国際私法U
47070173 中野玲也
問題1(1)
結論:A国法が準拠法となる。ただし、通則法8条2項の推定を覆すような事情がある場合には、日本法が準拠法となりうる。
1.性質決定
本件では、X・Y間において製品の代金支払いの遅延をめぐって紛争が生じている。すなわち、Yは、Xが履行遅滞による債務不履行責任を負うと主張し、これに対する責任追及を行っている。この紛争において適用されるべき準拠法が何かを考えるにあたって、この債務不履行と債務不履行に基づく責任追及がいかなる単位法律関係に含まれるか検討する。
これらは、契約の効果として生じるものである。したがって、その単位法律関係は、法律行為であり、法の適用に関する通則法(以下、「通則法」という。)7条、8条によって準拠法を決定すべきである。
2.分割指定の可否
通則法7条によれば、準拠法は、「当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法」となる。そこで本件についてみると、XとYは、本件製品の瑕疵による責任についてはB国法によるという合意をしている。では、この合意によって、代金支払いの遅延に関する準拠法も決定されるか。
そもそも、1つの契約から生じる法律関係につき、事項ごとに異なる準拠法を指定できないとすれば、このXY間の合意は、本件契約から生じるすべての問題に有効なことになり、本件準拠法もB国法になる。そこで、このような分割指定の可否が問題となる。
分割指定については、これを認めない見解もある。この見解は、当事者間に生じた問題の統一的解決が不可能ないし困難となることをその理由とする。[1]裁判例でも、東京地裁平成13年5月28日判決などは分割指定を否定している。
しかし、準拠法の不整合が生じ、当事者間の問題の解決が困難になったとしても、それは自業自得であり、これを理由に分割指定を否定するのは妥当でない。
当事者自治の本旨からすれば、分割指定を認める法が、当事者の期待を保護し、取引の安全にも資するし、準拠法の決定自体を当事者の選択に委ねる以上は、その範囲についても当事者に選択の自由を与えるのが首尾一貫する。したがって、分割指定は認められるべきである。[2]
このように分割指定が認められるとすると、製品の瑕疵による責任の準拠法をB国法と定める当事者の合意があるからといって、直ちに、代金支払いの遅滞の問題についても、この合意に従ってB国法が準拠法となるわけではない。
3.当事者の黙示の意思
(1) 黙示的意思をみることの可否
そこで、本件において、代金支払いの遅延をめぐる紛争に適用されるべき準拠法について、これを指定する当事者の明示的意思があったかをみると、そのような事情はない。
このように本件では、当事者の明示的合意がないため、黙示的にいずれかの法を準拠法として指定しているといえないかを検討することが考えられる。しかし、ここで一つ問題がある。たしかに、法例7条1項においては、当事者の準拠法指定は明示的なものである必要はなく、黙示的なもので足りると解されていた。[3]しかし、これはあくまでも通則法8条のように最密接関係地によって準拠法を定める規定がなかったためであり、これがある通則法のもとでは、当事者の黙示の意思をみる必要がないとも思われる。このような黙示の意思をみることの可否についてどのように考えるべきか。
この点について、法例の改正経緯からすれば、黙示の意思をみるべきではないという見解や、みるとしても法例の場合よりも厳格に解するべきという見解もある。
しかし、当事者の黙示の意思をみることは、最密接関係地を探しているわけではない。つまり、黙示の意思をみることは、できるだけ当事者の意思に合致した法を準拠法とすべきという考えのもとになされるのであり、最密接関係地法を準拠法とする通則法8条とは趣旨が異なるのである。したがって、通則法のもとにおいても、従来通り黙示の意思の解釈を行うのが妥当であると考える。
(2) 黙示の意思の解釈
以上のような見解を前提にして、本件において、当事者の黙示的意思を解釈することで、代金支払いの遅延をめぐる紛争に適用される準拠法を導き出すことはできないか。以下検討する。
