早稲田大学法科大学院2010年度国際私法II最優秀答案例

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設問(1) 佐藤貴史

設問(2) 佐藤諒

設問(3)前半 宮崎慶太

設問(3)後半 長塚希

設問(4) 笠原亮一

 

設問(1) 佐藤貴史

 

第一、国際物品売買契約に関する国際連合条約の適用

 国際物品売買契約に関する国際連合条約(以下、「売買条約」)11項は、営業所が異なる国に所在する当事者間の物品売買契約で同項各号いずれかの要件を満たす場合に、条約が適用されるとする。

 本件売買契約の当事者であるXYは営業所(売買条約10条に定義されるもの)が日本と甲国という異なる国に所在する当事者であり、本件契約は売買契約である。したがって、@日本は条約締結国であるので、甲国も条約締結国であれば11a号により、A以下で検討するように、日本の国際私法で導かれる本件売買契約の準拠法は乙国法であるので、乙国が条約締結国であれば同項b号により条約が適用されることになる。

 以上のことから、上記要件が満たされ、条約6条による当事者の条約適用排除がない場合には本件売買契約に売買条約が適用される。

第二、国際私法における準拠法の決定

1、条約と国際私法で決まる準拠法との関係

条約は一定の単位法律関係を抜き出して、法域選択をなさずに直接適用されるものであるから、国際私法で決定される準拠法に優先して、条約が適用されることになる。したがって本件売買契約でも売買条約が優先的に適用されることになるが、売買契約が適用されない部分は国際私法で決まる準拠法が適用されることになる。

以上のことから、国際私法で定まる準拠法を以下検討する。

2、性質決定

契約の単位法律関係は法律行為であるので法の適用に関する通則法(以下、「通則法」)7条以下の規定によって、準拠法が決まる。

3、当事者間の合意の存否(通則法7条)

(1)明示の合意

本件売買契約の際にXY間で準拠法の合意(「選択」)があった場合は、通則法7条により、その地の法が準拠法となる。これを本問について見ると当事者間で明示の準拠法合意は認められない。

(2)黙示の合意

もっとも、この合意は黙示的なものであっても認められる。なぜなら、文言上通則法7条は単に「選択」としているのみでこれを明示に限っておらず、実質的にも当事者自治を定めた同条の趣旨からして黙示の合意を認めない必然性はないからである。ただし、当事者の現実の意思の探求を超えて仮定的意思を探求し、これを当事者の意思として7条で処理することは、同条が主観的連結を定めたものであることや、法令と異なり通則法では客観的連結について最密接関係地法とする8条が新設された趣旨などからして許されない。〔1〕

そこで契約当時にXY間で黙示の意思が存在していたかどうかを本件について見てみると、@当事者の所在地は日本と甲国で異なっており、A契約締結経過は、「email、電話等での連絡・協議に加え、ジュネーブ、オタワ、ナイロビ、東京でそれぞれ数回の直接交渉」ということで定まった国があるわけではなく、B契約の代金支払いも第三国の通貨であるドルであり、C契約の性質としては、乙国にむけての投資に先立つ試験的なものであったというのであり、これらの事情から考えると契約当時のXYの意思として、特定の国の法を黙示的に指定したものとは認められないと言える。

したがって本問においては、当事者の黙示の合意も認められない。

4、最密接関係地(通則法8条1項)

(1)特徴的給付による推定の有無(通則法8条2項)

上記のように当事者による合意が認められない以上、客観的連結を定めた通則法8条により準拠法が決まることになる。

同条1項は最密接関係地法を準拠法とするが、この基準だけでは明確性を欠き、当事者の予測可能性が害されることから、23項において推定規定が設けられている。そして、82項は、「法律行為において特徴的な給付を当事者の一方のみが行うものであるとき」についての推定規定であり、いわゆる「特徴的給付の理論」を採用したものである。この「特徴的な給付」とは、ある契約を他の種類の契約から区別する(特徴付ける)基準となる給付を指し、双務契約では金銭給付に対する反対給付などがこれにあたる。 〔2〕

本件売買契約は、XYから150万ドルで純度99%のα10kgを購入するという内容のものである。そして、売買契約を特徴付けるのは物の移転であると考えられるので、Yがαの引渡しを行う点で「法律行為において特徴的な給付を当事者の一方(本件ではY)のみが行うもの」であると言える。

