国際民事訴訟法
47100069 小林知子
問題1(1)
1 我が国の裁判権について
(1)Bの主権免除が認められるべきとの主張について
ア Bの主張の意義
XB間の社債購入契約についてXがBを被告として東京地裁で民事訴訟を提起したのに対し、Bは、自らについて主権免除が認められるべきであると主張している。
そこで、かかる主張の当否が、同訴訟について我が国に民事裁判権があるかの判断に関して問題となる。
イ 民事裁判権の有無の判断においてよるべき条約・法令
我が国は、国家及び国家財産の裁判刑免除に関する国際連合条約(2004年採択、ただし未発効)を踏まえた国内法として、「外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律」(以下、「裁判権法」という。)を制定しているから、以下、同法に基づいてBの主張が認められるか否かについて検討する。
ウ 裁判権法2条各号該当性
まず、裁判権法の適用対象は「外国等」(1条)であり、日本国及び日本国に係るものを除く同法2条各号に列挙するものが、この「外国等」にあたると定義されている(2条)。
同法2条が列挙しているのは、「国及びその政府の機関」(1号)、「連邦国家の州その他これに準ずる国の行政区画であって、主権的な権能を行使する権限を有するもの」(2号)、「前二号に掲げるもののほか、主権的な権能を行使する権限を付与された団体(当該権能の行使としての行為をする場合に限る。)」(3号)、「前三号に掲げるものの代表者であって、その資格に基づき行動するもの」(4号)である。
このうち3号の団体の例としては、外国中央銀行が挙げられる[1]。そして、本件のBは、A国が政策投資金融業務を行うためにA国法に基づき設立され、A国が100%の株式を保有する特殊会社であるから、この3号に該当する可能性がある。
そこで以下においては、Bが裁判権法2条3号により、同法の対象となる「外国等」に含まれるかについて検討する。
エ 裁判権法2条3号該当性
Bが裁判権法2条3号にあたるといえるためには、@Bが「主権的な権能を行使する権限を付与された団体」にあたること、A@が肯定されるとして、「当該権能の行使としての行為をする場合」にあたることが必要となる。
まず、@の要件について検討する。前述のとおり、Bは、A国が政策投資金融業務を行うために設立された特殊会社であり、A国が100%の株式を保有している。そして、Bは、A
国が決定した国家再生プロジェクトの実行組織として、B公社債を発行している。そして、かかるBの設立過程、BがA国の国有企業であること、A国の国家政策の実行においてBが果たしている役割等の事情を踏まえると、A国では、A国の国家政策である国家財政プロジェクトのための財源を、A国政府が国債を発行して調達するかわりに、BがB公社債を発行して調達していたといえ、かかるBは、「主権的な権能を行使する権限を付与された団体」にあたると解される。よって、@は肯定される。
次に、Aの要件について検討する。本件のBはB公社債の販売をしており、これはBに付与された「当該権能の行使としての行為をする場合」にあたるから、Aも肯定される。
よって、本件のBは裁判権法2条3号により、同法が適用対象とする「外国等」(1条)に含まれるから、同法により、我が国における裁判権の免除を受けることができそうである。
オ 裁判権法8条[2]
もっとも、本件のBは、個人であるXとの間のB公社債の社債購入契約に関する訴訟について我が国で被告とされているところ、かかる契約は、その性質上、私人でも行うことが可能であるから、裁判権法8条1項の「商業的取引(民事又は商事に係る物品の売買、役務の調達、金銭の貸借その他の事項についての契約又は取引(労働契約を除く。)」にあたり、同条の適用により、Bの裁判権免除が認められない可能性がある。
裁判権法8条1項は、「外国等は、商業的取引(民事又は商事に係る物品の売買、役務の調達、金銭の貸借その他の事項についての契約又は取引(労働契約を除く。)をいう。次項及び第十六条において同じ。)のうち、当該外国等と当該外国等(国以外のものにあっては、それらが所属する国。以下この項において同じ。)以外の国の国民又は当該外国等以外の国若しくはこれに所属する国等の法令に基づいて設立された法人その他の団体との間のものに関する裁判手続について、裁判権から免除されない。」と定めている。そして、本件のXB間の訴訟は、「商業的取引のうち、当該外国等と当該外国等以外の国の国民との間のものに関する裁判手続」にあたるから、同項の適用があり、Bの裁判権免除は認められないことになりそうである。
