国際民事訴訟法
47080180得能 智高
問題2
結論
(1)本行為は商活動に当たる以上、裁判権は免除されないのでYの主張は失当との判断をすべきである。
(2)本行為は商活動である以上、憲法違反事由があっても裁判権は免除されず、Yの主張は失当との判断をすることになる。
(1)
・・・
イ.裁判権免除の基準
(ア)Yは主権免除を主張しているが、主権免除の基準は「外国などに対する我が国の民事裁判権に関する法律」(以下主権免除法)に定められており、同法8条によれば、商業的取引において裁判権免除は認められない。これは、「対等なる者は対等なるものに対して支配権をもたない」という原理に忠実に考え、国家のあらゆる活動について裁判権からの免除を与えるという絶対的免除主にたいして、国家・政府の機能が多様になり、国家自身が私人と同様に商活動や、貿易に従事したりするようになっている現代社会においては、行為は民事的行為であっても主体が国家であることのみを理由に裁判権免除を認めるというのは、もはや形式的に過ぎるとして、国家の商業的活動から生じる訴訟などについては免除しないという制限免除主義[1]をとったものである。この点に関して、立法以前からも最高裁も絶対免除主義[2]から制限的免除主義[3]を採用するに至っていた[4]。
(イ)では、何をもって主権免除法8条にいう商業的取引ととらえるべきか。
問題となる行為の動機・目的を基準とする考え方と国家の行為の性質に着目する考え方とがありうる。前者の場合、行為の動機・目的が国家目的と直接関連するときには、主権的行為として免除を認めるという国家からの視点をもとにした見解であり、後者は本来国家にしかできないものであれば、主権的行為として裁判権免除を認めるが、私人でもなしうる行為であれば認めない見解である[5]。
最高裁平成18年7月21日判例は「被上告人のこれらの行為は,その性質上,私人でも行うことが可能な商業取引であるから」との文言を用いて、裁判権を免除している。したがって判例は、行為性質説をとっているといえる。
確かに行為目的説の欠点としては、国家である以上何かしらの国家的目的を含んでいるので、厳格に解すると結論としては絶対的制限説と同様の結果になるか[6]、あるいはゆるく解するとその認定に関して恣意的な認定が行われてしまう危険性がある[7]。したがって原則としては行為の性質に着目した判断が妥当である。しかし、最判平成18年判例も「我が国による民事裁判権の行使が当該外国国家の主権を侵害するおそれがあるなど特段の事情がない限り」として、例外を認めている。
また、日本は2007年には、「国及びその財産の裁判権からの免除に関する国際連合条約」に署名しており、この条約はいまだ批准数が足りないため発効していないが、この条約を参考にすると、その1条において、「If a State engages in a commercial transaction with a
foreign natural or juridical person and, by virtue of the applicable rules of
private international law, differences relating to the commercial transaction
fall within the jurisdiction of a court of another State, the State cannot
invoke immunity from that jurisdiction in a proceeding arising out of that
commercial transaction.」としており、行使性質説を基準にしているように考えられる。
ただし、2条では、「 Paragraph 1 does
not apply: (a) in the case of a commercial transaction between States;
or (b) if the parties to the commercial transaction have expressly
agreed otherwise」として、当事者の意思についても加味し、具体的事情に基づく対応をしている[8]。主権免除法8条2項に相当するものであり、これからは国家による行為が商業的性格を有しているか否かの境界線が曖昧になっていくことが予想される現代社会において、当事者の意思を反映させることで、そのような国家が関与する取引を阻害しないために必要でとして、行為性質説を修正している。
(ウ)一方で、行為性質説についても、実際国家のみが行える行為であるか否か区別は曖昧であるとの難点がある。
これらの行為の区別としてそもそも、主権免除をうけるべき行為のメニューを作るとの試みが行われてきたが[9]、必ず曖昧な分野が残されるため、一律のルール作りが考えられてきた。そしてこの場合には、私人には行えない行為か否かの判断基準として行為の性質、すなわち行為の本質(the basic exchange[10])がだれでも行えることを前提にしているものかという点にのみに着目するのでなはなく、行為主体(actor)に着目するということが提唱された[11]。
