2014年度:上智大学LS「国際民事紛争処理」
設問(1)
1 総論
国際裁判管轄とは、どこの国の裁判所がその事件について裁判を行うべきかという問題である。国際裁判管轄は、民事手続上の正義という観点からの国家による自己抑制であるとされる(注1)。その有無を判断するためのルールは、訴訟法上の正義から決すべきであるという普遍主義が妥当とされ、我が国では、2012年4月に民事訴訟法(以下、「民訴法」という)に新たな規定(民訴法3条の2以下)が加えられるまでは、判例法によっていた(注2)。2012年の改正は、当事者の予測可能性及び法的安定性を向上させるため、国際裁判管轄につき具体的なルールを定めることで、紛争の適正かつ迅速な解決を目指したものである。
2 本問において、AはBに対し、損害賠償請求の訴えを提起しているが、これが債務不履行(民法415条)に基づく主張なのか、不法行為(民法709条)に基づく主張なのかが明らかでないため、この点について以下場合に分けて検討する。
なお、Aはスペイン人であり日本国内での住所を有していないため普通裁判籍を有していない(民訴法3条の2第1項)。そのため、以下では、特別裁判籍(法3条の3)について検討する。
(1)債務不履行構成
ア まず、日本法人であるAとスペイン人テニスプレイヤーBとの間では、A主催の大会にBが出場することについての契約が締結されている。そして、Bはインフルエンザに罹患したことを理由に突然出場をキャンセルしているが、それについての診断書はなく、さらに、大会前日にバルセロナのレストランで食事をしているBの目撃証言もある。このことから、大会欠場についてBに帰責性が認められれば、AはBに対し債務不履行に基づく損害賠償請求(民法415条)[準拠法条項はなく、必ずしも日本法に基づく請求とは限らない]をすることが可能となる。
イ したがって、かかる請求の訴えは、「契約上の債務の不履行による損害賠償の請求」(民訴法3条の3第1号)に該当し、日本の裁判所に提起することができる。
ウ よって、東京地裁はこの訴えについて国際裁判管轄権を有する。
(2)不法行為構成
ア まず、不法行為地管轄については、民訴法3条の3第8号に規定されている。不法行為地には事件に関する証拠が所在していることが多いことから、不法行為地には国際裁判管轄権が認められる。そして「不法行為があった地」には、加害行為地も結果発生地もいずれも含まれる
(注3)。
不法行為管轄では、本案の審理対象となる「不法行為」という法律概念が管轄の有無を判断する際に用いられており、管轄の判断としてどの程度の判断をすべきかが問題となる。
国内管轄については、被告による主張が全くの根拠を欠く場合を除き、不法行為があったことについて原告が一応の筋の通った主張をしていれば、その主張する事実が存在するものと仮定して判断するという説(管轄原因事実仮定説)が支持されている。しかし、国際裁判管轄については、国境を越えて応訴する被告の負担に配慮して、一定の審査をすべきである。
この点、最高裁は、不法行為と主張されている行為が日本で行われたこと、又はそれに基づく損害が日本で発生したという事実が証明されることが必要であり、故意・過失の存在や違法性阻却自由の不存在といった点は本案で審理すればよいとの見解(客観的要件具備必要説)を採用した(注4)。
この見解では、不法行為のの成立要件のうち、故意・過失や違法性阻却事由自由の不存在等を除き、被告の行為及び結果発生並びに両者間の因果関係については、完全な証明が必要となるところ、これらの事項については、結局原告の主張の通り認められることが多く、事実上、管轄原因事実仮定説と同様の扱いとなりかねない。また、そもそも、いかなる国の法律の客観的要件を証明すればよいのか明らかでない。