もっとも、裁判権法8条2項は、1項の例外として、「当該外国等と当該外国等以外の国等との間の商業的取引である場合」(1号)および「当該商業的取引の当事者が明示的に別段の合意をした場合」(2号)を挙げているが、本件におけるXB間の契約はいずれの場合にも当たらないから、2項に基づいてBの裁判権免除が認められることにはならない。
カ よって、本件のXB間の訴訟において、Bに裁判権免除は認められないから、これが認められるとするBの主張は妥当でない。
(2)結論
以上より、本件のXB間の訴訟について、我が国は裁判権を有する。
2 我が国の国際裁判管轄について
(1)民事訴訟法3条の4第1項
上述のとおりXB間の訴訟について我が国が裁判権を有するとしても、我が国の国際裁判管轄が肯定されなければ、同訴訟は却下される。
そこで、我が国の民事訴訟法(以下、民訴法という。)3条の2ないし3条の12の国際裁判管轄の規定およびXB間の契約条項(P条・Q条)に照らし、我が国の国際裁判管轄が肯定されるかについて検討する。
民訴法は、3条の4第1項において、「消費者(個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。以下同じ。)と事業者(法人その他の社団又は財団及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。以下同じ。)との間で締結される契約(労働契約を除く。以下「消費者契約」という。)に関する消費者からの事業者に対する訴え」は、「訴えの提起の時又は消費者契約の締結の時における消費者の住所が日本国内にあるときは、日本の裁判所に提起することができる」と規定している。
そして、本件のXB間の社債購入契約は、Xという「消費者」と、Bという「事業者」との間で締結される契約であって「消費者契約」にあたり、Xの訴えは「消費者契約に関する消費者からの事業者に対する訴え」であり、Xの住所は契約締結時又は訴え提起時に日本国内にあったから、Xは民訴法3条の4第1項に基づき、日本の裁判所に訴えを提起することができることになりそうである。
(2)P条の有効性について
もっとも、XB間の契約においては、準拠法をA国法とし、一切の紛争についてA国の裁判所を専属管轄とする旨の条項(P条)があるから、かかる条項の有効性が問題となる。
P条は、管轄権に関する合意(民訴法3条の7第1項)であり、民訴法3条の7第2項・第3項の要件を具備する必要があるほか、「将来において生ずる消費者契約を対象とする」合意であるから、第5項1号又は2号に該当する場合に限り、その効力を有する(第5項柱書)[3]。
第5項1号は、消費者契約締結時の消費者の住所地国での提訴を可能とする非専属的管轄合意である場合、同項2号は、消費者が合意した国の裁判所に提訴したか、事業者が提起した訴えについて消費者が管轄合意を援用した場合である。そして、本件は1号・2号のいずれの場合にもあたらないから、P条のうち、管轄合意の効力は認められない。
(3)Q条の有効性について
もっとも、XB間の契約においては、個人の投資行為であることを理由として特別の保護
を受けることはできない旨の条項(Q条)があり、かかる合意によりXは民訴法3条の7等の消費者保護規定による特別の保護をあらかじめ放棄したことになり、それらの規定を援用できないことになるとも思えるため、Q条の有効性が問題となる。
民訴法3条の7は、消費者契約に関する将来の紛争についての消費者と事業者の間での合意について、上述のように極めて限定的な場合にのみその有効性を認めるものとしていること、また民訴法は3条の4第1項・3項によっても消費者の保護を図っていること等に鑑みると、Q条のような、明らかに消費者に不利となる合意を有効なものとして扱うことは、かかる民訴法上の消費者保護規定が置かれた趣旨が完全に没却され、著しく不当であるといえるから、かかる合意は、手続法上の一般法理としての公序[4]に反し、許されないと考える。
よって、Q条の効力は認められない。
(4)結論
以上より、XB間の訴訟については、民訴法3条の4第1項に基づき、日本の裁判所が国際裁判管轄を有する。
