Sophia 国際民事紛争処理

E1111360 多田佳祐

設問(1)

第1 外国判決の承認について

 外国判決とは、権限ある外国の司法機関のした終局判断である。外国判決の既判力及び形成力という効力を認めることを外国判決の承認という。日本では、外国倒産処理手続を除き、民事訴訟法118条の要件を具備する場合、特別の手続を要することなく自動的に承認する仕組みを採用している。したがって、要件を具備した外国判決は、その確定の瞬間に日本でも効力を有することになる。

 

第2 民事訴訟法118条1号について

 民事訴訟法118条1号は、「裁判権」という用語を用いているが、判決を言い渡した裁判所が、国際法上の裁判権を有しているだけでなく、国際裁判管轄(間接管轄)を有することも要求している。間接管轄については、民事訴訟法3条の2以下の規定を準用して判断すべきである。

 この点、旧法下では、既に外国ではその判決が確定して効力を有している以上、直接管轄より緩やかに認めてよいとの学説も存在し、最高裁も含みを持たせた表現をしていた(最判平成10年4月28日民集52巻3号853頁)。しかし、日本で直接管轄を否定すべき場合に間接管轄を肯定することは訴訟法上の正義や主権の観念に反するものというべきであり、直接管轄と間接管轄は全く同じ規律に服するべきである。

 

第3 国際裁判管轄における個別労働関係民事紛争の特則について

(1)個別労働関係民事紛争について

 民事訴訟法は、個別労働関係民事紛争について、国際管轄の特則を定めている(民事訴訟法3条の4第2項・3項・3条の7第6項)。個別労働関係民事紛争とは、@個々の労働者と、A事業主との間に生じた、B労働関係に関する事項についての民事に関する紛争である(民事訴訟法3条の4第2項)。

(2)@について

 「労働者」とは、対価を得て指揮命令に従って労務を提供する者をいう。

Aは、研究者としてBに雇用されており、労務を提供するにあたり一定の裁量が与えられていること、研究実績に応じたボーナスの支払いが約定されていることが認められる。他方、雇用契約(a)及び(b)によると、Aは、肥満軽減に関する研究活動に従事することが義務付けられており、研究事項がBにより限定されていること、研究場所は、Bが有する日本と乙国の研究所とされていること、さらに、研究実績とは別に年俸として3000万円の支払いが約定されていることが認められる。

以上によると、Aは、Bの管理支配が及ぶ研究所において、Bから与えられた研究事項に従事することが義務付けられており、Aに与えられた裁量はその研究事項の範囲内にすぎず、Aは、Bの指揮命令に従って労務を提供する者である。また、研究の対価は、原則として基本給として支払われる年俸であって、ボーナスはあくまで研究実績に顕著な成果があった場合に支払われるものに過ぎない。

したがって、Aは「労働者」にあたる。

(3)A及びBについて

 「事業主」とは、法人その他の社団または財団及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。Bは日本法人なので、この「事業主」にあたる。

 また、本件は、Bの人事担当重役からの嫌がらせがあったためにAが退社に追い込まれたことを理由として、Aが、Bに対し慰謝料を含む損害賠償を請求するという紛争なので、労働関係に関する事項についての民事に関する紛争にあたる。

(4)まとめ

 以上により、本件は個別労働関係民事紛争にあたる。

したがって、本件では、国際管轄について、個別労働関係民事紛争に関する特則が適用される。

 

第4 合意管轄(本件雇用契約(d))について

 個別労働関係民事紛争に関する訴えについての合意管轄は、(@)紛争発生後の合意である場合(民事訴訟法3条の7第6項柱書)、(A)労働契約終了時にされた合意で、その時における労務提供地がある国の裁判所に管轄を認める合意である場合(同項1号)、(B)労働者が合意された国の裁判所に提訴したか、もしくは、事業者が提起した訴えについて管轄合意を援用した場合(同項2号)、以上いずれかの場合にのみ有効となる。

 本件雇用契約(d)の東京地方裁判所を専属裁判管轄とする旨の管轄合意は、雇用契約締結の際に合意されたものであり、上記(A)には該当しない。また、紛争の発生前の合意なので上記(@)にも該当しない。また上記(B)のような事情もない。

 したがって、本件雇用契約(d)の専属的管轄合意は無効である。

 

