2014年:早稲田LS「国際民事訴訟法」
WLS国際民事訴訟法
47120045 多田 章大
設問(1)
1. 問題点
本問においてAはBに対して契約の債務不履行による損害賠償請求の訴えを提起しているが、これはBが2014年5月3日から5日まで日本の有明コロシアムでA主催のテニストーナメントに出場し、これに対してAがBに対して出場金や賞金を支払うという契約(以下、「本件契約」という)において、Bの債務に不履行があったことを理由としている。
そこで、契約上の債務に関する訴え等の管轄権が、AB間に裁判管轄に関する合意条項が存在しないことから問題となる。
2. 民事訴訟法(以下、「民訴法」という)3条の3第1号の適用
[他の受験者の答案においては、不法行為地管轄の有無も検討しているものが少なからずありましたが、契約債務履行地管轄が認められるという結論であれば、あえて不法行為地管轄についてまで触れなくてもよいかと思います。ただ、その可能性もあり得るといった言及はあってもいいかと思います。]
(1)民訴法3条の3第1号は「契約上の債務の不履行による損害賠償の請求」「を目的とする訴え」について、@「契約において定められた当該債務の履行地が日本国内にあるとき」またはA「契約において選択された地の法によれば当該債務の履行地が日本国内にあるとき」は日本の裁判所が当該請求に対する国際裁判管轄を有する旨定めている。これは、当事者の予測可能性、債務履行に関する証拠の所在、強制執行の実効性などがその根拠となっている。
本件訴えは「契約上の債務の不履行による損害賠償の請求」「を目的とする訴え」であるため、この規定により日本の裁判所に当該請求についての国際裁判管轄が認められるか、検討する。
(2)「当該債務」とその「履行地」
本件ではAB間の本件契約において裁判管轄に関する合意条項は存在しないため、上記@の「当該債務の履行地」が日本国内にあるかどうかが問題となる。本件請求の原因となる「当該債務」とは、Bが2014年5月3日から5日まで日本の有明コロシアムでA主催のテニストーナメントに出場することである。本件訴えは、この債務の不履行を理由とする損害賠償請求であり、そこで、この債務の「履行地」は日本国内の有明(東京)と解すである。したがって、本件請求は@「契約において定められた当該債務の履行地が日本国内にあるとき」にあたり民訴法3条の3第1号により、東京地裁がその国際裁判管轄を有することになりそうである。
3. 民訴法3条の9の検討
(1)民訴法3条の3第1号に基づき国際裁判管轄が認められることになっても例外的に日本で裁判をすることが当事者間の衡平、裁判の適正・迅速に反するような特別の事情があれば管轄が民訴3条の9により認められない。 そこでこの規定を見てみると、「事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して」上記「特別の事情」があると認められると裁判所は「その訴えの全部又は一部を却下することができる」としている。そこで以下、この「特別の事情」があるか検討する。
(2)@事案の性質とは、紛争に関する客観的な事情のことで具体的にはたとえば、請求の内容、契約地である。A応訴による被告の負担の程度は当事者間の衡平に直結する重要な考慮要素として、被告の資力を中心に法廷地である日本への物理的・経済的・心理的アクセスが便宜であるかにより判断する。B証拠の所在地については裁判官にとって事件の本案における主たる争点に必要な証拠調べに便宜的であるか、により判断する。
