2010年度上智大学法科大学院
スポーツ・エンタイテイメント法試験
最優秀答案例
問1(1):小手川太郎
問1(2):高崎春江
問1(3):川上和也
問1(1)
結論としてはケースバイケースということになる。以下詳述する。
本件ではいわゆる不服申立て前置主義がYの規則に定められているところ、その期間を待っていては、大会自体が始まってしまい、本請求の意味がなくなる(訴訟で言えば訴えの利益がなくなる事態と類似)ので、仲裁法50条の緊急仲裁手続によれないかが問題となる。
緊急仲裁手続によったとされる事案は3件あり、テコンドー事件、ローラースケート事件、カヌー事件がある。テコンドーでは大会開催までが8日の事案であり、ローラースケートでは約2週間、カヌー事件では2日か翌日、といったいずれも緊急性を要した事案であった。本件では大会開催が9月1日、申し立て日が7月20日であり、未だ期間は1カ月と10日、つまり40日程であるが、申し立て通り、2か月はない。このような事案においても緊急仲裁手続きは認められるだろうか。
原則として競技団体内の選考についてはその競技の特色、慣行なども配慮して、競技団体内で決定されるのが望ましい。本件M世界大会において、競技団体内の自治により決定されれば、それによるべきである。したがってXとしてはまずは団体内規則により不服申立てするのが基本となる。
もっともスポーツに関する紛争は一般に短時間に解決をしなければ意味がなくなってしまうものが多いため、競技団体内部での不服審査手続きは迅速に判断を示すことが望まれる。そして本件ではYの規則に基づいた期間で判断していては、世界大会に間に合わず、また選手のモチベーション、準備の点からいっても不利益性が高い。
よってXとしてはまずはY規則により不服審査を待ち、競技の特性(早く決めなければいけないスポーツ、例えば連携練習の必要なチームスポーツ等)や、諸般の事案の特性に鑑み、緊急性が高いと呼べる事態になったときのみ、緊急仲裁手続によれるものと考える。
本件ではそのスポーツの特性によるが、未だ緊急性が高いと断定することはできず、PとしてはまずはY規則に基づき不服審査によるべきであると判断し、申し立てを却下すべきと考える。そしてYの判断が少なくともM世界大会の2週間前(8月17日)になっても示されない場合は、Xは再度申し立てることで緊急仲裁手続きに付することができる。なお、40日前の本問の時点で緊急性が高いと判断されれば仲裁法50条1項に基づき、緊急仲裁手続きによれるものと考える。
(以上、小手川太郎)
問1(2)
1 請求1「不正行為の結果選考されたAに代えてXを代表に加えること」は棄却すべきである。
「Aに代えてXを代表に」加えるということは実質的には仲裁機構による競技者の選考にあたり、創造的判断となるが、このような判断を仲裁委員が行うことが可能か。
この点仲裁人を務めるのは主に法律家であるが、法律家は問題となっている競技については素人であり、当該競技につき誰が選考されるべきかという点については適切な判断はできないと考えられる。また決定を取り消されたことにより不利益を受けるものの手続保障の観点からも問題がある。問題となっている競技については素人に等しい法律家としては、法的な判断基準に従って決定を取り消すところまでがその果たすべき役割であり、誰が本当に有望選手かといった競技の専門家がはたすべき役割を代わって行うべきではない。誰が選考されるべきかという点についてはもう一度競技の専門家に判断をゆだねるべきであって、創造的な判断は差し控えるべきである。
従って「Aに代えてXを代表に加えること」という請求は認容すべきでなく、却下するべきであると考える。
2 請求2「本件選考決定を全面的に取り消して再選考を行うこと」との請求は認容
すべきである。
競技団体についてはその運営に一定の自律性が認められ、その限度において仲裁 機関は競技団体の決定を尊重しなければならない。
仲裁機関としては、競技団体の決定がその制定した規則に違反している場合、規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、決定に至る手続に瑕疵がある場合、または帰国自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合にはそれを取り消すことはできると解すべきである。