第5 個別労働関係民事紛争事件の管轄について

 労働者から事業主に対する個別労働関係民事紛争に関する訴えについては、他の管轄原因がある場合に加えて、労働契約における労務提供地が日本にあれば国際裁判管轄が肯定される(民事訴訟法3条の4第2項)。この規定が準用される間接管轄については、同項の「日本国内」とある部分を「外国内」、「日本の裁判所」とある部分を「当該外国の裁判所」と読み替えて適用することになる。

 労務提供地とは、労働契約にもろ付き基づき事業主の指揮命令により労働者が勤務する地である。労務提供地国は複数あっても差し支えない。

 本件雇用契約(a)によると、Aは、日本と乙国とにBが有する研究所で勤務することになっており、実際に、日本及び乙国の研究所を年間5回程度行き来しつつ研究に従事し、その滞在期間は、日本:乙国が3:2であったので、乙国はAの労務提供地である。

したがって、Aの労務提供地が乙国にあり、乙国の間接管轄が認められる

そのほか、Bは乙国に研究所を有していることから、乙国には相当の額の財産の所在地であるとみられ、また、乙国は日本とともに不法行為地である可能性もあるので、財産在地管轄や不法行為地管轄も認められる可能性がある(民事訴訟法3条の3第3号・第8項)。

他方、本件の事情中に、3条の9に定める「特別の事情」(「日本」を「乙国」と読み替える。)があるといえるか否かを検討するに、乙国での訴えを却下するような特別の事情があるとは認められない。

以上により、乙国判決は、日本の民事訴訟法118条1号の要件を満たす。

 

設問2

第1 Aの主張の趣旨について

 個別労働関係民事紛争における国際裁判管轄の合意管轄については、既述のとおり特則が設けられている。その趣旨は、事業者の用意した約款により労働契約が締結されることが多いという実情に鑑み、その約款上の裁判管轄合意により労働者が不利益を被ることがないようにするものである。

 Aの主張は、本件退社契約Cの条項が弱者である労働者に不当に不利益を課すものであり、その効力は否定されるべきであるというものなので、その趣旨は、本件が個別労働関係民事紛争にあたり、特則により管轄合意が無効になると主張するものである。

 

第2 個別労働関係民事紛争について

 既述のとおり、A及びBは、それぞれ、民事訴訟法3条の4第2項の「労働者」及び「事業主」にあたる。また、本件は、Aの退社契約違反を理由として、BAに対して違反行為の差止め及び損害賠償を請求する紛争であり、労働関係に関する事項についての民事に関する紛争にあたる。したがって、本件は、個別労働関係民事紛争にあたり、国際裁判管轄については特則が適用される。

 

第3 合意管轄(本件退社契約C)について

 個別労働関係民事紛争における合意管轄については、設問1の第4のとおり、(@)乃至(B)の場合に限って有効となる。

 本件退社契約Cは、ABとの労働契約の終了時に合意されたものであり、その時の労務提供地である日本の裁判所に管轄を認める合意である。したがって、(A)の場合(民事訴訟法3条の7第6項1号)にあたり、この合意管轄は有効である。なお、専属管轄としては認められない(同号カッコ書き)。

 以上により、本件退社契約Cの条項は有効であり、3条の9に定める「特別の事情」も認められないことから、Aの主張は認められない。

 

設問3

第1 Bの主張及び請求の趣旨について

 Bは、Dに対し、(ア)甲国での物質βを添加した食品の生産差止め、(イ)甲国・乙国・日本でのその販売差し止め、(ウ)甲国・乙国・日本の市場を奪われたことによる損害賠償を請求しており、いずれも、DBの営業秘密を不正に取得した不法行為をその根拠としている。

民法709条に基づく請求では差止請求ができないので、(ア)及び(イ)については不正競争防止法3条に基づく請求である。もっとも、不正競争防止法上の営業秘密保護の条項は、一定の要件を満たす場合に民法よりも厚く保護することを目的とした規定なので、その法的性質は、民法709条の不法行為の特則である。(準拠法が日本法ではあるとは限りません。)

本件の差止請求の訴えも損害賠償請求の訴えもいずれも「不法行為」に基づく訴えであり、国際裁判管轄を考える上では区別する必要はない。したがって、Bの請求は、いずれも不法行為に基づく請求であり、日本の裁判所が国際裁判管轄を有するか否かもこの観点から決せられる。

