も検討する必要がある。

 

AB間の婚姻が有効である場合には上記のとおりですが、それが有効ではない場合についても場合分けをして、非嫡出親子関係の有無を検討する必要があり、そのような場合分けをしている答案も少なからずありました。>

以上

 



[1]道垣内正人『ポイント国際私法総論』118頁以下(有斐閣、第2版、2007)、澤木・道垣内『国際私法入門』25頁以下(有斐閣、第6版、2007)

[2]前掲澤木・道垣内103

[3]前掲澤木・道垣内103頁以下

[4]山田鐐一『国際私法』 417(有斐閣、第3版、2004)

[5]前掲山田146

[6]神前禎「判批」法学教室156115

[7]道垣内正人『ポイント国際私法』258(有斐閣、第2版、2007)

[8]内田貴『民法W』71(東京大学出版会、補訂版、2009)

[9]溜池良夫『国際私法講義』425(3版、有斐閣、2005)

[10]住田裕子「渉外婚姻の方式・手続」判例タイムズ747427

[11]前掲山田420

[12] 「届出」のうち、行政庁の側で内容的要件審査権限のないものについては、形式上の要件が充足していれば、到達した時に届出としての効果を持つことになる(行政手続法37)。一方、婚姻届では、行政庁側に重婚、年齢等一定の要件審査が予定されていることから、実質的に申請に基づく処分として整理される(塩野宏「行政法T第5版」(有斐閣・2009)312)。したがって、婚姻届は、私人の届出の到達によって法効果が発生するわけではなく、受理決定をもって、法的効果が生じる。

[13]前掲道垣内265頁以下

[14]前掲澤木・道垣内61

[15]前掲山田143頁以下

[16] なお、養子を1名のみに限るとする中華人民共和国の適用を公序に反するとした裁判例(神戸家審平751日家月471258)において、「申立人妻は、中国国籍を有するが、前記のとおり、すでに長くわが国に居住し、今後も永続的に申立人夫とともに両親が行方不明になっている未成年者らを養育してわが国で家庭生活を営むつもりであり、中国に帰る予定も気持もない者である」と、公序違反かどうかの判断において、当事者の主観的意思を考慮材料としているように思われるものがある。

[17]前掲山田134

[18]前掲澤木・道垣内56

[19] すなわち、故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者(1)、被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告訴しなかった者(2) 、詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者(3)、詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者(4)、相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者(5)である。

[20]前掲内田341

[21] なお、相続に関する判例としては、特別縁故者への財産分与の制度のない韓国法の適用が公序に内縁が保護されている日本国内の公序良俗に反するとして、法例30条により、日本民法958条の3を適用した裁判例がある(仙台家審昭和47125日家月252112)。これに対しては、特別縁故者に対する財産部如が内縁配偶者の保護に役立っていることは否定しえないが、その保護は、単に相続人が存在しない場合に限定されるものに過ぎないから、被相続人の本国法の適用の結果が直ちに我が国際私法上の公序に反するとするには疑問があるとする見解(溜池良夫「判批」別冊ジュリスト87175)。あるいは、準拠法上内縁の妻を−相続人として或いは特別縁故者として財産を分与するという方法で−保護しないのが法例30条の規定する国際私法上の公序に反するかは、むしろ否定的に解するべきとする見解(林脇トシ子「判批」ジュリスト538114)などがあり、いずれも公序違反という結論に対して否定的である。

[22]前掲澤木・道垣内125

[23]前掲澤木・道垣内127