国際民事訴訟法U
1B061075−7 村井 里美
(1)
最高裁平成10年4月28日第三小法廷判決(民集52巻3号853頁)は、民訴法118条1号の趣旨について、「我が国の国際民訴法の原則から見て、判決国がその事件につき国際裁判管轄(間接的一般管轄)を有すると積極的に認められることをいうものと解される」と判示しており、間接管轄はわが国の基準により判断するものとしている。現行の民訴法の下では、この点につき争いはないものと考えられる[1]。
本件について見ると、本件ニューヨーク判決は、製品αの消費者であるXが、αの生産者であるYに対し、αの欠陥により大やけどを負ったことを理由とする損害賠償請求訴訟であって、本問Annex記載の国際裁判管轄ルールQ条を間接管轄に関する規定として読み替えると、同条が定めるところの不法行為に関する訴えである。そして、その管轄は同条により不法行為があった地の裁判所に属するものであり、かつ本件においてYは予めアメリカ市場向けの製品としてαを生産したものであって、ニューヨーク州を含むアメリカ国内における損害の発生は通常予見し得たといえるから、本件ニューヨークにおける訴訟の管轄はアメリカ合衆国ニューヨークの裁判所に属することになる。また、Yがアメリカに事務所等を有しているか又はアメリカで自社ブランド製品を販売する等、事業を継続的に行っている場合には、間接管轄規定として読み替えたP条の管轄もあることになる。そして、本件の事実関係に照らすと、R条に照らしても、ニューヨーク衆に管轄を認めるべきではないような特別の事情はないと考えられる。
よって、本件ニューヨーク判決は、118条1号の要件を具備している。
(2)
民訴法118条2号は、外国判決を承認するための要件として、「敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達を受けたこと」を要求している。本件におけるYへの訴状及び呼出し状の送付が、同号にいう「送達」に該当するかどうかが問題となる。
最高裁平成10年4月28日第三小法廷判決(民集52巻3号853頁)は、民訴法118条2号の「送達」について、@「被告が現実に訴訟手続の開始を了知することができ、かつ、その防御権の行使に支障のないものでなければならない」ことに加えて、A「判決国と我が国との間に司法共助に関する条約が締結されていて、訴訟手続の開始に必要な文書の送達がその条約の定める方法によるべきものされている場合には、条約に定められた方法を遵守し」ていること、という基準を示している。
@の基準については、訴訟において防御の機会を有し得なかった日本人被告の保護が民訴法118条2号の目的であることから、また、Aの基準については、法秩序維持の観点から、いずれも必要かつ妥当な基準であると思われる。
これを本件について見ると、我が国及びアメリカ合衆国は、いずれも「民事又は商事に関する裁判上及び裁判外の文書の外国における送達及び告知に関する条約」の締約国であり、また、日米領事条約にも送達に関する規定が存在する。本件では、Xの代理人Cから私的に依頼を受けたDによって訴状及び呼出し状がYへ送付されたが(宅配サービスはDの道具として用いられているだけであって、Dが送達実施者であるので、前者の条約10条(a)(これを日本は留保していない)には該当しない)、このような方法はこれらの条約上許容されておらず、上記Aの基準を満たさない。Yの配送物受領担当者の署名がある受領確認書がCに送付されたとしても、この点は覆らない。よって、本件送達は、民訴法118条2号の「送達」には該当しない。
[他方、民訴法118条2号は、被告が上述のような「送達」を受けていなくても「応訴したこと」が認められれば同号の要件を満たす旨を明文で規定している。
判例は、ここでいう「応訴」とは、「いわゆる応訴管轄が成立するための応訴とは異なり、被告が防御のための機会を与えられ、裁判所で防御のための方法をとったことを意味し、管轄違いの抗弁を提出したような場合もこれに含まれる」と解している(上記平成10年最高裁判決)。
上述のような同号の目的からすれば、この判断も妥当であると解される。
したがって、本件において行われた送達は、Yが本件ニューヨークにおける訴訟において防御のための方法をとらなかったのであれば、民訴法118条2号の要件を満たさない。反対にYが防御のための方法をとったのであれば、本件送達の不適法性は治癒され、同号の要件を満たすことになる。]
(3)
まず、E弁護士の方針の問題点を検討する。
E弁護士の方針は、懲罰的損害賠償を命ずる判決の承認・執行に関するリーディング・ケースである萬世工業事件の一審判決と理論構成を同一にするものだと考えられる。同事件の一審判決である東京地裁平成3年2月18日判決(判時1376号79頁)は、外国判決の事実認定を問題視し、「薄弱なる根拠に基づき」巨額の懲罰的損害賠償を命ずる判決は公序に反するとして、執行を認容しなかった。しかし、この一審判決に対しては、学説から以下のような批判が強い。すなわち、事実認定を洗い出し、懲罰的損害賠償を課すことそのものについての当否を個別的に検討することは、民事執行法24条2項に規定される実質的再審査の禁止に抵触するというのである[2]。よってE弁護士の方針には、実質的再審査の禁止に抵触する可能性がある点で問題があるといえる。
しかし、仮にK弁護士の方針に問題があるとしても、懲罰的損害賠償を命ずる外国判決については、その執行を認めないのが現在の判例・通説である。その理論構成は、当該外国判決の民事性をそもそも否定するものと、当該判決が公序に反するとするものとに大別される[3]。判例は後者の立場を採っている。