当事者は本件製品の瑕疵による責任についてはB国法による旨の合意をしている。そこで、この合意を、代金支払いの遅延についても及ぼすのが当事者の黙示の意思であるといえないか。
まず、当事者がB国法によると合意している趣旨を考える。製品を製造する場合は、瑕疵のない物を製造し、責任追及を受けないために、何をもって瑕疵というか、どのような場合に責任を負うことになるかということを把握していなければならない。そして、法によって瑕疵の定義や責任を負う場合は異なるため、上述のような事柄を把握するためには、製造者にとって準拠法が明らかであり、その法内容に精通している必要がある。本件では、YがXに売っている製品を、Yの子会社であるZが製造している。Zは、B国法人であるので、B国法にもっとも精通していると考えられる。
そこで、製造者であるZに、瑕疵や責任についての予測可能性をもたせるために、XYは、準拠法をZの所在地法であるB国法とする合意をしたと考えられる。
以上のように、本件合意が、Zの予測可能性を担保するためのものであるとすると、Zが関わらない、XY間プロパーな問題については、合意を及ぼす趣旨ではないと考えられる。本件で問題となっている、代金の支払いの遅延というのはZとは関係のない、純粋にXY間の問題である。したがって、これについて、当事者の黙示的意思によって、B国法に準拠法が指定されたということはできない。
次に、本件契約の契約書が、C国語で記載されているため、当事者がC国法を準拠法として指定する趣旨であるということはできないか。
結論としては、C国法を準拠法として指定しているとはみることはできないと考える。契約書の言語のみによって、その国の法が準拠法として指定されていると解釈することは、当事者の現実の意思に反するものであり、当事者の合理的な意思解釈とはいえない。たとえば、日本と韓国の企業が契約書を英語で作成したからといって、当事者がイギリス法やアメリカ法を準拠法とすることを予定しているとは考えられない。
(3) 結論
以上のように、本件事情から、当事者の黙示的意思を解釈しても、本件準拠法を特定することはできない。
4.通則法8条の適用
(1) 特徴的給付の理論
このように、本件では、当事者による準拠法の選択はなされていないといえるので、通則法8条によって、最密接関係地法を準拠法とすることになる。
通則法8条2項によれば、「法律行為において特徴的な給付を当事者の一方のみが行うものであるときには、それによって確定された特徴的給付を行う当事者の常居所地法が最密接関係地と推定されることになる。
ある法律行為において、何が特徴的給付とされるかの判断基準については、法に特に規定が置かれていない。そこで、これについては、原則どおり、日本の国際私法独自の解釈により決定すべきことになる。
この特徴的給付の理論は、特徴的給付こそが、当該契約の中心であり、契約準拠法を決定する基準として適切であるという考え方によるものである。そこで、双務契約においては、金銭債権の反対給付が特徴的給付にあたると考えられる。なぜなら、今日の契約においては、当事者の一方が金銭の給付義務を負うことは一般的であり、契約を特徴づけるのは、金銭債務の反対給付だからである。
そこで本件についてみると、XはYに対し、代金を支払っており、YがXに対し、製品を提供しているので、特徴的給付を行っているのはYであるといえる。したがって、通則法8条2項によって、Yの常居所地法であるA国法が最密接関係地法と推定される。
(2) 推定を覆す事情
このように、本件準拠法はA国法になると考えられるが、通則法8条2項は、推定規定であり、これを覆すような事情がある場合には、別の地の法が最密接関係地法になる。
このような事情として考えられるのは、XY間で、OEM(Original Equipment Manufacturing)契約が締結されていたことである。
