WLS国際関係私法基礎
47122097 田村 遼
1.
設問1 <太字と下線は道垣内による。以下同じ。>
(1) について
日本の裁判所である東京地方裁判所(以下、東京地裁という。)の国際裁判管轄の有無は、民事訴訟法第2章第1節(以下、民訴法という。)により判断される。
ア 被告の住所地管轄(3条の2)
まず、被告住所地による管轄権が認められないか。
民訴法3条の2によれば、@被告住所が日本国内にある場合、A住所がない場合又は知れない場合にはその居所が日本国内にある場合、B居所がないか不明であり、最後に住所を有していたのが日本である場合のいずれかにあたれば管轄権が認められる。この規定の根拠は、原告は十分な訴訟準備をした上で訴えるのに対して、被告は応訴を余儀なくされる受動的立場にあるので、被告の防御のために手続的公平を図る必要があることである[1]。
本問では、被告であるTの住所地は明らかでない[2]。したがって、仮にTが@〜Bのいずれかに該当すると認められる事情があれば、民訴法3条の2により東京地裁は国際裁判管轄を有することになる。
イ 契約債務履行地管轄(3条の3第1号)
民訴法3条の3第1号は、「契約上の債務に関して…生じた不当利得に係る請求」を目的とする訴えについて、@契約において定められた債務履行地が日本国内にある場合、A契約において選択された地の法によれば債務履行地が日本国内にある場合に管轄権を認める。その根拠は、当事者の予測可能性、債務履行に関する証拠の偏在、強制執行の実効性などである[3]。
本問におけるAの請求は、TがAに引き渡した宝飾品が偽物で債務の本旨にしたがった履行がないことを理由に、Aは契約を解除して支払済みの1万ユーロの不当利得返還請求を行う、というものである[4]。
この場合、「契約上の債務に関して生じた…不当利得返還請求を目的とする請求」にあたる。もっとも、契約に定められた「当該債務」の履行地について、@契約において定められた債務履行地が日本国内にある場合、A契約において選択された地の法によれば債務履行地が日本国内にある場合にあたる事情がない以上、日本の裁判所は管轄権を有しない。
したがって、民訴法3条の3第1号によっては、東京地裁は国際裁判管轄を有しないことになる。
ウ 不法行為地管轄(3条の3第1号)
不法行為に関する訴えについての管轄は、民訴法3条の3第8号によれば、不法行為地に認められる。当事者の予測可能性確保、証拠収集の便宜が考慮された規定である[5]。
本問において、Tの不法行為があったと構成することも可能ではある。しかし、不法行為の加害行為地、結果発生地はいずれも甲国であり、東京地裁は不法行為地管轄を有しない。
エ 消費者契約事件の管轄(3条の4第1項)
3条の4第1項によれば、消費者契約に関して消費者が事業者を訴える場合、消費者の裁判所へのアクセスを保障するため、消費者の住所が日本にあれば日本の国際裁判管轄権が認められる。
本問において、Aは消費者である。一方、Tは商人であり「事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人」といえ、事業者にあたる。また、Aは日本人であり、日本の大学に4年間通ったことからして、契約締結時の住所は日本国内にあるものと考えられる。したがって、東京地裁は国際裁判管轄を有するものと認められる。
オ 「特段の事情」による訴えの却下(3条の9)。
以上によれば、被告住所地あるいは消費者契約事件の管轄により、東京地裁は国際裁判管轄を有することになる。もっとも、民訴法3条の9によれば、「当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情」があれば、訴えは却下される。「特別の事情の有無」は、@事案の性質、A応訴による被告の負担の程度、B証拠の所在地その他の事情を考慮して決せられることになる。
これを本問について検討すると、@まず本問は甲国における契約の成否及び履行の有無が問題となっている事案であり、Aが日本人という事実以外は日本との関連が希薄という性質がある。また、A被告は甲国で宝石商を営んでいる者であり、日本に住所や居所を有しあるいは有していたといった事情がない限り、密接な関係を持たない国での応訴を強いられることとなり、負担が大きい。更に、B本問の事案で争点となることが予想されるのは、宝飾品の真正及び契約成立の有無であるが、これらの判断には契約当時の客観的状況の分析が不可避である。<訴えを却下する方向に働く最も重要な事情は、Aが甲国に旅行してTに店(おそらく甲国内でのみ現物売買の営業をしている宝石店)で買い物をしたという事情ではないでしょうか。> しかし、そのための証拠は契約が締結された甲国に偏在している。