(3)これを本件について検討すると、@本件契約はAの社員がBの自宅のあるスペイン・バルセロナに赴き交渉を進めてきており、スペインで締結され、Bは来日していない。しかししているが、本件契約は日本の有明でのテニストーナメントに参加するという内容であり、履行地は日本国内にある。Aまた、Bは個人ではあるもののAの独自基準ではあるが世界でトップ8位までには入ると思われるテニスプレイヤーであり、日本で応訴するにあたり資力が十分でないとは言えずない。、B本件において主たる争点であるBの病状が来日してプレーをすることが無理であるという程度のものであったか否か、大会前日にバルセロナのレストランで食事をしていたという事実があるか否か等はすべてスペインにある証拠及び証拠方法によるべきことである。を不可能と本件契約に関連する契約書などはA社が所持していると考えられることからすると[契約の成立や内容が争点になるとは思われず、むしろ契約内容を認めた上で、不可抗力の有無が争点になりそうなのではないでしょうか。] 以上の通り、本件においては確かに本件の審理・判断はスペインでした方が便宜である点もあることは否めないが、国際裁判管轄ルールの明確性がもたらす社会的利益(とりあえず提訴してみなければ管轄の有無が予測できず、和解交渉が阻害される等のマイナスを減少させるという利益等)に鑑みれば、3条の9の適用により訴えを却下することには慎重であるべきことに鑑みれば、本件においてはなお契約義務履行地管轄が認められるという結論を覆すほどの上記「特別の事情」はないと解されるする。
[契約義務履行地管轄の場合、実際に被告の義務履行が履行地でされ、それが不十分であるというときと、被告は全く義務履行をせず、義務履行地が単に契約上のものに過ぎないというときとは、同じく義務履行地とは言っても、それが示す被告と義務履行地との関係性は後者の場合には必ずしも十分とは言えず、3条の9による却下はあり得ると思われます。ちなみに、アメリカのdue processの考え方によれば、約束しただけで行ったこともない義務履行地で訴えることはできないとされているようです。]
4.結論
以上より、民訴3条の3第1号に基づき東京地裁は本件訴えについて国際裁判管轄を有する。
(以上、問(1): 多田 章大)
設問(3)
1. 本設問の趣旨
本件では、AC間の契約には、ウクライナのルハンシクの一審裁判所を専属管轄とする管轄条項が置かれている。それにもかかわらず、AがCに対して本件契約に関連する訴えを東京地裁に提起した。これに対して、Cは、本件管轄合意により本件訴えは却下されるべきとの主張をしている。
このCの主張につき、東京地裁はどのように判断すべきかを問うのが本問である。
なお、課題の事案には記載がないが、本問では「2014年6月30日現在の情況を前提」として回答する旨の指示があるので、本設問においては現在ウクライナが内戦状態にあるという事情をも考慮して回答する。
2. 管轄合意の有効性
(1) 民訴法3条の7は、その1項で、当事者が国際裁判管轄を合意によって決めることができると規定している。管轄合意には、@本来の管轄に加えて新たに訴え提起できる裁判所を加える付加的合意管轄と、A他の裁判所の管轄を排除して当事者が指定する裁判所にのみ管轄を認める専属管轄合意がある。本件では、AC間の契約には、ウクライナのルハンシクの一審裁判所を専属管轄とする管轄条項が置かれているため、Aの専属管轄合意がなされたと解される。したがって、合意が有効である限り、日本の裁判所の管轄は否定され、訴えは却下されることになる。
(2) では、本件専属管轄合意は有効であるか。
ア. 管轄合意の方式
(ア) まず、管轄合意の方式について、民訴法3条の7第2項及び3項は、書面性(電磁的記録を含む)を要求している。この点に関して、判例上、「少なくとも当事者の一方が作成した書面に特定国の裁判所が明示的に指定されていて、当事者間における合意の存在と内容が明白であれば足りる」とされており、当事者双方による署名までは要しないと解されている(サチダネ号事件判決[1])。
(イ) 本件では、AC間の契約に管轄条項が置かれているため、書面性の要件は充足される。
イ. 実質的成立要件
(ア) 次に、実質的成立要件として、@合意が一定の法律関係に基づく訴えに関するものであること(民訴法3条の7第2項)、A外国裁判所の専属的管轄合意の場合、当該裁判所が法律上又は事実上裁判権を行うことができないときでないこと(同4項)、B訴えが国際的な専属管轄の対象でないこと(民訴法3条の10)、C合意が甚だしく不合理で公序法に反するものではないこと(サチダネ号事件判決[1])を要するとされている。