OEM契約とは、「買主が自社の仕様に基づいて、自社のブランドを付した製品の製造及び供給について、売主である製造業者との間に締結する契約」の総称である。OEM契約では、その契約内容にもよるが、製品の仕様や規格はすべて生産を委託する者が決定し、さらに供給を受けた製品も、委託者の事業所が所在する市場において、委託者の名前で販売することとなるため、委託者の側に契約の重点があると考えられる。したがって、仮に製品の受注生産を行う者が特徴的給付を行うと考えられた場合でも、その拠点が特徴的給付を受ける者の拠点より契約により密接に関係するとはいえない。つまり、委託者の常居所地の法が最密接関係地法となるのである。
以上より、XY間でOEM契約が締結されていた場合には、推定が覆され、Xの常居所地法である日本法が準拠法となると考える。
5.まとめ
以上のように、本件では、通則法8条2項に基づき、Yの常居所地法であるA国法が準拠法となると考えられるが、OEM契約が締結され、推定が覆されるような場合には、準拠法はXの常居所地法である日本法になる。
問題1(2)
結論:YのXに対する代金支払債権の準拠法 → C国法
XのYに対する求償債権の準拠法 → 日本法
瑕疵及び因果関係の存否を判断する準拠法 → 日本法
相殺の準拠法 → C国法
1.検討すべき点
本件において、YはXに対し、13万ドルを請求しているが、XはYに対して10万ドルの求償請求権を有すると主張し、両債権を相殺した上で、差額の3万円のみを支払っている。これに対し、Yは、瑕疵の存否、因果関係の存否を争っている。
ここで考えるべき点は、以下の4点である。第1に、YのXに対する代金支払い請求権の準拠法、第2に、XのYに対する求償請求権はどのような法律構成に基づくものであり、この債権の準拠法は何法かということ、第3に、瑕疵の存否及び因果関係の存否を判断する準拠法は何法かということ、第4に、相殺の準拠法である。
以下、順に検討していきたい。
2.代金支払請求権の準拠法
XとYは本件契約の準拠法をC国法とする旨の合意をしている。YのXに対する代金支払請求権は、本件契約により生じているものであるので、この準拠法は合意によりC国法となる。
3.求償請求権の準拠法
(1) 求償請求の法律構成
Xは、本件製品の瑕疵を原因として日本国内のXの顧客が負傷したため、顧客に対し、10万ドルを支払い、これについてYに対して求償請求している。このようなXのYに対する主張の法律構成としては、次のような2つが考えられる。1つめが、XとYが共同不法行為者であり、Xが損害賠償額を全額支払ったため、これをYに求償するという構成である。2つめが、XがYの顧客に対する債務を第三者弁済し、弁済による代位によってYに請求するという構成である。本件では、Xがいずれの構成によってYに対し求償請求しているか明らかでないため、場合分けして検討する。
なお、いずれの構成によったとしても、XのYに対する求償請求権は、本件契約の効力として生じたものであるとはいえないので、通則法7条により、合意されたC国法が準拠法となることはない。
(2) 共同不法行為に基づく求償
顧客がXに対して損害賠償を請求する場合、国内事件なので、準拠法は日本法になると考えられる。日本法上、販売者には製造物責任が課されないので、そもそもXは不法行為者たりえないようにも思える。しかし、Xは単なる販売者ではなく、本件製品の輸入者である。輸入者は、製造物責任法3条2項1号に基づき、「製造業者等」に含まれるので、製造物責任を負うことになっている。したがって、Xは、不法行為者であるといえる。
このようにXが不法行為者であるとして、共同不法行為者間の求償はどのように性質決定すべきか。共同不法行為者間の求償は、不法行為によって生ずる債権の成立及び効力なので、通則法17条によって準拠法を決定するべきであると考える。
通則法17条によると、結果発生地法が準拠法となる。本件では、顧客の損害が発生している日本が結果発生地なので、日本法が準拠法となると考えられる。なお、本件製品は、Xが日本市場で販売することを予定したものであるから、通則法17条但書で規定されている、結果発生の予見可能性がない場合にはあたらない。
以上より、この構成によれば、XのYに対する求償債権の準拠法は日本法となる。
(3) 弁済による代位
XがYの顧客に対する債務を弁済し、弁済による代位によって、Yに求償しているとして、弁済による代位をどのように性質決定すべきか。以下のような2つの可能性が考えられる。
