国際私法T
47112070 近藤 克樹
設問1
1 認知請求の準拠法は、法の適用に関する通則法(以下、通則法という。)29条2項によって定まる。
通則法29条2項によると、認知の準拠法は、@子の出生時の認知者の本国法(通則法29条1項)、A認知時の認知者の本国法またはB子の本国法(同条2項)のいずれかである。認知当時に認知者がすでに死亡している場合、死亡時の本国法が認知当時の認知者の本国法(通則法29条2項)とみなされる(同条3項後段)。@ないしBは選択的連結である[1]。
本件では、乙国人であるCが、甲国人である父Aの認知を請求しており、Aはすでに死亡している。よって、準拠法は、@子の出生当時(通則法29条1項)の、もしくはAAの死亡時(同条2項3項)の本国法である甲国法、または、BCの認知当時の本国法(同条2項)である乙国法であり、どちらかの法によって認知が成立すれば足りる。
2 乙国法には、死後認知制度がない。乙国法が死後認知制度を設けていないことは、手続問題ではなく、実体法上の問題(認知者の死亡と同時に子の認知請求権が消滅する)として捉えるべきである[2]。よって、乙国法によってはCの認知請求は認められない。
3 甲国法によれば、Cの認知請求は認められるだろうか。甲国法では、(甲国の)司法長官を被告とするものと定められているため、問題となる。
被告を誰にするかは、手続問題と考える[3]。手続は法廷地法による。なぜなら、手続問題は本質的には公法上の問題であり、法廷地の主権行使のあり方を外国法に準拠して決すべきとするのは、不合理だからである[4]。実体問題とする考え方もある[5]が、そのような解釈は強制認知訴訟の裁判の構成を認知準拠法によって決めようとするものといえ、妥当でない。日本で訴訟を行うのに甲国の司法長官に訴状を送り、日本の裁判所が判決を(司法長官も名宛人として)下すのは、不自然であろう。なお、法律行為の方式(通則法34条)と解することは、被告を選択して訴訟を提起することを法律行為とはいえないため、妥当でない。
よって、本件では、法廷地法である日本法(民法787条、人事訴訟法42条1項)によって被告を決めるべきであり、検察官が被告となる。Cの提訴は適法である。
4 なお、出訴期間は、(死後認知制度の有無や消滅時効と同様に)認知の準拠法に送致される[6]。甲国法の出訴期間は日本法(民法787条但書、3年)と比べ著しく短いが、公序は、準拠法の内容の異常性自体ではなく適用の結果の妥当性(異常性)を考える[7]ので、出訴期間内に提訴されている本件では、通則法42条の適用を考える必要はない。
5 本件は、Aの本国法である甲国法による場合であるので、通則法29条2項後段が適用され、「認知の当時における子の本国法によればその子又は第三者の承諾又は同意があることが認知の要件であるときは、その要件をもそなえなければならない」(同条1項後段の準用、セーフガード条項)。本件では、たとえば、Aの養子であるDの同意・承諾を得なくてはならないとか、Cの母であるBの同意・承諾を得なくてはならないという規定が、Cの本国法である乙国法にある可能性も考えられ、その場合、通則法29条2項によりその同意・承諾を得ることが必要か問題となる。
しかし、セーフガード条項は、子の保護を図ることを目的とする。その適用対象も、子の保護を図ろうとする規定に限るべきである[8]。よって、子Cが自ら認知を求める本件のような場面では、セーフガード条項が適用されることはないと考える。
6 以上より、Cの認知請求の訴えは、適法であり、甲国法に則って認容される。
設問2
養子縁組の準拠法は、通則法31条によって定まる。
甲国人であるAを養親とする縁組の成立は、甲国法による。甲国法が準拠法となるということは、甲国法が、甲国において現実に適用されているとおりに適用されるということである[9]。甲国法上の判例法理では、同姓婚に代わるものとしてする目的を有する縁組は無効とされており(成立阻害要件)、これは縁組成立に関する実体法といえる。よって、当該判例法理も通則法31条の送致範囲に含まれる。
以上より、日本の裁判所は、甲国法に則り、AとDとの間の養子縁組を無効と判断すべきである。
なお、上記のような性的目的は、甲国法では、公序良俗に反するものとされているが、通則法42条とはどのような関係にあるのだろうか。
まず、上記の甲国法上の判例法理は、甲国(法)の公序を守ろうとするものである。甲国法では、上記のような性的目的をもつ養子縁組の成立を認めることは、甲国法の法秩序を反し許されないと解釈されていることになる。