(イ) これを本件につき検討すると、本件事情からは具体的に明らかではないが、本件管轄合意がAC間の本件契約に関わる一切の紛争に関する合意というものであれば、@を充足する。また、民訴法3条の5が日本に専属管轄がある訴えにつき定めているところ、本件訴えはこれに該当しないので、Bも充足する。
しかし、2014年6月30日現在、ウクライナ国境付近では、反体制派市民と当局との武力衝突が発生しており、更にロシアがこれに軍事介入しており、内戦状態にあるといえ、戦地であるルハンシクの裁判所では事実上裁判を行うことができない状態にあるといえる。したがって、Aの要件を充足しない。
以上から、ウクライナのルハンシクの裁判所を専属的管轄と定める本件管轄合意は、実質的成立要件を欠き、無効というべきである。
3. 結論
したがって、本件専属管轄合意は民訴法3条の7第4項の規定に照らして無効であるので、Aは当該専属管轄合意には拘束されないことになる。
よって、東京地裁としては、「本件訴えは却下されるべき」とのCの主張は認められないと判断すべきである。
[1] 最判昭和50年11月28日民集29巻10号1554頁(サチダネ号事件判決) 国際私法判例百選第2版99事件
[外務省の海外安全ホームページ(2014年7月11日)からの引用:
http://www.anzen.mofa.go.jp/index.html
1.概況
ウクライナでは,2013年11月に欧州連合(EU)との連合協定署名に向けた準備プロセスが一時停止されたことに対し,首都キエフの独立広場を中心にデモ抗議活動が行われ,多数の負傷者が発生する事態となりました。
また,暫定政府と武装勢力の対立が深まる中で,3月にロシアがクリミア自治共和国およびセバストーポリを一方的に自国に編入しました。さらに,東部のドネツク州,ハルキウ州,ルハンスク州では,武装勢力が行政庁舎等を占拠するなどデモ活動を激化させ,ドネツク州で一時「ドネツク人民共和国」樹立を宣言,ハルキフ州でも独立を宣言し,これに対しウクライナ政府が「反テロ作戦」を開始し武装勢力の排除に乗り出すなど,不安定な情勢にあります。
こうした状況において,5月25日,大統領選挙が実施され,6月7日にポロシェンコ大統領が就任しました。同大統領は6月27日にEUとの連合協定の署名を実現し,東部の分離派武装勢力との関係では,同月20日から一時的停戦が合意されていましたが,停戦期限の30日以降停戦を延長せず,ウクライナ政府側による「反テロ作戦」が再開されています。
2.地域情勢
(1)クリミア自治共和国およびセバストーポリ:「渡航の延期をお勧めします。」(滞在中の方は事情が許す限り早期の退避を検討してください。)
[省略]
(2)ドネツク州,ルハンスク州:「渡航の延期をお勧めします。」(引き上げ)
ウクライナ東部のドネツク州及びルハンスク州では,4月以降,武装勢力による各州行政庁舎等の占拠や,「人民共和国」樹立宣言が相次いだほか,保安庁や警察署が襲撃されるなど,過激な活動が広がっています。
こうした武装勢力の動きに対しウクライナ暫定政権は「反テロ作戦」を実施,スロヴヤンスク市やクラマトルスク市などで武装勢力及び治安機関の双方に死傷者が出る事態となっていましたが,6月20日,新しく大統領に選出されたポロシェンコ大統領が27日までの一時的停戦を行うことを発表するとともに平和計画を公表し,武装勢力側も一時的停戦に同意しました。
その後,30日までの停戦延長が合意されたものの,武装勢力側が歩みよりを見せなかったこともあり,延長期限の30日にポロシェンコ大統領は停戦を延長せず,政府側による「反テロ作戦」が再開されています。
また,国連難民高等弁務官事務所によれば,ドネツク州,ルハンスク州をはじめとするウクライナ全土で5万人以上が国内避難民となっており,2014年に入ってからは国外へも避難しているとの情報もあります。
つきましては,ドネツク州及びルハンスク州についての危険情報を「渡航の是非を検討してください。」から「渡航の延期をお勧めします。」に引き上げますので,渡航・滞在を予定している方は,報道機関関係者を含め,どのような目的であれ,当面控えるようお勧めします。
