早稲田大学法科大学院2012年度夏「国際民事訴訟」試験問題及び解説

 

問題

問題1 

A国は、財政危機に陥っており、かつ、国内の個人・法人の資産も十分にはない。そのような中、A国は、B公社(政策投資金融業務を行うため、A国法に基づき設立された特殊会社であり、A国政府が100%の株式を保有)が外国で公社債を発行し、その資金をA国内の社会インフラ投資に投下することにより、経済活性化による財政問題の解決を図るとの国家再生プロジェクトを決定し、実行に移した。B金融公社は、世界各国で利率5%、一口100万円、総額3兆円、5年もの公社債(以下、B公社債)の販売を行った。投資家とB公社との間の約定には、準拠法はA国法とし、一切の紛争についてA国の裁判所を専属管轄とする旨の条項(P)があり、さらに、この資金はA国国家再生プロジェクトに基づくものであり、社債購入契約は公的なものであり、個人投資家が購入する場合にも、個人の投資行為であることを理由として特別の保護を受けることはできない旨の規定(Q)が置かれている。

B公社債は日本市場でも人気を集め、多くの個人がこれを購入し、日本だけで8000億円が販売された。しかし、3年後、A国の国家経済は破綻し、B公社債の金利の支払いは停止された。

以下の各問につき、東京地裁の担当裁判官の立場でどう判断すべきか答えなさい。

 

(1) 日本在住の個人投資家である日本人Xは、手にした退職金で、B公社債を30口購入していた。XB公社を被告として東京地裁に提訴し、B公社との契約は消費者契約であり、Xの住所地である日本での提訴が可能であると主張している。他方、B公社は、第1に、主権免除が認められるべきであること、第2に、そうでなくても、P条により、日本の裁判所には管轄がないこと、第3に、Q条により、Xが自己が個人投資家であることを理由に特別の保護を受けることはできないこと、以上の主張をしている。

日本国の裁判権及び国際裁判管轄についてどのように判断するか。

 

本件について東京地裁が裁判を行うには、適式な提訴がされていること、訴えの利益があること等のほか、国際法上、日本の裁判権が制約されていないこと(裁判権があること)及び、訴訟法上、日本に国際裁判管轄があることがあることが必要である。

裁判権については、外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律(以下、「民事裁判権法」という。)が、未発効ではあるものの、国際法を法典化したとされる「国及びその財産の裁判権からの免除に関する国際連合条約」を踏まえて制定されていることから、同法により裁判権がないとされるか否かを検討することになる。他方、国際裁判管轄については、民事訴訟法3条の2以下に照らして判断することになる。

民事裁判権法2条によれば、主権免除特権の享有主体となり得る「外国等」として、「国及びその政府の機関」(1)や、「主権的な権能を行使する権限を付与された団体(当該権能の行使としての行為をする場合に限る。)」(3)等が掲げられている。

また同法81項によれば、外国等は、商業的取引のうち、当該外国等と他の国の国民との間のものに関する裁判手続について、裁判権から免除されないとされており、「商業的取引」については、「民事又は商事に係る物品の売買、役務の調達、金銭の貸借その他の事項についての契約又は取引(労働契約を除く。)をいう。」と定義されているので、取引の目的ではなく、その性質に基づいて判断することを定めていると解される。このことは、民事裁判権法に先だって下された最判平成18721でも判示されているところである。

これを本件に当てはめると、第1に、B公社が「外国等」に含まれるか、第2に、B公社の公社債発行業務は「商業的取引」に該当するか、第3に、Q条の定めが第2点の判断にどのように影響するかが問題となる。

1点のB公社が「外国等」に含まれるか否かについて検討する。そもそも、B公社は、A国の政策投資金融業務を行うため、A国法に基づき設立された特殊会社であり、A国政府が100%の株式を保有していることから、A国政府の政策達成のために活動することが予定されており、利潤追求等、民間企業のような活動をすることは予定されていない。さらに、具体的な本件公社債の発行についてみても、A国が外国から調達した資金を「A国内の社会インフラ投資に投下することにより、経済活性化による財政問題の解決を図るとの国家再生プロジェクト」として決定したことを実行に移したものであり、B公社はA国政府の一部門として活動していると評価することができる。以上のことから、B公社は、実質的に、民事裁判権法21 号のうち、「政府の機関」に該当し、「外国等」に含まれると解される。(なお、本件公社債がもっぱら財政問題解決のための経済活性化という公的目的を有するものであることから、同条3号の「主権的な権能を行使する権限を付与された団体」に該当し、かつ、本件の公社債の発行は「当該権能の行使としての行為をする場合」に該当するといえるのではないかとも解されるが、債券を発行して市場から資金調達する行為は主権的な権能の行使とは言えないであろう。)

