国際民事訴訟法
47090176 橋本小智
【問題1】
(1)丙国判決が民事訴訟法118条1号の要件を満たすか
1.間接管轄の判断について
民事訴訟法(以下、「民訴法」とする)118条1号における「法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること」とは、我が国の国際民事訴訟法の原則から見て、当該外国裁判所の属する国がその事件につき国際裁判管轄を有すると積極的に認められる[1]、つまり間接管轄が認められることをいう。
この間接管轄については、日本で裁判を行うか否かの判断である直接管轄の範囲より緩やかに認めてもよいとの見解もある。
しかし直接管轄の基準は条理をそのまま反映するように定められており、広く管轄を認めていることから、それを超えて間接管轄を肯定することは妥当ではなく、両者は同一に解するべきである[2]。
2.管轄合意の有効性について
本問において、B社は「丙国の首都を管轄する地方裁判所の管轄に服する」との管轄合意条項に基づいて、丙国の裁判所に債務不存在確認訴訟を提起していることから、まずこのような管轄合意の有効性が問題となる。
民事訴訟法において、法定の管轄は専属管轄を除けば当事者の公平と便宜を考慮して定められていることから、当事者が合意に基づき法定の管轄と異なる管轄を設定することが認められる(民訴法11条)。このような合意管轄を認める趣旨は、国際裁判管轄にも認められることから、国際裁判管轄における管轄合意も有効である。
3.管轄合意に関する準拠法
国際裁判管轄合意の準拠法については、当事者間の合意の問題として契約の準拠法と同様に考える立場と、裁判管轄という手続事項に関わる問題として法廷地法によるべきとの立場がある。
国際裁判管轄合意が裁判で問題となる局面には、当該合意に基づき合意された裁判所において訴訟提起がなされる場合と、合意に反し他の裁判所において訴訟提起がなされる場合など様々な状況が考えられる。当事者自治を認める立場は、このような場合にどの国であれできる限り同じ準拠法により判断されるべきであると考えるのに対し、法廷地法説は、いずれの場合も法廷地国が各法廷地法により判断すべきと考える[3]。
確かに、当事者の予測可能性や各国での判断の統一という観点からは当事者の合意の問題とすべきようにも思われる。しかし、当事者自治の問題としたところで必ずしも判断の統一が図られるとは限らず、また管轄合意は裁判管轄の基礎となる極めて訴訟的な問題であることから、法廷地法を準拠法とすべきである。
そして間接管轄は我が国の民事訴訟法の原則から見て、当該外国裁判所に管轄が存在するか否かの判断であり、その判断は直接管轄と同じ基準で行う以上、管轄合意の有効性の判断の準拠法は法廷地である日本法によるべきである。[リングリング・サーカス最高裁判決を管轄合意に当てはめると、当事者による準拠法指定を認め、それがない場合には合意により指定した法廷地法によるとの考え方もあり得るように思われます。]
4.合意管轄の有効性
まず本件裁判管轄合意が専属的管轄合意か付加的管轄合意かが問題となる。専属的管轄合意であれば、合意された裁判所以外の裁判所の管轄を排除するものであり、付加的管轄合意であれば本来の管轄に加え新たに訴え提起できる裁判所を定めるものである。本問において、「この契約をめぐる一切の紛争は…管轄に服する」という文言の趣旨に鑑みると、これは付加的管轄合意ではなく専属的管轄合意と考えられる。
ではこのような専属的管轄合意は有効か。
ある訴訟事件についてのわが国の裁判権を排除し、特定の外国の裁判所だけを第一審の管轄裁判所と指定する旨の国際的専属的裁判管轄の合意は、@当該事件が我が国の裁判権に専属的に服するものではなく、A指定された外国の裁判所が、その外国法上、当該事件につき管轄権を有する限り、原則として有効である。
本問において、Aの請求は契約責任および不法行為責任であり、日本の裁判権に専属的に服するものではない(@)。また、Aの要件は専属的裁判管轄合意により指定された外国の裁判所が、当該事件について管轄を有せず、当該事件を受理しない場合、当事者はいずれの裁判所においても裁判を受ける機会を喪失することになり、その訴権を侵害する可能性があることから必要とされるものであるが、本問では丙国で裁判が行われており、当事者がどの地においても訴訟提起できないという事態はないことからAの要件も満たす。
もっとも、上記@Aの要件を満たす場合であったとしても、当該合意がはなはだしく不合理で公序に反するような特段の事情がある場合には、このような合意の有効性は否定される。