そこで、事件全体をみて不法行為事件であることについての一応の心証を形成することができれば民事訴訟法3条の3第8号の「不法行為」にあたるとする説(一応の証拠調べ説)が妥当である。この見解では、どの程度の心証を形成すべきかについて曖昧であるが、本案審理を必要ならしめる程度の心証を得れば足りるとすべきである。本案審理が必要か否かについての判断は十分に可能だからである。
イ 本件についてみるに、上記契約を締結したにも拘らず、Bは大会への出場を突然キャンセルしている。そして、インフルエンザに罹患したことを欠場理由としているが、それを証明する診断書は未だ送付されておらず、さらに、大会前日にバルセロナのレストランでのBの目撃情報があり、このことからBは嘘をついて大会を欠場したことが推認され得る。[そこまではまだ言えないのではないでしょうか。]
したがって、事件全体をみて不法行為事件であることについての一応の心証を形成することができ、民訴法3条の3第8号の「不法行為」にあたると解することができる。
ウ よって、東京地裁はこの訴えについて国際裁判管轄権を有する。
3 以上より、債務不履行構成、不法行為構成いずれによっても東京地裁はこの訴えについて国際裁判管轄権を有すると解する。
(以上、設問(1):網谷 侑亮)
設問(3)
1 Aは、Cとの間に締結した契約においてウクライナ・ルハンシクの一審裁判所を専属管轄裁判所とする管轄条項を設けている。それにも拘らず、Aは、Cに対する不当利得返還請求訴訟を東京地裁に提起しているが、かかる場合に東京地裁はいかに判断すべきか。
2 これは、専属的管轄合意であり、指定裁判所に管轄を付与するのみならず、それ以外の裁判所の管轄を排除する効力も認められている。そのため、本件専属的管轄合意が有効であれば、Aが東京地方裁判所にした不当利得返還請求の訴えは、Cからなされた管轄合意の事実の主張は防訴抗弁として働き、訴えが却下されることになる。
3 そこで、本件管轄合意の有効性が問題となる。
(1) まず、 本件修正契約は、Cが来日後に締結されていることから、管轄合意の成否を判断するにあたっては、日本法が適用される。
(2) そして、民訴法は「 外国の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意は、その裁判所が法律上又は事実上裁判権を行うことができないときは、これを援用することができない。」(民訴法3条の7第4項)と規定していることから、本件管轄合意裁判所であるルハンシクの一審裁判所が法律上又は事実上裁判権を行うことができるかが問題となる。(注5、注6)
(3) 本件についてみるに、現在(2014年6月30日現在)ルハンシクは、親ロシア派と親EU派の対立が激しい中、国民投票における多数意見では、ルハンシク独立国として、事実上の独立国家であることを主張している。しかし、これについては、ロシア側による一方的な承認のみによって成立しており、国際社会において「独立国家」として未だ承認されたとはいえない。そして、 独立をめぐって国内では激しい対立が起こっており、政治的に大変不安定であることから、日本からの渡航につき退避勧告が出されている。(注7)
(4) したがって、かかる状況下にあるウクライナ・ルハンシクの一審裁判所は、「事実上裁判権を行うことができない」と判断できる。
4 よって、東京地裁としては、Cによる主張を援用することはできず、ルハンシクの裁判所を指定する専属管轄合意条項の存在を理由とする本案前の抗弁を認めるべきではないAによる訴訟提起を却下せずに自判すべきである。
(以上、設問(3):網谷 侑亮)
設問(5)
1 外国裁判所の確定判決が執行力を有するには、日本で執行判決を得なければならない(民事執行法22条6号)。そして執行判決を得るには、外国裁判所の確定判決であること及び法118条各号の要件を充たさなければならない(民事執行法24条3項、法118条)。本件では、ストックホルムの一審裁判所を専属管轄裁判所とする管轄合意につきAが争っているから、EのAに対する出場契約違反に基づく損害賠償請求訴訟に関するストックホルムの一審裁判所の確定判決に執行力が認められるには、ストックホルム一審裁判所が裁判権を有していたといえなければならない。
