WLS国際関係私法基礎

470801061

小島諒万

 

問題2

 

最高裁昭和561016日判決(民集56101224頁)の事案において、航空機事故で死亡した日本人が観光旅行のためにマレーシアを訪れていた者であったと仮定する。当該日本人の遺族による訴えが下記の規定を含む民事訴訟法が施行された後に日本の裁判所に提起された場合、国際裁判管轄の有無はどのように判断されるか。

 

1.はじめに

 

 本件は2で述べるように、日本人が外国の会社に対して外国で起きた事故について訴訟を提起しているものであり、国際的要素を伴う民事事件であって、日本の裁判所に国際裁判管轄があるか否かが問題となる。なお、国際的な航空運送に関する管轄の規定があるモントリオール条約(33条参照)は、国際航空運送についてのみ適用されるので(1条)、国内線で起きた事故である本件には適用できない。そこで、本問を検討するに当たり、まず、上記最高裁判例の事案を整理し、その判例の要旨及びその背景にある学説に簡単に触れたうえで、民事訴訟法及び民事保全法の一部を改正する法律案抜粋部分(以下、国際民訴法)との関係について述べる。次に、国際民訴法の3条の2から3条の4の適用を検討するとともに、その結果、日本の裁判所に国際裁判管轄権があるとされた場合、国際民訴法3条の9における「特別の事情」の有無を検討することとする。

 

2.事実の整理

 

 本件の事案は、日本人である訴外Aはマレーシアに本店を有する同国法人のY航空会社とマレーシア国内で締結した旅客運送契約に基づき、同社の国内線の航空機に乗客として搭乗していたが、同期が同国内で墜落したため死亡した。Aの妻及び子であるX3名は日本在住の日本人であるが、Yの契約上の債務不履行によりAが取得した約4000万円の損害賠償債権を相続したとして、名古屋地方裁判所にYにその支払を求めて訴求したものである。なお、Yは、本店はマレーシア国内にあったものの、訴外Bを代表者と定め日本に営業所を有している。

 以上が、判例の事案であって、本問ではこれにAは観光旅行のためにマレーシアを訪れていたものであるという事実が付加される。

 

3.最高裁判決の要旨及び背景の学説

 

 最高裁は上記のような事実のもと、国際裁判管轄を直接規定する法規がなく、また、よるべき条約も一般に承認された明確な国際法上の原則もまだ確立していないとした上で、「当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理に従って決定するのが相当であり、わが民訴法の国内の土地管轄に関する規定(略)の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは」国際裁判管轄を認めることが条理に適うと判示した。そして、Yが日本国内に営業所があることを理由に、日本の裁判所に国際裁判管轄を認めた(判例は明確に述べていないが、民訴法45項の普通裁判籍を認めたと考えられる)。

 

 この最高裁判例が下される以前、学説では国際裁判管轄について以下のように大きく二つの説が主張されていた[1]

・逆推知説:民訴法の土地管轄規定から逆に推知して、その裁判籍が日本にあれば原則として国際裁判管轄があるとする。

・管轄配分説:国際裁判管轄について法がないのであり、裁判の適正・公平・迅速という理念によって条理に従って決定すべきであるが、国際裁判管轄は、裁判権能の国際社会における場所的配分の問題であるとした上で、民訴法の土地管轄規定も裁判権能の国内における場所的配分に関するものであって基本部分は類推可能であるから、民訴法の土地管轄規定を参酌し、これに国際的配慮を加えて修正すべきとする。

 上記最高裁判例の判示は、前半の条理に関する抽象的な基準の部分は管轄配分説と同旨であり、後半の具体的な基準の部分が逆推知説の基準と等しいものになっている。このように、国際裁判管轄を直接規定する法がない状態で、いかに民訴法の管轄に関する規定を参酌するかが模索されていたと言える。

 

4.最高裁判決と国際民訴法との関係

 

 最高裁判所は上記規範述べる前提として、国際裁判管轄を直接規定する法規がないことを挙げている。ゆえに、日本の裁判所に管轄があるかを直接に規定する国際民訴法が施行されることを前提とすると、上記規範は及ばず、国際裁判管轄の有無に関しては専ら国際民訴法を適用して検討すればよいことになる。ゆえに、以下、国際民訴法の本件に関連すると思われる条文について検討を加え、日本の裁判所の国際裁判管轄の有無について判断する。ただ、国際民訴法の条文は後の判例の趣旨を参酌して構成されているものもあり、適宜判例を参考とする。