それに対し、通則法42条は、日本の公序を守ることを目的とする。通則法42条が発動するのは、法適用の結果が日本の法秩序に反する場合である。本件に即して言えば、AD間の養子縁組を無効とすることが日本の法秩序に反するかどうかが検討される。日本法は、家の存続のための養子縁組等、縁組の成立を広く認める傾向にあるが、便宜的手段として縁組が利用される場合には、縁組意思(不文の成立要件)を欠き縁組は無効となる[10]。日本法が適用された場合に、同性婚に代わるものとしてする縁組が無効となるか有効となるかは一概に判断できないが、少なくとも、無効としても日本の公序には反しない。よって、本件の縁組に対する甲国法の適用が、通則法42条によって排除されることはない。
設問3
公序則(通則法42条)は、外国法を準拠法として適用した結果が、日本の社会・法秩序に反して看過しがたい事態となる場合に、外国法の適用自体を排除する制度である[11]。最密接関係地法を適用するという国際私法の理念を没却しないよう、公序則の発動には慎重にならなければならない[12]。そこで、適用される場面は、民法90条のような実質法上の公序良俗規定よりも限定されると解すべきであろう。
すなわち、単なる実質法上の強行法規違反は、当然に通則法42条の公序に反することにはならない[13]。また、実質法上の強行法規違反にもあたらない事態、すなわち内国法(実質法)で許容されている法律関係を、国際私法上の公序違反とすることは背理だと考える[14]。
日本法では、相続分を遺言によって指定することができる(民法902条)。相続分の指定が著しく不公平の場合は、各相続人は遺留分を害する範囲でのみ、その指定の効力を否定できると解されている(民法902条1項但書、1031条)[15]。よって、日本法の法定相続分は任意規定であり、強行法規である遺留分を侵害しない限り、異なる相続分の指定も許容されている。本件では、甲国法によっても、Cは3分の2
、Dは3分の1を相続できるので、CもDも日本法での遺留分を害されていない(Cの遺留分は6分の1、Dの遺留分は3分の1)。つまり、甲国法の適用結果は、日本民法の強行法規違反にあたらない。
よって、甲国法を適用しても日本民法で許容されている結果にしかならず、国際私法上の公序則が発動する余地はない。以上より、甲国法の適用は排除されず、Cの相続分は3分の2、Dの相続分は3分の1となる。
設問4
1 Dは、遺産分割前に不動産の相続持分を第三者Eに譲渡した。この譲渡の有効性の判断をいずれの法によってなすべきかが問題となる。
遺産分割前の相続持分譲渡の禁止は、相続の手続に関する規定である。遺産分割中に、相続財産が自由に譲渡されてしまっては、遺産分割手続が円滑に進まなくおそれがある。譲渡が制限されるのは、そのような考慮による。よって、譲渡の有効性を、相続問題と性質決定することが候補の1つとして挙げられる。
一方で、不動産の持分の譲渡は、当該不動産についての物権変動である。とくに、第三者への譲渡は、相続人間での遺産の分割を中心とする相続問題とは異なり、取引の安全の要請が強くかかる問題であるといえる。よって、譲渡の有効性は物権問題であると性質決定することが、候補のもう1つとなる。
2 持分譲渡の有効性はどちらの単位法律関係によって判断すべきか。
相続という単位法律関係は、死亡を契機とする被相続人から相続人への権利義務の承継のみを規律するべきである。承継の仕方や分割の手続は、相続の準拠法へ送致されるべきであるから、遺産分割前の譲渡禁止の規定の有無は、相続の準拠法によって決まる。しかし、第三者に対する譲渡は、被相続人からの承継とは別個・独立の法律行為であるから、その有効性は、別の単位法律関係によって規律するのが妥当だと思われる。
譲渡禁止規定に反した譲渡は、当然には第三者に対する有効性を否定されない。このことは、物権と債権(原因行為)を峻別し、物権の準拠法を別に定めた通則法の解釈として、当然の帰結であると考えられる。物権的な有効性は、物権準拠法に送致されるべきである。また、遺産分割前の譲渡禁止規定は、分割手続を円滑に行うための相続人間の便宜であり、それに反する行動をした場合の効果も、第一次的には、相続人間で解決されるべき問題である[16]と考える。