本問において、Bは事業者であるのに対し、Aは消費者であり、本件契約はBの約款により締結された消費者契約であると考えられる。このような契約において交渉力の強い事業者が、一方的に有利な管轄合意をなすような場合には、その合意は「はなはだしく不合理で公序に反するような特段の事情」があると考えられる。そして本件契約の管轄合意条項は「丙国の首都を管轄する地方裁判所」を管轄裁判所とするものであるが、これはB社のある丙国を管轄とするものであり、他国の消費者であるAが丙国で訴訟提起するのは著しく困難を伴うことに鑑みるとBに一方的に有利なものといえる。したがって、このような専属的管轄合意条項は「はなはだしく不合理で公序に反するような特段の事情」があると認められ、その有効性は認められない。
5.丙国に国際裁判管轄が認められるか
管轄合意の有効性が認められない以上、国際裁判管轄の一般的規律により丙国に間接管轄が存在するかの判断がなされるべきであり、ここでの基準は先に述べた通り直接管轄と同じ基準による。どのような場合に判決国が国際裁判管轄を有するかについては、これを直接規定した法令がなく、依るべき条約や明確な国際法上の原則も確立されていないことから、当事者の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理に従って決定すべきである。具体的には、基本的に我が国の民訴法の定める土地管轄規定に準拠しつつ、個々の事案における具体的事情に即し、当該外国判決を我が国が承認するのが適当か否かという観点から判断するべきである。
本問において、被告であるAの住所地は日本であることから、丙国に普通裁判籍は認められない。
また特別裁判籍については、契約に基づく義務履行地管轄と不法行為地管轄が考えられる。契約の義務は甲国でのホテル予約およびバス予約であり、その履行地は甲国と考えられることから、義務履行地管轄は認められない。不法行為地は不法行為地と結果発生地のどちらもここに含まれるとされるところ[4]、Bの不法行為をCの閉鎖を知らせなかった不作為行為と考える場合には、丙国は不法行為地となり、特別裁判籍が認められる。
しかし、先にも述べたとおりAは消費者であるのに対してBは事業者であり、両者には経済的にも訴訟戦略等の点でも大きな力の差があることが明らかである。また本件不法行為はBが契約上あるいは契約に基づき信義則上負う義務に違反したことにより発生したものであり、消費者契約に密接に関連するものであることから、AとBの訴訟における格差を考慮すべきである。このように考えると、BがAに対して債務不存在確認請求訴訟を丙国で提起した場合において、丙国に管轄を認めることは、一個人であり不法行為の被害者であるAに丙国での応訴を余儀なくするものであり、当事者の公平、裁判の適正・迅速という理念に反する特段の事情があると認められる。
したがって、丙国に間接管轄は認められない。
(2)Bが申し立てた仲裁判断の承認について
1.ニューヨーク条約の適用について
日本はニューヨーク条約の締約国であるが、相互主義の留保(条約1条3項)をしていることから、同条約上の承認義務を負うのは、他の締約国内でなされた仲裁判断に限られる。
本問において、仲裁は丙国で行われているところ、丙国はニューヨーク条約の締約国ではないことから、本問にニューヨーク条約は適用されない。
2.仲裁法45条について
もっとも仲裁法45条は、仲裁地が日本国内か国外かを問わず、仲裁判断の承認拒絶要件を定めており、外国仲裁判断はこの承認拒絶事由がない限り確定判決と同一の効力を持つものとして承認される。そこで、仲裁法45条の承認拒絶事由があるか否かが問題となる。
3.仲裁合意の有効性について
(a) 仲裁法附則3条には消費者と事業者との間に成立した仲裁合意に関する特例が定められており、この適用があれば仲裁合意の有効性に影響を与える可能性がある。そして仲裁合意が効力を有しない場合には、承認拒絶事由に該当する(仲裁法45条2項2号)ことから、仲裁合意の有効性を検討する。
(b) 仲裁合意の有効性は仲裁合意の準拠法により判断されるところ、仲裁法45条2項2号は、当事者による準拠法の指定がある場合にはその法により、当該指定がない場合には仲裁地法によるという段階的連結を規定されている。
本件において、仲裁合意の準拠法の定めがないことから、仲裁地である丙国法が仲裁準拠法となる。
(c) しかし仲裁契約も契約であることから、原則として法適用通則法の法律行為に関する規定が適用される結果、消費者と事業者との間で締結される契約の成立及び効力について消費者の常居所地法以外の法が準拠法となる場合であっても、消費者がその常居所地法中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思表示をしたときは、当該強行法規が累積的に適用されると解すべきである(通則法11条)。
そして仲裁法附則3条は消費者と事業者との間でなされた仲裁合意を適用範囲とし、事業者が当該仲裁合意に基づく仲裁手続きの申立人となった場合において、消費者が口頭審理の期日に出頭しないときは、消費者が当該仲裁合意を解除したものとみなすことを規定している(附則3条7項)。これは、契約において弱者である消費者保護のため、本来任意になされる仲裁合意の有効性について制限を加えた強行規定であると考えられる。