 

5.国際民訴法3条の23条の4の検討

 

(1)3条の2

 

 本件は、外国に本店がある会社Yを被告とするものであり、3条の23について検討する必要がある。同項は法人その他の社団又は財団に対する訴えについて、前段で「その主たる事務所又は営業所が日本国内にあるとき」日本の裁判所が管轄権を有するとしており、いる主たる営業所とは営利法人の場合には本店であるので、日本の裁判所には同項に基づいては国際裁判管轄がない。。ゆえに、Yは日本国内に営業所を有しているのであるから、この条文に照らせば日本の裁判所が管轄権を有すると解すことができる。

 なお、民訴法45項に関して、外国会社の営業所が日本にある場合にも、その営業所の業務に関する訴えについてのみ、日本の国際裁判管轄を認めようとする学説がある。しかし、国際民訴法の施行を前提とすると、外国会社の日本にある営業所の業務に関する訴えについては3条の34号に明文化されており、文理上3条の23項がその営業所の業務に関する訴えに限定しているとは解釈できない。ゆえに、3条の23項の解釈としてその営業所の業務に関する訴えに限定することなく管轄を認め、後述の3条の9の「特別の事情」の有無の判断により調節するべきであろう。

 

(2)3条の31

 

 本件においてXらはAが取得した契約の債務不履行に基づく損害賠償請求権を相続したとしてYに対しその履行を求めているのであり、3条の31号は契約上の債務の履行の請求を目的とする訴え又は契約上の債務の不履行による損害賠償の請求その他契約上の債務に関する請求を目的とする訴えについて定めているため検討する。 まず、AYとの間では旅客運送契約が締結されており、Yの負っていた債務はペナンからクアラルンプールへの運送(本来は往復の運送だが、クアラルンプールからペナンへの往路の運送については履行済み)である。この債務の不履行により受けた損害の賠償を求めるものであり、3条の31号における「当該債務の履行地」は日本国外であって、日本の裁判所に国際裁判管轄はないことになる。

 

(3)3条の33

 

 本件は、XらがAに対して金銭の支払いを求めるものであり、3条の33号にいう財産上の訴えに該当する。同項は、金銭の支払を請求する場合は差押えることができる被告の財産が日本国内にあるとき(但しその財産の価額が著しく低いときを除く)、日本の裁判所に国際裁判管轄を認めている。

この「価額が著しく低い」かどうかの判断は、その財産そのものの価値で判断するか、原告との請求との均衡で判断すべきかが解釈に委ねられている。文理上、そのものの価値で判断するとしたら目安となる金額を条文に記載すべきであり、また、被告の応訴の負担を考えれば、多額の請求なのにもかかわらず「著しくは価額が低くない」財産があるからといって日本に管轄を認めることは酷であることから、原告との請求との均衡で判断していくことになろう。

Yは日本に営業所を有しており、その営業所のための不動産を有していれば、ビジネス街である新橋の不動産であるのだから、原告請求額である4000万円と比して「著しく価額が低い」とは考えづらく、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるであろう。一方、営業所がテナントである場合(不動産を所有しているか否かは明らかでない)の賃借権や、そこにある事務用品が「価額が著しく低い」ときは、国際裁判管轄は認められないことになる。

 

(4)3条の35

 

 Yは日本において事業を継続して行うマレーシア連邦会社法に準拠され設立した会社であり、営業所に関して登記(会社法93312号)も備えていることから、会社法22項にいう外国会社に当たり、そのYに対する訴えは、当該訴えがその者の日本における業務に関するものであるときは日本の裁判所に国際裁判管轄がある(国際民訴法3条の35号)。しかし、本件で問題になっているのはマレーシア国内の航空運送契約であり、またマレーシア国内でその契約が締結されていることから、「日本における業務に関係する」訴えということはできず、本号によっては国際裁判管轄を認めることができない。

 

(5)3条の38

 