まず、任意代位は債権譲渡に類似するため、通則法23条によって準拠法を定めることが考えられる。本件でいえば、顧客のPに対する債権(損害賠償請求権)が、Xが顧客に対して金銭を支払ったことによって、Xに移転したとみることができるので、債権譲渡と法律関係が類似するといえるのである。
通則法23条によると、準拠法は、譲渡に係る債権について適用すべき法となる。本件において、譲渡に係る債権は、顧客のYに対する損害賠償請求権であり、これは不法行為によって発生したものであるから、通則法17条により、日本法が準拠法である。したがって、XのYに対する、弁済による代位の準拠法も日本法となる。
次に、任意代位は、他人の債務を義務なくして弁済するという性質に着目すると、事務管理と類似しているといえるため、通則法14条によって準拠法を定めることが考えられる。
通則法14条によると、事務管理の原因となる事実が発生した地の法によるとされている。本件では、事務管理の原因となった事実は、Xの顧客に対する金銭の支払いであり、これは日本で行われているから、日本法が準拠法となる。
以上のように、いずれの単位法律関係に属するとしても、弁済による代位と構成した場合のXのYに対する求償請求権の準拠法は日本法となる。[4]
(4) 結論
上述したように、XのYに対する求償請求についてはいくつかの法律構成が考えられるが、いずれの構成によったとしても、求償請求権の準拠法は日本法となる。
4.瑕疵・因果関係の存否を判断する準拠法
Xの求償請求に対して、Yは、そもそも本件製品には瑕疵がなかったこと、仮に瑕疵があったとしても、事故との因果関係がないと主張している。このような瑕疵及び因果関係の存否を判断する準拠法は何法であろうか。
(1) 瑕疵の存否の準拠法について
瑕疵の存否を判断する準拠法について、これは契約の効力に関係する問題なので、通則法7条によって定められるべきであるようにも思える。この考え方に従えば、準拠法はXYが合意したC国法になる。
たしかに、XがYに対し、債務不履行に基づく損害賠償請求や瑕疵担保責任を追及する場合には、瑕疵の存否は、契約の効力を判断する要素であるので、通則法7条、8条によって準拠法を定めた上で判断するべきである。
しかし、本件において、瑕疵の存否は、Xが求償請求権を行使する前提として問題になっている。すなわち、XのYに対する請求を、共同不法行為者間の求償として構成する場合も、弁済による代位として構成する場合も、そもそもYの顧客に対する不法行為が成立しているかを判断する上で、瑕疵の存否が問題になっているのである。
この場合は、瑕疵の存否は、契約の効力を判断する要素ではないので、通則法7条によって準拠法を定めるのは妥当でない。
上述のように、瑕疵の存否は、顧客のYに対する不法行為に基づく損害賠償請求で問題になっているのであるから、不法行為の単位法律関係に含まれると解するべきである。
本件では、結果発生地は日本であり、結果発生の予見可能性がないという事情もない。したがって、通則法17条により、瑕疵の存否を判断する準拠法は日本法となる。
(2) 因果関係の存否の判断について
因果関係の存否も、瑕疵の存否と同様に、Xの求償債権の前提となる、顧客のYに対する損害賠償請求において問題となる。したがって、通則法17条により日本法によって判断することになる。
5.相殺の準拠法
本件において、Xは、Yに対する求償債権とYのXに対する代金債権の相殺を主張している。この相殺の準拠法は何法であろうか。
通則法には、相殺について定めた規定はない。相殺の準拠法について、学説では、以下の3つの見解が対立している。
第1が、累積適用説である。この見解は、相殺においては、相対立する二つの債権が存在し、それがともに消滅するものである以上、両債権の準拠法を累積的適用して、両準拠法がともに認める場合にだけ相殺が認められるとする。[5]
第2が、配分適用説である。この見解は、受働債権の要件には受働債権について適用すべき法を、自働債権の要件には自働債権について適用すべき法を配分的に適用する。
第3が、受働債権法説である。この見解は、受働債権について適用すべき法のみによるとする。[6]
