2014年度WLS 国際私法IIモデル答案
第1 設問(2)について
1 本件ではAとBとの間の契約の準拠法が問題となっているが、より詳しく述べると、AB間の出場契約が有効に成立し、それに基づいて損害賠償請求が認められるか、すなわち契約という法律行為の成立及び効力が問題となっている。
2 通則法7条及び8条による契約の準拠法
法の適用に関する通則法7条(以下、条文のみ示す。)によれば、法律行為の成立及び効力の準拠法は、当事者が法律行為の当時選択した地の法となる。そして、当事者による準拠法選択は、明示的合意だけではなく黙示的合意によっても認められるが、8条が、7条による準拠法選択がない場合には最密接関係地法によると規定していることから、黙示的合意があるとされるのは、8条によって定まる準拠法とは異なる法をあえて選択していると認められる場合に限られるべきである[[1]]。
そこで、まずは当事者の明示的合意による準拠法選択があるかを検討し、次にそれがない場合には8条に基づく最密接関係地法(法律行為の当時において当該法律行為に最も密接な関係がある地の法)を検討し、最後にそれとは異なる準拠法を選択する黙示的合意があるかを検討すべきである。
3(1) 明示的合意による準拠法選択
本件では、AB間のトーナメント出場契約には準拠法の合意条項は存在しないので、明示的合意による準拠法選択はないといえる。
(2) 最密接関係地法
ア そこで8条に基づく最密接関係地法を検討することになるが、同条2項は、特徴的給付を当事者の一方のみが行う場合、当該当事者の常居所地法を最密接関係地法と推定しており、そして、一方当事者が金銭支払のみを行う場合、その反対当事者が行う給付が特徴的給付と考えられる[[2]]。
本件の出場契約は、Bが大会に出場し競技を行うという役務を提供し、Aが出場金や賞金を支払うものと解されるが、通常Aは出場金等の支払のみならず会場や選手の宿泊先の提供等の給付も行うものと考えられ、どちらの給付が特徴的給付であると確定することはできない。そのため8条2項の推定は働かない。
[受験者の相当数が、特徴的給付とは金銭給付の反対給付であるという定義を機械的にあてはめ、Aが金銭を支払い、Bがテニスのプレーをするということから、Bの常居所地国であるスペインの法が最密接関係地法であると推定されるとしていました。しかし、この定義は、売買のように金銭給付をする側は契約に関してそれ以上のことはしていない場合が前提となっています。そして、その反対給付をする側が様々な行為をその常居所地ですることが想定されており、だからこそ、その常居所地国法が契約にとっての最密接関係地であると推定されているわけです。これに対して、本件のAは、Bを含むプレーヤーがプレーする大会のアレンジすべてをしており、単にBのプレーに対して対価を支払うというだけではありません。したがって、この答案のように、本件では8条2項の推定は働かないと解されます。]
イ もっとも、本件出場契約は、Aの代表者が署名した契約書をAの社員がスペインに持参し、そこでBが署名することにより締結されているから、契約締結地はスペインである。また契約交渉もAの社員がスペイン・バルセロナに赴いて行われていることや、契約内容は必要に応じて選手ごとに一部修正されることが予定されており、事実Bの要求により若干の修正もされていることに鑑みると、契約締結の当時において本件出場契約と最も密接な関係があるのはスペインといえるので、8条1項に基づく最密接関係地法はスペイン法となる。
4 よって、スペイン法と異なる準拠法を選択する黙示的合意が存在しない限り、本件におけるAとBとの間の契約の準拠法はスペイン法となる。
[確かに、スペインも相当に関係がある地であると思います。ただ、そうすると、契約相手のプレーヤーごとに異なる準拠法となりかねず、それでいいのかという問題があるように思われます。本件契約書はAが日本での大会に出場するプレーヤーとの間の契約としてドラフトしたものであり、各プレーヤーとの契約内容は基本的には同じですので、単一の法を準拠法として想定していると考えられ、その法は、外国法を指定する準拠法条項を特約として挿入しない限り、日本法であると考えられます。そして、日本は、本契約の目的となっている大会の開催地であり、相当に関係がある地です。したがって、日本法が最密接関係地法として準拠法となるとの答えもあり得ると思います。]
第2 設問(4)について
1 14条による不当利得返還請求の準拠法
(1) 本件では、AのCに対する不当利得返還請求の準拠法が問題となっているが、より詳しく述べると、AのCに対する不当利得返還請求権が成立するか、どの範囲で返還請求が認められるか、といった点すなわち不当利得によって生じる債権の成立及び効力が問題となっている。