 本件の事故に関してXらは不法行為上の損害賠償請求をYに対して提起する余地がある。しかし、本件事実関係において、Xらは契約上の債務不履行に基づく損害賠償を求めており、国際裁判管轄の決定に関して、国際民訴法3条の38号を検討する必要はない。

 

(6)3条の4

 

 国際民訴法3条の41項は消費者契約に関する国際裁判管轄を定めている。Aは観光旅行にマレーシアを訪れていたものであり、Y(事業者)との関係ではAは消費者であり、消費者契約締結時におけるAの住所は日本であったと言える(訴え提起時にAは死亡しているので、その時点におけるAの住所はない)。しかし、本件ではAの相続人であるXらが訴訟を提起しており、同項にいう「消費者から事業者に対する訴え」といえるか検討する必要がある。

本条文は、事業者が資力等において消費者を上回る関係にあることが明白であることから、消費者の住所を基準に管轄を定めるものと解することができる。ゆえに、たまたま契約当事者たる消費者が死亡したからといって同項の適用がないとすることは事業者に予期せぬ利益を与えることになる。また、同項は消費者と事業者との間で締結された契約に関する訴えのみに限定しており、その契約に関する事情により消費者が死亡するという重大な結果を事業者は生じせしめている可能性があるのであるから、事業者は消費者の住所地における応訴の負担に耐えるべきである。

したがって、本件Xらからの訴えは、同項における「消費者から事業者に対する訴え」に該当するというべきであり、契約締結時のAの住所が日本であったことから、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められると解すべきである。

 

6.国際民訴法3条の9にいう「特別の事情」の有無

 

 以上のように、本件においては少なくとも国際民訴法3条の23条の4に基づき、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められると考えられる。しかし、同法3条の9は日本の裁判所が管轄を有することになる場合においても、特別の事情がある場合には、その訴えの全部又は一部を却下するものと定める。

 

 この条文は本件事案に対する最高裁判例に対する、管轄を広めすぎ国際的配慮に欠けるとの厳しい批判を受け、最判平成91111日(民集51104055頁)が民訴法の規定する裁判籍のいずれかが日本国内にあるときは原則として日本の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を日本の裁判権に服させるのが相当であるとしつつ、「我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである」としたことを受けるものであると考えられる。ゆえに、本条の適用の検討に当たっては、判例を考慮する必要があると言える。

 

 そこで、本件において「特別の事情」があるか否かを検討する。まず、当事者間の衡平について、本件事案の性質は個人が事業者に対して訴えを提起するものであり、その資力や情報収集能力には格差があると言える。また応訴によるYの負担に関して、Yは日本国内に営業所を有して事業活動を行っており、応訴による負担はさほど大きくないと考えられる。ゆえに、当事者間の衡平の観点からは、日本の裁判所に国際裁判管轄があることを否定すべき特別の事情はないと言える。

 

 次に適正かつ迅速な審理の実現が妨げられるか否かについて、本件事故はマレーシア国内で発生しており、事故原因に関する証拠はマレーシア国内に存在すると考えられる。台湾の国内線旅客機墜落事故をめぐる製造物責任訴訟である東京地判昭和61620日(判時119687頁)においては、事故原因に関する証拠が所在する台湾に対して証拠調べ嘱託ができないことを理由として、日本で裁判するべきでない特別の事情があるとされている。しかし、本件はYの主張によればハイジャック犯による機長の射殺が直接の事故原因であり、ハイジャック犯の搭乗を防がなかったことにYの過失を求めるのであれば、マレーシアにおける証拠調べは製造物責任訴訟に比べて複雑なものにはならないと考えられる。さらに、もしYが自らの契約上の義務違反を認め、訴訟の争点がAの逸失利益算定等に移るのであれば、その証拠は日本国内にあり、日本で裁判をすることにより適正かつ迅速な審理の実現が妨げられることにはならないと考えられる。ゆえに、本件において、国際民訴法3条の9における「特別の事情」はないと考えるべきである。

 

7.結論

 

従って、以上のように判断した結果、本件において日本の裁判所に訴訟が提起された場合には、国際裁判管轄を有すると考えるべきである。

 

以上



[1] 松岡博『国際関係私法入門』256頁(有斐閣、2版、2009