3 最高裁判例も、(ア)遺産分割前に相続財産である不動産の持分を処分できるか否かと、(イ)相続準拠法上の規定に反して第三者に対してなされた当該処分に権利移転(物権変動)の効果が生じるか否かの問題の2つを区別した上、(ア)については相続の効果として相続準拠法に送致されるとしつつ、(イ)については物権の問題として物権準拠法である日本法による、としている[17]。
これに対し、(イ)も相続準拠法に送致すべきという反対説も根強い。この反対説は、遺産分割が完了するまでに相続財産の持分を処分できるかどうかという問題も「相続法秩序の重要な効果」であり、相続準拠法が「その処分までも左右することはありうる」と主張する[18]。たしかに、相続財産が相続の開始(被相続人の死亡)によってどのような所有状態になり、どのように管理されるべきかは、相続準拠法によって統一的に規律されるべきである。しかし、相続人の1人による譲渡行為は、相続とは全く異なる別個の法律行為であるから、相続問題とはいえないと解すべきである。よって、最高裁の結論を支持する[19]。
4 本件についてみると、DからEへの譲渡の物権的な有効性は、不動産所在地法(通則法13条1項)である日本法によって決まる。
日本民法では、遺産分割による物権変動も対抗問題となり、民法177条の適用があると解されている(909条但書参照)[20]。そのため、相続人の1人が不動産の持分を譲渡し、その後の遺産分割で当該持分が他の共同相続人に帰属するものとされた場合、譲受人と共同相続人のうち登記を先に備えた方が、確定的に持分を取得することになる。よって、いまだ登記を備えていないEは、すでに登記を備えているCに対して、持分譲渡の有効性を対抗できない。DからEへの譲渡は、Cとの関係では有効ではない。
5 なお、前提として、遺産分割前のC・D間の遺産の帰属状態を、相続準拠法である甲国法によって確認する必要がある。甲国法上、これが共有状態(合有を含む)[21]とされていれば、Dは遺産分割前には持分を有し、(日本民法と同様、遺産分割により遡及的に相続持分を失うと規定されていたとしても、)その譲渡の効力は、日本法では上述のような方法で決せられる。しかし、かりに、甲国法上、Dがそもそも共有権者でないとされていれば[22]、DからEへの譲渡は無権利者による他人物売買となり、日本民法上、Eは持分を取得する余地がないことになる。この場合も、DからEへの譲渡は無効である(物権的効力はいまだ発生していない)といえる。
また、日本民法上、登記を先に備えた者が背信的悪意者[23]であると判断された場合、物権を確定的に取得することはできない。しかし、CがEの登記の欠缺を主張することが信義に反する事案は考えにくく[24]、結論は変わらないと思われる。
6 以上より、日本民法を適用した結果、Cが配信的悪意者でない限り、Cが持分を確定的に取得し、EはCに負ける。
以 上
[1] 澤木敬郎=道垣内正人『国際私法入門』(有斐閣、第7版、2012年)122頁。
[2] 前掲澤木=道垣内121頁、櫻田嘉章=道垣内正人編『注釈国際私法 第2巻』(有斐閣、2011年)91頁〔佐野寛〕。東京地判昭和47年3月4日判タ279号335頁は、死後認知制度の有無を認知の準拠法の送致範囲としつつ、死後認知制度をもたないリヒテンシュタイン法を公序則によって排除した。
[3] それに対して、強制認知制度の有無は、認知の準拠法に送致される(強制認知を認めない法の適用結果は公序違反とされることが多い。大阪地判昭和53年11月27日判タ389号137頁等。前掲『注釈国際私法』339頁〔河野俊行〕)。
この問題は、協議離婚を認めない法を準拠法とする場合の離婚の方法とパラレルに考えるべきと思われる。私見は、協議離婚が認められるかどうかは離婚の準拠法に送致され、認められない場合にどのような手続で離婚事由を判断するかは手続問題として日本法によるとする見解(中西康「審判離婚」百選61(2版)125頁)を採る。同様に、強制認知を認めるかどうかは認知の準拠法に送致すべきで、認められる場合にどのような手続で親子関係を判断するかは手続問題として日本法によるとすべきと解する。
[4] 道垣内正人『ポイント国際私法 各論』(有斐閣、2000年)20頁以下参照。
[5] 前掲『注釈国際私法』91頁〔佐野寛〕は、「裁判による認知では、認知の訴えの…被告適格、死後認知の出訴期間なども本条(筆者注:29条)の対象となる」としている。もっとも、ここでいう「被告適格」は死後認知における被告を想定していない可能性もあると思われる。