これらの事情からすれば、東京地裁に国際裁判管轄を認めることはTに一方的な負担を強いる点で当時者の衡平を害し、また証拠へのアクセスが困難である点で適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる。したがって、「特別の事情」が存在するといえ、訴えは却下されるべきである。
(2) について
ア Aの請求の内容
AのDに対する1万ユーロの代金返還請求は、@契約が無効でありDが代金を保持する法律上の理由がないことを理由とする不当利得返還請求、及びADが故意・過失によってAに与えた財産的損害の賠償請求、の二つが考えられる。そこで、以下ではその両者につき検討する。
イ
不当利得円環返還請求権についての準拠法
連結点の確定不当利得によって生じる債権の成立および効力について、通則法14条は原因事実が発生した地の法によるとしている。
ここにいう原因事実発生地法とは、利得の直接の原因をなす行為または事実の発生した場所を指すものと解される。裁判例も同様の見解を採る[6][7]。本問では利得の直接の原因となった事実はAT間の売買契約であるから、これが行われた甲国が連結点となる。また、甲国よりも明らかにより密接な関係がある地が存在すれば、例外的にその地が連結点となるが(通則法15条)、本問ではかかる事情もない。<15条の「当事者間の契約に関連して・・・不当利得が生じた」場合に該当するでしょうが、契約準拠法は甲国法であると思われ、他の地との関連を示すものではありません。ただ、一応触れておいてもよいと思います。>
したがって、甲国法が準拠法となる。
ウ 不法行為に基づく損害賠償請求についての準拠法
不法行為に基づく損害賠償請求権の存否についての準拠法は、原則として結果発生地に認められる(通則法17条本文)。本問では、不法行為の結果である財産的損害は、DがAに偽物の宝飾品を引渡した際に生じているから、結果発生地は甲国である。したがって、甲国における結果発生が予見不可能といった例外的事情もない本問においては、甲国法が準拠法となる[8]。<これについても、上記と同じく、20条に一応触れておいてもよいと思います。>
<不法行為の準拠法が外国法になる場合には、22条により日本法の累積適用があるので、これには触れておくべきでしょう。>
<不法行為による損害賠償請求と契約違反に基づく代金返還請求は「請求権競合」として、それぞれの準拠法による請求が可能であることに触れておくことも考えられます。>
2. 設問2
(1) について
ア 契約債務履行地管轄
民訴法3条の3第1項によれば、「契約上の債務の不履行による損害賠償の請求…を目的とする訴え」につき、@「契約において定められた債務履行地が日本国内にある場合」又はA「契約において選択された地の法によれば債務履行地が日本国内にある場合」に管轄権を認める。
本問において、AはRと牡蠣の売買契約を締結したのであり、Rは身体に安全な牡蠣を提供する義務を負っていた。Aとしてはかかる義務の不履行を理由に損害賠償請求をするものである。したがって、「契約上の債務の不履行による損害賠償の請求…を目的とする訴え」とはいえる。もっとも、Rの債務の履行地は甲国のレストランRであり、@Aいずれにもあたらない。したがって、東京地裁は契約債務履行地管轄を有さない。
イ 不法行為地管轄
BのRに対する請求は、不法行為に基づく損害賠償請求であるとも構成できる。不法行為に関する訴えについての管轄は、民訴法3条の3第8号によれば、原則として不法行為地に認められる。当事者の予測可能性確保、証拠収集の便宜が考慮された規定である。ここにいう「不法行為地」には加害行為地と結果発生地の双方が含まれる。
Bには、@乙国での医療費200万円、A乙国での移動費用200万円、B日本での医療費100万円の損害を被っているが、@Aについては日本で加害行為も結果発生もないので不法行為地管轄は認められない。
そこで、Bにつきを原因として不法行為地管轄が認められないか。日本での医療費の支出は、B自身の生理的機能の障害という一次的損害ではなく、これに派生して発生した二次的損害とみることができる。このような二次的損害発生地は「不法行為があった地」に含まれるだろうか。