2 法118条1号の「裁判権が認められること」とは、判決を言い渡した裁判所が国際法上の裁判権を有しているのみならず、当該事件につき国際裁判管轄(間接管轄)も有していることを要求するものである[1]。
間接管轄の判断基準については、まず、その基準を判決国と承認国のどちらに求めるべきかが問題となる。間接管轄を承認・執行の要件とする趣旨は、事件との関連性が薄いにもかかわらず、判決国裁判所が不当に管轄を行使し、そのために不当に権利を侵害された被告を救済することにある。そうであれば、判決国法を基準とすると判決国の管轄判断に追従するだけで、被告の保護は図られないのだから、承認国である日本を基準にすると解するべきである[2]。
そして、間接管轄は承認国である日本を基準に判断するとして、間接管轄の基準は直接管轄の基準と同一の基準であるか。最判平成10年4月28日は、「基本的には我が国の民訴法の定める土地管轄に関する規定に準拠しつつ、個々の事案における具体的事情に即して、当該外国判決を我が国が承認するのが適当か否かという観点から、条理に照らして判決国に国際裁判管轄が存在するか否かを判断すべきものである。」と民訴法の規定の羈束性を意識的に弱める表現が用いられていることから、間接管轄の基準と直接管轄の基準は異なり得るとの立場を採用したものと解されている[3]。この見解に対して、直接管轄の基準と間接管轄の基準が問題となる場面が異なること、すなわち、前者が行為規範性が強いのに対して、後者は評価規範性が強いことを根拠に、両者の基準は必ずしも一致する必要はないとして平成10年判決を支持するものもある[4]。しかし、そもそも日本で直接管轄を否定すべき場合に間接管轄を肯定することは、訴訟法上の正義や主権の観念に反するものというべきであり、直接管轄と間接管轄は全く同じ判断基準によるべきである(鏡像理論)[5]。また、平成10年は決の解釈としても、先に引用した判文は、いわば直接管轄の「特別の事情」(法3条の9)(最判平成9年11月11日民集51巻10号4055頁)を間接管轄に敷衍したものとも解することができる[6]。そうであれば、間接管轄の場合と直接管轄の場合とでその判断が大きく異なることはなく、通説の鏡像理論とほとんど変わらないと考えることもできる。
従って、間接管轄については、民訴法3条の2以下の規定を準用して判断する。
3(1) 本件において、ストックホルムの一審裁判所は、EA間の契約中の専属管轄条項を同裁判所が国際裁判管轄を有する根拠としている。したがって、当該専属管轄条項によってストックホルム一審裁判所に国際裁判管轄が認められるかが、法3条の7に照らして判断されなければならない。本件では、法3条の7第2項ないし第4項の要件は充たしているようにも見える。
しかし、EはFを介してAとの専属的管轄合意をしており、そもそもEF間の合意の効果がAに帰属するといえなければ、Aとの関係で当該専属的管轄合意は効力を有さず、ストックホルム一審裁判所の管轄は否定されることになる。AはFにAのために契約交渉をする代理権を授与していたが、FがEと交渉する前に代理権付与契約を有効に解除しており、EがFと契約を締結したときにはFはAの代理権を有していなかった。従って、EF間の管轄合意がAに帰属するには、Fの行為につき表見代理が成立しなければならない。
(2) 代理は、本人と相手方と代理人という三面関係から成り、㋐本人と代理人の関係、㋑代理人と相手方の関係、㋒相手方と本人の関係を区別してそれぞれにつき準拠法を判断しなければならない。代理行為の効果が本人に帰属するかは、㋒本人と相手方の関係の問題(外部関係)である。外部関係の準拠法につき、通則法は明文の規定を欠くので、解釈によって判断しなければならない。代理権発生の基礎となる法律関係の準拠法が外部関係の準拠法によるとの説もあるが、この説によると相手方は代理権発生の基礎となる法律関係の準拠法を通常は知らないから、取引安全に欠けるので妥当ではない。そこで、取引安全、本人の予見可能性、準拠法決定の明確性に優れる代理行為地法によると解するべきである[7]。