なお,ドネツク州,ルハンスク州での取材については,危険情報「渡航の是非を検討してください。」の発出を受けて,4月25日付で既に注意喚起を行っていますが(http://www.anzen.mofa.go.jp/attached2/attached_ukraine20140425.pdf
),今般危険情報を「渡航の是非を検討してください。」から「渡航の延期をお勧めします。」に引き上げることを踏まえ,ドネツク州及びルハンスク州での取材は,当面控えるよう改めて強くお願いします。]
(以上、問(2): 斉藤 漠)
設問(5)
1. 本設問の趣旨
AE間の契約には、スウェーデンのストックホルムの一審裁判所を指定する専属管轄合意条項(以下、本条項上の合意を「本件専属管轄合意」とする)が置かれている。これに基づき、EがAに対する契約違反に基づく損害賠償請求訴訟をストックホルムの一審裁判所に提起したところ、当該裁判所は、専属管轄合意による国際裁判管轄を肯定した上で、5000万円余りの認容判決をし、同判決は確定した。
この確定判決に基づき、Eが日本で執行判決請求訴訟を提起したところ、Aは、「Eと契約を締結したFは無権代理人であるため、FE間の契約締結行為の効果はAには帰属せず、したがって、AE間の契約は不存在ないし無効であるから、本件専属管轄合意も不存在ないし無効である。そのため、当該専属管轄合意により国際裁判管轄があることを前提に判決をしたストックホルム一審裁判所には間接管轄を肯定できないことになるから、民訴法118条1号の要件を具備せず、本件確定判決は日本において承認されない」との趣旨の主張をしている。
この執行判決請求訴訟において、「本件専属管轄合意は不存在ないし無効」とのAの主張につき、日本の裁判所がどのように判断すべきかを問うのが本問である。
2. 民訴法118条1号について
(1) 民訴法118条は、外国判決の日本での承認について規定しており、その1号で、「法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること」を承認の要件としている。これは、判決を言い渡した裁判所が国際法上の裁判権を有していることだけでなく、判決裁判所に国際裁判管轄(間接管轄)があったことを要求するものである[1]。
本件Aの主張では、裁判権に関しては問題とされていないので、本問では、間接管轄がスウェーデンに認められるか否かを検討することになる。
(2) 間接管轄の基準に関しては、既に外国ではその判決が確定して効力を有している以上、内外の法的状態の調和の観点から、日本で裁判を行うか否かの判断である直接管轄の範囲よりも緩やかに認めてよいとする見解もある。
しかし、そもそも日本で直接管轄を否定する場合に間接管轄を肯定することは訴訟法上の正義や主権の観念に反するものというべきであり、間接管轄は直接管轄と同じ基準でその有無を判断するべきであるといえる(鏡像理論)[2]。判例[3]も、このような考え方と大きく異なるものではないと解される[4]。したがって、本件外国判決が承認されるためには、日本の民訴法の直接管轄の規定(3条の2以下)に照らして、スウェーデンの裁判所の間接管轄の有無を検討することになる。
(3) ところが、本件では、AE間の専属管轄合意(民訴法3条の7参照)の有効性が争いになっている。したがって、当該専属合意管轄が不存在ないし無効であったら、これを前提としたスウェーデンの間接管轄を肯定できないことになるので、まずは本件専属合意管轄の存否ないし有効性につき検討することになる。
そこで検討するに、そもそも本件専属管轄合意は、「Fの仲介によるAE間の契約」においてなされているので、本件専属管轄合意の存否ないし有効性の判断のためには、「Fの仲介によるAE間の契約の存否ないし有効性」の判断が必要である。したがって、「Fを仲介とする本件AE間の契約の存否ないし有効性」の判断が、いかなる準拠法に基づいてなされるかが問題となる。
