国際民事紛争処理
藤実 正太
第一 設問(1)について
1.問題の所在
Y1の当該本案前の抗弁が認められるか判断するうえでは、国際的訴訟競合をそもそも規制すべきか、またどのように規制するのかが問題になる。
すなわち、本件ではXのY1に対する本件損害賠償請求(以下、「後訴請求」という)と、Y1がA国において先に提起したXに対する債務不存在確認請求(以下、「前訴請求」という)とが競合している。日本における上記後訴請求とA国における前訴請求とは同一の事実関係を前提に争われていることから、一方の請求が認められれば他方の請求は認められず、その訴訟物が矛盾する関係にあると考えられ、仮にA国裁判所において前訴請求が認容され、その認容判決が日本において自動承認(民訴法118条)される場合、日本での後訴請求に対する判決と判断が矛盾抵触するおそれがあることになる。かかる事態を避けるために、何らかの規制を施すべきか、また規制するとしたらどのように規律するのかが本件では問題になっているものと考えられる。
2.国際的訴訟競合についての諸説の検討
(1) まず、国際的訴訟競合が生じた場合にも、国内において二重起訴が生じた場合に準じて、民訴法142条により規律されるのか問題であるが、同条にいう「裁判所」とは日本の裁判所を指すものと理解されており(関西鉄工事件判決 (大阪地中間判昭48.10.9判時728.76) 参照)、国際的訴訟競合は、同条によって規律されることはない。
そして、そもそも国内での二重起訴禁止の原則の実質的根拠とされる当事者の負担、司法エネルギーの無駄、矛盾する判決が下されることによる混乱という理由は必ずしも国際的訴訟競合の場合には当てはまらず、むしろ、内外で矛盾する判決がなされた場合には、そのような外国判決は承認しないという扱いをすれば足りると考えれば、国際的訴訟競合に規律を加える必要はないことになる。[1]
しかし、国際取引等が日常的に行われている今日において、国際的訴訟競合に何ら規制を加えず放置することは、国際私法秩序への配慮に欠けたものといえ、妥当とはいえない。
(2) そこで、規制を加えること必要性は認められるが、さらにその規制の方法について各説の対立がある。
ア. まず国際的訴訟競合を国際裁判管轄の問題とみて、外国と日本とのいずれがより適切な法廷地かという判断の中で、外国訴訟係属を日本の管轄を否定する方向に働く要素の一つと考える立場がある。これは具体的妥当性を重視し、柔軟な処理を可能にするものであり、裁判例の中には、この立場を採っていると思われるものもある(東京地判平3.1.29判時1390.98などを参照)。
確かに、かかる立場は、わが国の判例が、民訴法の定める裁判籍が日本に存在することを国際裁判管轄の根拠としていながら、「特段の事情」がある場合には管轄権を否定する構成を採り(最判平9.11.11民集51.10.4055参照)、英米法におけるフォーラム・ノン・コンヴィニエンスの法理と類似の発想をしていることと親和的ではある。しかしながら、訴訟競合と裁判管轄とを異なる訴訟要件として区別しているわが国の考え方にそぐわないし、民訴法118条との整合性もとれないと考えられ、やはり妥当でない。
イ. そこで、先に係属した外国裁判所で将来下される判決が日本で効力を有するに至ると予測されることを条件に、日本での後訴を却下するなどして規制する承認予測説が妥当と考える。
確かに、事前に外国判決の承認の可能性を予測することは、困難な場合もありうる。すなわち、承認されることの「確実」性まで要求するとすれば、将来の判決承認を確実に予測することは困難であり、結局、ほとんどの場合に承認を予測できないとして、国際的訴訟競合を規律すること自体ができなくなりかねない。しかしながら、予測につき「確実」性まで要求すべき理由はなく、承認されることに対する重大な疑念がないことをもって足りると考えるべきである。また、仮に承認を予測して日本での後訴を却下した後で、承認がなされなかったときには後訴原告の権利保護に欠ける状態が生まれることになるおそれもある。しかし、予測がはずれた場合には、その救済方法を別途考えれば足りると考えられる。むしろ、この立場によれば国際的訴訟競合の場合に裁判所がどのような対応をとるのか、その予測可能性をある程度保障することができるため、適切であると考える[2]。
よって、以下、承認予測説の立場から、本件Y1の抗弁が認められるか、検討する。
3.民訴法118条の要件についての検討
(1) 本件A国での前訴が民訴法118条の要件を満たせば、その判決がわが国でも自動承認されるものと予測できる。
