2010年度早稲田大学法科大学院「国際民事訴訟法」

 

問題(1) 北大路史顕

問題(2) 内田いさか

問題(3) 佐藤貴史

 

(1)  東京地裁はY1のこの本案前の抗弁についてどのように判断すべきか。

@) 前提

 本問の検討をする前提をして、事案の状況を確認することとする。本件では、まず@外国裁判所たるA国裁判所にて「Y1Xに対して債務不存在確認の訴え(前訴)を提起」したのに対して、その後、A日本の東京地裁において「XY1に対して給付の訴え(後訴)を提起」している。

 この状況下において、Y1は、当該「XY1に対する後訴」につき、前訴と競合することを理由として訴え却下を求めているのである。よって、本問において、「Y1の当該本案前の抗弁が認められるか」という判断をするためには、a) 後訴が前訴と競合するといえるのか、b) 競合するとされた場合、後訴を却下する必要があるのか、という大別して二つの問題を検討する必要が存在する。

 

A) Y1の本案前の主張の検討

 a) 後訴が前訴と競合するといえるのか

  「後訴が前訴と競合しない」といえる場合は、@後訴の提起地たる日本の裁判所にそもそも国際裁判管轄がないと判断される場合、とA後訴の提起地たる日本の裁判所に国際裁判管轄は認められるが、前訴・後訴の競合は観念できない場合の2つの場合が考えられる。

@     後訴の提起地たる日本の裁判所に国際裁判管轄がない場合にあたるか

後訴の日本提起地たる日本の裁判所の国際裁判管轄の有無を判断する基準として、日本においては、財産関係事件の国際裁判管轄につき、「@日本には国際裁判管轄を直接規定する法規はないこと、Aそこで、当事者の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理に従って決定するのが相当であること、B民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが日本国内にあるときは、国際裁判管轄を肯定するのが上記の条理に適うこと、Cただし、たとえBにより管轄が認められる場合であっても、具体的事案において管轄を肯定することがかえって上記の条理に反するような結果となるような『特段の事情』があれば、管轄を否定するという例外的処理の余地があること」という判例法(最判昭和561016民集3571224頁、最判平成91111民集51104055)が確立している(澤木・道垣内・国際私法入門<第6版>281頁)。

したがって、以下、この判例法理に基づき、後訴の管轄を判断することとする。

本件後訴において、被告はA国法人のY1であり、設例からY1の事務所又は営業所が日本に存在するという事実が認められない本件においては、Y1の普通裁判籍(民事訴訟法4)による管轄は認められない。次に特別裁判籍について検討すると、本件においてXが求めている請求は、「@契約違反を理由とする120億円と遅延利息の賠償請求とA不法行為を理由とする120億円と遅延利息の賠償請求」を選択的に求めているものであるから、前者については民事訴訟法51号により、後者については同法59号により判断されることとなる。本件においてXY1間の契約は、「Y1が本件製品を50万個製造し、それを日本法人Xに納入する契約」であるから、Yの義務履行地は「日本」であると解され、51号により、日本に裁判管轄が認められる。また、不法行為についても、本件では「日本市場に出荷した本件製品により発生した損害」に拘るものであるから、「不法行為があった地」も「日本」ということが出来、日本に裁判管轄が認められる。

次に日本に管轄を肯定することがかえって当事者の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理に反する結果となるような「特段の事情」が存在するかを検討することとする。

ここで、問題となるのが、「A国裁判所にてY1Xに対して債務不存在確認の訴え(前訴)を提起しているという事情」がこの「特段の事情」に該当するのか否かということである。

裁判例の中には外国訴訟係属を「特段の事情」の一つの要素として考慮するもの(東京地判平3129判時139098頁)もあり、これは、「訴訟が係属している外国と日本の何れがより適切な法廷地かを総合的な比較衡量により決し、日本の裁判管轄の有無を判断すべき」という英米法的処理に近い考え方である(参:本間靖規他・国際民事手続法・有斐閣アルマ<初版>91頁、道垣内正人・国際訴訟競合・法協1004741頁)といえる。しかしながら、この考え方に従い本問を処理すると、仮に先に訴えが提起されたA国よりも日本の方が「より適切な法廷地」であるとしても、既にA国で訴訟がなされている以上、これと競合する訴訟を日本で進めることは跛行的法律関係を発生せしめるおそれがある(道垣内正人・国際訴訟競合・法協1004741頁)という問題点がある。即ち、本件のように日本の法廷地が後訴の提起地である場合、前訴A国の裁判所も同様な基準により『「日本がより適切な法廷地」であるのでA国に国際裁判管轄はない』との判断をしてくれない限り、跛行的法律関係の発生は防げないのであるから、後述のように、「A国判決が日本で承認できると予測できるか」という基準により「予測される場合には国内事件と同様に民訴法142条を類推して日本での訴えを却下する」という立場により、直接に跛行的法律関係を防ぐという国際訴訟競合の処理を行うべきである。

