WLS国際私法

47110090 丸山有里子

問題(1)  Aは、Bに対し、Aが退社したのはBの人事担当重役からの嫌がらせがあったからであると主張し慰謝料を含む損害賠償請求をしようとしている。 その場合、本件請求に適用される準拠法は何か。

1.本件請求の性質決定

(1)労働契約の性質

   まず、AB間には雇用契約が締結されているので、本件請求は労働契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求であると考えることができる。

   労働契約については、労働者と使用者の間に交渉力・情報力等の格差があるため、法の適用に関する通則法(以下、法名を省略または通則法と呼ぶ)においては12条という特則が定められ、7条〜11条の規定に対して12条が優先することになる。

(ア)労働契約の定義規定はおかれていないため、解釈に委ねられるが、一般に、使用者の指揮監督下に労働者が労務を提供し、その対価として労働者が使用者からの賃金を受ける契約をいう。

   本件において、ABの研究所で働くという労務を提供し、その対価としてBAに報酬を払うという雇用契約が締結されている。

(イ)なお、Aの報酬は、基本給3000万円と実績に応じてボーナスが加えられられるという高額なものであったが、対価が高額な場合にもここでいう労働者にあたるか。

   活動の独立性が強い場合には、労働契約ではなく、請負契約や委任契約と見られる場合もあるが、対価がいかに高額であれ、指揮命令に従って労務を提供するという地位にかわりはなく、A12条の労働者にあたるものと解する。

2)不法行為の性質

   また、Aは、Bの不法行為に基づき、Bに損害賠償請求をすることも考えられる。

   なぜなら、一般に会社は従業員に対する「職場環境配慮義務」をも負っており、それを怠ったときには不法行為を形成すると考えることができるからである。[これは準拠法が決まってから、不法行為の成立要件として問題となる点であり、不法行為の準拠法を論ずる際の前提にはなりません。]

2.通則法7条・9条について

(1)以上1(1)のように、本件請求を雇用契約違反に基づく債務不履行責任と法性決定した場合、通則法12条の適用対象となるところ、同条は一般の契約についての7条・9条の適用を排除するものではない。よって本件契約においても、そのような当事者自治による準拠法の指定・変更が存したか、という点がまず問題となる(7条)。

(2)ここで、7条にいう「選択」は、当事者の明示的な意思表示のみならず黙示的な意思表示でもよいというのが旧法下からの判例の立場[1]であった。このような見解は現行法改正時に敢えて文言を変更しなかったことから、現在においても採用しうると考えられる。しかし、旧法下と異なり、当事者の準拠法選択がない場合には8条の最密接関係地法によるとされたことから、従来のように妥当な準拠法選択を導くために強引に当事者の黙示の意思による選択を認定する必要性は存しない。従って、現行法下において黙示の選択の有無は、明示的でないにせよ8条による準拠法と異なる法を当事者が敢えて選択していると言い得るか否かという点から検討すればよい[2]と考えられる。

(3)以上を前提に本件を検討するに、当事者は準拠法について正面から議論して物別れに終わった挙げ句、本件雇用契約に準拠法条項が置かれなかったという経緯があり、特定の法を準拠法として選択するという一致した意思は認められない。はなく、明示的な意思表示は認められない。また、AB(d)で、一切の紛争は東京地方裁判所の専属管轄とすることで合意はしているものの、両者間に敢えて最密接関係地法と異なる準拠法を選択しようとの黙示の意思表示も認められない。

   従って本件においては当事者による準拠法の選択はなく、また9条にいう変更の事実も存しない。

3.通則法123項の適用

(1)上述のように、本件雇用契約の成立について、7条・9条の規定による準拠法の選択がないため、123項により、82項の規定にかかわらず、当該労働契約の成立及び効力は、当該労働契約において労務を提供すべき地の法を当該労働契約に最も密接な関係がある地の法と推定するとされる。労務提供地が特定できない場合には、労働者を雇い入れた事業所の所在地法が最密接関係地法と推定される(122項参照)。[3]

(2)本件においてABに対する労務を日本と乙国、両方の研究所において提供していたため、労務提供地が特定できない。そこでAを雇い入れた事業所の所在地法が最密接関係地法と推定されるが、Aを雇い入れたBは日本法人であり、その事業所は日本である。  

   以上より、本件雇用契約については、Bの所在地たる日本法が準拠法となる。 

4. 通則法17条について

(1)つぎに、1(2)のように本件請求を不法行為責任に基づく損害賠償請求と法性決定した場合について考える。不法行為の準拠法については、通則法17条が原則として結果発生地法によるとしつつ、その地における結果発生について予見可能性のない場合には加害行為地法によることを規定している。