私は、第3の受働債権法説が妥当であると考える。それは以下のような2つの理由による。まず、1つめとして、相殺が反対債権の利用による弁済の性質を有することである。このような相殺の性質に着目すると、弁済によって消滅する受働債権が許せば相殺を認めていいと考えられる。2つめの理由として、受働債権が法律関係の重心にあることである。実質的に考えると、相殺が問題となる状況においては、多くの場合、自働債権はその債務者の経済状況の悪化により価値が低下しており、経済的価値を有している受働債権が法律関係の重心にある。したがって、相殺の可否・効果は、受働債権の準拠法のみによるべきである。
本件では、受働債権は、YのXに対する代金債権である。この債権は本件契約の効果として生じたものであるため、合意に基づき、準拠法はC国法となる。よって、相殺の準拠法もC国法となる。
6.まとめ
以上より、以下の4つの結論が導かれる。
第1に、YのXに対する代金支払債権の準拠法は、当事者の合意によりC国法となる。第2に、XのYに対する求償債権の準拠法は、いくつかの法律構成がありうるが、いずれの構成によっても、結論としては日本法になる。
第3に、Yが主張する、本件製品の瑕疵の不存在及び瑕疵と事故の間の因果関係の不存在を判断する準拠法は、日本法となる。
第4に、Xの主張する相殺の準拠法は、C国法となる。
問題2
結論:本件命令は、これが解除されるまで、Mが債務不履行責任を負わないという効果を生じさせる。
1.問題の所在
本件において、Mは、Nに対し、売買契約に基づく代金支払債務を負っている。しかし、甲国で経済危機を理由とする国外送金の禁止命令が発せられ、送金ができなくなっている。
このような甲国の禁止命令は、MN間の契約の履行にどのような影響を与えるか。この問題を考える前提として、まず、本件命令が私法か公法かということを区別し、次に、本件命令が公法であるとして、これの日本における適用可否について検討する。
2.私法と公法の区別
甲国の禁止命令が私法か公法か。私法であれば、国際私法によって送致されるが、公法であると国際私法の埒外となるとも考えられるため問題となる。
まず、この問題にこたえるために、私法と公法の区別の基準について考える。
日本の国際私法をはじめ、世界各国の国際私法のようなサヴィニー型国際私法の前提は、私法の領域では、法の互換性が高く、法律の所属する国家利益が直接関係しないということにあるから、場合によって処罰で裏打ちされることもある公法的な法律関係については、その選定を欠き、埒外の問題とされる。このような、サヴィニー型国際私法の下では、公法と私法の区別は、国家利益との結び付きの強弱によってなされるべきことになる。すなわち、国家利益との結びつきが強ければ公法となり、弱ければ私法となる。裁判例もこのように公法と私法の区別を行っている。[7]
そこで本件禁止命令についてみると、これは経済危機を理由としてなされたものであり、国家利益との結びつきの強いものであるといえる。したがって、本件禁止命令は、公法であるといえる。
3.外国公法の適用
次に、このように私法上の法律関係が外国の公法的規制の対象となる場合、そのような外国の公法的規定が日本において適用されるかが問題となる。
甲国及び日本はいずれもIMF協定の締約国である。IMF協定では、8条1項、2項(b)号により、他の締約国の規制の効力を承認する義務を負うがあることを規定している。そのため、本件において日本は甲国の発した送金禁止命令を承認しなければならないと考えられる。もっとも、他の締約国の規制がIMF協定の他の規定に違反するものである場合は、この協力義務は生じない。本件において、甲国は経済危機を理由に送金を禁止しているので、本件命令はIMF協定に違反するものではないと考えられる。[8]
したがって、日本は、IMF協定に基づき、甲国がなした本件命令を考慮する義務があるため、本件命令は日本でも適用されることになる。
4.私法関係に対する影響