   したがって、「A国裁判所にてY1Xに対して債務不存在確認の訴え(前訴)を提起しているという事情」が日本の裁判管轄を否定すべき「特段の事情」に当てはまるかという判断枠組みは、そもそも採るべきではないということになる。そこで、その他「特段の事情」が本件につき存在するかをみると、Y1も日本を市場としており日本にY1を呼び出すことが公平を害するともいえないし、本件製品から被害を受けた消費者も専ら日本におり証拠も日本に偏在しているといえることから「特段の事情」は認められないと考えられる。

   したがって、本件後訴につき日本に国際裁判管轄は存在すると判断することができる。

A     後訴の提起地たる日本の裁判所に国際裁判管轄は認められるが、前訴・後訴の競合は観念できない場合にあたるか

本件のように国際訴訟競合といえるかが問題となった事例において、裁判例(東京地裁昭和301223日・民集6122679)の中には、「いわゆる二重起訴の禁止を規定する民訴法142条にいう『裁判所』は、日本の裁判所を指し、外国裁判所は含まない」と判断し、競合を観念しないものも見られる。

しかしながら、一定の要件を備えた外国判決は日本で承認され(民訴118条)、日本の裁判所と外国の裁判所がそれぞれに判決を下したならば、相矛盾する判決が下され、既判力が抵触する虞があり、また、日本の判決と矛盾する判決は公序に反し承認されないのであってそもそも既判力抵触の可能性はないとする立場に立つとしても、国際的法律関係の安定は害されることとなる。さらに、日本と外国での訴訟追行は、被告に大きな負担をもたらし、裁判所としても無用な手続を行うこととなってしまう(本間靖規他・国際民事手続法・有斐閣アルマ<初版>87頁)為、本件のように、A国と日本の双方に国際裁判管轄が認められるようなケースでは、両者の国際訴訟競合状態を認めた上で、後訴を却下すべきかという判断を行うべきである。

 

 b) 競合するとされた場合、後訴を却下する必要があるのか

  国際訴訟競合の処理の仕方として、英米法的な「比較衡量により管轄判断段階で処理する考え方」が適切でないことはA)a)@で述べた通りであるが、国境を越えれば二重起訴が野放しになるというのでは秩序の安定の点から好ましくない為、次のような見解を採用すべきである。また、そのような裁判例(東京地中間判平成元・530)も存在する。

  即ち、「自国の他の裁判所と外国の裁判所との違いは、前者の判決は必ずその効力が認められるのに対して、外国判決についてはその承認執行に一定の要件が課され、それをパスしない限り判決効は及んでこないという点にあるとし、そうであれば、将来の外国判決の承認予測ができる場合には、日本での訴えの利益がなくなり、外国訴訟係属についても民訴法142条の考え方を及ぼすべきである(道垣内正人・国際訴訟競合・法協1004752頁)という」承認予測説を原則として採用すべきである。

  この承認予測説に立ち本件を判断すると、「A国裁判所で将来下される判決が民訴法1 18条の要件を具備するかを基準として、承認の予測ができるのであれば、後訴の訴えの利益がなくなり却下されるべきであるから、本件Y1の本案前の抗弁は認められる」という結論になりそうである。

  しかしながら、本件に重要な特徴は、「前訴が債務不存在確認の訴えであるのに対し、後訴は給付の訴えである」という事実である。即ち、給付請求は確認請求よりもその要求内容が大きい為、将来のA国判決が日本で承認されても日本におけるY1の要求内容は満足されないという問題が生じるのである(道垣内正人・国際訴訟競合・法協1004789頁)。