(2) 14条によれば、不当利得によって生じる債権の成立及び効力の準拠法は、その原因となる事実が発生した地の法となる。
ここで、「原因となる事実の発生した地」とは、利得の直接の原因をなす行為または事実の発生した場所をいうと解する[[3]]。
(3) 本件では、Cが来日後、AC間で出場金の5倍の金額をCに支払う旨の修正契約が締結され、それに基づきAがCに対し支払をしているから、Cが当該金銭の支払を受けるという行為または事実の発生した日本が、原因となる事実の発生した地であると解される。
(4) よって14条によれば不当利得返還請求の準拠法は日本法となる。
2 修正契約の準拠法 []
(1) そして、日本民法によれば、不当利得返還請求が認められるためには、利得に法律上の原因がないことが必要であるから(日本民法703条)、本件ではCに対する金銭支払の根拠となったAC間の修正契約が有効に成立しているかが問題となる。
この場合の不当利得返還請求権の成立及び効力を本問題、契約の成立を先決問題というが、この先決問題については、本問題の準拠法を適用すればよいという立場(本問題準拠法説)や、本問題の準拠法所属国の国際私法によって解決されるべきであるという立場(本問題準拠法所属国国際私法説)があるが、これらによると、当事者による裁判所への持出し方いかんによって準拠法が変わってしまうという不都合がある。
判例は、この問題につき「渉外的な法律関係において、ある一つの法律問題(本問題)を解決するためにまず決めなければならない不可欠の前提問題があり、その前提問題が国際私法上本問題とは別個の法律関係を構成している場合、その前提問題は、本問題の準拠法によるのでも、本問題の準拠法が所属する国の国際私法が指定する準拠法によるのでもなく、法廷地である我が国の国際私法により定まる準拠法によって解決すべきである。」とする(最高裁平成12年1月27日判決(民集54巻1号1頁))。そもそも国際私法は、われわれの生活関係を単位法律関係に分解してそれぞれについて準拠法を定めるという構造を有しているのであるから、先決問題として問題となろうとも、法廷地の国際私法によって定まる準拠法によって解決すべきであり、判例の立場(法廷地国際私法説=先決問題否定説)は妥当である[[4]]。
(2) そこで、日本の国際私法たる通則法7条及び8条によりAC間の修正契約の準拠法を決定することになる。
ア 明示的合意による準拠法選択
本件では、AC間の契約にアメリカ合衆国法を指定する準拠法条項が置かれていたが、アメリカ合衆国は地域的不統一法国であるから、合衆国内の特定の州法(後述する8条に基づく密接関係地法と異なる州法)を指定する黙示的合意がない限り、7条による準拠法選択はないものと考えるべきである。
イ 最密接関係地法
そこで8条に基づき最密接関係地法を決定することになるが、AC間の契約には前述の通り8条2項の推定は及ばないが、Cはアメリカ・マイアミ州に在住していること、AとBとの間の契約と同様にAC間の契約もCが在住するマイアミ州で締結されたと考えられることから、マイアミ州法が8条1項に基づく最密接関係地法となる。
(3) よって、マイアミ州法以外の州法を指定する黙示的合意が認められない限り、AC間の修正契約の準拠法はマイアミ州法となる。
3 15条の適用
(1) その上で、15条は、当事者間の契約に関連して不当利得が生じたことその他の事情に照らして、明らかに14条により適用すべき法の属する地よりも密接な関係のある地が他にあるときは、不当利得の準拠法も当該他の地の法によるとしていることから、最後にAのCに対する不当利得返還請求の準拠法として明らかに日本法より密接な関係のある地の法があるかを検討する。
(2) 本件では、Cは修正契約に基づき当初の出場金の5倍の金銭の支払を受けており、Aは修正契約が無効(または取消し等による遡及的無効)であることを根拠として不当利得返還請求をしているものと考えられるから、契約に関連して不当利得が生じたという事情があるといえる。
たしかに不当利得が契約に関連するという事情が認められても、常に契約の準拠法が不当利得の準拠法になるわけではなく、他の事情も考慮した上で、当該契約準拠法が不当利得の原因事実発生地法よりも明らかに密接に関係する地の法に該当するか検討する必要があるが[[5]]、15条が契約に関連して不当利得が生じたことを考慮要素として上げている理由の1つが、契約準拠法を適用することが当事者の合理的期待にかなう。ということである点からすれば[[6]]、AC間の契約にアメリカ合衆国法を指定する準拠法条項が置かれていたのであるから、