[6] 前掲澤木=道垣内121頁、前掲『注釈国際私法』91頁〔佐野寛〕。最判昭和50年6月27日家月28巻4号83頁は、韓国法の死後認知の出訴期間(当時は死亡を知った時から1年)を送致範囲に含まれると解して、公序を問題とした。東京地裁平成4年9月25日家月45巻5号90頁(百選67)も同旨。
[7] 注11の参考文献、道垣内正人『ポイント国際私法 総論』(有斐閣、第2版、2007年)262頁参照。
[8] 養子縁組(通則法31条1項)のセーフガード条項について、養親の10歳以上の嫡出子の同意を縁組の要件とするフィリピン法の規定の適用がある(が、公序則により同意を得られなくとも縁組は有効)とした裁判例がある(水戸家裁土浦支部平成11年2月15日家月51巻7号93頁、百選72)。しかし、このような養子と利害対立する者の同意・承諾は、養子の保護を図ろうとするセーフガード条項の対象とするべきではないと考えられる(同旨前掲澤木=道垣内128頁)。本文で例に挙げたようなD・Bの同意・承諾を要するという規定は、相続等においてCと利害が対立するD・Bを保護するための規定である。
[9] 前掲澤木=道垣内52頁。
[10] 窪田充実『家族法』(有斐閣、2011年)229頁〜232頁。芸娼妓養子を無効とした大判大正11年9月2日民集1巻448頁および、過去に情交関係をもったことのある姪を、長年の家業の手伝いに対する謝意を込めて養子にした縁組の成立を認めた最判昭和46年10月22日民集25巻7号985頁を参照。
[11] 準拠法の決定までは「暗闇への跳躍」として(各国実質法の中身を見ることなく)行われるという国際私法の原則の結果、必要となる制度である(前掲澤木=道垣内55頁、前掲『注釈国際私法』332頁〔河野俊行〕)。
[12] 前掲澤木=道垣内56頁。
[13] 前掲澤木=道垣内57頁、前掲『注釈国際私法』334頁〔河野俊行〕。
[14] 公序の判断は、適用結果の異常性と内国関連性の相関関係によって判断されるべきであり、適用結果の異常性が一定程度以下のときは公序違反になることはない(前掲道垣内『ポイント総論』260頁)。外国法を適用した結果が、日本法でも当事者の意思によって作出することが許容されている場合、常に異常性が一定程度以下といえる、と考える。
[15] 減殺請求が認められるのか、当然に無効になるのかについて学説上の対立があるが、遺留分が害されるべきでないという点では一致をみている(前掲窪田391頁、521頁)。
[16] 前掲道垣内『ポイント各論』127頁は、「たとえば……規定に反して処分をした相続人にはそれによって他の共同相続人が被る損害(たとえば、予定していた遺産分割をするために他人名義となってしまった持ち分を買い戻したことによって生じる損害)について賠償する責任を負わせるといったルールがあれば、これは相続という単位法律関係に含まれる問題であると解される」とする。
[17] 最判平成6年3月8日民集48巻3号835頁。前掲『注釈国際私法』200頁〔林貴美〕。
[18] 櫻田嘉章「法律関係の性質決定」百選1(第2版)5頁。
[19] 以上について、前掲道垣内『ポイント各論』121頁以下も参照した。
[20] 川井健『民法概論2 物権』(有斐閣、第2版、2010年)51頁。
[21] 前掲最判平成6年も、相続準拠法(台湾法)により、遺産分割前の遺産が合有関係にあることを確認している。なお、共有関係となるかどうかも、物権準拠法によるべきとする説(石黒説)もあるが、被相続人の死亡を契機として相続人が取得する権利の状態を相続の単位法律関係から除外することはできないと解するので、反対する。
[22] たとえば清算主義をとる国では、清算完了前は、相続財産は相続人に帰属していないとされる。甲国が清算主義を採用しており、DからEへの譲渡が清算完了前であれば、当該譲渡は、日本民法上は他人物売買となると解される。
[23] 判例上、「実体的物権変動があった事実を知る者」であり、かつ「右物権変動についての登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある」者を指すとされる。
[24] 背信的悪意者の類型として、@不動産登記法5条(登記がないことを主張することができない第三者)に該当するような、詐欺又は強迫によって登記の申請を妨げた者、A第一譲渡の仲介者であるなど登記に協力すべき立場の者、B譲渡人(D)と実質的に同一人物である者、C第一譲受人(E)を害することのみを目的として物権を取得した者、等があげられる(鎌田薫『民法ノート 物権法@』(日本評論社、1999年)79頁。