  このような「前訴が債務不存在確認の訴えであるのに対し、後訴は給付の訴えである」場合の日本国内事件の処理としては、「重複審理と矛盾判断の虞があるため、重複訴訟となるが、後訴を却下してしまうと、前訴の確認判決だけでは強制執行できないという問題が生じる故、このような場合は、後訴の提起により前訴の確認の訴えが失われ、前訴が却下され、後訴は却下されない(参:最判平163.25民集583753)」とされている為、本件でも、後訴を却下しなくていいという結論も有り得そうである。

  しかし、本件は国際事件であり、前訴のA裁判所が「後訴が日本で提起されたことを理由に前訴を却下する」とは限らないのであるから、国内事件と同様に考えることは出来ない。

そうすると、承認予測説の原則に戻り、「後訴は却下される」ことになりそうだが「将来のA国判決が日本で承認されても日本におけるY1の要求内容は満足されない」という弊害も無視できない。

そこで、@A国訴訟法上、請求の趣旨の変更・反訴の提起が出来るのであれば、日本での後訴は、権利保護の利益を欠くという理由で却下されるべき(即ちY1の抗弁は認められる)であるが、AA国法上、請求の趣旨の変更・反訴の提起が許されないのであれば、日本での後訴の手続を中止しておき、外国判決の確定を待つべき(即ちY1の抗弁は認められない)である(参:道垣内正人・国際訴訟競合・法協1004789頁)と結論付けられる。

  (以上、北大路史顕)

 

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小問2.

1.問題の所在

本問において、A国管轄合意条項が存在するにもかかわらず、Y1Xに対して、損害賠償請求を東京地裁に提起した。そこで、管轄合意条項に違反した訴えが我が国の裁判所に提起された場合、その裁判所には裁判籍が認められるかが問題となる。

 

2.管轄合意の許否

まず、そもそも管轄合意をすることは、認められるか。

民訴法11条は、国内管轄の合意について規定しているが、国際裁判管轄の合意も、裁判地に関する当事者の予見を確実化し、紛争解決を円滑にするというメリットをもたらすことから、国際民事訴訟法上も争いなくその効力が認められている。

 

3.管轄合意に関する問題の準拠法

では、国際的管轄合意に関して生ずる問題について判断する準拠法は、いかにして決定されるべきであろうか。具体的な問題としては、国際的管轄合意の成立要件や方式、効果があげられるが、それらについての準拠法決定をめぐっては、主に以下の見解の対立が存在する。

 

(1)法廷地法説

これは、管轄合意は、訴訟行為的合意であり、かつ、問題が法廷地法の裁判籍の排除に関するものであることから、これを問題にする法廷地法によって決定されるべきものであるとする見解である[1]。そして、我が国の場合、国際民事訴訟法の規定が存しないことから、条理上、国内管轄に関する民事訴訟法の諸規定を類推適用して処理すべきであるとされている。

しかし、この見解に対しては、以下の批判が存在する。まず、合意管轄の扱いは国によって異なるため、ある国の裁判所の専属管轄が合意され、当該国の法律上その有効性が認められるにもかかわらず、日本で訴訟が提起され、日本法上は合意の成立が否定されるような場合には、当事者の期待を裏切る結果となるということである。また、合意の瑕疵が主張される場合には、主契約自体についても同様の問題がありうるが、後者については当事者自治(通則法7条)によって定める契約準拠法で判断されることから、それとの均衡を欠くという点である。

 

(2)当事者自治説

上記批判を受けて、管轄合意についても、一定範囲で当事者による準拠法指定を認めるとするのがこの見解である[2]

 

(3)検討

では、上記見解の対立を踏まえ、管轄合意の成立等に関する準拠法は、いかに決定すべきであろうか。

 国際的管轄合意の問題は、つまるところ、我が国裁判所において当該事件の審理を行うか否かの問題であることから、原則として、法廷地法を準拠法とすべきであると考える。しかし一方で、国際的合意管轄については、当事者の予測可能性保護の要請が強いことから、常に法廷地法を準拠法としていたのでは、準拠法の決定が訴え提起時まで明らかにならず、上記要請に反する結果となってしまう。また、当事者間の合意の成否やその範囲など、必ずしも法廷地法による必要はなく、当事者の選択した地の法によって判断した方が、より妥当な結論を導ける場合も存在する[3]。そこで、我が国の手続法ルールが、必ずしも当事者の合意した準拠法を排除して適用されるべき規定ではないと認められる場合には、例外的に、通則法7条の考え方を及ぼし、当事者の意思によって定められた準拠法によって判断すべきであると考える[4]