上記の修正契約は、当初の契約を前提とし、その一部を修正するに過ぎないものであるから、特段の事情がない限り、当初の契約の準拠法が修正契約の準拠法であるということができる。そして、当初の契約にはアメリカ合衆国法を指定する条項がある。
しかし、アメリカ合衆国は不統一法国であって、このような指定では、たとえばアジア法によるという条項と同じように、特定の地の法を指定しているとは言えない。少なくともアメリカのいずれかの州法又は連邦直轄地の法以外の法にはよらないという消極的な意思は認めることができるが(このような意思が8条の適用による準拠法決定に対していかなる効果を有するかは措くとして)、それ以上の意味を見いだすことはできない。したがって8条により準拠法を定めることになる。<以下、設問(2)における8条の適用と同じ。理由付けがきちんとできていればよく、結論としては、マイアミ法でも日本法でもいずれもあり得る。> ・・・したがって、マイアミ州法が当初の契約の、したがって、修正契約の準拠法であるということになる。
少なくとも日本法を不当利得の準拠法とするよりはマイアミ州法をその準拠法とする方がA・C両当事者の合理的期待にかなうといえる。
そのため、本件は、修正契約が無効であり、その結果、投書の契約が定める出場金を超えて支払った部分が不当利得であるとの構成であり、したがって、14条により定まる日本法よりも、マイアミ州法の方が明らかに日本法より密接な関係がある地の法であるといえる。
(3) よってAのCに対する不当利得返還請求の準拠法も15条によりアメリカ・マイアミ州法となる。
第3 設問(6)について
1 本件では、Fの仲介により、AとEとの間の出場契約が有効に成立したか否かが問題となっているが、より詳しく述べると、Aは当初Fに契約交渉をする権限を与えていたものの、その後Fへの代理権付与契約を法律上有効に解除していることから、Aの代理人と称する者と相手方Eとの間の法律行為の効果が本人Aに帰属するか、ということが問題となっている。
2 代理の準拠法
(1) 前提として、国際私法上、代理という単位法律関係の存在が認められるが、通則法には代理に関する規定は置かれていない。そこで、条理によって準拠法を決定すべきである[[7]](もっとも、後述のように7条等の通則法の明文規定によって当然に準拠法が決定される場合もある)。
(2) まず、法定代理は、特定の法律関係から本人保護等の要請に応じて法律上当然に発生するものであることから、本人(及び代理人)の意思を代理権の発生根拠とする任意代理とは区別すべきである[[8]]。
(3) そして、任意代理のうち、@本人と代理人との関係は、任意代理が当事者間の合意によって代理権を発生させるものであることから授権行為の準拠法による。なお、授権行為が原因関係とは区別される場合、授権行為も「法律行為」(7条)であるから7条以下により授権行為の準拠法が独自に決められることになるが、当事者による明示の選択がない場合は、原因関係の準拠法が8条に基づく最密接関係地法として準拠法となると考えられる[[9]]。
次にA代理人と相手方との関係、すなわち代理行為自体の成立及び効力の問題は、代理行為が契約締結であれば7条以下により、物権が関係すれば13条によるというように、代理行為の性質によって定まる実質の準拠法による[[10]]。
最後にB本件における問題のような本人と相手方との関係については、本人への効果帰属の理論的根拠は代理権の授与にあると考えられることから、一次的には本人と代理人との関係と同様に授権行為の準拠法によるべきと解する。このように解することは本人の保護にも資する。もっとも、相手方が授権行為の準拠法を知ることは困難であり、行為地法に照らして代理権の存在を信頼した相手方の取引安全を保護する必要もあるから、授権行為の準拠法によっては代理権が認められない場合には、4条2項の類推適用により、二次的に代理行為地法も準拠法とすべきと解する[[11]]。なお、神戸地裁昭和34年9月2日決定(下民集10巻9号1849頁)も同様の考え方を採っている。
3(1) 授権行為の準拠法が準拠法となる場合
本件について考えると、まず授権行為たるAF間の代理権付与契約の準拠法について明示的選択はないと考えられる。そして原因関係たるAF間の委任契約には日本法を準拠法とする旨の明文の規定があることから、他に特段の事情のない限り、8条1項により日本法が代理権付与契約の準拠法になる。
そこで、日本民法によると、代理権を有しない者が他人の代理人としてした契約は、本人が追認しなければ、本人に対してその効力を生じないとされているが(民法113条1項)、一方で代理権の消滅は第三者が有過失でない限り善意の第三者に対抗できないとされている(民法112条)。
本件では、Aは出場契約が締結されたというEの主張を拒否していることから、追認はないと考えられるが、EがAのFに対する代理権付与契約の解除につき善意無過失であれば、代理権が認められることになる。
