国際私法U
47112056 北川 芳典
問題1
(1)について
Bは、Aが、Bがテロリストに資金を提供している疑いがある旨のCの記事を掲載した週刊誌を出版したことにより損害を被ったとして、A及びCに対して名誉棄損に基づく損害賠償請求をしている。名誉又は信用を毀損する不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、被害者の常居所地法による(法の適用に関する通則法(以下、法名を省略する。)19条)。本件の被害者はBであるが、Bは身の安全のために常居所地を明かせないとしており、Bの常居所は不明である。常居所が不明の場合は、居所地法による(39条)。しかし、本件ではBの居所も不明である。したがって、本件は連結点が不明であるということになる。
A及びCは、Bが常居所地国を法廷で明らかにしないのであれば、準拠法が定まらないことを理由に、請求は棄却すべきであると主張している。我が国の裁判例の中にも、連結点不明の場合に請求を棄却したものがある[i]。しかし、法の適用は裁判所の職責である。連結点のいかんは国際私法規定の適用の一部であり、連結点自体についての主張・立証はもとより、連結点確定の前提となる事実についても、それは準拠法決定のためのものである以上、すべて職権調査・探知の対象とすべきものである[ii]。連結点につき当事者が主張・立証しない、あるいはこれを証明するに足る資料がないとして、訴えを棄却することは、連結点のもつ国際私法上の意義を見失うものであり、不当である[iii]。したがって、A及びCの、準拠法が定まらないので請求を棄却すべきという主張は認められない。
また、A及びCは、あくまでもBの常居所地法を適用すべきであり、Bは自宅の番地まで明らかにする必要はなく、常居所地国を特定すればいいのであるから身の安全という理由は成り立たないとも主張している。しかし、国際的に多方面のビジネスを展開しているアラブ系の実業家であるBがテロリストに資金提供しているという事実が真実であれば、Bは国際的な犯罪者であるということになり、国家から命を狙われたり、そこまでいかなくとも身柄を拘束されるなどの可能性も十分考えられる。国家が相手となれば、住所の詳細を明らかにしなければよいというような問題ではなく、常居所地国を明らかにすることですら、生命身体の危険に関わりかねず、Bの身の安全という理由は十分に成り立つ。また、例え、A及びCの記事が虚偽であったとしても、国家がそれを信じることもありえ、真実である場合と同様の危険が生じる可能性があるので、Bの理由は成り立つ。
本件のように、連結点が不明の場合は、各抵触規定につきその連結点が選ばれている趣旨を考慮して補充的連結点を決定すべきである[iv]。19条は名誉又は信用の毀損による不法行為の特例であり、不法行為についての準拠法を定める規定である。不法行為については、20条によって、不法行為によって生ずる債権の成立及び効力の準拠法は、明らかに17条から19条までの規定により適用すべき法の属する地よりも密接な関係がある他の地があるときは、当該地の法によるとされている。20条は、17条から19条までによって準拠法を決めることが不適切な場合や困難である場合の補充的な規定という趣旨を含むと読むこともできるので、19条の連結点である常居所地が不明の場合は、20条により準拠法を決定すべきであると考えられる[v]。したがって、19条による連結点が不明である場合の補充的連結点は、20条により当該不法行為との最密接関係地であると考える。
Bは、国際的に多方面のビジネスを展開していることから、一国に留まっているというよりは、世界中を飛び回っているものと考えられる。また、Bは、身の安全のため常居所地を明かすことはできないとしていることから、危険を避けるため、一国に長くとどまらず、世界中のビジネス拠点を転々としていると考えた方が合理的である。したがって、Bは、そもそも常居所及び居所を特定しがたい人物であると考えられる。また、Bがテロリストに資金提供しているという記事が、世界的に注目を集めていることから、Bは世界的に有名な人物であることがわかる。したがって、Bに対する名誉棄損による損害は、Bの常居所または居所との結びつきが強いものではなく、世界中が損害発生地であると考えることができる。そして、本件でBが求めている、損害賠償請求額910億円の内、900億円はE社の株主としての損害である。E社はD国株式市場に上場しているD国法人であるから、Bの請求している損害のほとんどは、D国で発生したものといえる。したがって、本件のBの不法行為に基づく損害賠償請求についての最密接関係地法はD国法である。ここで、精神的損害である慰謝料10億円についてもD国法が最密接関係地法といえるかについては疑問の余地もないわけではないが、本件では900億円という財産的損害に付随して10億円の慰謝料が請求されていると考えられるので、慰謝料について別個の準拠法を考える必要はないと考えられる。