(3) そして、本件では出場契約の交渉はもっぱらスウェーデンで行われ、契約締結も同国でされているので、代理行為地法はスウェーデン法である。よって、代理の外部関係の準拠法はスウェーデン法となる。
4 従って、東京地裁は、FがEと行った管轄合意につき表見代理が成立し、Aに効果が帰属するかを代理行為地法であるスウェーデン法によって判断するべきである。そして、スウェーデン法により表見代理が成立する場合には管轄合意はAに帰属するので執行判決をし、表見代理が成立しない場合には管轄合意はAに帰属せず、ストックホルム1審裁判所の間接管轄が否定されるので、執行判決をすることはできない。
(以上、設問(5):永野慶子)
設問(7)
1 仲裁合意の準拠法の決定方法
仲裁合意の準拠法については、判例・学説の多くは、当事者自治の原則を認めるが、その決定方法につては見解が分かれる。
⑴ 法令7条[通則法7条]説
判例は、仲裁合意が当事者自治に基づく紛争解決合意である等にかんがみ、法令7条[通則法7条]によるとし(東京地判昭和63年8月25)、最高裁平成9年9月4日判決もこれを採用する。
⑵ 条理説
仲裁合意は、訴訟排除効を有し、和解とは違い実体的権利義務関係を確定するものではないので、法令7条[通則法7条]の適用を受けず、仲裁合意の準拠法決定は、国際民事訴訟法の立場から決定すべきであるところ、この問題に関する規定が欠缺しているので、これを条理により補うとする。
⑶ ニューヨーク条約説
ニューヨーク条約2条は、妨訴抗弁の局面で常に適用され、仲裁判断の承認・執行拒否事由として中止合意が有効でないことを挙げる5条1項aに組み込まれた準拠法選択規則が妨訴抗弁の局面でも適用されるとする。
2 このように判例と学説で様々な説があるが、以下判例の基準で検討する。
判例は、リングリング・サーカス事件(最高裁平成9年9月4日判決、国際私法判例百選[第2版]・119事件)において、「仲裁は、当事者がその間の紛争の解決を第三者である仲裁人の仲裁判断にゆだねることを合意し、右合意に基づいて、仲裁判断に当事者が拘束されることにより、訴訟によることなく紛争を解決する手続であるところ、このような当事者間の合意を基礎とする紛争解決手段としての仲裁の本質にかんがみれば、いわゆる国際仲裁における仲裁契約の成立及び効力については,法例7条1項[通則法7条]により、第一次的には当事者の意思に従ってその準拠法が定められるべきものと解するのが相当である。そして、仲裁契約中で右準拠法について明示の合意がされていない場合であっても、仲裁地に関する合意の有無やその内容、主たる契約の内容その他諸般の事情に照らし、当事者による黙示の準拠法の合意があると認められるときには、これによるべきである。」とする。
3 本問について
本問では、GがAに対して申し立てる場合には東京において日本国際仲裁裁判所の規則に基づく仲裁による旨の仲裁条項が置かれているものの、「日本国際仲裁裁判所」という機関は存在しない。これを当事者の意思により判断すると、確かに、「日本国際仲裁裁判所」という機関は存在しない以上かかる機関で仲裁することはできない。
しかし、当事者としては、GがAに対して申し立てる場合には東京の機関において仲裁するという意思であると考えられ、「日本商事仲裁協会」との明示の合意がされていなくとも、当事者による黙示の準拠法の合意があると認められる。
したがって、本問仲裁条項の効力を判断する準拠法は日本法と解する。
(以上、設問(7):平井 主税)
[なお、同じ時期に早稲田大学LSでも同じ問題で試験をいています。その最優秀答案例に書き込んだコメントも参考にして下さい。]