(2) 代理行為地法も準拠法となる場合
一方、AF間の委任契約の準拠法である日本法上、FEが代理権消滅につき悪意または善意有過失であれば、代理権が認められないことになる。
この場合、FがAのためであると称してEとの間で締結した契約の効力がAに及ぶかについては、Eの保護のため、他の法も準拠法とすべきである。これについては諸説あるが、がした行為がAに及ぶかが、善意有過失の場合はなお取引安全が保護されてもよいから、この場合は国際私法上の本人保護と相手方保護とのバランス上、代理行為地法も準拠法となると解する。
ここで、代理行為地とは代理行為を行った地であるから[[12]]、本件では契約締結及びその交渉がもっぱら行われたスウェーデンの法が準拠法となる。
4 まとめると、本件においてFの仲介により、AとEとの間の出場契約が有効に成立したか否かを判断する準拠法は、一次的には日本法となるが、Eが代理権消滅につき善意有過失であって代理権が認められないときは、二次的にスウェーデン法も準拠法となる。
[以上、設問(2)・(4)・(6)、土田 丈史]
設問(8)
1.
本設問の趣旨
AG間の契約には、「AがGに対して紛争解決を申し立てる場合にはベルリンにおいてドイツ仲裁協会の規則に基づく仲裁により、GがAに対して紛争解決を申し立てる場合には東京において日本国際仲裁裁判所の規則に基づく仲裁による」旨の、いわゆるクロス式の仲裁条項(以下、本条項上の合意を「本件仲裁合意」とする)が置かれている。(なお、「日本国際仲裁裁判所」という機関は実際には存在しない。)
当該合意に基づいて、第4のトラブルにつきGがAに対する紛争申立を日本でなした場合に、AG間の契約の準拠法は何になるかを問うのが本問である。
「日本で仲裁がされる場合におけるAG間の契約の成立・効力」の問題は、日本の仲裁廷がその仲裁において判断すべきものだから、「仲裁判断」の問題として法性決定できる。したがって、「仲裁判断」について規定する仲裁法36条によって、準拠法を判断することになる。
2.
仲裁判断の準拠法
(1)
仲裁法36条について
仲裁法によれば、日本を仲裁地とする仲裁において、仲裁廷は付託された紛争について、当事者が準拠法として合意した法によって仲裁判断を下すことになる(仲裁法3条・36条1項)。
一方、当事者による準拠法の合意がない場合には、仲裁廷は最密接関係地国の国家法(国際私法を除く)が適用されることになる(同36条2項)。
更に、当事者双方による明示の求めがあるときは、1項・2項によらずに、「衡平と善」の基準によって判断されることになる(同36条3項)。
(2)
仲裁法36条1項にいう「合意」の判断基準について
仲裁法36条1項にいう「合意」には、明示的な意思表示のみならず黙示的な意思表示でもよいと考えるべきであるが、仲裁法36条2項により「当事者による準拠法選択がない場合には最密接関係地法による」とされていることから、妥当な準拠法選択を導くために強引に当事者の黙示的な意思による選択を認定する必要性はなく、黙示の選択の有無は、明示的でないにせよ36条2項による準拠法選択とは異なる法を当事者が敢えて選択していると言いうるか否かという観点から検討すれば良いと考えるべきである[1]。
(3)
仲裁法36条2項の「最密接関係地法」の決定基準について
仲裁法36条2項にいう最密接関係地法については、36条2項の文言上考慮要素に限定がないこと、仲裁合意については当事者自治が原則とされていること、客観的事情と意志意思的要素の厳密な区別が困難であることなどの理由から、当事者間の意思的要素(主観的事情)及び客観的事情を含む、全ての要素(当事者の国籍・住所・事業所所在地・設立準拠法などの属性、契約の交渉地・締結地・履行地、目的物の所在地、当事者間・業者の慣行など)を考慮すべきと考えるべきである[2]。
(4)
最密接関係地の推定について
通則法8条2項においては、「法律行為において特徴的な給付」、すなわち、いわゆる特徴的給付を「当事者の一方のみが行うものであるとき」は、「その給付を行う当事者の常居所地法」を最密接関係地法と推定すると定めているが、仲裁法36条には、最密接関係地の推定規定が置かれていない。
この点に関して、仲裁法36条2項の最密接関係地法の判断において通則法8条2項の規定を類推適用すべきかが問題となるが、仲裁人は諸般の要素を斟酌し、独自の判断で最密接関係地を認定すべきであることから、特徴的給付の理論には拘束されないと考えるべきである[3]。しかし、拘束はされないものの、最密接関係地の検討における一つの考慮要素として、特徴的給付の理論を斟酌することは差し支えないものと考える。
3.