以上より、Bの損害賠償請求の準拠法は、D国法である。さらに、本件は不法行為について外国法であるD国法によるべき場合であるので、22条により日本法が累積適用される。なお、裁判所の職権探知の結果、Bの常居所地がD国であることが判明すれば、20条を持ち出すまでもなく、19条によりD国法を準拠法とすればよい。
最後に、A及びCは、Bがテロリストに資金提供していたことは事実であり、Bの請求は成り立たないと主張しているが、この主張が正しいとしても、これは実質法の適用結果についてのことであり、これが準拠法の決定に影響するわけではない。不法行為が成立しないという法的評価も、国際私法により定められた準拠法を適用しなければ判断できないことである。
(2)について
Aは、Bがテロリストに資金を提供している疑いがあると報道したのであり、直接的にはBの名誉を毀損する不法行為を行っている。しかし、BはE社の80%の株式を保有する株主であり、実質的にはE社のオーナーに近い立場にあると考えられるから、Bがテロリストに資金提供をしていると報道されれば、Bの資金源の一つであるE社もテロリストへの協力企業であると評価されることにつながり、その信用が毀損されることになると考えられる。したがって、本件のE社のAに対する損害賠償請求は、他人の信用を毀損する不法行為によって生ずる債権の成立及び効力の問題であるから、19条により準拠法を決定することになる。
E社は法人であるが、19条によると、被害者が法人の場合は、その主たる事業所の所在地の法が準拠法となる。E社は、D国株式市場に上場しているD国法人であるので、主たる事業所所在地はD国であると考えられる。したがって、本件のE社の損害賠償請求の準拠法は、D国法であると考えられる。さらに、本件は不法行為について外国法であるD国法によるべき場合であるので、22条により日本法が累積適用される。
もし、E社の主たる事業所所在地がD国以外の国にあれば、原則としてその国の法が準拠法となるが、20条により主たる事業所所在地国以外の国の法が適用される可能性はある。
(3)について
Aは、Cに対して、AC間の、Cが記事をAに持ち込んだ際に締結された、Cはその執筆内容に全責任を負うという契約に基づいて、契約責任の履行として、Bが勝訴した場合のAに生ずる損害を請求すると予告している。このAの請求の可否・効力の問題は、法律行為の成立及び効力の問題であるので、7条により、当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法によることになる。しかし、本件では、AC間では準拠法が明示的に選択されておらず、黙示の準拠法合意を認定できる事情もない。したがって、7条の規定による選択がないときに該当するので、8条により、契約締結時における当該契約に最も密接な関係がある地の法が準拠法となる。
最密接関係地の判断方法について、通則法は規定を置いていないため、解釈上の問題となる。8条は考慮要素につき限定を付していないこと、8条が柔軟な準拠法の決定を認める趣旨であること、契約については当事者自治が原則とされていること、客観的事情と意思的要素の厳密な区別が困難であることなどを理由として、最密接関係地の認定については、当事者間の意思的要素(主観的事情)および客観的事情を含む、すべての要素を考慮すべきであると解される[vi]。
本件は、契約内容の詳細は明らかではないが、ジャーナリストであるCが自分で書いた記事を出版社であるAに売ったという契約であると考えるのが合理的であると考えられる。そうすると、売買契約であれば売主が特徴的給付を行うので[vii]、8条2項により、売主であるCの常居所地法が最密接関係地法であると推定されることになる。
しかしながら、本件は記事の売買であり、通常の物品の売買とは性格が異なる。記事はメディアを通して発信されることに意義があるのであり、記事の売買ではその記事がどのように扱われるのか、どこで発表されるのか、ということに当事者の関心の主眼が置かれていると考えられる。本件では、Cの書いた記事は、日本の大手メディアであるAが日本で出版する週刊誌に掲載されているから、記事の発信地は日本である。また、Cがその執筆内容に全責任を負うとまで約束していることから、単に金銭目的ではなく、Cはジャーナリストとして発表されれば世界的に注目を集めることとなる自分の記事がAの週刊誌に掲載されることを強く望んでおり、契約内容としてAはCの記事を週刊誌に掲載する義務を負っていた可能性も考えられる。そう考えれば、特徴的給付を負うのはCのみではないということになる。