この問題について、加害者の予見可能性を担保するために、不法行為地には入院加療地のような二次的損害は含まれず、一次的な損害発生地に限るとの見解もある。しかし、加害者の予見可能性は民訴法3条の3第8号括弧書きにおいて担保されており、一次的な損害にあえて限定する必要はない。したがって、「加害行為の結果が日本国内で発生した」と言える限り二次的・派生的な損害も「不法行為地があった地」に含まれると考える[9]。
これを本問についてみると、日本での医療費の支出もレストランRの牡蠣の細菌を原因とする損害であるから、日本も「不法行為があった地」に含まれるといえる。
もっとも、民訴法3条の3第8号括弧書きによれば、「外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったとき」は日本の裁判所は不法行為地管轄を有しない。
これを本問についてみると、Rは甲国でレストランを営業するものであるから、たとえ自ら提供する料理が原因で客がに疾病が発生することは通常予見しているであろうが、その場合には自国の病院で加療がなされることを通常予見するものであり、日本に特別移送して加療がなされることは通常予見することができないといえる。したがって、本問は民訴法3条の3第8号括弧書きにより不法行為地管轄を有しない。
ウ 消費者契約事件の管轄
民訴法3条の4第1項によれば、消費者と事業者との間で締結される契約に関する消費者からの事業者に対する訴えは、訴えの提起の時又は消費者契約の締結の時における消費者の住所が日本国内にあるとき、日本の裁判所は管轄権を有する。本問において、Rはレストランであり、「法人その他の社団」としての事業者にあたる。また、Aは消費者である。そして、日本人であり、日本の大学に4年間通ったことからして、契約締結時の住所は日本国内にあるものと考えられる。したがって、東京地裁は国際裁判管轄を有するものと認められる。
エ 特別の事情による訴えの却下
民訴法3条の9によれば、「当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情」があれば、訴えは却下される。「特別の事情の有無」は、@事案の性質、A応訴による被告の負担の程度、B証拠の所在地その他の事情を考慮して決せられることになる。
まず、@について、本問は消費者契約であり消費者の裁判所へのアクセスにつき配慮されるべき事案ではある。しかし、レストランの営業者としては契約締結時に顧客の住所地がいずれであるかは明らかでない。顧客としては現地居住者と同様の対価でサービスを受ける一方、外国居住者からの訴訟リスクを常に営業者に課すことは、当事者の衡平を著しく害する。また、Aについて、本問においてRが小規模な国内事業者である場合には、応訴の負担は多大である。更に、B問題となっている加害行為の有無、あるいは結果との因果関係については、牡蠣の品質管理が中心的な争点となることが予想され、その判断のための証拠は甲国に偏在している。したがって、東京地裁で裁判を行うことは、当事者間の衡平を害し、適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなるから、特別の事情があるとして、却下されるものと考える。
(2) について
本問においては、@債務不履行に基づく損害賠償請求とA生産物責任又は不法行為に基づく損害賠償請求とが考えられる。そこで、以下は両者につき準拠法を検討する。
ア @債務不履行に基づく損害賠償請求
債務不履行に基づく損害賠償請求権についての準拠法は、契約の効力の問題として、通則法7条から9条によって定まる。
(ア) 最密接関係地法
まず、AD間には準拠法選択はないので、7条によっては決することはできない。
そこで、当該契約の際密接関係地を探ることになる。AD間で行われたのは売買契約であるが、かかる契約においては目的物の引渡が特徴的給付であり、これを行う当時者の事業所所在地法が準拠法と推定される(通則法8条2項)。これを前提とすると、Dの事業所所在地は甲国であり、甲国法が最密接関係地法と推定される。
そして、これを覆す特段の事情もなく、また準拠法の変更(通則法9条)もないため、甲国法が準拠法となるものと解する。
(イ) 消費者契約の特例不適用
なお、この場合は、Aは消費者であり、Dは事業のために契約当事者となった者であるから事業者であるから、消費者契約法の特例によりAD間の契約の成立及び効力はAの常居所である日本法によるとも思える(通則法11条4項)。
