WLS国際民事訴訟法
47122147 松榮知宏
第1 設問(1)について
1 民事訴訟法(以下「法」とする)118条1項は「法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること」との要件を課している。これは、判決を言い渡した裁判所が国際法上の裁判権を有していること、国際裁判管轄(間接管轄)を有することを要求するものである[1]。
本件では裁判権に関しては特段問題とならないため、国際裁判管轄が乙国裁判所に認められるか否かを検討する。
2 間接管轄の判断基準に関して、既に外国ではその判決が確定して効力を有している以上、日本で裁判を行うか否かの判断である直接管轄の範囲より緩やかに認めてもよいとの見解もある。最高裁もサドワニ事件最高裁判決[2]において含みのある表現を用いている。
しかし、そもそも日本で直接管轄を否定すべき場合に間接管轄を肯定することは訴訟法上の正義や主権の観念に反するものというべきであり、直接管轄と間接管轄は全く同じルールに服すべきである(鏡像理論)[3]。
3 本件において、乙国裁判所に間接管轄が認められるかどうか検討する。
(1) 本件では、2007年12月15日付けの雇用契約(d)において雇用契約をめぐる一切の紛争について東京地方裁判所が専属裁判管轄を持つことと定められている。乙国裁判所の間接管轄を検討する前提として、この専属管轄の合意が有効であれば、そもそも乙国裁判所の間接管轄は否定されることになる。
しかし、本件では個別労働関係民事紛争に関する合意であり、法3条の7第6項の特則が適用される。当該合意は雇用契約締結時のもので、Aが提起した訴訟において合意の援用もなされていない以上、無効なものとなる。
(2) 次に、乙国に間接管轄の管轄原因につき検討する。
まず、法3条の4第2項につき検討する。本件では、労働者Aが事業者B法人に対して、Bの人事担当重役の嫌がらせによる、慰謝料を含む損害賠償請求訴訟を提起しており、「個別労働関係民事紛争」に該当する。また、「労務提供地」とは労働契約に基づき事業主の指揮命令により労働者が勤務する地[4]をいうものである。本件では雇用契約によって日本と乙国の研究所を行き来しつつ肥満軽減に関する研究活動に従事することが明記され、Bは年間5回程度両国の研究所を行き来し、滞在期間は日本:乙国=3:2であった。以上の事情に照らすと乙国は「労務提供地」に該当する。以上により本条の管轄原因が認められる。
また、法3条の3第8号の不法行為地管轄につき検討する。「不法行為があった地」には加害行為地、結果発生地もいずれもが含まれる[5]。そこで本件では、Bの人事担当重役からの嫌がらせが乙国において行われ精神的損害を被った場合などには、本条により管轄原因が認められることもあるものと考えられる。
さらに、Bは乙国に研究所を有していることから、「著しく低い」とはいえない額の財産を同国に有していることが窺われる。
なお、法3条の9により上記の結論は覆されることはあり得るが、本件においては、同条の定める「特別の事情」は存在しないと解される。
4 以上により乙国判決は法118条1号の要件を具備する。
第2 設問(2)について
1 本問でBはAに対し2011年3月31日付けの退社契約の定める守秘義務及び競業避止義務に違反すると主張してC条項に基づき違反行為の差止め及び既に生じた損害の賠償を請求する訴えを東京地方裁判所に提起した。当該条項の法3条の7第6項1号該当性につき検討する。
まず、本件の訴えは労働関係に関する事項について労働者Aと事業主Bとの間に生じた民事に関する紛争「個別労働関係民事紛争」である。
また、C条項はAの退社時、すなわちAB間の労働契約終了時になされたものである。そして、Aは日本の研究所でも研究活動に従事しており日本にて労務を提供しているため、契約終了時に日本は労務提供地であると認められる。よって条項Cに定められた東京地方裁判所は、労働契約終了時における労務提供地がある国の裁判所である。同項2号に該当する事実はない。
加えて条項Cには東京地方裁判所の専属管轄とする旨の記載があるが、これは法3条の7第6項かっこ書きにより、非専属的合意管轄とみなされることになる。
よって、条項Cは、法3条の7第6項1号の要件を満たすことで管轄合意として有効である。そこでBが東京地方裁判所に訴えを提起したことは問題ないようにも思える。
2 しかし、法3条の7第6項1号かっこ書きにより専属的合意管轄が非専属的合意管轄とみなされることで東京地方裁判所の専属性は否定されるものの、東京地方裁判所で提起できる旨の合意管轄の効力を認めると、同条項の趣旨である弱者としての労働者保護に反することになりかねない。そこで、諸般の事情を勘案して合意が労働者に対して内容的にはなはだしく不合理な場合には、公序に反するものして合意の効力を否定するべきである。この点、現行法の施行前のものであるが、裁判例[6]では国際裁判管轄の合意について、合意の許容性を前提としながら、公序による弱者保護の余地を認めている。
これを本件につき見ると、AB間で締結された退社契約において、Aにとって有利である条項@(3年目のボーナスについては、その金額確定手続により定まる金額をBはAに速やかに支払うこと)が存在する[このBの債務は既に生じていたことであり、単に確認的なものではないか。]。また、条項ABはBのような企業としては置かなくてはならない理由が十分にある。よって退社契約を全体としてみたときに、労働者Aに一方的に不利な条項ばかりおかれているわけではない。加えて、Aは退社契約を締結した翌日にC法人を設立していることから、機動的にビジネス活動を遂行する人物である。このことからはAが合意の内容を理解して契約を締結したことが推認される。さらにAのビジネスは世界各国の食品・医薬品メーカーに対して行われていること、Aは日本と乙国をかつて行き来していたことに照らすと、Aが日本で応訴することが著しく不当であるとは言えない。以上の点に鑑みると、合意が労働者に対して内容的にはなはだしく不合理とは言えず、合意効力は否定されない。