これを本件についてみると、本件では競技団体については理由がないとされている。
これは競技団体の決定が「著しく合理性を欠く」場合に該当し、このような場合には選考を適切な方法でやり直すことが必要であるし、選考のやり直しを命じることは協議団体の裁量権を不当に制限することにはならない。
そして当該決定を取り消し、単に「再選考を行う」べしとすることは、競技団体の裁量権を不当に制限するものだとはいえない。
従って選考決定を取り消して「再選考を行うこと」を求める請求は認容すべきであると考える。
(以上、高崎春江)
問1(3)(a)
1 結論
Xは、再び8月1日の選考決定を取り消す仲裁申立をすることができる。
2 問題点
再び仲裁の申立を認めると、紛争の蒸し返しを認めることにならないか、しかし、他方で、創造的な仲裁判断を認めない以上、再び仲裁の申立を認める必要があるのではないか、この両者の利益調整が問題となる。
3 理由
確かに、新たな選考決定につき、再び仲裁の申立を認めると、紛争の蒸し返しを認めることになりかねない。
しかしながら、第1に、救済の必要性であるが、問1(2)でみたように、仲裁パネルは、創造的な判断をすべきでなく、再び代表を選考するかは、あくまでも競技の専門家であるYに委ねるべきである。しかも、場合によっては、異なる理由により、再度、同じ選手を代表選手に選考する決定も許されるのである。したがって、そのYの裁量性を認めた反射として、再び、Xが、その決定を取り消すことを求める必要性が高いのである。
第2に、許容性であるが、Yの以前の代表選考決定とは別個の新たな選考決定であり、紛争の蒸し返しではない、と言えないこともない。
したがって、Xは、再び8月1日の選考決定を取り消す仲裁申立をすることができるのである。
4 前例
なし。
問1(3)(b)
1 結論
Wは、再度の仲裁の仲裁人として任務を果たしてはいけない。
2 問題点
Wが仲裁人として任務を果たすことが、Pの規則の「公正性」に反しないかが問題となる。
3 理由
(1)形式論
この点については、同様の規定を定めるスポーツ仲裁規則20条2項の2010年6月28日付けのスポーツ仲裁機構の解釈が参考になる。
すなわち、まず、規則20条2項第1文の「何らかの形で」という文言は広く解することを要求する趣旨であると解される。
(2)実質論の必要性
しかし、同条同項第2文によれば、「仲裁人は、仲裁人としての公正性に疑義を生じかねないと思われる事由があるときは、速やかにこれを開示しなければならない。」とされており、「公正性に疑義を生じかねない」事由があることが問題だという趣旨であって、公正な仲裁人として関与したことはこれには当たらないと解することもできなくはない。
したがって、結論を導くには、(1)のような形式論だけではなく、実質論も必要である。
(3)実質論の検討
そこで、実質的に検討をする。
第1に、仲裁人の事情であるが、第1の仲裁で仲裁人なり、第2の仲裁でも仲裁人となるWは、第2の事案で初めて仲裁人となる者Bに比べて、第1の仲裁手続における審問等を通じてより多くのことを知っており、Bが前提とする事実とは異なる可能性がある。また、Bは、より多くのことを知っているWに依存し、Wの判断に影響を受ける可能性がある。
第2に、当事者の事情としても、第1の仲裁において勝った当事者は、同じ仲裁人に依頼したいと思うことは理解できるが、ということは、逆の立場である敗れた当事者側から見ると、3人の仲裁人のうち、最初の段階で既に1名の仲裁人は自分に不利な判断をする可能性が強いと思うことが予想される(スポーツ仲裁規則21条、22条参照)。
第3に、効率性からすると、第1の仲裁の仲裁人を第2の仲裁でも仲裁とすることは合理的であり、両当事者とも自己が選任する仲裁人を同じ者とすることは、それを禁止する必要はないように思われる。しかしながら、上記の規則20条2項第1文の定めに抵触する者は、たとえ両当事者がその仲裁人就任の合意をしても、紛争解決制度としての仲裁の公的性格上、その仲裁人の就任を認めることはできないと考えられる。つまり、上記の規則20条2項第1文は強行法規であると解される。
(4)帰結
これらに鑑みれば、本件でも、第1回目で仲裁人になったWが、再度の仲裁で仲裁人として任務を果たすことは、Pの規則の「公正性」に反するといえる。
したがって、Wは、仲裁人として任務を果たしてはいけない。
4 前例
なし。
(以上、川上和也)