しかし、Aは旅行者であり、「消費者が当該事業所の所在地と法を同じくする地に赴いて当該消費者契約を締結した」ものといえる。また、事業者であるDとしても「消費者の常居所を知らず、かつ、知らなかったことについて相当の理由がある」といえる。したがって、消費者契約の特例は適用されない(通則法11条6項1号)。
イ A生産物責任又は不法行為に基づく損害賠償請求
Rがいかなる状態で牡蠣を提供したのかが明らかでない。そこで、(@)Rが牡蠣を加工して提供した場合、(A)Rが牡蠣を何ら加工せず提供した場合、それぞれについて論じる。<細菌が生きていたので問題となった食材自体は「生牡蠣」であるとの推定が成り立つと思われますが、いずれにしても、レストランで牡蠣だけを食することは通常考えられず、他の調理した食材も一緒に食したと考えられ、牡蠣だけを切り出して論ずることは不自然であるように思われます。>
(ア) (@)について―生産物責任―
この場合、以下の理由から牡蠣が「生産物」に該当するため、生産物責任につき規定する通則法18条により準拠法を判断する。
すなわち、通則法18条の単位法律関係は、「生産物…で引渡しがされたものの瑕疵により他人の生命、身体又は財産を侵害する不法行為によって生ずる生産業者…に対する債権の成立及び効力」である。ここにいう「生産物」とは、本条によれば「生産又は加工された物」をいうところ、Rが牡蠣を加熱したり調味料を加えたりして提供した場合、その牡蠣は「生産物」にあたる。そして、異常増殖していた最近が牡蠣に付着していることは「瑕疵」に該当する。これを前提とすると、本問で問題となっているのは、生産物で引渡しがされたものの瑕疵により他人の生命、身体又は財産を侵害する不法行為によって生ずる生産業者に対する債権の成立及び効力の問題といえ、生産物責任の問題と法性決定される。
通則法18条によれば、被害者が生産物の引渡し受けた地の法である。したがって、連結点は甲国である。したがって、甲国法が準拠法となる。
<レストランのようにその場で費消することが予定されているものを供給する職種の場合、18条の生産物責任という単位法律関係を特徴付ける「被害者が生産物の引渡しを受けた地」という連結点は、17条の「加害行為の結果が発生した地」という連結点と同じであると考えられますが、17条の結果発生地に本件における入院地の一つである日本まで含まれると解すると、17条か18条かという区別が大きな意味を持ってしまいます。細菌が体内に入った甲国が結果発生地であって、その後の地は、被害者や関係者の意思により左右されるため、連結点としては不適格ではないでしょうか。>
(イ) (A)について―不法行為責任―
イ 二次的損害は「結果」に含まれるか
この場合、R自身は何ら「生産又は加工」を行っていないといえ、生産物責任の問題とはならない。そこで、Rが牡蠣の細菌が増殖しないよう適切な管理を行わなかったために、Aが損害を被った事実につきRが損害賠償責任を負うか、という問題となり、これは不法行為の問題と構成されうる。この場合、通則法17条により連結点を判断すべきである。
通則法17条によれば、原則として「結果発生地」が連結点となる。もっとも、本問においてAの生理的機能の障害という一時的な侵害の結果が顕出したのは乙国であるが、日本においても医療費100万円の支出という二次的損害も発生している。このような場合、いずれを「結果発生地」とすべきか検討する必要がある。
そもそも、医療費の支出のような二次的損害は不法行為との関連が乏しくなっている。また、二次的損害も「結果」に含まれるとすれば、被害者の恣意により結果発生地を操作できることになり、加害者の予測を超え、当事者間の衡平を著しく害することにもなる。
そこで、「結果発生地」とは一次的な損害が発生した地をいい、二次的な損害の発生地は含まれないと解する。
これを本問についてみると、Aに一時的な損害が発生したのは、乙国である。何故なら、乙国において初めて牡蠣の細菌による症状が悪化し、Aの生理的機能に障害が生じたといえるからである。
ロ 予見可能性の有無
もっとも、乙国における結果発生がRにとって予見できず、加害行為地である甲国に連結点が認められないか。