(d) 本問において、Bは事業者でありAは消費者であることから、通則法11条が適用され、Aが強行法規である仲裁法附則3条7項適用の意思表示をすれば、本件契約は解除したものとみなされる。この場合、「仲裁合意が、…当事者の行為能力の制限以外の事由により、その効力を有しない」場合にあたることから、承認拒絶事由に該当する。
したがって、Aが仲裁法附則3条7項適用の意思表示をした場合には、仲裁判断は承認されないが、その他の承認拒絶事由はないことからそれ以外の場合には承認されると考えられる。
[上記(c)・(d)の説明に代えて、附則3条は手続法的な強行法規であり、45条2項2号の適用上、当然適用されるため、本件における仲裁合意は解除したものと扱うほかない、との説明もあり得るように思われます。]
(3)AのB社に対する損害賠償請求の国際裁判管轄について
1.本問において、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるか。
国際裁判管轄に関する国際慣習法については、その生成はないと一般に言われる。そこで、国際裁判管轄を直接に規定する条約があればその条約によるが、そのような条約がない場合には国際裁判管轄を直接規定する法規はないとされ、条理によりその範囲は決定される。
この点について、判例は@当事者の公平、裁判の適正・迅速により条理に従って決定するのが相当であり、A民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが日本国内にあるときは、原則として国際裁判管轄を肯定するのが上記の条理に適うと考えられるが、BたとえAにより管轄が認められる場合であっても、具体的事案において我が国の国際裁判管轄を肯定することが当事者の公平、裁判の適正・迅速という理念に反する「特段の事情」がある場合には例外的に管轄が否定されるとする[5]。
2.本問において、AのBに対する請求は契約の債務不履行に基づく損害賠償請求と不法行為に基づく損害賠償請求であるが、このような事項について国際裁判管轄を規定する条約はないと考えられることから、条理により判断される。
3.まず民事訴訟法の裁判籍の有無が問題となるところ、Bの住所地は丙国であり主たる事務所もB国にあると考えられることから、日本にBの営業所がない限り、普通裁判籍(民訴法4条)は認められない。
特別裁判籍については、契約の義務履行地管轄と不法行為地管轄が考えられることから、以下順に検討する。
(i) 義務履行地管轄について、ここでの「義務」とはいかなるものか。第一に、債務不履行による損害賠償事件において、契約上の本来の義務が転化した損害賠償義務にも義務履行地管轄の資格があるかが問題となるが、@当事者の予測可能性が本来の義務にしか及ばないこと、A損害賠償義務の履行地が債権者の住所地となり被告住所地原則の趣旨が没却される可能性があることから、損賠償義務の履行地はここでの「義務」に含まないと考えるべきである[6]。
第二に、双務契約のように複数の義務が発生する場合にどの義務を基準とすべきかという問題がある。この点に関して、同一の契約を巡る紛争を義務ごとに分断することとなる危険の回避などを理由に、当該契約を特徴付ける義務を基準とする見解もある。しかし「契約を特徴付ける義務」が何かは不明確であり、訴えでその履行が問われている義務を基準とすべきである。
本問において検討するに、本件契約は(i)甲国でのホテルCの予約、(ii)甲国を出発して乙国の観光地を巡って甲国に戻るD社による観光バス・ツアーの予約、という二つの契約の手配を内容とするものであり、問題となっている債務不履行は(i)に関するものであることから、ホテルCの予約がここでの義務となる。
次に、義務履行地の「履行地」をどのように決定するかが問題となる。この点について、法廷地国際私法により選択されるはずの準拠法が定める履行地と考える立場もあるが、当事者の予見可能性を損なうことから妥当ではない。そこで、履行地は契約上特定されている場合や、契約の内容上一義的に定まる場合などに限定すべきである。
本問において、義務内容は甲国でのホテルCの予約の仲介であり、Aの代理としてBがとホテルCと契約を仲介締結するというものである。したがって、義務履行地は契約を締結すると考えられる甲国であると考えられる。したがって、債務不履行については、我が国に国際裁判管轄は認められない。
(ii) また不法行為に関する訴えについては、不法行為があった地に管轄が認められる(民訴法5条9号)。ここでの「不法行為地」には@加害行為地とA結果発生地の双方が含まれるとされるが、結果発生地に入院費・通院費の支払や死亡した被害者の利益の喪失といった経済的損害の発生地を含めると、被害者の住所・本店の所在地国の管轄を認めるのと同じことになってしまうことから、物理的な損害の発生地に限るべきである。