なお、我が国の国際裁判管轄が肯定される場合であっても、「事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情がある」場合は、裁判所はその訴えの全部又は一部を却下することができる(民訴法3条の9)。しかし、本件においては、かかる「特別の事情」を認めるべき事情は特に存しないと考えられるから、同条により我が国の国際裁判管轄が否定されることはない。
問題1(2)
1 合意管轄の錯誤無効を判断する準拠法
(1)国際裁判管轄についての合意は、訴訟法上有効な合意であることを要する[5]から、錯誤無効等が認められる余地がある。
そして、かかる有効性の判断については、一般に管轄合意は契約の一条項であることが多く、当事者が特に管轄条項だけを区別していない限り、契約本体の準拠法によると解される[6]ところ、本件においても、XB間の契約の一条項であるP条によって管轄合意がなされているから、原則通り、契約本体の準拠法によって判断されると解する。
(2)そこでXB間の契約についてみると、契約は「法律行為」(法の適用に関する通則法(以
下、「法」という。)7条)であるから、法7条から法10条が適用され、さらに本件のXB間の契約は消費者契約(法11条)であるから、同条が特例として適用される。
2 法7条による準拠法の選択の有無
本件では、P条によりA国法を準拠法とする合意があり、法7条の当事者による準拠法の選択がある場合にあたる。
よって、本件契約の準拠法はA国法となり、その錯誤無効を判断する準拠法も同じくA国法となる。
3 法11条による特定の強行規定の適用可能性
しかし、本件のXの錯誤無効の主張は、Xの常居所である日本の民法95条を適用すべきという意思表示であると解することができ、同条が法11条1項の「特定の強行規定」に当たるとすれば、XB間の契約の成立について、A国法だけでなく日本民法95条も適用される(法11条1項)。
そこで、日本民法95条がかかる強行規定にあたるかであるが、ここでいう強行規定とは、それに反する当事者の合意の効力を認めない効力を有しているものをいう[7]。そして、日本民法95条は、要素の錯誤にあたる場合は、「無効とする」と規定しており、追認により有効とすることは認められていない(同法119条本文)から、かかる効力を有する規定であり、法11条1項の強行規定として適用されると解する。
4 結論
以上より、XB間の専属管轄合意は、XB間の契約本体について適用されるA国法および日本民法95条によって判断される。
問題1(3)
1 仲裁合意の有効性の準拠法
XY間の仲裁合意が有効であれば、本件訴訟は却下される[8]ことになり、日本の国際裁判管轄は否定されると考えられる。
そこで、仲裁合意の有効性を判断する準拠法は何かが問題となるが、かかる仲裁合意を一般の法律行為とみて、法律行為の成立の準拠法によると判示した最高裁の判決[9]が存在する。
しかし、同判決は、我が国も締結国である「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約」を受けた仲裁法の制定前の判決であり、仲裁法が制定された現在においては、同法によって、かかる仲裁合意の有効性を判断すべきである[10]。
2 仲裁法13条1項ないし5項
仲裁法は、13条において、仲裁合意の有効要件を定めている。そこで、本件のXY間の仲裁合意についてみると、まず@仲裁合意の対象について、「法令に別段の定めがある場合を除き、当事者が和解をすることができる民事上の紛争(離婚又は離縁の紛争を除く。)を対象とする場合に限」る(同法13条1項)としているところ、XY間の契約は社債購入契約であり、当事者の和解が可能な紛争にあたるから、@の要件は充たされる。
次に、A仲裁合意の方式につき、13条2項は書面要件を課しているが、同条4項は「その内容を記録した電磁的記録によってされたとき」は、書面要件が充たされるとしているところ、XY間の仲裁合意は、インターネットを介して締結された契約の一条項であるから、電磁的記録によってされた場合にあたり書面要件が充たされるから、Aの要件も充たされる。
3 仲裁法13条6項
もっとも、Xは、本件のXY間の契約において、YがB公社債の発行条件とリスクを十分に説明せず、専ら5%で5年間運用できるチャンスであるとの説明をしてXに販売したことが問題であると主張しており、同契約には、無効ないし取消しの瑕疵が存する可能性があると考えられる。