まず、本件の事情からは、A国裁判所の判決が「確定」することについて重大な疑念があるとはいえず、「外国」「裁判所」の「確定」「判決」(同条柱書)に当たることに問題はなく、またXはY1からA国で訴訟を提起されたことについて了知しているから、同条2号にいう「送達」があったといえる。さらに、公序(同条3号)についても、確かに、特に手続的公序について、今後のA国判決成立過程がそれに反するか否か、現段階で確実に予測することは困難であるが、本件の事情からはA国判決が公序に反すると認められるだけの重大な疑念があるとまではいえないと考えられ、公序に反しないと判断できるものと考える。
(2) しかしながら、本件では、我が国から見て、前訴につきA国に国際裁判管轄(間接管轄)を認めることはできず、同条1号の要件を満たさないから、A国判決が我が国で承認されることはないものと考える。
ア.まず、同号所定の「法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること」とは、判例(最判平10.4.28民集52.3.853参照)によれば、日本の国際民訴法の原則から見て、当該外国裁判所の属する国がその事件につき国際裁判管轄を有すると積極的に認められることをいうとされる。
もっとも同判決は「基本的に我が国の民訴法の定める土地管轄に関する規定に準拠しつつ、個々の事案における具体的事情に則して、当該外国判決を我が国が承認するのが適当か否かという観点から、条理に照らして」判断するとしており、これは直接管轄の場合と異なり、民訴法の覊束性を意識的に弱める表現が用いられていることから、判例は直接管轄基準と異なる基準を採用したものとも理解する余地がある。しかしながら、現実に判例は、日本の直接管轄について前記「特段の事情」論に立ち、原則として広く管轄を認めているし、最終的には「条理」による判断に立ち戻る以上、両者の判断が実際に異なるという事態は想像しにくい。[3]
したがって、直接管轄基準と間接管轄基準を区別して考える必要はない。
イ.そうすると、間接管轄の有無も、直接管轄の場合と同様、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により、条理にしたがって決定し、原則として民訴法の定める裁判籍が当該国に存在すれば裁判管轄を認め、例外的に管轄を否定すべき「特段の事情」がある場合には管轄が否定されるものと考えられる(前掲最判平10.4.28民集52.3.853参照)。
本件では前訴はY1のXに対する債務不存在確認訴訟であり、かかる訴訟につき、次で述べるように民訴法上の特別裁判籍の適用がないといえ、普通裁判籍によってしか管轄は認められないものと考える。
ウ. 特別裁判籍としては、「不法行為地」として、民訴法5条9号によりA国に管轄を認められないかが問題である。
すなわち、債務不存在確認請求は債務の存在を前提とした給付請求の裏返しであり、審理の対象は同一であり、また証拠収集の便宜という点からも、その債務を発生させる法律関係に応じて別途管轄を認めることができるとも考える余地がある。そうすると、本件では、Y1が不存在であると主張する債務の有無は、その前提として、Y1 に製造物責任が生じているかにより決せられるものと考えられ、製造物責任は、一種の不法行為と性質決定できるから、民訴法5条9号により、製造物責任の原因行為地であるA国を「不法行為地」として、A国の裁判管轄を認めることができるようにも思われる(前掲関西鉄工事件判決(大阪地中間判昭48.10.9判時728.76) 参照)。
確かに、裁判の適正・迅速の観点から、A国法人であるY1社は、A国で本件製品を製造したものと推測でき、本件製品に科学的に瑕疵が存するか判断するために、A国裁判所で争うことが必要とも考えられなくはない。しかしながら、本件製品の瑕疵の有無は、日本において判断することも可能であるし、また本件損害を生じさせた原因が、誤った報道に対してXが不適切な対応をしたことにあるのか判断するためには、日本で裁判することが裁判の適正・迅速に適うともいえる。仮に本件製品の製造過程等を調査するため、A国での証拠調べが必要不可欠になったとしても、民訴法184条および「民事訴訟手続に関する条約」により、A国での証拠調べが不可能になるわけではない。さらに、そもそもA国を不法行為地として裁判管轄を認めると、当該訴訟の被告であるXはA国裁判所まで出向き、A国の民事訴訟手続きにより争わなくてはならないことになる。これは不法行為を否定する側が不法行為があったとされる地であることを理由に管轄を根拠づけるものであり、不法行為地管轄が被害者の提訴の便宜という事情も考慮して認められていることを看過するものであり、当事者間の公平を害するおそれがある。[4]