もっとも、不法行為地管轄を用いるためには、訴えが「不法行為に関すること」が必要であるが、この「不法行為」の存否の判断は実体判断と重複することになる。そうすると、手続法上の管轄原因を基礎づける事実の証明が、実体法上の請求原因を基礎づける事実の証明を先取りするという本末転倒の自体が生じることから、前者についてどのような証明があれば管轄を認めてよいかが問題となる。
一応の証拠調べに基づく一定程度以上の確かさを持って証明されればよいという一応の証明説が多数説であり、このように解する下級審裁判例があった。しかし最高裁判所は、「原則として、被告が我が国においてした行為により原告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足りる」という客観的事実証明説を採用した[7]。これは、「この事実関係が存在するなら、通常、被告を本案につき応訴させることに合理的な理由があり、国際社会における裁判機能の分配の観点からみても、我が国の裁判権の行使を正当とするに十分な法的関連があるということができる」ためである。一応の証明説は、「一応」がどの程度であるか不明確であるのに対し、客観的事実証明説は証明の程度が明確であることから、客観的事実証明説が妥当と考える。
本問において、BはホテルCの予約を手配したことから3カ月前にCが閉鎖したことを知っていたはずであり、Aに知らせることができたにもかかわらず、知らせなかったという不作為により、Aの法益に強盗の被害という損害を生じさせている。
したがって、不法行為があったという客観的事実関係の証明はあると考えられる。
しかし@原因事実発生地はBの不作為の不法行為があった丙国と考えられ、A結果発生地はAが強盗にあった甲国である。
したがって、日本に不法行為管轄は認められない。
以上より、民事訴訟法の特別裁判籍も認められないことから、日本に国際裁判管轄は認められない。
(4)D社に対する損害賠償請求の国際裁判管轄について
1.AのDに対する請求について
D社に対する損害賠償請求についても、条約により国際裁判管轄が定められている事項ではないことから、条理により国際裁判管轄が判断される。
まず民事訴訟法上の裁判籍が存在するかが問題となるところ、D社は甲国の会社であることから、日本に営業所がない限り、普通裁判籍は認められない。
次に特別裁判籍について、AはDと観光バスツアーの契約を締結しており、D社の観光バスで乙国を旅行中、崖からバスが転落する事故に遭っていることから、契約の債務不履行に基づく損害賠償請求と不法行為に基づく損害賠償請求の請求権競合となると考えられる。
財産上の訴えについては、義務履行地管轄が適用される(民訴法5条1項)ところ、契約義務の内容はDがバスにAを乗せて甲国を出発し、乙国の観光地を巡って甲国に戻るという内容であり、義務の履行地は甲国及び乙国である。
したがって、日本に義務履行地管轄は認められない。
次に不法行為地管轄についてであるが、加害行為地はバスの運転手が急死し、崖からバスが転落するという事故の起こった乙国である。結果発生地は、Aが乙国で大けがを負っていることから乙国となる。なお、Aは極めて困難な手術を要するため、事故から2日後に両親の手配した特別機により乙国から日本に帰国し、その手術を受けている。
しかしあくまでもここでの損害は経済的損害にすぎず、不法行為地管轄を認める管轄原因とはならない。
したがって、AのD社に対する訴訟の国際裁判管轄は認められない。
2.Aの両親のDに対する請求について
Aの両親は、Aが事故で極めて困難な手術を要する怪我を負ったことから、特別機を手配した。このような損害も、不法行為の「結果」といえるかが問題となりうるが、これは経済的損害に過ぎないことから、不法行為地管轄は認められない。
また、精神的損害の発生を理由として日本に結果発生地としての不法行為地管轄が認められるとも考えられるが、Aの事故による二次的損害と考えられることから、認められない。
したがって、Aの両親がD社に損害賠償請求をする場合であっても、国際裁判管轄は認められない。
[1]最判平成10年4月28日民集52巻3号353頁。
[2]澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門』(有斐閣、2007)291頁。
[3]渡辺惺之・ジュリスト国際私法判例百選[87]、なお最判昭50.11.28民集29・10・1554も法廷地法説を前提としていると考えられる。
[4]澤木・道垣内、前掲注(2)283頁。
[5]最判昭和56年10月 16民集 35巻7号1224頁(マレーシア航空事件)、最判平成9年11月11日民集51巻10号4055頁(ファミリー事件)。
[6]松岡博編『国際関係私法入門』(有斐閣、2009)264頁。
[7]最判平成13年6月8日民集55巻4号727頁(ウルトラマン事件)。