3 よってAの「Cの条項は弱者である労働者にとって不利益を課す不当なものであり、その効力は否定されるべきである」旨の主張は失当である。
第3 設問(3)について
1 本問でBは甲国法人Dに対し、DがBの営業秘密を不正に取得した不法行為を行ったと主張し(ア)から(ウ)の請求をしようとしている。なおDの行為は不正競争防止法2条1項4号・2条6項の営業秘密の不正取得・営業秘密の使用に該当するため、Bは不正競争防止法4条に基づく損害賠償請求、ないし、不正競争防止法3条に基づく差止請求をしているものと考える。[準拠法は日本法とは限らない。]
前者の請求については不法行為地管轄を定める法3条の3第8号に照らして日本の裁判所が国際裁判管轄を有するか検討すればよいが、不正競争防止法3条に基づく差止請求も同様に解してよいか問題となる。この点国内裁判管轄に関する判例[7]であるが、不正競争防止法に基づく差止請求が法5条の9の「不法行為に関する訴え」に該当する旨の判示をしている。5条の9「不法行為に関する」の文言、不法行為地においては証拠収集が容易であるし被害者が居住していることも多く提訴に便宜であって被害者の迅速な救済を図るという趣旨は差止請求にも妥当することから判例は正当である[8]。この理は国際裁判管轄にも妥当するものと考えられる。よって不正競争防止法3条に基づく差止請求も同様に解してよいものと解する。
本件の差止請求の訴えも損害賠償請求の訴えもいずれも「不法行為」に基づく訴えであり、国際裁判管轄を考える上では区別する必要はないので、。以上により(ア)から(ウ)の請求につき、法3条の3第8号に照らし検討する。なお「不法行為があった地」とは加害行為地、結果発生地いずれも含むものと解する。また現行法の下では二次的・派生的損害発生地も結果発生地に含み、予見可能性の要件適用によりコントロールすべきである[9]。
2 (ア) 甲国での物質βを添加した食品の生産差止め
加害行為地は、Dが日本駐在員を通じて営業秘密を不正に取得した日本、物質β添加食品の生産という営業秘密の使用行為を行っている甲国である。
結果発生地は、営業秘密を侵害された損害が発生しているのが日本法人Bであるため日本である。なお、食品の生産を行うことで、日本で損害が発生することは通常予見できるものである。
3 (イ) 甲国・乙国・日本でのその販売差止め
加害行為地は、Dが日本駐在員を通じて営業秘密を不正に取得した日本、販売がなされている甲国・乙国・日本である。
結果発生地は、営業秘密を侵害された損害が発生しているのが日本法人Bであるため日本である。なお甲国・乙国で販売をすることで、日本で損害が発生することは通常予見できるものである。
4 (ウ) 甲国・乙国・日本の市場を奪われたことによる損害賠償
加害行為地は、Dが日本駐在員を通じて営業秘密を不正に取得した日本、営業秘密を用い3国で市場を奪っていることから甲国・乙国・日本である。
結果発生地は、営業秘密を侵害された損害が発生しているのが日本法人Bであるため日本である。なお甲国・乙国で市場が奪われることで、日本で損害が発生することは通常予見できるものである。
本件不法行為はBの営業秘密が不正取得された時点で発生しており、その営業秘密がどこで生産に利用され、どの市場で販売されたかは事後の事情に過ぎないので、その営業秘密が管理されていた地であり、盗まれた地である日本は加害行為である。
5 よって、各請求ともに「不法行為があった地」に日本が含まれており、既述の通り(ア)から(ウ)の請求は単に一つの不法行為の救済方法の違いに過ぎないので、これらを国際裁判管轄を検討する段階で分けて検討するまでもなく、日本に不法行為地管轄が認められる。
ここで、不法行為地管轄のように本案の審理対象となる法律概念が管轄ルールに用いられている場合は、管轄の判断といしてどこまで踏み込んで判断するかが問題になる。この点ウルトラマン事件最高裁判決[10]は不法行為と主張されている行為が日本で行われたこと又はそれに基づく損害が日本で発生した事実が日本で発生したという事実が証明されることが必要でありそれで足りるという客観的要件具備必要説を採用している。しかしこの説では不法行為の成立要件のうち客観的なものの完全な証明を要求する。これでは客観的要件が満たされている限り常に国際裁判管轄が肯定されてしまう。そこで被告の応訴負担を考慮して、一応の証拠調べをして不法行為に該当する心証を裁判所が得ることを要求すべきである。この点、どの程度の心証を形成できればよいかについてあいまいであるとの批判があるが、不法行為か否かが争われていても、実務上その点につき本案審理が必要か否かの判断をすることは可能であるから[11]その批判は失当である。
よって本件でも一応の証拠調べをして不法行為に該当する心証を裁判所が得ることが必要である。
6 そのような心証を得たとして、法3条の9により、上記の結論は覆されることはあり得るが、本件においては、同条の定める「特別の事情」は存在しないと解される。
この点事前差止請求においては、訴えが法3条の9により訴えが却下される可能性が相当にあるとされるが[12]、本件では違法行為・損害は既発のものであり、今後も継続が予想されることから、却下されるような特別の事情なない。
問4(略)
以上