以上のことから、Cの常居所地法を本件契約の最密接関係地法であるとする8条2項の推定は覆されると考えるべきであり、本件契約の最密接関係地は、記事の発信地である日本であると考えられる。よって、本件契約の準拠法は日本法であるから、AのCに対する本件請求の可否・効力を判断する準拠法は日本法である。
問題2
詐害行為取消権の準拠法については、明文の規定がなく、解釈による。
詐害行為取消権について、それが取消しを求める債権者の有する債権の効力であり、かつ取消される法律行為の運命の問題であるから、両債権の準拠法の累積適用を主張する見解がある。しかし、詐害行為を理由とする制度であるのに、詐害行為をしたとされる当事者が準拠法を決めることができる法律行為の準拠法によることは適当ではない。なぜなら、詐害行為の当事者が、詐害行為取消権制度がないか、あるいはその行使の要件が厳格な法律を準拠法と指定しておけば、後で取り消されることはないということになってしまうからである[viii]。また、累積適用という考え方は、問題となる単位法律関係について、最も密接な関係のある法はいずれであるかという問いに正面から答えておらず、本件のような明文規定のない単位法律関係について解釈により結論を導く際に、たやすく用いられるべき手法であってはならないと考える。
また、債権者取消権について、法廷地法によるという見解もある。これは、詐害行為取消権は一般に裁判外での行使は認められていないので、手続法上のもの、あるいはそれに近いものとみる立場である[ix]。しかし、詐害行為取消権は実体法上のものであるから[x]、手続法上の問題と考えることはできない。
詐害行為取消権においては、詐害行為の対象となった財産の帰属が問題の中心であり、したがって、財産の所在地(詐害的に所在地を変更することも考えられるので、詐害行為がなければ所在したはずの地)の法律によるべきである[xi]。詐害行為取消権の問題を素直に直視すれば、債権者と受益者・転得者による、債務者の特定の財産の奪い合いである。この法律関係と、債権者の被保全債権や、詐害行為として取消の対象となる法律行為が、密接な関係を有しているとは考えにくく、奪い合いの対象となっている財産こそが、この法律関係の重心にあり、最も密接な関係を有していると考える。したがって、詐害行為取消権の問題については、詐害行為の対象財産の所在地法(詐害行為は取り消されるべきものであるので、詐害行為として問題となっている行為がなければ所在したはずの地の法を指す。)が最密接関係地法であり、この法を準拠法とすべきと考える。
本件では、QR間で、Q所有のタイ所在の倉庫の在庫をRに1億円で売却する旨の契約を締結し、実行されたことが、詐害行為に当たるかが問題となっており、詐害行為の対象となった財産である倉庫の在庫の、詐害行為がなければ所在したはずの地は、タイである。よって、この取引が詐害行為に当たるか否かは、タイ法によって判断すべきである。
以上
[i] 大阪地判昭和35年4月12日
[ii] 澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門』第6版35頁
[iii] 澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門』第6版36頁
[iv] 澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門』第6版35頁
[v] 松岡博編『国際関係私法入門』135頁
[vi] 松岡博編『国際関係私法入門』100頁
[vii] 澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門』第6版204頁
[viii] 澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門』第6版263頁
[ix] 澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門』第6版263頁
[x] 木棚照一・松岡博・渡辺惺之『国際私法概論』第5版184頁
[xi] 澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門』第6版264頁