(2)そこでまず、本件における結果発生地がいずれの国であるかが問題となる。

   ここで、結果発生地とは、被害者が被った被害という事実そのものが発生した地を意味し、例えば人身に傷害を受けた場合には、当該傷害を受けた地が結果発生地であり、それにより発生する逸失利益や治療費等の具体的な損害に着目して結果発生地が定められるわけではないと考えられる。[4]また、精神的損害については、現実に精神的苦痛を受けた人の常居所地が被侵害法益の所在地であり、結果発生地である。[5]

   とすれば、本件においては、ABの人事担当重役から嫌がらせを受けて生じた精神的損害の結果発生地は、Aの常居所地ということになる。そして、Aは当時日本に家族とともに生活の本拠をおいていたのであるから、Aの常居所地は日本であったことになる。

(3)では、本件において結果発生について、人事担当重役の雇用主であるBに、予見可能性が認められるか。

   ここで、「予見」の対象は、「その地における」結果発生という場所的なものであり、「結果の発生」そのものではない。

   また、結果発生地の予見可能性の判断基準については、加害者の主観を考慮すべきか、それとも当該事案の加害者と同一の状況にある一般人を基準とすべきか。

   確かに、17条但書の趣旨が、加害者の国際私法上の利益・予見可能性の尊重であることからすれば、加害者の主観的な基準により判断するとの解釈も成り立ち得る。しかし、主観的な判断基準を認めると、事実上、加害者に恣意的な準拠法選択を認める結果となるとともに、加害者の主観的事情をめぐる争いが泥沼化して訴訟遅延のおそれもある。したがって、予見可能性の判断は、当該事案の加害者と同一状況にある一般人の立場からの客観的な基準で行われると解すべきである。すなわち、加害者自身の予見可能性の有無ではなく、加害者及び加害行為の性質・態様、被害発生の状況等の諸事情に鑑み、客観的・類型的に判断すべきである。   

   本件においては、AB間の雇用契約において、Aは日本と乙国双方の研究所を行き来しつつ研究活動に従事することを定めており、日本という場所における結果発生は、客観的・類型的に判断して予見可能であったといえる。

(4)従って、通則法17条によれば、本件不法行為の準拠法は結果発生地法たる日本国になる。

5.通則法20条について

(1)通則法20条によれば、同17条に基づく準拠法が属する法域よりも明らかに密接な関係を持つ他の法域があれば、その法が準拠法となる。一般に例外条項と呼ばれ、不法行為が様々な態様で発生しうることに鑑み、準拠法の決定に一定の柔軟性をもたせたものである。

(2)では、20条による17条の準拠法の修正はどのような場合に認められるか。

(ア)20条は、より密接な関係が認められる事情として、特に、

   @不法行為の当時において当事者が法を同じくする地に常居所を有していたこと、

   A当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたこと、

   を挙げている。

(イ)@で、当事者が法人の場合、通常、当該不法行為に最も密接に関係する事業所がその常居所と解すべきである。また、当事者の常居所の基準時点は不法行為時である。

   また、Aについては、不法行為が当事者間の基本関係に基づいて発生した場合には、それが国際私法上も不法行為の問題となるとしたうえで、当該基本関係の準拠法によるべきとする、附従的連結を採用したものである。その根拠としては、上記のような場合には、基本関係の準拠法を適用することが当事者の合理的期待にかなうこと、また実際にも、両準拠法を一致させることで、困難な性質決定および適応問題の処理を回避できることが挙げられる。

(3)以上を前提に本件において通則法20条に基づく修正が認められるか検討する

(ア)@の該当性

   人事担当重役による嫌がらせ行為の当時、Aは日本に家族とともに生活の本拠をおいていたので、日本に常居所を有していた。またBは日本法人であるから、当該不法行為に最も密接に関係する事業所は日本であるといえる。したがって@には該当するが、結論は変わらない。

(イ)Aの該当性

   本件Bの不法行為はAB間の雇用契約に基づく義務に違反して行われたものであるから、上記Aの事情が認められるが、ここでも12条3項の適用場面で検討したように日本法であることに結論は変わらない。

6.   結論

   よって結論としては、どちらに法性決定をしても、本件請求には日本法が適用される。

 

<問題2以下、略>

 

以上



[1] 最判昭和53420日民集323616頁(定期預金契約の準拠法決定)百選31

[2] 澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門』第7版186頁

[3] 松岡博『国際関係私法入門』第3版112頁

[4] 澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門』第7版226頁

[5] 松岡博『国際関係私法入門』第3版123頁