 

4.専属的合意か付加的合意かの判断

(1)管轄条項の解釈(専属的管轄か否か)

これは、本件国際的管轄合意は、専属的合意か付加的合意かという合意の解釈に関する問題である。この点について、準拠法はいかなる基準によって決定すべきであろうか。

 当該管轄条項が、専属的合意か否かという問題は、国際裁判管轄の決定に直結する訴訟法的問題であるといえる[5]。よって、法廷地法によって判断すべきである。よって、本問では日本に訴え提起がなされていることから、日本法によって判断すべきである。

(2)あてはめ

 そこで、日本法に従って、本件条項が専属的管轄か否かの判断をする。本件条項には、文言上「この契約に関する一切の紛争」についての訴えを「a地法裁判所にのみ」提起するとされており、他の裁判所を排除する趣旨が含まれていることがうかがわれる。よって、本件A国管轄合意条項は、専属的合意であるといえる。

 

5.A国管轄合意条項の対象

(1)本件合意は、本件契約に関する紛争についてなされたものであるが、本件訴訟は、不法行為に基づく損害賠償請求であり、直接的には本件契約を根拠とするものではない。そのため、このような不法行為請求をも、合意の対象とするべきかどうかが問題となる。

この点については、本件訴訟が、本件契約に関連したXの行為によって生じた損害についての賠償請求であることから、その賠償が債務不履行責任として構成されるか、不法行為責任と構成されるかは、訴訟戦略上の問題であり、法廷地法によって判断されるべき種の問題であると考える。よって、法廷地法である日本法が準拠法となる。

(2)あてはめ

 そこで、日本法によって本件を検討するに、債務不履行責任として構成するか、不法行為責任として構成するかは、上述のように単なる訴訟戦略の違いである。そして、本件においても、Y1の主張する損害は、不法行為責任としてしか構成できないものではない[6]。よって、本件管轄合意の想定する訴訟に含まれるものと考える。以上より、本件訴訟は、本件合意条項の対象内であるといえる。

 

6.日本の裁判籍を排除する専属的管轄は有効か。

(1)問題の所在と準拠法の決定

項目4で検討した通り、本件合意条項は、国際的専属的管轄合意条項である。そこで、このように我が国の裁判籍を排除するような管轄合意が有効なものと認められるであろうか。専属的管轄合意は、当事者の権利保護の可能性を大きく制限しうるものであることから、その有効性の判断基準について重要な問題となる。そしてこの問題は、本件合意の成立に関する問題であり、我が国の裁判管轄を基礎づけ、又は排除する性質のものであることから、法廷地法たる日本法が準拠法となる。

(2)国際的専属的裁判管轄の合意の有効性の判断基準

では、我が国の国際民事訴訟法上、我が国の裁判籍を排除する国際的専属的裁判管轄の合意の有効性を判断する具体的要件について、いかに解すべきか。

 この点について、最判昭和501128日判決は、まず原則として、@日本の専属管轄に属する事件ではないこと、A当該外国裁判所が、その外国法上当該事件につき管轄権を有すること、という2つの要件を具備することが必要であるとした上で、その結果、「合意がはなはだしく不合理で公序法に違反する」などの事情が認められる場合には、当該合意は無効になるとしている[7]。このような要件が課されているのは、まず@要件については、民訴法131項の趣旨に基づくものであり、A要件については、国際的管轄合意特有の問題として、民訴法上規定はないが、当事者の裁判を受ける権利を保障するために課されたものであるといえる。なお、A要件については、上記趣旨より、必ずしも合意自体が外国法上有効とされる必要はなく、どのような根拠であれ、当該訴訟について管轄が認められればよいと考えられている。

 そして、「合意がはなはだしく不合理で公序法に違反する」場合が具体的にどのような場合を指すかについては、本件判決からは明確な基準は見出せない。しかし、あくまでも基準として明確であることが必要であることから、当該事件と何ら合理的関係性を有しない国の管轄を合意するような場合がこれに当たると考える[8]。これ対して、立証の困難性、判決の実効性や管轄合意に至った経緯、目的の合理性など本件合意に関する具体的事情を総合考慮した上で、公序違反の判断をすべきであるとの見解も存在する[9]。しかし、この見解に立つと、判断基準が恣意的になり、当事者の予測可能性確保という管轄合意の趣旨に反することとなる。そのため、このような具体的事情の考慮は、合意の有効性を認めた上で、当該合意の解釈問題として考えたり、当該合意の援用が国際民事訴訟法上の信義則に反しないかという検討をする際に、行うべきであると考える[10]