この問題について、予見可能性の判断は、当該事案の加害者と同一の状況にある一般人の立場からの客観的な基準で行われると解すべきである。何故なら、主観的な判断基準を認めると、事実上、加害者に恣意的な準拠法の選択を認める結果となるとともに、加害者の主観的事情をめぐる争いが泥沼化して訴訟遅延のおそれもあるからである。
これを本問についてみると、牡蠣を提供するレストラン営業者という地位にある一般人の立場からすれば、たとえ牡蠣に細菌が付着して客の身体に障害を与えたとしても、牡蠣の細菌はその性質上、長時間の潜伏期間があるものではないから、結果は甲国で発生するものと予見するのが通常であり、乙国での結果発生は通常予見できないといえる。したがって、通則法17条但書により、加害行為地が連結点となる。
以上によれば、加害行為は甲国で牡蠣を提供したことであるから、甲国法が準拠法となる。
3. 設問3
(1) について
ア Cの請求
CはDに対して、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起したものと考えられる。不法行為管轄は、民訴法3条の3第8号によれば、原則として不法行為地に認められる。当事者の予測可能性確保、証拠収集の便宜が考慮された規定である。ここにいう「不法行為地」には加害行為地と結果発生地の双方が含まれる。本問では、Cは日本においてDのパンチという加害行為によって、失明という結果が日本で生じているため、Cの主張を前提とすれば東京地裁が国際裁判管轄を有するともみえる。<ケンカですので、甲国で完結した不法行為ではないではないでしょうか。その後、どこでその後遺症が出るかは偶然又は被害者の行為次第であって、それを管轄原因とすることはいかがなものかと思われます。仮に広く結果発生地をとらえるとしても、予見可能性を否定すべきではないでしょうか。Dの主張は、管轄の争いを留保した上での本案について損害の範囲を限定するものというべきではないでしょうか。>
イ 管轄原因についての証明の程度
しかし、Dはパンチと失明との間の因果関係の不存在を主張している。Dの主張を前提とすれば、不法行為は成立しないこととなり、東京地裁は不法行為管轄を有しない。そこで、このように管轄原因事実と請求原因事実が符合する場合に、管轄原因についてどの程度の証明があれば管轄を認めて良いかが問題となる。
この問題について、判例(最判平成13年6月8日、民集55巻4号727頁)は、不法行為の要件のうち、原告の被侵害利益の存在、被侵害利益に対する被告の行為、損害の発生、被告の行為と損害の発生との事実的因果関係の4つが証明されればよいとする。しかし、このように客観的要件の具備で足りるとする見解は、日本の管轄が安易に広く認められすぎ、相当でない。例えば、外国製品の瑕疵により日本で損害が生じたとの生産物責任に基づく外国メーカーに対する損害賠償請求訴訟については、少なくとも客観的要件は満たされているため、まったくの言いがかりの場合でも常に国際裁判管轄が肯定されてしまうのである。
そこで、被告の応訴の負担を考慮して、一応の証拠調べをして不法行為に該当しないとの心証が得られれば、管轄を否定すべきである。確かに、一応の証調べ説には、どの程度の心証を形成できればよいのかについて曖昧な点があるが、不法行為か否かが争われていても、実務上、その点について本案審理が必要であると判断をするか、不要であると判断するかの区別は可能であると思われる[10]。
ウ 結論
以上によれば、東京地裁は一応の証拠調べをして、不法行為に該当しないとの心証を得られない限り、国際裁判管轄を有するものと考える。
(2) について
ア 不法行為に基づく損害賠償請求権の準拠法
AのDに対する損害賠償請求は、不法行為の成立に関する問題として性質決定され、通則法17条により準拠法が決せられる。通則法17条によれば、連結点は原則として「結果発生地」である。本問で問題となる結果はAの失明であるところ、この結果は日本で発生しているので、連結点は原則として日本となる。
もっとも、本問の加害行為であるパンチは加害と同時に身体の損傷等の結果が発生することが通常であり、日本において結果が発生することは一般人を基準として予見不可能である。したがって、連結点は加害行為地である甲国となる。
よって、準拠法は甲国法に特定される。
イ 通則法20条の検討
もっとも、通則法20条により、明あらか密接な関係がある他の地があるものとして、日本法が適用されないか。
そもそも、通則法20条の趣旨は、不法行為においても最密接関係地法の適用を確保するところにある。もっとも、「明らかに」との文言はあくまで例外的な連結である旨を示すものであり、適用は慎重に行うべきである。