したがって、通則法8条2項によりYの常居所地法である甲国が最密接関係地と推定される。

(2)推定を覆す最密接関係地の存否

もっとも、8条2項で決まる最密接関係地はあくまで「推定」されたものであるので、他により密接な地があれば、その地の法が適用されることになる。

   これを本件売買契約について見てみると、@Yはあくまでブローカー(いわゆる仲立人)の仕事の一貫として契約をしており、通常の契約当事者と比べて常居所地であるということについて密接性が希薄といえること、A本件契約は丙国への投資に先立つものであること、B目的物も丙国のものであること、C契約内容として本文では表れていないがαの引渡についてMが乙国に行って受け取っていることからこれが契約上Y側の債務の履行方法とされていた(つまりα給付の義務履行地は丙国であった)と考えられること、などの事情が見られる。そして、上記事情を総合的に考慮すると、契約の重点(逐条p118)は丙国にあると考えられる。

また、通則法が当事者の予測可能性を担保するためにあえて推定規定を置いていることから考えると、当事者の予測可能性にも配慮する必要がある。しかし、この観点から見ても、上記事情に加えて覚書の条項などがあることも含めて考えると、丙国が全く関係のない場所であったとまでは言えず、予測可能性がないとまでは言えない。

したがって、上記推定は覆され、本問では乙国が本件売買契約に最も密接な関係がある地の法であると言える。

第三、結論

以上のことから、本件売買契約に売買条約が適用される場合はその売買条約の適用範囲内で同条約が適用され、適用されない部分については乙国法が適用される。本件売買契約に売買条約が適用されない場合は、契約全体について、乙国法が適用される。

 なお、通則法9条による変更があった場合はその法によることになる。

 

 

設問(2) 佐藤諒

 

結論

設問前段について

Rに即時取得のような権利取得が認められる場合には、丙国法で判断すべきであり(通則法132項)、Rの取得した権利が日本法上、所有権と認められるか否かについては、日本法によって判断すべきである(通則法131項)。

Rに即時取得のような権利取得が認められない場合には、@YからX、AXからP、BPからQへのαの所有権移転につき、それぞれ乙国法により判断し、CPからRへのαの所有権移転につき丙国法により判断すべきである(通則法132項)。そして、Rの取得した権利が日本法上、所有権と認められるか否かについては、日本法によって判断すべきである(通則法131項)。

 

設問後段について

@物権的請求権が成立し、A物権的請求権が喪失することなく、B既存の物権的請求権が日本法においても認められることを条件として、Xの主張が認められることになる。

 

理由

1 設問前段について

1 問題の整理

 αは@YからX、AXからP、BPからQ、CQからRと移転し、Rが日本に持ち込んでいる。この場合、Rが所有権を有するか否かは、「権利の得喪」の問題といえるので、原因となる事実が完成した当時におけるその目的物の所在地法によって、所有権の有無を判断することになる(通則法132項)。なお、「原因となる事実」が何であるかは準拠法を適用してみなければ分からない以上、その時々の目的物の所在地法上物権変動が生じているか否かを継続的に見ていくことになる。

なお、本問のαは、Yが甲国から日本に向けて輸送されている動産であり、仕向地法が目的物の所在地法として適用されるようにも思えるが、目的物が差押え等によって移動の過程から離脱したりした場合の物権変動である以上、原則どおり、目的物の現実の所在地法によるべきである。

そこで、以下では、丙国法上、即時取得のような制度によりRがαの所有権を取得する場合と、承継取得による所有権取得の場合とに分けて検討する。

 

2 Rが即時に所有権を取得する場合

1)丙国法上、即時取得のような制度が認められ、Rがその要件を満たしている場合には、RQからαを買受けた時に、所有権を取得したものといえる。したがって、この場合、Rがαの所有権を取得したかについて判断する準拠法は、通則法132項により丙国法のみとなる。

2)所在地の変更と既存物権

 所在地法によって適法に成立した物権は、その目的物が所在地を変更しても認められるが、その物権がいかなる内容を有するのかは、新所在地法による(131項)。

 本件の場合、Rが丙国において取得した所有権がαを日本に持ち込んだことにより、日本法上の所有権として認められるかどうかについて、日本法に基づいて判断することが必要となる。

 

3 Rが承継取得により所有権を取得する場合

 丙国法上、Rに即時の所有権取得が認められず、前主からの承継取得を検討しなければならない場合には、@YからX、AXからP、BPからQ、CQからRというαの移転に伴って所有権が取得されたか否かを検討する必要がある。