現在では、国際的専属的裁判管轄に関しては本判決がリーディングケースとなっていることから、上述の通り、上記判決の示す要件を基本的に採用した上で、以下検討することとする。

(3)あてはめ

ア)まず、@本問において我が国に専属的管轄は認められない。そして、AA国法上、裁判管轄が認められる必要があるが、この点については、本問においてA国法が明らかにされていないことから、認められるかどうかは分からない。そこで、以下場合分けをして検討する。

仮に、A国法上裁判管轄が認められないのであれば、A要件を欠くため、本件管轄合意は、有効ではない。よって、Y1は、本件A国管轄合意条項に反して東京地裁に訴えを提起することも許され、東京地裁には管轄が認められる。

一方、A国法上、本件契約に関する紛争の裁判籍が認められる場合には、A要件を満たすこととなる。よって、原則として本件合意は有効に成立しているものと認められ、以下で「合意結果が著しく不合理である」といえないかどうかについて検討することとなる。

 

イ)合意結果が著しく不合理であると認められるか。

 本問において、合意管轄はa地方裁判所とされており、これはY1が存在するA国の首都の裁判所である。そのため、本件事件と合理的関連性を有する地の裁判所について合意がなされていることから、「著しく不合理」であるとは認められない。よって、公序則に反するような事情は認められない。

 

ウ)以上より、本件A国管轄合意条項は、有効である。

 

7.本件合意条項の援用の可否

では、Xは本件合意条項を援用し、妨訴抗弁を主張することはできるであろうか[11]。この点については、前述の通り、本件具体的事案に即して、その可否を検討すべきである。

 本問において、Y1が東京地裁に訴えを提起したのは、A国での提訴が実効性を欠くと判断したからである。すなわち、A国にはXの資産が全くなく、A国において確定判決に基づく強制執行をしても、Y1の債権回収目的は達せられない。一方、Xの資産は日本に存するが、日本とA国との間に相互の保証がなく(民訴法1184)A国判決が承認される見込みが少ないことから、Y1は結局、日本でのXの財産に対する執行をすることができない。このような場合に、Xに当該合意条項の援用をさせることは、当該管轄合意によって、一方当事者の利益実現の機会が大きく制限されることとなり、妥当でない。また、Y1の東京地裁における本件訴訟の提起は、「原告は被告の法廷に従う」との普遍的な原理にも合致したものである。これらの事情に鑑み、本件においてXが合意条項を援用することは、国際民事訴訟法上の信義則に反し、認められるべきではない。

 

8.東京地裁の裁判管轄の存否

 では、A国管轄合意条項が認められないとして、東京地裁に本件訴訟の裁判管轄が認められるか。

 国際裁判管轄の決定については、当事者間の公平、裁判の適正・迅速という観点から、条理に基づいて決定すべきであるが、民訴法の規定する裁判籍が我が国内にある場合には、これに関する訴訟を我が国の裁判権に服させることが、原則として条理にかなうと考える。そして、我が国で裁判を行うことが、当事者間の公平、裁判の適正・迅速という理念に反する特段の事情が認められる場合には、例外的に我が国の国際裁判管轄が否定される物と解する。

本件訴訟は、財産権上の訴えであり、その内不法行為に関する訴えであることから、民訴法59号により、「不法行為があった地」に管轄が認められる。そして、これは結果発生地を指すが、本問では、Xは日本市場に本件製品を出荷した上、本件瑕疵がY1の責任によるものであることを公表したことから、Yに対する信用侵害という損失は、日本で発生しているということができる。そのため、結果発生地は日本であり、東京裁判所には本件事件に関する裁判管轄権が認められる。

 

9.結論

 以上をまとめるに、まずA国管轄合意条項は、A国法上本件事件についての管轄権が認められる場合には、有効に成立しているといえる。しかし、Xが妨訴抗弁として本件条項を援用することは、信義則上認められない。また、本件事件について東京地方裁判所には管轄権が認められることから、東京地裁にはA国管轄合意条項にもかかわらず、本件訴訟についての管轄が認められる。