上記事件について最高裁平成9年7月11日判決(民集51巻6号2573頁)は、「外国裁判所の判決が我が国の採用していない制度に基づく内容を含むからといって、その一事をもって直ちに」民訴法118条3項にいう公序の要件を満たさないということはできないが、「それが我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものと認められる場合には、その外国判決は右法条にいう公の秩序に反する」と判示した。そのうえで、懲罰的損害賠償の制度は制裁機能及び抑止機能をもつものであり、損害の填補を目的とする我が国の損害賠償制度の基本原則ないし基本的理念と相いれないとして、外国判決のうち懲罰的損害賠償を命じた部分の執行を認容しなかった。
この判例の判断枠組みによれば、本件ニューヨーク判決のうち懲罰的損害賠償400万ドルは、執行が拒否される可能性が高いと考えられる。なお、懲罰的損害賠償のなかには訴訟費用、弁護士費用、慰謝料填補部分などが含まれていることが多く、その部分に限って執行を認めてもよいとの見解もあり得るが、異なる法制度の下での判決について賠償総額の具体的な内訳を特定することは困難である。そのような場合には懲罰的損害賠償を命じる部分全体が執行を拒否されるべきである[4]。
以上より、本件においては懲罰的損害賠償を命じる判決が民訴法118条3号の要件を満たさないことを主張して、本件ニューヨーク判決のうち懲罰的損害賠償を命じる部分の執行を拒否すべきであると考える。なお、懲罰的損害賠償に関する論点から執行許否を導き出せるのは懲罰的損害賠償を命じる部分についてのみであり、懲罰的損害賠償に限らず判決全体の執行を拒否するには、他の点で本件ニューヨーク判決の執行のための要件の不備を立証する必要があろう。
(4)
結論からいえば、本問のような事情が存する場合には、本件ニューヨーク判決について日本における執行は認められない。
民訴法118条3号は、外国判決の効力を認めるための要件として、判決の内容及び訴訟手続が日本の公序良俗に反しないことを要求している。ここにいう公序とは、外国判決に対しても維持されるべき我が国法秩序ないしはそれを支える基本理念を指し、同号の趣旨は、外国判決の承認が我が国の法秩序の基本を害することを排除することにある[5]。訴訟の過程で陪審員の買収があった本件ニューヨーク判決を承認・執行することは、我が国の法秩序を害することになるため拒否されるべきである。
さらに、本件ニューヨーク判決については再審手続が開始されているから、本件ニューヨーク判決の事案について異なる内容の判決が新たに確定する可能性がある。このような状況があるにもかかわらず本件ニューヨーク判決の執行を認めると、我が国とアメリカ合衆国との間で異なる法律関係を生じさせる結果となりかねず、民事執行法24条3項が執行の要件として外国判決の確定を求めていることを考慮しても、妥当ではない。
なお、再審手続が開始されていても、本件ニューヨーク判決がそれに適用される連邦民事訴訟規則上、執行可能な状態であるのか否かが問題となり得る。すなわち、連邦民事訴訟規則上、執行できない状態になっていれば、民事執行法24条の趣旨から、そのような判決国で執行できない外国判決を日本で執行することはできないと考えられるからである。他方、アメリカでは執行できるとすれば、日本でも執行力を付与することはできるとも考えられるが、上記の通り、アメリカで再審の裁判により判決が取り消された場合には、執行してしまった日本ではそれに伴う原状回復措置をとる必要が生ずる等の混乱が予想されるため、日本での執行力付与は妥当でないと考えられる。
以上より、本問の事情の下では、本件ニューヨーク判決の執行は認められない。
(5)
本問のような債務不存在確認請求の訴えは、既にニューヨークにおいて審理が進められているのと同一の事項につき裁判所の判断を求めるものであるから、国際的二重訴訟として、東京地裁の管轄を認めるか否かが問題となる。この問題に関して、学説及び裁判例は以下の3つに分かれている。
@制限消極説・大阪地裁昭和48年10月9日中間判決(判時728号76頁)
これは、二重訴訟を禁止する民訴法142条(当時231条)にいう「裁判所」は、我が国の裁判所を意味するものであって外国の裁判所を含まないとして、実質的二重訴訟について何らの措置を講じず、純粋に自国裁判所のみの問題として国際裁判管轄の有無を判断する立場である。外国訴訟を全く無視するものであり、濫訴の防止や国際的私法生活の安定といった観点からは問題がある。
A承認予測説・東京地裁平成元年5月20日中間判決(判タ703号240頁)
この説は、「先行する外国訴訟について本案判決がされて、その判決が我が国において承認される可能性があるときは、判決の抵触の防止や当事者の公平、裁判の適正・迅速、更には訴訟経済といった観点から、二重起訴の禁止の法理を類推して、後訴を規制する」ものである。これに対する批判として、事前に承認を予測することの困難が指摘されている。
B適切法廷地説・東京地裁平成3年1月29日判決(判時1390号98頁)
この立場では、外国における訴訟と我が国における訴訟とを比較して、我が国で審理を進めることが適切であるか否かが判断される。東京地裁平成3年判決は、修正逆推知説に立ったうえで、我が国の国際裁判管轄を認めるべきでない特段の事情が認められるか否かを判断した。この立場に対しては、管轄と二重起訴とは別次元の事柄であるとしている日本法になじまない、との批判がなされている。
@の構成を採る判決は今日では姿を消しているため、Yが債務不存在確認訴訟を提起していたとしたら、AあるいはBの判断枠組みによって判断されたものと思われる。
Aによった場合、本件ニューヨーク判決は確定前であるからその承認は確実には予測できず、よって債務不存在確認訴訟が不適法として却下されることはなかったであろう。
Bによった場合、本問では修正逆推知説によるまでもなくAnnex記載の国際裁判管轄ルールが適用されるところ、適切法廷地はアメリカであると判断され、債務不存在確認の訴えは却下される可能性が高かったと考えられる。
<赤字部分は道垣内による添削>
以上