したがって不法行為地としてA国に管轄を肯定することは適切でなく、原則通りA国に普通裁判籍がない以上、A国の裁判管轄は認められないと解すべきである。
エ. よって普通裁判籍の有無により管轄を判断する他なく、被告Xは日本法人であることから、その主たる事務所(民訴法4条4項)の存する地である日本にしか裁判管轄が認められず、XがA国に営業所等を有しているのでない限り、A国に裁判管轄はないことになる。
(3) よって、本件A国での前訴請求につき、判決が出ても民訴法118条1号の要件を満たさず、承認はされないものと考える。そうすると、A国裁判所で将来下される判決は日本で効力を有さず、後訴請求を却下する必要はないことになるから、本件Y1の主張する本案前の抗弁を東京地裁は認めるべきではない。
第二 設問(2)について
1. 本件契約中にA国に専属的な合意管轄を認める条項があることから、本件では当該A国管轄合意条項により、日本の裁判管轄が否定され、Y1の訴えに管轄を認めることができないのではないかが問題である。
以下、当該条項の効力を否定してY1の訴えの管轄を認めることができるか、管轄の合意の効力について検討する。
2. 管轄合意の要件について
(1) チサダネ号事件判決(最判昭55.11.28民集29.10.1554)について
管轄合意の要件については、チサダネ号事件がリーディングケースとして争われており、同事件判決は合意の方式および合意の実質的有効要件について次の通り判示した。
ア. 合意の方式について
「国際的裁判管轄の合意の方式としては、少なくとも当事者の一方が作成した書面に特定国の裁判所が明示的に指定されていて、当事者間における合意の存在と内容が明白であれば足りると解するのが相当であり、その申込と承諾の双方が当事者の署名のある書面によるのでなければならないと解すべきではない」として、合意の書面性を要求している。
イ. 合意の実質的有効要件について
「国際的専属的裁判管轄の合意は、(イ) 当該事件がわが国の裁判権に専属的に服するものではなく、(ロ) 指定された外国の裁判所が、その外国法上、当該事件につき管轄権を有すること、の二個の要件をみたす限り、わが国の国際民訴法上、原則として有効である」とした。もっとも「管轄の合意がはなはだしく不合理で公序法に違反するとき等の場合」には例外的にその管轄合意の効力を否定すべきことを認めている。これは、管轄ルールの一般的例外として、ルールの適用を否定すべき「特段の事情」があるか否かを考慮する趣旨と考えられる。
なお、本件のように指定された当該外国との相互の保証がない場合であっても、「わが国の裁判権を排除する管轄の合意を有効と認めるためには、当該外国判決の承認の要件としての相互の保証をも要件とする必要はない」としており、日本とA国との相互の保証がないからといってA国管轄合意条項が無効になることはない。
(2). 本件の検討
上記チサダネ号事件判決が挙げる各要件を充足するか、以下検討する。
ア. 合意の方式
本件契約に存在したA国管轄合意条項は書面でなされたものと考えられるが、当該条項は本件契約書の定型条項であった可能性もあり、Y1が管轄についてまで合意したことが明白であるとはいえないと考える余地がないわけではない。
しかしながら、上記チサダネ号事件は、船荷証券の裏面の運送約款中に専属的な管轄合意条項が存在していたという事案で上述のように解して合意の方式の有効性を認めている。本件契約書には、XとY1の署名があるものと推測でき、合意の存在と内容は明白であるといえるから、その方式から管轄合意条項が無効であるとは認められない。
イ. (イ)当該事件が日本の専属管轄でないこと
日本には国際的な専属管轄に関する明文法規がなく、事件の法的性質から管轄の専属性を考える必要がある。たとえば、一般に不動産登記の移転、抹消訴訟であれば不動産所在地国の専属的管轄と解される。[5] しかしながら、本件では直接的にはY1からXに対して50億円の支払いを求める損害賠償請求訴訟が提起されており、かかる金銭を目的とする給付訴訟が日本の専属管轄に服するものとはいえない。
したがって本件事件は日本の専属管轄に服さない。
ウ. (ロ)当該事件につき、指定された外国裁判所が管轄権を有すること
チサダネ号事件判決は、(ロ)の要件につき、「当該外国の裁判所がその国の法律のもとにおいて、当該事件につき管轄権を有するときには、右(ロ)の要件は充足されたものというべきであ」ると判示している。したがって、仮にA国が本件契約中のA国管轄合意条項を有効と認めず、本件Y1のXに対する損害賠償請求がA国の法律では管轄権を有しないとされる場合には、この要件を満たさず、当該管轄合意条項は無効であることになる。