本問において、確かにCとDは日本の大学で4年間一緒に過ごしており、常居所はいずれも日本にあるから、日本法が最密接関係地法とも解され得る。しかし、Dは甲国人であり、Dは甲国に戻って就職するのであるから、旅行の時点で既にDの常居所は甲国に移転したものと考えられる。そうであるとすれば、CとDはもはや常居所を同じくする者とはいえない。また、加害行為も甲国で行われたことに鑑みれば、「その他の事情に照らして」も日本法を適用すべき理由もない。したがって、通則法20条は適用されず、甲国法が適用されるものと考える。
ウ
通則法21条の検討
もっとも、Dは日本の大学で4年間学んでいるのであり、日本法によって解決されることを望む場合もありうる。そのような場合には、CとDの合意により、準拠法を日本法とすることも認められる(通則法21条)。<無用な記載だと思われます。>
エ 留保条項の検討
(ア) 通則法22条1項
まず、甲国法を適用する場合において、認定された事実が日本法によれば不法とならないときは、甲国法に基づく損害賠償その他の処分の請求は、することができない(通則法22条1項)。
(イ) 通則法22条2項
また、甲国法を適用する場合において、Cは日本法により認められる損害賠償その他の処分でなければ請求することができない。例えば、甲国法が不法行為者に対する制裁として被った被害以上に賠償権の支払いを命ずる制度を有していたとしても、日本ではこれを命ずることはできない(通則法22条2項)。
(ウ) 通則法42条
他方、甲国法により与えられる賠償額があまりにも高額である場合には、22条2項の適用はないものの、42条の公序則が発動されることも考えられる。<過度に高額な場合には22条2項で限定できます。問題は過度に低額な場合であり、その是正は42条による必要があります。ただ、そこまでの記述は本問では求められていないと考え下さい。>
以上
[1] 松岡博『国際関係私法入門(第3版)』[2012] 有斐閣p259 <文末注の脚注への変更等、注のスタイル変更。。以下同じ。>
[2] もっとも、Tは甲国で宝石商を営んでいるから、住所も甲国に有している蓋然性は高いと考える。<そのように推定するのが自然でしょう。>
[3] 松岡・前掲p260
[4] 一方、Aとしては以下のようにも構成することが可能である。すなわち、契約の目的物とした宝飾品が偽物であった以上、Aの真正な宝飾品を購入したいという内心的効果意思と偽物の宝飾品を購入するという表示との間に不一致があり、契約は無効である。したがって、AT間の契約は無効であり、不当利得返還請求として1万ユーロの返還を求めるものである。これは、そもそも契約の不成立を前提としているから、「契約上の債務に関して…生じた不当利得に係る請求」とはいえない。したがって、かかる構成をとった場合も、東京地裁は国際裁判管轄を有しないことになる。
[5] 松岡・前掲p266
[6] 大阪地判昭和36.6.30,東京地判平成3.9.24など
[7] 道垣内正人・櫻田嘉章『註釈国際私法第1巻』〔北澤安紀〕[2011] 有斐閣p400
[8] 消費者契約の特例の不適用
なお、契約が無効となった場合に必要となる後始末の問題は、契約の問題に含まれ、その契約を無効にした準拠法によると解する余地がないでもない。この場合は、Aは消費者であり、Dは事業のために契約当事者となった者であるから事業者であるから、消費者契約法の特例によりAD間の契約の成立及び効力はAの常居所である日本法によるとも思える(通則法11条4項)。しかし、Aは旅行者であり、「消費者が当該事業所の所在地と法を同じくする地に赴いて当該消費者契約を締結した」ものといえる。また、事業者であるDとしても「消費者の常居所を知らず、かつ、知らなかったことについて相当の理由がある」といえる。したがって、消費者契約の特例は適用されない(通則法11条6項1号)。
また、AT間で契約の準拠法の指定はなく、契約で特徴的給付を行うのはTでありこれを覆す事情もないから、AT間の契約の準拠法は甲国法によることになる。
以上によれば、契約の問題に含まれると解しても、結論に差異は生じない。
[9]澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門(第7版)』[2012] 有斐閣p286-287
[10]澤木・道垣内、前掲p285