1)@YからXへの移転について

 Yは、Xに対して乙国においてαを引渡している。これによって、αの所有権をXが取得するか否かは、権利の得喪の原因となる事実が発生した当時における目的物の所在地法たる乙国法による。この場合、前主であるYに所有権が認められる場合には、権利が移転するかを検討し、Yが無権利者である場合には、いわゆる即時取得が認められるのかを検討することになる。

 なお、目的物の所在地法によるのは物権行為のみであり、その原因となる行為は、固有の準拠法を有する。そして、物権行為の有因性・無因性は目的物の所在地法による[1]以上、物権行為の有因性が乙国法上認められるのであれば、原因たる行為の準拠法を決定し、原因たる行為が有効になされていることが必要となる。

2)AXからPへの移転について

 Pは、乙国空港においてαを盗んでいる。これによって、αの所有権をPが取得するか否かは、権利の原因となる事実が完成した当時におけるその目的物の所在地法たる乙国法による。

 この場合も、Xに所有権が認められる場合には、権利が移転するかを検討し、Xが無権利者である場合には、いわゆる即時取得が認められるのかを検討することになる。

3)BPからQへの移転について

 Qは、Pからαについての売却依頼を受けている。これによって、αの所有権を取得するか否かは、権利の原因となる事実が完成した当時におけるその目的物の所在地法たる乙国法による。

 Pに所有権が認められる場合には、権利が移転するかを検討し、Pが無権利者である場合には、いわゆる即時取得が認められるのかを検討することは、@Aと同様である。

 (4)CQからRへの移転について

 Rは、乙国からQが持ち出したαについて、丙国内でこれを買受けている。これによって、αの所有権を取得するか否かは、権利の原因となる事実が完成した当時におけるその目的物の所在地法たる丙国法による。

5)所在地の変更と既存物権

 Rがαの所有権を取得していたと認められる場合には、131項によりその所有権が日本法上の所有権として認められるかどうかを検討する必要がある。したがって、131項により、日本法でRが有する権利が日本における所有権と言えるかどうかについて判断することになる。

 

4 結論

 以上から、Rに即時取得のような権利取得が認められる場合には、丙国法が準拠法となる(通則法132項)。

そして、Rの取得した権利が日本法上、所有権と認められるか否かについては、日本法によって判断すべきである(通則法131項)。

これに対して、Rに即時取得のような権利取得が認められない場合には、@YからX、AXからP、BPからQ、のαの移転につき、それぞれXPQが所有権を取得するかについて乙国法により判断し、CPからRへのαの移転につきRが所有権を取得するかについて丙国法により判断する(通則法132項)。

 そして、Rの取得した権利が日本法上、所有権と認められるか否かについては、日本法によって判断すべきである(通則法131項)。

 

2 設問後段について

1 問題の整理

Xは、民法193条又は194条により、無償で又は有償で、これを回復することができると主張している。この主張が認められるためには、@Xが主張するような物権的請求権が成立し、A発生した物権的請求権が喪失することなく、B既存の物権的請求権が日本法においても認められることが必要となる。以下では、この3点について検討する。

 

2 @物権的請求権が成立するか

1)物権的請求権の成立は、通則法132項により得喪の原因となる事実が完成した当時における目的物の所在地法による。Xが物権的請求権を取得する「原因となる事実」に何が当たるかは、準拠法を適用してみなければ分からない以上、その時々の目的物の所在地法上、物権的請求権が生じているか否かを判断することになる。

ア 乙国法上、所有権を取得した時に物権的請求権が発生するのであれば、「原因となる事実」はXYからαを買受けたことになり、買受け当時の目的物たるαの所在地は乙国である以上、乙国法が物権的請求の発生についての準拠法となる。

イ 他方で、乙国法上、盗難がされた時に物権的請求権が発生するのであれば「原因となる事実」はXPからαを盗難されたことであるから、XPからαを盗難された時の所在地法が準拠法となる。

ここで、αのように移動中の動産に関する物権についての「目的物の所在地法」の解釈は、その現実の所在地が偶発的であって必ずしも当該動産に関する物権と密接な関係にあるとはいえない以上、将来の所在地たる仕向地が最も密接な関係を有する地であるとして、仕向地法が準拠法になるものと考えられている。もっとも、目的物が差押え等によって移動の過程から離脱したりした場合の物権変動については、原則どおり、目的物の現実の所在地法によるべきである[2]