仮に、甲国の発した本件命令が日本で効力を有さないとすると、本件契約の履行はどのようになるであろうか。この点について、日本民法上は、419条3項で金銭債務については不可抗力をもって抗弁とすることができないとされており、また、MN間の契約に不可抗力に関する条項はないから、Mは、代金債務の履行期を徒過すれば履行遅滞に陥ることになると考えられる。
では、本件命令の効果が日本で効力を有する場合は、Mは、履行遅滞の陥らないことになるか。日本で適用される外国公法が私法にどのような効果を生じさせるかが問題となる。
この問題を考えるにあたって、最高裁昭和40年12月23日第一小法廷判決が参考になる。この判決では、原告が被告に対し、債務の弁済を請求したところ、原告が有している債権は旧外国為替及び外国貿易管理法(以下、「旧外為法」という。)で規定された主務大臣の許可を得ずに譲り受けたものであることが判明し、同法が私法関係にどのような影響を与えるかが問題となった。
これについて、本判決多数意見は、旧外為法の規定が取締法規であるとした上で、これに違反する行為は刑事法上違法ではあるが、私法上の効力にはなんら影響はないとして、被告の債務の弁済期が到来した後は、被告に債務不履行責任が生じるとした。
これに対し、反対意見は、旧外為法の規定を強行法規とした上で、被告は、大臣の許可があるまでは、弁済をすることが法律上禁止されるため、履行期をとかしても債務不履行責任は生じないとした。
この判決に従えば、ある禁止規定に違反する行為が私法上影響を及ぼすか否かは、当該禁止規定が強行法規か取締法規かによって決まることになる。
このような帰結は妥当であると考える。なぜなら、強行法規の場合には、公益保護の要請が強いため、これに違反するような行為を私法上も容認するべきではないが、取締法規の場合には、違反者に罰則を課すだけで十分であり、私法上の効果をも律する必要はないからである。
では、強行法規か取締法規かの決定はどのようになされるべきか。これについては、当該法規の立法の趣旨、違反行為に対する社会の倫理的非難の程度、一般取引に及ぼす影響、当事者間の信義・公正等を検討して決することになる。
そこで本件についてみると、本件禁止命令は、経済危機に対応するためになされたものであり、その立法趣旨は国家的利益を保護するものであるといえる。そして、判例のように主務大臣の許可制をとるなどしているのではなく、全面的に送金を禁止していることからすると、これに違反した場合の社会の倫理的非難の程度は高いといえる。したがって、本件命令は強行法規であると解するのが妥当である。
以上より、Mは、弁済をすることを法律上禁止されているのであるから、履行期を徒過しても債務不履行には陥らず、送金禁止が解除された翌日から債務不履行になると考えられる。NがMを被告として代金支払訴訟を提起した場合、日本の裁判所は、将来給付を命ずることになる。
なお、これとは異なり、本件命令を取締法規と解した場合には、Mは、履行期が徒過すると直ちに債務不履行に陥ることになる。Nが代金支払訴訟を提起した場合、日本の裁判所は、Nの請求を認容し、債務名義を出すことができる。
5.まとめ
以上のように、甲国が発付した本件送金禁止命令は、公法であり、日本においても適用されるものである。さらに、当該命令は強行法規であることから、送金が禁止されている間は、Mに債務不履行責任は生じない。
以上
[1] 藤川純子「契約準拠法の分割指定について」国際公共政策研究1巻1号100頁
[2] 東京地裁昭和52年5月30日判決などは、分割指定を肯定したと言われている。
[3] 最高裁判例もこのように解していた。(最高裁昭和53年4月20日判決、最判平成9年9月4日判決参照。)
[4] 大阪地裁平成16年3月11日判決は、弁済による代位を事務管理の単位法律関係に含まれると解しているように思われる。
[5] 山田「国際私法 第三版」p278
[6] 澤木=道垣内「国際私法入門」p261
[7] 東京地裁平成11年9月22日判決
[8] なお、甲国が、いわゆる8条国であった場合、送金禁止などの措置をとることは原則として禁止されるため、本件命令がIMF協定に違反する場合がありうる。このような場合には、日本に協力義務は生じないので、本件命令は日本で適用されないことになる。したがって、当然、私法上の効果も生じない。