 

第2 不法行為地管轄(民事訴訟法3条の3第8号)について

(1)不法行為管轄について

 国内管轄に関する民事訴訟法5条9号と同様に、不法行為地には事件に関する証拠が所在していることが多いことから、不法行為地には国際裁判管轄が認められる。同号の「不法行為地」には、加害行為地も結果発生地もいずれも含まれる。

 不法行為管轄では、本案の審理対象となる「不法行為」という法律概念が管轄の有無を判断する際に用いられており、管轄の判断としてどの程度の判断をすべきか問題となる。

 国内管轄については、被告による主張が全く根拠を欠く場合を除き、不法行為があったことについて原告が一応筋の通った主張をしていれば、その主張する事実が存在するものと仮定して判断するという説(管轄原因事実仮定説)が支持されている。しかし、国際裁判管轄については、国境を越えて応訴する被告の負担に配慮して、一定の審査をすべきである。

 この点、最高裁は、不法行為と主張されている行為が日本で行われたこと、又はそれに基づく損害が日本で発生したという事実が証明されることが必要であり、故意・過失の存在や違法性阻却事由の不存在といった点は本案で審理すればよいとの見解(客観的要件具備必要説)を採用した(最判平成13年6月8日民集55巻4号727頁)。

この見解では、不法行為の成立要件のうち、故意過失や違法性阻却事由の不存在などを除き、被告の行為及び被告についての結果発生並びに両者の間の因果関係については完全な証明が必要となるところ、これらの事項については、結局、原告主張のとおり認められることが多く、事実上、管轄原因事実仮定説と同様の扱いとなりかねない。また、そもそも、いかなる国の法律の客観的要件を証明すればよいのか明らかでない。

そこで、事件全体を見て不法行為事件であることについての一応の心証を形成することができれば民事訴訟法3条の3第8号の「不法行為」にあたるとする説(一応の証拠調べ説)が妥当である。この見解では、どの程度の心証を形成すべきか曖昧であるが、本案審理を必要ならしめる程度の心証を得れば足りるとすべきである。本案審理が必要であるか否かの判断は十分に可能であるからである。

(2)本件における「不法行為」ついて

 既述のとおり、Bの請求は、いずれもDの不法行為を理由とする物ものであり、不正競争防止法上の主張については、不法行為と認められるためには、物質αの製法がBの営業秘密に当たるか否か及びこれが肯定される場合には、Dの行為が不正取得行為に当たるか否かについて本案の審理が必要である。

また、物質αの製法がBの営業秘密に当たらない場合であっても、本件では、物質αのBによる秘密管理は十分にされていたことが窺われること、Dが情報網を世界各国に張り巡らしており、日本にも駐在員事務所を置き情報収集を行っていたこと、Dが物質βを添加したクッキー、アイスクリーム等の販売を開始したのが、Bが物質αを添加した食品の発売を計画していた時期の直前であること、Dは、Bを退社後にAが始めた食品・医薬品メーカーに助言を行うコンサルティング会社Cの顧客であることからすれば、物質αの開発に係る情報がDの日本駐在員を通じてAからDに継続的に渡されていたおそれがあるというBが得た情報には一応の理由があるとみえ、そのような事実があったか否か、これが肯定される場合にその行為が民法709条の不法行為に当たるか否かについて本案の審理が必要である。

 以上により、本件は不法行為管轄における不法行為事件であることについて、本案審理を必要ならしめる程度の事実があるということができ、不法行為事件に該当するとの一応の心証を形成することができる。

(3)本件における「不法行為地」について

以上により、Bは、不正競争防止法上の営業秘密が不正取得され、あるいは民法703条の加害行為が行われるという加害行為の結果、たことにより、Bに対する不法行為は成立しており、その営業秘密がどこで生産に利用され、どの市場で販売されたかは事後の事情に過ぎないので、その営業秘密が管理されていた地であり、盗まれた地である日本は加害行為である。また、少なくとも、Bにとって、甲国及び乙国に加え、日本において物質αを添加した食品の売上が低下するという被害を受けているので、Bにとって日本は結果発生地のひとつである。