 本件では、αはXが乙国から丙国経由で日本に帰る途中で、乙国の空港で盗難されたものであるから、移動の過程から離脱したものといえる。したがって、「目的物の所在地法」(通則法132項)は、仕向地たる日本法ではなく、目的物の現実の所在地法たる乙国法となる。

2)以上より、乙国法上、所有権取得時に物権的請求権が発生する場合であっても、盗難時に物権的請求権が発生する場合であっても、物権的請求権の成立についての準拠法たる「目的物の所在地法」(132項)は乙国法となる。

3)よってXが主張するような物権的請求権が乙国において成立することが、Xの主張が認められるための前提となり、乙国法上物権的請求権が成立しなければXの主張は認められないこととなる。以下、物権的請求権が成立することを仮定した上で、検討を進める。

 

3 A物権的請求権が喪失しないこと

1)αは、乙国から丙国にわたって最終的にRが日本に持ち込んでいる。この過程で、Xの物権的請求権が、αの即時取得や、期間制限の経過等によって消滅する法制が採られており、その要件を充足する場合には、132項によってXの物権的請求権が喪失することになる。

2)物権変動の法律要件未完成の場合における所在地変更

ア 問題の整理

 物権的請求権について期間制限が定められており、その期間が経過した場合には、物権的請求権は消滅することになる。この場合、物権変動の原因たるべき事実が未完成のまま目的物が所在を変更した場合には、物権変動についての準拠法及び期間制限の算定の方法が問題となる[3]。以下、この点について述べる。

(ァ)物権変動についての準拠法

 学説は、起算点における目的物の所在地法説、時効完成当時における目的物の所在地法説、占有開始当時または時効完成当時における目的物に所在地法によるとなす折衷説および所有者または占有者の住所地法説等の学説があるが[4]、時効完成当時における目的物の所在地法説が妥当である(通則法132項)。

 したがって、物権的請求権の期間制限の徒過により物権的請求権が消滅するか否か、および物権的請求権の要件たる期間の問題等は、目的物の所在地法によることになる。

(ィ)期間制限の算定方法

 期間制限の算定方法については、比例計算主義(旧所在地法の定める期間のうち経過した期間の割合を新所在地法の期間にあてはめて計算する方法)と通算主義(現在の目的物所在地法主義)とが主張される。

 しかし、比例計算主義によれば期間制限を認めない国で経過した一定期間は、新所在地では全く期間に算入されないことになり妥当でない。したがって、通算主義によるべきである。

(ゥ)本件では、民法193条・194条の定める2年間の期間制限の範囲内であれば、日本法上、物権的請求権は消滅しないこととなるところ、Xの主張によれば、盗難から2年以内であるので、Xの物権的請求権は日本法上の期間制限の限度では、消滅していないこととなる。

 

4 B成立した物権的請求権が日本法においても認められるか

1)物権的請求権が乙国において成立し、かつ丙国・日本へと所在地が変更される過程で請求権が喪失しないとされた場合に、この物権的請求権は日本法上認められるか。

2)旧所在地法上、適法に成立した物権は、その後所在地を変更してもその成立は認められるべきであるが、いずれの国も新たな物権を創設することを認めないので(物権法定主義)、新所在地法上の同様の物権として成立していることとされ、その内容も新所在地法上のものとされる。他方で、新所在地法が旧所在地法上は認められていた物権を認めないときには、新所在地においては権利の主張や行使は認められないこととなる[5]

3)物権的請求権も物権的権利といえる(通則法13条)。そこで、物権的請求権の存続や内容は、目的物の所在地法たる日本法が適用される(通則法131項)。

4)民法193条・194条は、盗難の時から、盗品の回復請求権ができる旨を定めている。本件では、乙国において発生したXの物権的請求権が、日本法においても認められれば、Xは、民法193条・194条により回復請求権を行使することができる。

 

5 結論

以上から、@物権的請求権が成立し、A成立した物権的請求権が喪失することなく、B既存の物権的請求権が日本法においても認められることを要件として、Xの主張が認められることになる。

 

 

設問(3)前半 宮崎慶太

 

設問前段

1 結論

 本件投資契約について、準拠法の合意がない場合には、契約成立の準拠法は乙国法となる。他方、準拠法の合意がある場合には、T株式売買契約の成立については乙国法で判断し、U継続購入契約の成立については合意の準拠法で判断する。