またそれでも、やはり完全な分類分けは不可能であるとし、そもそも主権免除に例外がある根拠は、主権免除の放棄にあると考え、@当該国家が主権免除の放棄について予見できたか、A国家の「通常の業務」とかけ離れているか、B取引に臨む態度が私人と同視できるものか、という3つの基準を掲げる考え方もある[12]。この考え方をとろうともやはり、完全な分類分けは不可能なグレーゾーンが生まれるのは防げないのであり、主権免除法8条2項の中で考慮することは必要ではあるが、基準とはならないと考える。
しかし、以上のような点を考慮しつつ、行為の性質を判断することは有益だと思われる。
ウ.あてはめ
以上のような基準から、本件について判断すると、Yの航空機の購入行為そのものは本来国家にしかできないものとはいえないが、沿岸警備及び海難救助のための航空機を購入しているので、その行為は一般人が行うことは想定されていないとも思える。よって商業的行為ではないとも考えられる。
しかし、一方で特殊な航空機の売買であるとはいえ、あくまで「行為の本質」は売買であり、航空機の購入そのものは私人にも行いうることである。また契約の内容としても引渡場所及び支払い場所はXの本社である名古屋とされている。国家が公的な性格をそのまま携えて取引に臨むのであれば、料金を上乗せしてでも通常X社の方に物を持参することが想定される。また、支払いに関しても、銀行等を通じて行うのであってこれも名古屋とされている点なども考えると、本件においてYは私人と同様の態度で取引に臨んでいるといえる。
以上をみると、本件行為は商業的行為といえる。そして、XとYは裁判権免除に関して、明示にも何らの合意をも交わしていないのであり、Yは航空機の目的について特にXに表明しているわけでもないので黙示の合意も交わしていないと考えられ、主権免除法8条2項2号の「別段の合意」があった場合に当たらず裁判権は免除されない。
(2)
ア.
(ア)上記でみたように、国家による行為が国家によってしか行われない行為であるか、を基準に主権免除法8条2項の該当性をかんがえる。
国内法上はYの行為は性質として商業的行為であるから、主権免除法8条2項にあたり、Yは主権免除を受けることはできない。しかし、Yには、憲法上国家が外国裁判所で被告として本案を争ってはいけないと憲法上定められていることから、国際上、日本に裁判権を認められないとも考えられる。
しかし、そうすると、Yは債務不履行に陥っているとXは主張しているのであるから、この結果は不当であるということにもなる。どのように考えるべきか。
(イ)憲法違反についてどう考えるかであるが、そもそもこのような抗弁は成り立たない。以下説明する。
まず、Y国は被告となるべき義務が国際法上もある国際法上、裁判権免除を享受することはできない。なぜなら、国際法上、商業的行為かの判断に関する行為性質説の考え方は国際法上慣習化しているからであるおり、したがってY国は国際法上も、被告となるべき義務を負っている[13]。前掲国連条約においても認められているところから推認できることであり、前掲最判平成18年7月21日判例もこのような行為性質説が国際法上慣習化しているとの理解を前提としていると考えられる。
次に、義務を前提に、Y国が自国の憲法上外国裁判所において被告となることが許されていないとの抗弁が有効かについて考える。
条約法に関するウィーン条約(以下条約法条約)27条には、条約の不履行を、国内法を援用して正当化することはできないとしている。したがってY国が条約法条約に加盟している場合には、この規定により、抗弁は失当となる。
一方、条約法条約にY国が加盟していない場合であっても、条約法条約の規定によっては国際慣習法となっているものもあり、本法27条もこのような国際慣習法上の規定に当たると考えられる[14]。
そうすると、Y国は国内規定を理由に、裁判権に服さないことを主張できない。
また、この結論は妥当である。そもそも憲法違反であることさえ主張できれば主権免除を受けられるとすると、取引の相手方にとって不公平であり、また国際取引の信頼性を害する。したがって無条件で主権免除を受けられるとは考えられないからである。
・・・
[1] 澤木敬カ・道垣内正人・国際私法入門(第6版)279頁(有斐閣、2010)
[2] 大審院昭和3年12月28日決定民集7巻1128頁
[3] 最判平成18年7月21日裁時1416号8頁
[4] 前掲(1) 280頁
[5] 本間靖規ほか・国際民事手続法20頁(有斐閣、2008)
[6] 道垣内「判批」リマークス2008年上149頁
[7] 本間・前掲(5) 280頁
[8] United Nations Convention on Jurisdictional Immunities of States and Their property (http://untreaty.un.org/ilc/texts/instruments/english/conventions/4_1_2004.pdf, 2011年7月18日最終閲覧)
[9] Fox, Hazel 『The Law of State Immunity 』273頁(Oxford University Press, 2002)
[10] Fox 前掲・(注30)282頁
[11] Fox 前掲・(注30)282頁
[12] Fox 前掲・(注30)276頁
[13] 小寺彰ほか『講義国際公法(第1版)』80頁(有斐閣,2004)
[14] 小寺・前掲(注13)81頁