もっとも、日本法上は民訴法5条1号の義務履行地もしくは同条9号の不法行為地として、管轄が認められ得るものと考えられ、A国法上も、本件でA国に管轄権がないと判断される可能性は低い。
(3) 以上から、本件A国合意管轄条項は原則として有効と認められ、Y1の訴えについて日本に管轄がないとも考えられる。
3. 公序について
しかしながら、Y1は、Xの資産がA国にない上に、Xの資産のある日本とA国とに相互の保証がなく、A国判決を日本において執行することができないため、A国で訴訟を起こしても執行可能性がないことを主張している。したがって、本件ではかかる事情が、チサダネ号事件判決のいう「管轄の合意がはなはだしく不合理で公序法に違反するとき」に当たるかが問題になる。
(1) チサダネ号事件判決は、指定された外国裁判所の判決が将来わが国で承認・執行されることを少なくとも独立の要件としては認めていない。これは、@当該外国において強制執行することが一般に可能であること、Aわが国で当該外国判決に基づく強制執行が不可能であるとしても、指定された外国裁判所に管轄がない場合とは異なり、権利の実現が全く閉ざされることになるわけではないこと、B当事者は合意に当たって当該外国における強制執行の実効性を考慮できること、さらに、C当該外国での強制執行をせざるを得ないことによる費用の増大は管轄の合意に伴う付随的結果に過ぎないことを理由にしているものと考えられる。[6]
本件ではA国判決の承認・執行可能性がないことが問題になっており、上記の理由のうち、@ACは当てはまらない。しかし、Bについては、Y1はXと本件契約を締結するに当たり、日本とA国に相互の保証がないこと、XがA国に資産がないことを容易に知りえた以上、強制執行の実効性を考慮できたといえ、公序を発動するまでの必要はないようにも思われる。
(2) しかしながら、そもそも管轄権ルールの設定に当たって、本件のように各国の判決が他の国で必ずしも効力が認められるとは限らないという事情を、一般的に組み込むことは困難であり、かかる事情が存する場合には例外的に承認・執行可能性を考慮して管轄合意の効力を否定しうるものと考えるべきである。[7] 裁判例の中にも、たとえば旭川地裁平成8年2月9日決定(判時1610.106)は、仮差押申立事件ではあるが、「日本の裁判所に本案事件の裁判権が認められなくとも、仮差押目的物が日本に存在し、外国裁判所の本案判決により、将来これに対する執行がなされる可能性のある場合には、日本の裁判所に仮差押命令事件についての裁判権が認められると解するのが相当である」として、執行可能性を理由に管轄を認めている。
したがって、本件でも、その管轄合意を認めることで、実質的に権利救済の道が閉ざされることになり、日本の裁判管轄を否定することが裁判の拒否になるといえる場合には、その合意ははなはだしく不合理で公序法に違反すると評価できると考える。
(3) 上述のように本件では、Xの資産がA国になく、日本にしかない上に、日本とA国とに相互の保証がなく、A国判決を日本において執行することもできないと予想されている。したがってY1はA国管轄合意に従ってA国で提訴しても実効性がなく、実質的に権利救済の道が閉ざされているといえ、A国を専属的管轄と定める本件管轄合意条項は、一方当事者にとってはなはだしく不合理で公序法に違反すると評価しうるものと考える。そのように解しても、Xは日本法人であり、本社が東京にある以上、応訴に不都合はないといえるし、証拠の収集等の観点からも日本での訴訟を認めて問題はない。
また、将来的にXが、XのY1に対する損害賠償債権を自働債権とする相殺の抗弁を主張することも考えられなくはないが、本件A国合意条項が無効とされている以上、Xも日本でY1に対する損害賠償請求権を行使できると解されるから、上記相殺の抗弁も当然に認めうるものといえ、この点からもXの利益を害することはない。
したがって本件合意条項は公序に反し、無効と考える。よって東京地裁はY1の訴えについて管轄を認めてよいと考える。
4. 緊急管轄について
なお、仮にA国合意条項が有効とされたとしても、日本の緊急管轄が肯定される余地があるものと考える。すなわち、管轄が消極的に抵触し、一切の救済が拒絶されることは、国際的訴訟においても許されるべきではないから、そのような場合に仮に日本法上日本に管轄原因がなくても、日本に緊急措置的に管轄を認めるべき場合がある。これは、たとえいずれかの外国裁判所が自国の管轄を認めるとしても、その裁判所の下す判決が日本で承認されえないことが明らかに認められる場合にも、同様に認めることができると考える。