したがって、Bの請求(ウ)のうち、少なくとも日本の市場を奪われたことによる損害賠償請求について、日本の裁判所は不法行為地管轄として国際裁判管轄を有する。

 

第3 併合請求における管轄(民事訴訟法3条の6)について

(1)併合請求における管轄について

 一の訴えで数個の請求をする場合において、日本の裁判所が一の請求について管轄権を有しているときは、他の請求について管轄権を有していないときでも、当該一の請求と他の請求との間に密接な関連があれば、日本の裁判所に当該他の訴えもあわせて提起することができる(民事訴訟法3条の6本文)。

 客観的併合による管轄については、原告にとっては紛争を一の訴訟手続きで解決でき、被告にとっても一の請求に対しては応訴せざるを得ない以上、他の請求について応訴することはそれほどの負担ではない。

(2)本件において

 既述のとおり、Bの請求(ウ)のうち、日本の市場を奪われたことによる損害賠償請求については、日本の裁判所の国際管轄が認められる。

そして、請求(ウ)は、甲国・乙国・日本のそれぞれの市場を奪われたことを理由とする3個の損害賠償を併合して請求するものである。これらの請求は、同一の原因に基づく同一の加害態様により3つの国で被害を被ったことを主張するもので、それぞれの請求には密接な関連が認められる。

 また、(ア)及び(イ)の請求も、同一の原因に基づく同一の加害態様による被害に対し差止めを請求するものであり、請求する法的効果が異なるにすぎず、日本の裁判所の国際管轄が認められる請求と密接な関連が認められる。

 したがって、Bは、(ア)、(イ)及び(ウ)の請求を日本の裁判所にあわせて提起することができる。

 

第4 特別の事情による訴えの却下(民事訴訟法3条の9)について

(1)特別の事情による訴えの却下について

日本の裁判所が管轄権を有する場合でも、特別の事情があるときは、裁判所は訴えの全部または一部を却下することができる(民事訴訟法3条の9)。

これは、旧法下の判例(最判平成9年11月11日民集51巻10号4055頁)が、具体的事案の解決として、管轄を認めることが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情がある場合に管轄を認めていなかったことに加えて、異なる国の裁判所の間では訴訟を移送することができないため、民事訴訟法17条が定める訴訟の著しい遅滞を避け又は当事者の衡平を図るという目的を果たすことをも踏まえた規定である。

特別の事情の有無は、事案の性質、応訴による飛行の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して判断される。

(2)本件において

 既述のとおり、本件は、Bの請求のうち少なくとも日本の市場を奪われたことによる損害賠償請求については、日本の裁判所の国際裁判管轄が認められる。そして、その他の請求は、管轄が認められる他の請求と密接な関連が認められる。

 以上によると、原告Bにとっては関連する紛争を一の訴訟手続きで解決でき、他方、被告Dにとっても一の請求に対しては応訴せざるを得ない以上、他の請求について応訴することはそれほどの負担ではない。また、本件の加害行為は日本で行われた可能性が高く、証拠についても日本に所在している可能性が高い。そして、その他に特別の事情たるものはない。

 したがって、本件では特別の事情は存在せず、特別の事情による訴えの却下はされない。

 以上により、日本の裁判所は(ア)(イ)(ウ)の請求について国際裁判管轄を有する。

 

設問4

第1 本件雇用契約(c)に基づく判断の性質について

(1)法律上の仲裁と仲裁鑑定について

 法律上の仲裁においては、仲裁判断は確定判決と同一の効力を有し、これに基づいて民事執行をすることもできる(仲裁法45条・46条)。ただし、法律上の仲裁は、既に生じた民事上の紛争又は将来において生ずる一定の法律関係に関する民事上の紛争が対象であり、事実上の紛争についての仲裁(仲裁鑑定)は、法律上の仲裁ではない。

(2)本件の判断について

 本件の判断は、Aの研究実績に応じたボーナスの金額についてのものであり、報酬請求権という法律上の争いではなく、事実上の紛争についての判断に過ぎない。

したがって、本件判断には仲裁法の適用はなく、仲裁判断として扱われない。

 

第2 本件判断の扱いについて

 ボーナスを8500万円とする本件判断は、2010年10月のAの研究の成果に対し、Bが5000万円を提示したところ、これを不服に思ったとしてAが、本件雇用契約(c)に基づき報酬鑑定人の判断を仰ぎ、所定の手続きを経て決定されたものである。