そこで、かかる瑕疵により契約が無効または取り消された場合は、仲裁合意も一体として無効または取り消されるのではないかが問題となる。
仲裁法13条6項は、「仲裁合意を含む一の契約において、仲裁合意以外の契約条項が無効、取消しその他の事由により効力を有しないものとされる場合においても、仲裁合意は、当然には、その効力を妨げられない」と規定しているから、仮にXY間の契約に何らかの瑕疵があったとしても、直ちに仲裁合意も効力を失うわけではない。
しかし、仲裁合意を含む契約全体が詐欺により取り消されたような場合には、仲裁合意も取り消されると解されている[11]。そのため、本件の仲裁合意も、契約の瑕疵により効力を有しないことになる可能性がある。
4 仲裁法14条
以上から、本件訴訟においてはXY間の仲裁合意が有効と認められる可能性があり、仮に有効と判断された場合、被告であるYから訴え却下の申立てがされたときは、裁判所はXの訴えを却下すべきことになる(仲裁法14条1項本文)。
もっとも、同項各号のいずれかに当たる場合、すなわち、「仲裁合意が無効、取消しその他の事由により効力を有しないとき」(1号)のほか、「仲裁合意に基づく仲裁手続を行うことができないとき」(2号)、「当該申立てが、本案について、被告が弁論をし、又は弁論準備手続において申述をした後にされたものであるとき」(3号)のいずれかに当たる場合は、裁判所は訴えを却下すべきでない(仲裁法14条1項但書)。
本件訴訟についてみると、上述の通り仲裁合意が無効ないし取り消される可能性があるため1号にあたる可能性はあるが、2号・3号にあたる可能性はないと考えられる。
5 仲裁法附則3条
以上より、本件訴訟においては仲裁合意の有効性が認められてXの訴えが却下される余地があるが、かかる場合であっても、@Xが消費者契約法上の「消費者」(同法2条1項)であり、かつAYが同法上の「事業者」(同法2条2項)であって、BXY間の仲裁合意が「消費者仲裁合意」(仲裁法附則3条1項)にあたれば、Xは仲裁合意を解除することができる(同条2項本文)。
そして、本件においては@ないしBの要件はいずれも充足されるから、Xは仲裁合意を解除することができる。
6 仲裁合意が効力を有しない場合
上述のとおり、仲裁合意が有効であれば、我が国の国際裁判管轄は否定されると解されるが、かかる合意が無効とされた場合にわが国が国際裁判管轄を有するかについては、民訴法3条の2以下により決まると解される。
民訴法3条の4第1項に照らすと、本件のXY間の社債購入契約は、Xという「消費者」と、Yという「事業者」との間で締結された契約であるから「消費者契約」にあたり、Xの訴えは「消費者契約に関する消費者からの事業者に対する訴え」であり、Xの住所は契約締結時又は訴え提起時に日本国内にあったといえるから、Xは、民訴法3条の4第1項に基づき、我が国の裁判所に訴えを提起することができる。
以上より、XY間の仲裁合意が無効とされた場合には、我が国の国際裁判管轄は肯定されると解される。
問題2(略)
[1] 本間靖規・中野俊一郎・酒井一『国際民事手続法[第2版]』有斐閣, 2012, p.20
[2] 本条は、裁判権法が採用した制限免除主義の核となる規定であり、また最判平成18年
7月21日民集60-6-2542と同様、制限免除主義における行為性質説に立つ規定である。本間ほか, 前掲書, pp.21-2および櫻田嘉章・道垣内正人編『国際私法判例百選[第2版]』有斐閣, 2012, p.177[村上正子]
[3] 民訴法3条の4は、国際裁判管轄についての消費者保護規定である。澤木敬郎・道垣内正
人『国際私法入門[第7版]』2012, pp.289-92
[4] かかる一般法理としての公序の発動を認めるべきとするのは、澤木・道垣内, 前掲書,
pp.309-10 否定的見解に立つものとして、櫻田・道垣内, 前掲書, p.201[高橋宏司]
民訴法改正前の判例であるが、最判昭和50年11月28日民集29-10-1554は、管轄合意
の有効性につき、「はなはだしく不合理で公序法に違反するとき等の場合」は、例外的に
管轄合意は無効であると判示している。
[5] 澤木・道垣内, 前掲書, p.308
[6] 同上
[7] 澤木・道垣内, 前掲書, p.208
[8] 最判平成9年9月4日民集51-8-3657(いわゆるリング・リング・サーカス事件)
[9] 同判例
[10] 澤木・道垣内, 前掲書, p.353
[11] 澤木・道垣内, 前掲書, p.355