したがって、本件でもY1がA国で訴えを起こしても実効性を欠く以上、日本に緊急措管轄を認める余地があると考える。
第三 設問(3)
1. 本件Y2の本案前の抗弁は、契約書中に、東京を専属的合意管轄とする合意条項が存したところ、その効力は契約の当事者ではないY2には及ばず、当該条項によっては、日本の裁判所は本件Y2に対する訴えの裁判管轄を有しないとするものである。
したがって、ここでは当該合意管轄条項の主観的範囲が問題になっているものと考えられ、これをどの国の法で判断すべきかが問題になる。
2. 国際的管轄合意の抵触法的問題
(1) まず、管轄合意の効力をどの国の法にしたがって判断すべきか、説の対立がある。すなわち、この問題を手続法上の問題と解し、「手続きは法廷地法による」の原則により、もっぱら法廷地法である日本法にしたがって検討すべきであると考える法廷地法説と、手続問題として一律に法廷地法によるのではなく、当事者間の合意の問題とみて法の適用に関する通則法7条以下により定まる契約準拠法によって判断すべきであると考える契約準拠法説である。
(2) 判例は、前述のチサダネ号事件判決においては、明言こそしていないものの、管轄合意の効力を法廷地である日本の国際民訴法の問題と捉えているものと考えられる。他方、仲裁契約の効力についての判断ではあるが、リングリングサーカス事件(最判平9.9.4民集51.8.3657)において、判例は、「国際仲裁における仲裁契約の成立及び効力については、法例七条一項により、第一次的には当事者の意思に従ってその準拠法が定められるべきものと解するのが相当である」と判示しており、仲裁契約に基づく妨訴抗弁の有効性を契約準拠法により判断しているように考えられる。したがって、判例が上記各説のいずれの立場に立っているのか、必ずしもはっきりしていない。
しかしながら、リングリングサーカス事件においては、妨訴抗弁の主観的範囲が問題になっており、法廷地である我が国の訴訟法上、当該妨訴抗弁と仲裁契約はその効力範囲において表裏一体のものといえ、仲裁契約の効力が人的物的に及ぶ範囲において妨訴抗弁も認められることになるものと考えられる。そして、仲裁契約の効力を判断するためには、仲裁契約の準拠法によらなければならないから、結局、妨訴抗弁の範囲を決する上でも仲裁契約の準拠法に従って判断する必要があるものといえる。[8]
(3) これは仲裁契約に基づく妨訴抗弁についての判断であるが、本件のように管轄の合意の効力の及ぶ主観的範囲が問題になっている場合にも、同様に考えることができる。したがって、当事者間の管轄合意自体の成否やその範囲については、契約の準拠法によって判断することができるものと考える。
3. 本件の検討
本件では、Y2がXに対して送付した書簡により保証契約が成立したかが問題になっているから、当該保証契約の準拠法により、管轄合意の有効性を判断すべきであるようにも思われる。しかしながら、Y2がXに対して送付した書簡には、Y2がY1の債務を保証する旨が記載されている他、日付と署名がある程度のものであり、合意管轄条項がなく、また、Xは本件契約に存在する管轄合意条項により、日本に専属的管轄があると主張しているものと考えられる。それにもかかわらず、保証契約の準拠法により当該管轄合意の主観的範囲を判断することは困難であり、また適切ではないと考える。
本件では、上記の通り合意管轄条項が存在しているのは本件契約中であるから、本件契約の準拠法により、管轄合意の効力が保証人であるY2に及ぶか決する他ないものと考える。すなわち、本件契約には、その準拠法を日本法とする旨の条項があるから、法の適用に関する通則法7条により、日本法が準拠法とされるものと考えられる。
以 上
【注】
[1] 道垣内正人「新・裁判実務体系 第3巻国際民事訴訟法(財産法関係)」146頁
[2] 道垣内正人「新・裁判実務体系 第3巻国際民事訴訟法(財産法関係)」148頁
[3] 道垣内正人「国際私法判例百選[新法対応補正版]」193頁
[4]「注釈民事訴訟法(1)」123頁
[5] 渡辺惺之「国際私法判例百選[新法対応補正版」177頁
[6] 「注釈民事訴訟法(1)」114頁
[7] 「注釈民事訴訟法(1)」140頁
[8] 中野俊一郎「国際私法判例百選[新法対応補正版」209頁
【その他参考文献】
神前禎「新・裁判実務体系 第3巻国際民事訴訟法(財産法関係)」137頁以下
高桑昭 ジュリスト1135号294頁
道垣内正人「国際私法入門(第6版)」