本件への当てはめ
以上の基準を本件に当てはめて検討する。
(1) 仲裁法36条1項における「合意」について
本件契約では契約についての準拠法条項は置かれておらず、仲裁判断における準拠法についての明示の合意は存在していない。
そして、仲裁法36条2項があることとの関係で、強引に黙示の合意を探求する必要性はない。そこで、黙示の合意の有無については、36条2項の最密接関係地法を検討した上で、それと異なる法を当事者が敢えて選択していると言いうるか否かという観点から検討することにする。
(2) 仲裁法36条2項における最密接関係地について
本件契約は、日本法人であるAとドイツのスポーツメーカーであるGとの間で締結された、A主催の大会に関してGがスポンサーとなるという内容の契約である。同契約の交渉は双方の代理人弁護士によりニューヨークで行われ、契約締結地も同地であり、契約書は英文であった。同契約の具体的内容としては、GがAに5億円を支払い、Aは大会を盛り上げる最大限の努力をし、少なくとも一定の成果を上げること、大会においてG及びその製品の広告を行うこと等が定められている。
以上の事情から考えるに、まず、本件事情からはA及びGの主たる事業所がニューヨークに所在していた等の事情はうかがえず、本件契約の交渉地及び締結地は、いずれもA及びGの所在地国とは無関係のニューヨークでなされているといえるので、同地を最密接関係地とするのは相当ではないといえる。
次に、本件契約ではGが金銭給付債務を負っており、その反対給付としてAの負う債務が特徴的給付債務と解されるところ、特徴的給付を行う側のAの所在地は日本である。また、Aが大会を盛り上げるために最大限努力したか、一定の成果を上げたか、大会においてG及びその製品の広告をしたかの認定のための証拠資料は、日本に所在していると考えられる。更に、本件では、Gからの申立については東京を仲裁地とする合意がなされているところ、両当事者は仲裁地の法律である日本法の適用を排除するといった特段の意思表示をしてはいない。以上の事情を総合的に考慮すれば、日本法を最密接関係地法とするのが相当である。
したがって、AG間の本件契約については、仲裁法36条2項により、日本法が最密接関係地法となる。
(3) 黙示の合意について
本件では、両当事者は日本法の適用を排除するといった特段の意思表示をしておらず、当事者が日本法以外の法を敢えて選択しているという事情はない。したがって、黙示の合意も存在しないといえる。
(4) 仲裁法36条3項の適用について
なお、本件では、当事者双方による明示の求めはないので、仲裁法36条2項の適用はない。
4.
結論
よって、第4のトラブルにつき日本で仲裁がなされた場合のAG間の契約の準拠法は、仲裁法36条2項により、日本法となる。
[1] 仲裁法36条1項・2項の規定は、通則法7条・8条1項の規定と基本的に同様であることから、仲裁法36条1項にいう「合意」は、通則法7条の「合意」とパラレルに考えるべきである。通則法7条の「合意」の解釈については、澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門』第7版186頁参照。
[2] 仲裁法36条2項と同様に最密接関係地法への連結を規定する通則法8条1項の解釈として、松岡博『国際関係私法入門』第3版97-98頁参照。
[3] 王欽彦『国際仲裁と国際私法-仲裁法36条2項について-』(2006-11)71頁
[以上、設問(8)、斉藤 漠]