 本件雇用契約(c)では、Bの査定にAが不服のある場合、ボーナスの額は3名の報酬鑑定人が示す金額のうち、差が少ない2つの金額の平均額とすると規定されており、8500万円という金額はこの手続に従って決定されたこと、また、本件退社契約@では、金額確定手続により定まる金額をAはBに対し支払うと規定されていることからすると、AはBに対し、ボーナスとして8500万円を請求しうる。

 もっともそして、既述のとおり、8500万円のボーナスとするとの決定は契約条項としてそのように定められたという以上の効力はなく、という金額にはなんら拘束力がない以上、Bはこの金額を争うことができる。契約条項が準拠法に照らして効力がないといった主張をすることは妨げられない。

 

[以下については、答案としては触れる必要はありません。]

第3 訴えが提起された場合の管轄について

 仮に、AがBに対し、ボーナスとしての報酬請求の訴えを提起する場合、当該報酬は、本件雇用契約により生ずるものなので、本件退社契約の管轄合意ではなく、本件雇用契約の管轄合意が問題となる。

(1)管轄合意(本件雇用契約(d))について

 A及びBは、それぞれ、民事訴訟法3条の4第2項の「労働者」及び「事業主」にあたる。また、本件は、AがBに対し本件雇用契約に基づく報酬に関する紛争であり、労働関係に関する事項についての民事に関する紛争にあたる。したがって、本件は、個別労働関係民事紛争にあたり、国際裁判管轄については特則が適用される。

 この場合、設問1の第3・第4と同様に、専属的管轄合意は無効となり、Aは乙国の裁判所が本件につき国際裁判管轄を有していれば、乙国裁判所に本件訴えを提起できる。

(2)乙国判決の承認・執行の要件について

 日本では、外国判決の承認と執行の要件は同一であり、執行の要件を定める民事執行法24条3項は、承認の要件を定める民事訴訟法118条の柱書と各号の要件を分けて規定しているだけである。

 以上により、乙国判決は、民事訴訟法118条の要件を満たせば日本において承認され、Aは、執行判決を得ることで民事執行が可能となる。

 民事訴訟法118条の要件は、@外国裁判所の確定判決であること(民事訴訟法118条柱書)、A間接管轄が認められること(民事訴訟法118条1号)、B訴状・呼び出し上の送達に不備がないこと(民事訴訟法118条2号)、C当該判決が公序に反しないこと(民事訴訟法118条3号)、D相互の保証があること(民事訴訟法118条4号)である。

(3)相互の保証について

 相互の保証については、条約などによる相互判決承認・執行の約束がある必要はなく、両国の外国判決承認・執行制度を比較して、相互性が認められれば足りる。

 この点につき判例は、日本法の定める要件と同じか、より緩やかな要件を外国が定めている場合に限るとうい大審院判決(大判昭和8年12月5日法律新聞3670号16頁)を変更し、外国における判決承認の要件が、日本のそれと重要な点で同一であり、実質的にほとんど差がない程度のものであれば、相互の保証があるとした(最判昭和58年6月7日民集37巻5号611頁)。

(4)乙国判決の承認

 民事訴訟法118条の要件のうち、A間接管轄については設問1同様に本件でも認められる。したがって、Aは、上記@BCを満たした判決を得ることができれば、当該判決は日本においても承認される。

(5)乙国判決の執行

 既述のとおり、外国判決の承認と執行とは要件が同一なので、Aが得た乙国判決が承認されれば、乙国判決を執行することができる。ただし、それは乙国法上の執行力ではなく、あくまで乙国判決に日本で日本法上の執行力が付与される。

したがって、Aは乙国判決を執行するには、日本の裁判所で執行判決を得る必要がある。もっとも、民事執行法24条2項は、実質的再審査の禁止を定めており、乙国裁判所のした準拠法の決定・適用、事実認定のための証拠の選択・評価などを日本の裁判所は審査せず、民事訴訟法118条の定める要件の具備のみが審査される。

(6)まとめ

 以上のように、本件判断は、なんら拘束力を有しないものの、Aは、8500万円を請求し得るし、一定の場合に日本において執行し得る。