3. 「Fの仲介によるAE間の契約の有効性」の準拠法について
そこで、「Fの仲介によるAE間の契約」の準拠法について検討する。
(1) 「Fの仲介によりAE間の出場契約が有効に成立したか否か」を判断する準拠法の特定は、本人・相手方の間の外部関係における代理権の存否・範囲を判断する準拠法がどのように特定されるかの問題である。
(2) この点、代理の外部関係の準拠法決定においては、国際私法上、本人保護と取引安全のバランスを基本的視座とすべきである。本人保護を重視する立場からは、準拠法に関する本人の予見可能性に適うことを理由として、内部関係(授権行為)の準拠法によるとの説(授権行為準拠法説)が主張されている。
しかし、相手方にとって内部関係の準拠法を知ることは困難であり、同説の考えでは相手方の不意打ちになりかねない。他方で、代理人を利用する本人は代理行為地を規制する立場にある以上、本人は代理行為地について予見可能といえる。したがって、外部関係については、取引の安全を重視して、代理行為地法によると考えるべきである(代理行為地法説[5])。
(3) そこで、代理行為地法説に立って、「Fの仲介による本件AE間の契約」の準拠法を検討するに、本件では、FE間契約交渉はスウェーデンで行われ、契約締結も同国でなされている。したがって、代理行為地はスウェーデンであり、「Fを仲介とする本件AE間の契約の存否ないし有効性」については、スウェーデン法が準拠法となる。
4. 本件Aの主張の当否について
以上検討した結果、本件Aの主張の当否の判断方法は、次のようになる。
まず、スウェーデン法に基づき、「Fの仲介による本件AE間の契約」の中でなされた「本件専属管轄合意の存否ないし有効性」を判断すべきである。
その上で、スウェーデン法により本件AE間の本件専属管轄合意が不存在ないし無効と判断されれば、Aの主張は正当と判断されることになる。
他方、スウェーデン法により本件AE間の本件専属管轄合意が有効と判断されれば、Aの主張は失当と判断されることになる。(この場合、更に、民訴法3条の7等の基準に基づいて日本の民訴法上でも本件専属管轄合意が有効かを検討し、ストックホルム一審裁判所の間接管轄の有無を判断することで、民訴法118号1号要件の充足の有無を決していくことになるが、この点については本設問の範囲外と考えられるので省略する。)
[1] 澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門』第7版330頁
[2] 松岡博『国際関係私法入門』第3版305頁
[3] 最判平成10年4月28日民集52巻3号853頁サニワド事件判決 国際私法判例百選第2版108事件
[4] 松岡博『国際関係私法入門』第3版305頁。尤も、本判決は間接管轄について独自の判断を認める趣旨であると解する見解もある。
[5] 松岡博『国際関係私法入門』第3版116-117頁
(以上、問(5): 斉藤 漠)
設問(7)
1. 問題点
本件において、仲裁条項が有効であったとすれば、AはGの東京地裁に提起した損害賠償請求訴訟に対して妨訴抗弁を主張することができる(仲裁法14条1項)ため、仲裁条項の有効性がその性質と関連して問題となる。
2. 仲裁条項の独立性
各国法及びモデル法(国際商事仲裁規範法)によれば、仲裁条項が主契約の一条項として規定されている場合であっても、主契約と仲裁条項はそれぞれ独立の合意と解され、主契約が無効となっても、仲裁条項は当然には無効とされない(仲裁法13条6項)。(仲裁合意の独立性)。したがって、仲裁条項が有効か否かは主契約とは別に、仲裁条項の準拠法により判断される。
3. 仲裁条項の準拠法
(1)では、いかにして仲裁条項の準拠法を決定すべきか。この点、判例
は仲裁が「当事者間の合意を基礎とする紛争解決手段」であることにかんがみ、「法例7条1項(通則法7条)により、第一次的には当事者の意思に従って」定めるべきであって、「仲裁契約中で右準拠法について明示の合意がされていない場合であっても、仲裁地に関する合意の有無やその内容、主たる契約の内容その他諸般の事情に照らし、当事者による默示の準拠法の合意があると認められるときには、これによるべき」だとしている。