 

2 理由

 本問では、YXA間における本件投資契約は成立していると争っているため、本件投資契約における当事者とYの地位を確認した上(1)、その内容を確認し、契約成立の準拠法について検討する(2)。

 

1.本件投資契約の当事者

 まず、問題(1)において検討したように、本件投資契約の当事者はXAである。そうすると、Yの地位はどうなるか。Yはブローカーであるところ、一方当事者(A)から権限を委ねられて他方当事者(X)と交渉し、事後的に成功報酬を得るという態様から仲立人であると解し、その準拠法は代理に準じて検討すべきである。

 代理の問題は、本人(A)・代理人(Y)・相手方(X)の各関係に分けて準拠法が論じられるところ、本問では、代理人(Y)と相手方(X)の関係が問題となっている。この問題については、代理行為の性質によって定まる実質の準拠法によって判断するものと解する。[6]そうすると、Yは本件投資契約の締結を目的として代理行為を行っているから、通則法7条以下の法律行為に関する規定に服することとなる。

 

2.本件投資契約の内容及び成立準拠法

 本件投資契約には、T.XAの発行する新株を500万ドルで取得し、Aの株式の30%を有する株主になる契約と、U.1200万ドルで純度99%のαを年間100kg10年間引き取る権利を取得する契約が含まれている。

T契約は、新株発行により第3者割当をする行為であり、法人の外部関係に関する行為ということができる。このような法人の外部関係に関する事項についての準拠法は、@本拠地法によるべきとする説と、A設立準拠法によるべきであるとする説が対立する。ここで、これらの問題は法人格の創設そのものと不可分の関係にあるので、A説が妥当であると解する。[7]本問では、Aは乙国の資源会社であり、乙国で設立されたものと解し、設立準拠法は乙国法となる。[8]

他方U契約は、長期にわたる売買契約としての性質を有しており、その準拠法は債権的法律関係の準拠法として通則法7条以下に従うべきである。

そこで、(1)U契約の準拠法が乙国法になる場合と(2)乙国以外の地の法になる場合に分けて検討する。

(1)T契約・U契約の準拠法がいずれも乙国法となる場合

 この場合、成立の準拠法としては、いずれも乙国法となり、代理の準拠法としてもこれに従うことになるので、Yの第1次的な主張の当否を判断する際の準拠法は乙国法となる。

 なお、U契約については、乙国にあるαの売買契約であるから、特徴的給付をするYの事業所所在地が乙国であることから、当事者間の合意によって準拠法が変更される場合を除き、最密接関係地は乙国であると解し、U契約は通則法8条の適用があれば準拠法が乙国法になると解する。

(2)U契約の準拠法が乙国以外の地の法となる場合

 この場合、契約成立の準拠法がどちらか一方の準拠法に引き寄せられるかが問題となる。

これを検討すると、まず、T契約は、新株発行という、法人格の創設そのものと不可分のものである。そして、法人格は、取引関係の便宜・安全のために国の政策により特別に付与した人格であり、国家行為と密接に関係している。よって、安易に契約準拠法に引き寄せられるとするべきではない。

 次に、U契約は、本件投資契約の中心をなすものであり、T契約と比較してもT契約が500万ドルで1回の契約であるのに対し、U契約は、1200万ドルで10年にもわたる契約であり、総額12000万ドルにも及ぶものである。そうすると、T契約はU契約の実現のための手段にすぎないと解すべきである。よって、中心となる契約の準拠法が手段となる契約の準拠法へ引き寄せられると解することも妥当ではない。

そこで、T・U契約の成立準拠法として異なるままとすることの許容性を検討する。まず、本件では、U契約では、XYから購入した時と比べて単価で2割ほどディスカウントして購入することができる旨定めている。しかし、これはT契約により大株主となることに対する対価であるとみるべきではなく、総額12000万ドルという多額の売買によって割り引かれたものとみるべきである。そして上述のようにU契約の準拠法が乙国法とならないのは当事者の合意によりあえて別の地の法を指定する場合である。このような場合には、当事者は黙示の分割指定をしたものと解し、契約成立の準拠法も分けて考える方が、当事者の合理的意思に従うものであるということができる。[9]なお、分割指定については、当事者自治の原則からいくつかの部分に分けて別々の準拠法によらせることも可能であると解する。[10]