2点のB公社の公社債発行業務は民事裁判権法81項の「商業的取引」に該当するかについて検討する。この点、本件の公社債発行業務が、行為の性質に着目して判断すると、調達資金がA国国家再生プロジェクトに基づいて社会インフラ投資に投下されるという公的な目的を有しているとしても、その性質上は、金銭の借り入れであり、同項のかっこ書きにおいて例示されている「金銭の貸借」に該当することから、「商業的取引」に該当すると解される。

3点のQ条が本件についての上記第2点の判断に対して持つ意味について検討する。国家主権に基づく裁判権免除は、国際法上、一国が行使する裁判権に外国等を服させることが主権平等の観点から問題であるとされることに基づくものであって、外国等と当該外国以外の国の国民等との間での約定により、左右されることは原則してあり得ないと解される。そうすると、XQ条の約束をしているからといって、日本国の裁判所が本件について民事裁判権を行使することができる以上、その結論を覆すものではないと解される。

次に、国際裁判管轄について検討する。

本件について日本の裁判所に国際裁判管轄の有無を判断する際に問題となり得るのは、民事訴訟法3条の41項及び3条の75項の適用である。3条の41項は、消費者契約に関する消費者からの事業者に対する訴えは、「訴えの提起の時又は消費者契約の締結の時における消費者の住所が日本国内にあるときは、日本の裁判所に提起することができる。」と定め、また、3条の75項は、限られた例外を除き、「将来において生ずる消費者契約に関する紛争を対象とする」管轄合意の効力を否定している。

これを本件に当てはめると、B公社が、民事裁判権法上、特別の扱いを受けないことから、一外国法人であり、民事訴訟法3条の41項の「事業者」に該当すると解される。他方、Xは、自己の退職金でB公社債を購入した個人であり、「事業として又は事業のために契約の当事者」となっているわけではないので、「消費者」に該当する。そして、「訴えの提起の時」も「消費者契約の締結の時」も、Xの住所は日本であるので、3条の41項によれば、3条の75項により、A国の裁判所を専属管轄とする旨のP条の定めが効力を有しない限り、日本の裁判所に管轄があることになる。

そこで、P条について判断するに、これは3条の75項が消費者契約に関する紛争を対象とする管轄合意を有効とする場合に該当しない。このことは、たとえ、「個人投資家が購入する場合にも、個人の投資行為であることを理由として特別の保護を受けることはできない旨」のQ条があるとしても、左右されない。なぜならば、そもそも国際裁判管轄における消費者保護の考え方は、消費者契約交渉において、十分な能力も時間もないままその締結をしてしまう個人を保護することにあり、保護の放棄を約束させるこのような規定を有効と認めることは、その消費者保護の考え方を否定することになってしまうからである。

なお、民事訴訟法3条の9により、上記の結論は覆されることはあり得るが、本件においては、同条の定める「特別の事情」は存在しないと解される。

以上のことから、本件につき、日本国の裁判所には裁判権及び国際裁判管轄の双方があることになる。

 

(2) (1)において、XP条の専属管轄合意について錯誤による無効を主張したとする。

この点を判断する準拠法は何か。

 

民事訴訟法には、国際裁判管轄な管轄合意が合意として瑕疵のないものか否かを判断する基準は定められていない。民事訴訟法3条の2以下の施行前の最判昭和501128でも、この点については判断を示していない。

これに対し、仲裁合意についての最判平成994では、仲裁合意の主観的範囲についての判断として、国際私法に照らして準拠法を定めて判断している。すなわち、当時の法例71(現在では,法の適用に関する通則法(以下、「通則法」という。)7)に基づき、仲裁合意によりニューヨーク州が仲裁地と指定されていることを重視し、ニューヨーク州法によるのが当事者の準拠法指定に係る黙示の意思であると判断し、同州法によってこの点を判断している。仲裁合意も外国を専属管轄とする管轄合意も、日本での裁判ができなくなるという効果の点では同じであり、平成9年最高裁判決の考え方は、管轄合意に錯誤があったか否かの判断をする際に参考にできるものであると解される。

そこで、この観点からP条の実質的有効性を検討すると、本件公社債は、A国法に基づくものである旨の明文の規定があり、また、P条が指定している裁判所もA国の裁判所であるので、A国法により、Xの錯誤の有無を判断すべきである。

ただし、本件は消費者契約であることから、通則法11条により、XA国法により錯誤の主張が認められなくても、Xの常居所地法である日本法上の強行規定として錯誤の主張をすることができると解され、さらに、X通則法42条により、A国法の適用結果がわが国の公序に反する場合は,その適用結果が覆されることになる。

 