 一方、A国法上本件事件についての管轄権が認められない場合には、そもそもA国管轄合意条項は有効とは認められない。そして、その場合も同様に、東京地方裁判所には本件事件の管轄が認められることから、上記と同じ結論になる。

 

  (以上、内田いさか)

 

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設問3

1、問題の所在

 本問において、このようなYの主張に対して考えられるXの反論としては、@Y2も黙示的にこの管轄合意条項に合意したのでこの拘束を受けること、A仮に合意していないとしてもY2はY1の営業所と実質的に同視できるからY1との管轄合意条項の効力が及ぶとの主張などが考えられる。以下これらの争点の観点からY2の主張を裁判所がどのような準拠法で判断するかを検討する。

2、XY2の間に管轄合意が成立しているか否かについて

(1)管轄合意の成立及び効力の準拠法

 管轄合意の成立や有効要件の準拠法についてはこれをもっぱら手続法上の問題と解し法廷地法である日本法によるべきという考えがある(最判昭和50・11・28民集29巻10号1554頁は日本の民訴法の問題としている。)。

 他方で通則法7条を根拠に当事者の法選択を認めるべきだという考えもある。最判平成9・9・4民集51巻8号3657頁は仲裁契約についてこの考えを取る。

 この点、原則として手続き的な問題であるとしても、合意管轄については当事者の予測可能性確保の要請が強く、実際効力の範囲まで一律に日本法を適用する合理性は乏しいことから、当事者の問題として捉えられるものについては7条により準拠法を決定すべきである。この両者の境界をいかに定めるかが問題となるが、これについては、当事者の合意した準拠法の内容如何に関わらず常に適用されるべき問題かどうかにより判断されることになると考えられる。具体的には最判昭和50・11・28民集29巻10号1554頁に示されている要件のほか、民訴法11条に規定されている要件などもこれにあたる(なお、相手方のXの主張としては「完全な履行をすることを確保」するという本件保証書簡が管轄の合意をした書面だとすることが考えられる。)。《高桑昭=道垣内正人編『新・裁判実務大系(3)国際民事訴訟法(財産法関係)』(2002)137頁以下》

(2)XY2との合意の準拠法

 それでは、当事者自治に任せられている範囲について何法が準拠法となるか。本件では管轄合意があったこと自体も争われており、合意はXY間の保証契約に付随するものであると考えられるから当該契約の準拠法によると考えるべきである。

 契約の準拠法は通則法7条で決定されるところ、@Y2はY1の100%親会社であること、A書面においても「完全な履行を確保して保証します」いう文言があること、BY1とXとの契約の準拠法は日本であったことなどを考慮すると、XY2間では本件保証契約について日本法を準拠法とする黙示の合意があったと考えられる。したがって、本件合意のうち、当事者自治に任せられる部分については日本法が準拠法になる。

(3)結論

 以上のことから、XY2での管轄合意があったと捉える場合Y2の主張につき日本法が準拠法となる。

3、Y1Y2が実質的に同視できるかという点について

(1)法人格否認の法理

 特定の事案に限って会社の有する法人格の独立性を否定し、会社とその背後にある実体とを同一視して、事案の衡平な処理を図ろうとする法理を法人格否認の法理という《眞砂康司・国際私法判例百選〈新法対応補正版〉44頁》本問において、Y1Y2と実質的に同視できるという主張は、Y1の法人格を否認する主張であると言える。この点を判断するについては法人格否認の法理の準拠法が問題となる。

(2)学説及び判例

ア 法人の従属法説

法人の従属法の適用範囲内の法的問題として法人の従属法の適用範囲内の法的問題とする考えである《杉林信義著『法例コンメンタール』〔1984〕44頁〔江尻隆〕》。

イ 類型化説

 法人格否認の法理が適用される場合は多種多様であることから、問題状況に応じて準拠法を決定すべきとする説《松岡博「国際関係私法入門」第2版87頁》。

ウ その他

 この他、代理法理の問題と捉えて契約当事者の確定とそれをめぐる外観法理の問題に発展的に解消させる説や、強行法規の観点からこれを制限する説もある《眞砂康司・国際私法判例百選〈新法対応補正版〉45頁》