よって、代理の準拠法もそれぞれの準拠法に従うこととなり、U契約の準拠法が乙国法以外の地の法となる場合には、T契約は乙国法、U契約は合意の準拠法により契約成立の有無を判断することになる。

 

 

設問(3)後半 長塚希

 

2.Yの第2次的主張について

(1)合意の法的拘束力についての準拠法

 Yは第2次的に、本件投資契約が不成立であっても、売買契約は問題なく履行されたから投資契約締結のための条件は成就しており、投資契約の締結拒否は覚書違反であると主張している。

 そこでまず、覚書のうち「条件が成就すれば投資契約を締結する」という部分について法的拘束力が認められるか、すなわちそのような契約が成立していたかが問題になる。

 これについては、契約の成立の問題であるからその判断のための準拠法はやはり通則法7条及び8条により決定され、投資契約について検討したのと同様に明示及び黙示の準拠法選択は認められないから、8条の最密接関係地法が準拠法となる。

 

 

 「条件が成就すれば投資契約を締結する」という契約は、どちらかが単純な金銭債務を負い、もう一方がその反対給付として特徴的給付を行うという形態のものではないから、通則法82項による推定を経ずに、直接最密接関係地法を決定すべきである。そうすると本件では、もし法的拘束力のある合意が成立しているとしたら、XY間の乙国における資源α10kgの試験的な売買が問題なく行われることを条件に乙国の資源会社AXが投資するという内容のものであるのだから、この合意に最も密接に関係する地は乙国であるといえる。よって、合意が成立したかどうかについても最密接関係地法である乙国法により決定される。

(2)条件が成就したか否かの判断の準拠法

 乙国法により条件が成就すれば投資契約を締結するという覚書に拘束力が認められた場合、さらに条件が成就したかどうかについても判断をする必要があるが、これについての準拠法はどこの法になるか。

 

 

本件では投資契約締結の条件として「本件売買契約が問題なく行われること」ということがあげられているので、条件が充たされたか、すなわち売買契約が履行完了したかどうかについても合意自体の準拠法である乙国法により判断されるとも考えられる。しかし、ここで問題となっているのはあくまで売買契約の履行が完了しているかという点なので、この点については設問(1)で検討した売買契約の準拠法により判断すべきである。このように考えないと、売買契約の準拠法に基づいて履行があったと認められるのに必要な行為をした当事者に不測の損害を与える可能性があるからである。

3.結論

 

 

 以上より、Yの第1次的主張についての判断の準拠法は乙国法であり、第2次的主張のうち契約締結についての合意が法的拘束力を有するかの判断の準拠法は乙国法による。そして、法的拘束力のある合意が成立していた場合に、契約締結の条件である「売買契約が問題なく履行されたか」については設問(1)で検討した売買契約の準拠法(ウィーン売買条約又は乙国法)により判断される。

 

 

設問(4) 笠原亮一

 

1 結論

 「乙国法」又は、「日本での信用毀損に関し日本法、乙国での信用毀損に関し乙国法」が適用されると考える。以下に理由を示す。

2 通則法19条の適用

(1)通則法19条は、不法行為について定めた通則法17条の規定にかかわらず、「他人の名誉又は信用を毀損する不法行為によって生ずる債権の成立及び効力」は、被害者の常居所地法によって判断するとしている。 

本件においてYは、「Xがα10kgの盗難に関与したとの噂を少なくとも日本及び乙国において広めたため、Yの信用は著しく害され、少なくとも両国におけるYの資源ブローカーとしてのビジネスに支障が生じている」と主張しており、これは信用毀損による不法行為の問題と性質決定できるから[11]、通則法19条の適用がなされる。

したがって、Yの常居所地法である甲国法が準拠法になるとも考えられる。

  通則法20条の適用

 (1)ただし、通則法20条は明らかにより密接な関係がある地がある場合の例外を設けている。なお、通則法20条には、例外の認められる場合について2つの場合を列挙しているが、続けて「その他の事情に照らして」とあることから、これらは例示列挙と解すべきである[12]

 (2)まず、XY間には本件売買契約があることから、通則法20条にいう「当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたこと」にあたり、より密接な関係がある地があるといえるのではないか。そこで、XYの信用を毀損したことが「契約に基づく義務に違反」したかどうかが問題となる。