一方、学説には、仲裁合意を実体契約として取り扱った上で、判例と同様に法例7条の適用を認める法例7条説や仲裁合意は訴訟排除効を有し、和解とは違い実体的権利義務関係を確定するものではないので法例7条の適用は受けず、国際民事訴訟法の立場から決定すべきであるところ、これに関する規定が欠如しているため条理により補うという条理説などがある。
(2)この点、仲裁合意の独立性や、前述の仲裁合意の性質を鑑みると、判例の立場が妥当であると考える。
また、判例の考え方では本件のようなクロス式の仲裁条項が問題となるとき、申し立てる者により仲裁地が異なり、この場合にも仲裁地法を仲裁合意に関する当事者の默示の合意を認めることができるのかという批判があるが、そもそもクロス式仲裁条項の場合、2つの仲裁合意があると理解すれば問題はないので、この批判は当たらない。
4. あてはめ
(1)本件では、準拠法について当事者自治の結果、「日本国際仲裁裁判所」という実在しない機関を仲裁機関として定めているため、有効に明示的な合意はなされていない。したがって、仲裁地に関する合意の有無やその内容、主たる契約の内容その他諸般の事情に照らし、当事者による默示の準拠法の合意があると認められるときには、これによるべきである。
(2)本件においては仲裁地に関して機関名こそ違えども、少なくとも日本国で仲裁するということに関してはAとGの間には合意があったと言える。また、その内容もAがG対して申し立てる場合にはベルリンにおいてドイツ仲裁協会の規則に基づく仲裁により、GがAに対して申し立てる場合には東京において日本国際仲裁裁判所の規則に基づく仲裁による旨の仲裁条項が設けられていたことからするとGの防御権に不当な侵害を与えない合理的なものである。主たる契約もA主催の日本の有明で行われるテニストーナメントに関する商業的契約であり、その債務履行地は日本であった。
(3)以上のことを考慮すると、当事者であるAとGの間では、GはAに対して紛争を申し立てる場合には日本が仲裁地になるという默示の合意があったと解されるので、本件における仲裁条項の効力を判断する準拠法は仲裁地法である日本法である。
[東京地判平成25・8・23(平成24年(ワ)第24603号)は、日本企業と韓国企業との契約において、International Commercial Arbitration Courtでの仲裁により紛争を解決する旨の条項があったにも拘わらず、原告である韓国企業側が東京地裁に357万ドル余りを支払いを求める訴えを提起した事件について、この名称の仲裁機関はロシア、ベルギー及びウクライナにあり、そのいずれの機関にも仲裁を申し立てることが許される合意と解するのが相当とし、原告の仲裁条項は錯誤無効である旨の主張に対して、「原告は,錯誤が存在していたことの根拠として,本件仲裁条項に規定された国際商業仲裁裁判所という名称の仲裁機関は,少なくとも本件紛争に何らかの有意な関連性を有する関係諸国には存在しておらず,日本企業と韓国企業との間の紛争についてロシア,ベルギー又はウクライナに事務局を構える仲裁機関にその解決を付託することに全く合理性がないことを挙げるが,国際商業仲裁の場合に,当事者の所属する国から見た第三国を仲裁地国とする方法は,それほど珍しいことではないし(乙7),少なくともロシアとウクライナに設置された国際商業仲裁裁判所は,我が国と同様に,1985年採択の国際商業仲裁に関するUNCITRALモデル法に基づいた仲裁法を国内法として制定しており(乙6),特異な仲裁手続が採用されていることは証拠上うかがわれない。それに,本件仲裁条項は,仲裁手続の言語を英語と指定することで(甲2,甲3),言語面での支障を最小化しているから,本件仲裁条項がロシア,ベルギー及びウクライナの仲裁機関を選定するものであることは,錯誤の存在を裏付ける十分な理由となるものではない。」と判示し、訴えを却下している。この判断は常識的とは言えないように思われる。]
(以上、問(7): 多田 章大)