(3) XB公社債を購入したのは、証券会社Yを通じてであった。Y証券会社はアメリカに本店を置くYグループがケイマン法人として設立した会社であり、香港に統括本部を置き、東アジアでのビジネスを展開しており、日本向けには日本語のウェブサイトを設定し、インターネットを通じてのみ業務を行っていた。XB公社債を購入したのもインターネットを通じてであった。インターネットを介して締結されたXY間の契約によれば、Yはその販売する商品がデフォルトになっても何らの責任を負わない旨の条項とともに、準拠法は香港法とし、紛争はすべて香港での仲裁による旨の条項がある。

Xは、B公社債の販売にあたってYとしては、B公社債の発行条件とリスクを十分に説明すべきであったのに、専ら5%で5年間運用できるチャンスであるとの説明をしてXに販売したことは問題であると主張し、Yを被告として東京地裁に提訴した。

XYに対する本件訴訟についての日本の国際裁判管轄についてどのように判断するか。

 

民事訴訟法3条の35号によれば、「日本において事業を行う者」に対する訴えであって、「その者の日本における業務に関するもの」であれば、日本の裁判所の国際裁判管轄が認められることになる。

これを本件に当てはめると、 Yは、香港に統括本部を置くケイマン法人であり、日本に向けては日本語のウェブサイトを設定し、もっぱらインターネットを介したビジネスを展開している会社であり、現に、Xのような顧客にB公社債を販売していることから、民事訴訟法3条の35号により、本件訴えについては、日本の裁判所には国際裁判管轄があるべきことになる。

このほか、XY間の契約は消費者契約であるので、3条の41項により、Xの住所地国である日本に国際裁判管轄があるということもでき、また、3条の41XYの販売行為(説明義務違反)を不法行為にあたると主張していると捉え、民事訴訟法3条の38号の定める不法行為地が日本にあるとの理由で、日本の裁判所の国際裁判管轄を認めるという可能性もあろう。

いずれにせよ、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるべきものと一応は解されるとしても、XY間の契約には、紛争はすべて香港での仲裁による旨の条項があるため、この条項との関係が問題となる。

一般に、仲裁法14条によれば、「仲裁合意の対象となる民事上の紛争について訴えが提起されたときは、受訴裁判所は、被告の申立てにより、訴えを却下しなければならない。」と定めており、有効な仲裁合意は妨訴抗弁となる。同法32項は、外国を仲裁地とする仲裁合意がある場合にも14条を適用する旨定めている(なお、香港は「外国仲裁判断の承認の及び執行に関する条約」の締約国であり、日本は同条約23項に基づく義務も負っている。)

仲裁法14条には仲裁合意が有効とされない場合を定めているところ、それとは別に、同法附則3条が消費者契約に関する紛争についての仲裁条項有効となる場合を定めている。そして、同条2項によれば、「消費者は、消費者仲裁合意を解除することができる。」とされており、本件では、Xが原告となって東京地裁に提訴していることから、この解除が黙示的にされていると解することができると思われる。もっとも、念のため、東京地裁としては、Xに同項に基づく仲裁合意の解除をするか否かを確認すべきであろう。

 

問題2

外国判決に対して執行判決を求める訴訟が日本で係属中に、当該外国において当該判決について再審を求める訴えが提起された。このことは日本での当該執行判決請求訴訟にどのように影響するか。

 

外国判決の日本における執行を認めるための要件は、民事執行法243項により、「外国裁判所の判決が、確定したことが証明されないとき、又は民事訴訟法第118条各号に掲げる要件」を具備することである。

そのうち、日本で執行判決請求訴訟が求められている外国判決について、当該外国で再審の訴えが提起されたという状況で適用が問題となるのは、当該外国判決の「確定」性の要件である。この要件が要求される趣旨は、日本において外国判決に執行判決を付与し、又はその執行まで完了した後に、当該判決の内容が変更されてしまうと、日本での手続が無駄となるため日本の裁判制度として都合であり、また、判決内容の変更により有利となった当事者にとって不正義な結果(特に執行後に取り戻しが事実上できないような場合)になりかねないからである。他方、だからといって、何らかの理由で外国判決の内容が変更される可能性が少しでもあれば、日本でのその判決の執行を認めないという扱いをすることは、当該外国判決に基づく執行を望んでいる当事者にとって酷であり、また、外国判決の執行性を設けた趣旨にも反する結果となってしまう。

このような制度趣旨に照らすと、控訴、上告のような通常の上訴がされ、それがなお係属中であれば、この確定性の要件を具備しないことは明らかである。これに対して、再審の裁判は、一般に、再審事由がごく限られており、統計的にも極めて少ない割合しか再審が認められることがないとすれば、上記の趣旨に合致せず、一応は確定したものとして日本での執行を認めてよいと解される。

もっとも、諸国の裁判制度、上訴・再審制度は様々であり得ることから、外国での「再審を求める訴えが提起された」という状況を正しく把握する必要があり、日本から見て、それが通常の上訴のようなものであると判断されれば、「確定」性を欠くという判断をすべきであろう。