契約に基づきいかなる義務が発生するかについては、契約の効力の問題として、契約準拠法によって判断されるところ、上記のとおり、本件売買契約の準拠法は乙国法であるので(設問1参照)、乙国法の解釈上、本件売買契約に「信用を棄損してはならない義務」が認められるならば、Xはこの義務に反し不法行為をしたことになるので、通則法20条の例示にあてはまる。

また、通則法19条によって連結点とされる甲国は、本件における信用毀損に関して密接な関連を有しているとは言い難い。なぜなら、本件においては、信用毀損が生じたのは日本と乙国であり、甲国においてはなんらの名誉棄損も生じておらず、他にも本件信用毀損と甲国を結びつける事情は、被害者と思われるYが甲国に常居所地を有すること以外にないからである。

とすると、通則法19条により適用されるべき法の属する甲国よりも、乙国の方が密接な関係がある地であるといえることは明らかである。したがって、その準拠法は乙国法となると考えられる。

 (3)仮に、信用毀損が本件売買契約に基づく義務違反とならないとしても、「その他の事情に照らして」明らかにより密接な関係がある地がある場合といえないか。上記のように、通則法19条によって連結点とされる甲国は、信用毀損が発生した場所でなく、Yの常居所地ということ以外に本件信用毀損と甲国を結びつける事情はないから、本件における信用毀損に関して密接な関連を有しているとは言い難い。

    一方で、本件信用毀損は日本および乙国において発生したものであり、その点で、日本における信用毀損については日本、乙国における信用毀損は乙国が密接関連性を有する地ということができる[13]

    とすると、日本における信用毀損については日本、乙国における信用毀損は乙国が、19条によって選択された甲国よりも本件信用毀損と密接関連性を有することは明らかであろう。

    したがって、日本における信用毀損については日本法、乙国における信用毀損は乙国法が準拠法となる。

 (4)なお、上記(2)と(3)において選択された地が双方とも、19条で選択された地よりも密接関連性を有することが明らかとされた場合、どちらが優先するかは明文上明らかでない。しかし、この場合もより密接な関連性を有する地の法が準拠法となると考えられるところ、両当事者に契約関係がある以上、契約の問題と処理するのが最適と思われる[14]。したがって、両者が併存する場合は、乙国法が準拠法となる。

 3 まとめ

以上より、両当事者間の契約において、乙国法上信用の棄損をしてはならない義務が認められる場合には、乙国法が準拠法となり、そうでない場合には、日本での信用毀損に関し日本法、乙国での信用毀損に関し乙国法が適用されると考える。

 

 

 



[1] 前掲・山田 302頁 [山田鐐一「国際私法」(第3版)(有斐閣 2004年)]

[2] 前掲・小出 165 [小出邦夫編著「逐条解説 法の適用に関する通則法」(商事法務 2009年)]

[3] 前掲・山田 308

[4] 前掲・山田 308

[5] 澤木敬郎・道垣内正人「国際私法入門」(第6版)有斐閣双書 2006年 270

[6] [澤木 道垣内, 2007]231

[7] [澤木 道垣内, 2007]184

[8] 仮にAが乙国で設立したのでないとすると、下の場合分けを(1)@契約・A契約の準拠法が重なる場合と、(2)重ならない場合に分けるものとする。

[9] 類似の事例において裁判例は、株式売買契約の準拠法と同一の準拠法を株主間契約にも適用させた(東京地判昭和60730日=判タ561111頁)

[10] [澤木 道垣内, 2007]209

[11] 「名誉棄損」に当たるか、「信用毀損」に当たるかは、両者が同一条文中の概念のため区別することに実益がないと考える。したがって、「名誉棄損」か「信用毀損」かの議論はありうるがここでは省略する。

[12] 前掲澤木=道垣内 248

[13] 澤木=道垣内247頁も、「フランスの俳優の名誉を棄損する日本語の書籍が日本で発売された場合、その出版差し止めの仮処分の被保全権利がその俳優の常居所地であるフランス法上の権利ということは必ずしも適当ではないように思われる」とし、通則法20条を適用すべきとする。

また、石黒一憲「国際私法」(第2版)363頁も、フランスの会社が、日本国内で日本人によって日本語で名誉信用の棄損を行われた場合に、フランス法が準拠法になるとの結論に疑問を呈する。

[14]  中野俊一郎「法適用通則法における不法行為の準拠法について」民商法雑誌1366 945頁も、「契約準拠法への附従的連結が共通常居所地法の適用に優先すると解すべき」としており、契約関係での処理を優先させている。