エ 判例

 東京高裁平成14・1・30判時1797号27頁は見方が分かれる(問題となっている法律関係の準拠法としたのか、単純に日本法としたのか)が少なくとも法人の従属法とはしていない。また東京地判平成19・11・28は法人の形骸化の主張について理由を示さず日本法で判断している。

(3)私見

 以上の観点から裁判例としては日本法によっていると考えられるので東京地裁としてはこの点につき日本法を適用することになると考える。

 ただ、私見としては以下のように考える。まずその法人が形骸化しているか、つまり形式的には法人格があるとしても実質的には法人格が認められない(法人格の形骸化)かどうかを判断するについては、まさに法人の権利能力が問題になっているのであるから、法人の従属法によるべきと考える。

 次に、会社の法人格の独立性(権利能力)は肯定した上で、特定の事案に限って法人格を否認し、実体法上の責任を負わせる場合(これが本来の法人格否認の法理の問題のようにも思える)は、法律関係との関係で類型的に考え、今回のような取引行為に関してはそれについて適用される法(本件だと契約準拠法)によるべきであると考える。

 最後に、実体法の権利義務と全く関係なく、訴訟において、法人格が別であるという「主張」が信義則上許されないという「訴訟上の信義則」によって制限される場合があり、この場合はこれを強行法規というかはともかく日本の民事訴訟法上の問題にするべきである。(実体法上の権利と離れて訴訟上の権利の濫用を示唆したとも見られる判例として最判H9・3・11家月49・10・55)

(4)結論

 以上のことから、法人の形骸化の有無についてはB国法、本件事案に限り法人格を否認し契約上の責任を認める場合は契約準拠法、更に訴訟上の信義則の観点からは日本の民事訴訟法によると考える。

 

(以上、佐藤貴史)

 



[1] 最判昭和501128日は、「本件国際的裁判管轄の合意の有効性の判断の準拠法は契約の準拠法ではなく、これを問題にする法廷地たる日本の国際民事訴訟法」であるとした原審の判断を是認したといえることから、裁判所は法廷地法説を採用しているものと考えられている。

[2] 最判平成994日は、国際的な仲裁契約につき、「国際仲裁における仲裁契約の成立及び効力については、法例71項(通則法71項)により、第一次的には当事者の意思に従ってその準拠法が定められるべきものと解するのが相当」であるとした上で、当事者間の黙示の意思を認定し、外国裁判所の管轄を認めている。その根拠として、当事者間の合意を基礎とする紛争解決手段である仲裁の本質をあげていることから、同判決の射程は、直接的には国際的仲裁の場合であるとされている。しかし、当事者が合意によって我が国裁判所における紛争解決を排除したという点においては、国際的仲裁も国際的管轄合意も同視することができるとして、上記判例の射程を管轄合意についても及ぼす見解も存在する。

[3] ハーグ条約準備草案においても、合意自体の準拠法による判断が望ましいとの立場が示されている(道垣内正人・NBL77215頁)。

[4] 『ポイント国際私法・各論』28

[5] 貝瀬幸雄「国際裁判管轄の合意」国際私法の争点72

[6] 大阪高判昭和441215日は、「債務不履行の他、不法行為として別個の事実を主張するものではない」場合には、不法行為に基づく損害賠償契約も、本件契約による「一切の訴え」に包含されるものであるとしている。

[7] なお、これら要件に加え、「相互の保証」があることを要件に加え、指定された外国裁判所の判決が、将来我が国で承認、執行されることについて考慮すべきであるとする見解があるが、当該要件は不要であると考える。なぜなら、仮に合意された地でなされた外国判決を日本が承認せず、強制執行が不可能であったとしても、当該外国での執行は可能であることから、要件Aを欠く場合とは異なり、当事者の権利実現の機会が一切失われるわけではないためである。

[8] 注釈民事訴訟法113

[9] 三ツ木正次 「合意管轄」 国際私法の争点231

[10] 石黒一憲「国際的な裁判管轄の合意」国際私法の争点60頁、石黒一憲「渉外判例研究」ジュリスト616151頁。

[11] 本問において、Xの妨訴抗弁の主張という事情は記載されていないが、仮にXが妨訴抗弁を提出せずに、応訴した場合には、応訴管轄が生じるため、東京地裁に管轄が認められる。そのため、本件合意条項について判断すべき事態が生じるのは、Xが妨訴抗弁を提出した場合であると考えられることから、上記問題提起をした。