WLS2015 国際民事訴訟法」

                               47142024 上村香織

第1 問(a)について

 1 民訴法3条の3第1号該当性

ABが本件守秘義務契約に違反したとして、債務不履行に基づく750億円の損害賠償請求をすることが考えられる。ABに対する当該訴訟が、「契約上の債務の不履行による損害賠償の請求」にあたるとして、民訴法3条の3第1号により、日本の裁判所に国際裁判管轄を認めることはできないか。

 () 民訴法3条の3第1号に該当するかを判断するに際して、まず、本件における「契約上の債務」とは何かを特定する必要がある。なぜなら、「契約上の債務」が「当該債務」として履行地の決定の基準となるからである[1]

    本件守秘義務契約によれば、カジノ建設に関する情報がB及びその関係者を情報源として漏洩した場合には、750億円をAに対して支払うこととされていた。したがって、本件守秘義務契約に基づき、Bはカジノ建設に関する情報を漏洩しない債務、及び関係者に情報を漏洩させない債務を「契約上の債務」として負っていたと考えられる。

   よって、本件における「契約上の債務」とは、Bはカジノ建設に関する情報を漏洩しない債務、及び関係者に情報を漏洩させない債務である。

() では、「当該債務の履行地が日本国内にあるとき」にあたるか。

   民訴法3条の3第1号によれば、@契約において定められた当該債務の履行地が日本国内にあるとき、又はA契約において選択された地の法によれば当該債務の履行地が日本国内にあるときに管轄は認められる。そして、上述の通り、ここにいう「当該債務」とは、「契約上の債務」のことをいい、本件のような債務不履行に基づく損害賠償請求においても、不履行になった「契約上の債務」を基準に履行地を判断する。

   本件における「契約上の債務」である、Bはカジノ建設に関する情報を漏洩しない債務、及び関係者に情報を漏洩させない債務は、不作為債務である。それゆえ、当該債務の「履行」は観念しえないために、履行地は存在せず、民訴法3条の3第1号該当の余地はないとも思える。しかし、このように考えると、およそ問題となる債務が不作為債務である場合には、民訴法3条の3第1号に基づく裁判管轄が認められないことになり、当事者の日本において裁判を起こす機会が制限されることになる。また、債務者は全世界どこであっても、情報を漏洩しないという不作為を継続することを債務の「履行」と考え、全世界各地を債務の履行地と考えることは可能である。さらに、全世界各地を債務の履行地と考え、民訴法3条の3第1号該当性を認めた結果、当事者間の衡平や迅速な裁判の実現が害される等の不都合が生じた場合には、民訴法3条の9により訴え却下をすることが可能である。したがって、民訴法3条の3第1号該当性を広く解したとしても、それほど不都合は生じない。

   したがって、本件における「契約上の債務」の履行地は、日本を含む全世界であるとして、「当該債務の履行地が日本国内にあるとき」に該当する。

   よって、本件ABに対する債務不履行に基づく損害賠償請求について、民訴法3条の3第1号に基づいて、日本の裁判所は国際裁判管轄を有する。

2 民訴法3条の9該当性

もっとも、民訴法3条の3第1号に基づいて国際裁判管轄が認められたとしても、民訴法3条の9の「特別な事情」が認められるとして訴え却下とはならないか。以下検討する。

()  民訴法3条の9によれば、事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別な事情があると認められる場合には、訴えを却下することができるとされている。そして、同条に該当するか否かは、前段に定められる事柄を考慮要素として、当事者間の衡平、審理の適正・迅速を妨げる特別の事情がないかを審査し、総合的に判断する[2]

() 本件において、被告であるBは法人であり、応訴による負担の程度は、当事者が個人である場合に比べてそれほど大きなものではない。また、当事者AB共に法人であることに照らせば、当事者間の衡平の観点から、特にBに配慮する必要もない。

   しかし、本件守秘義務契約の交渉地は専ら甲国であることから、被告Bには、紛争処理に際しても甲国がその地となるとの期待が生じていることは否めない。また、本件訴訟においては、損害額は既に確定している以上、主たる争点は、守秘義務違反があったか否か、特にPによる情報漏洩行為がBの債務不履行に該当するか否かに集中することが考えられる。そうであれば、本件訴訟にとって重要な証拠は甲国在住の甲国人Pの供述であるため、証拠の所在地という観点からは、日本に国際裁判管轄を認めることは妥当でない。Pの日本の裁判所への出頭の負担を考え、Pの陳述書を証拠とすることも可能ではあるが、P自身の尋問をする場合と比べ、審理の適正・迅速さは低下すると考えられる。

   したがって、本件においては、争点に対応する証拠の所在地の観点から、審理の適正・迅速を妨げる「特段の事情」が認められる。

   よって、本件訴訟は、民訴法3条の9に基づき訴え却下とされるべきであり、その結果として日本の裁判所は国際裁判管轄を有さないことになる。

   [他の答案の多くは管轄を肯定するとの結論でした。情報漏れがあれば日本で大きな損害が発生することが分かっていた訳ですので、管轄を肯定してもいいように思われます。]

第2 問(c)について

 1 民訴法3条の3第8号該当性

Aは、Pの信用毀損行為が不法行為にあたるとして、不法行為に基づく損害賠償を請求する訴訟を提起していると考えられる。そこで、本件APに対する請求が、民訴法3条の3第8号に基づく「不法行為に関する訴え」にあたるとして、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められないか。

民訴法3条の3第8号によって国際裁判管轄が認められるためには、不法行為があった地が日本国内にあることが必要である。ここにいう「不法行為があった地」とは、@加害行為地と、A結果発生地が含まれる[3]。もっとも、同号かっこ書きにより、加害行為が日本国外で行われ、その結果が日本で発生した場合には、加害者にその結果発生について予測可能性がなければならない。

() まず、Pの信用毀損行為を、Pがインターネットを通じて、Aのカジノ建設計画に関する情報を「日本国内で」漏洩させたものであるとして、@加害行為地を日本であると考えることはできないか。

判例[4]では、被告が香港から警告書を原告の日本の取引先に送付したことにより、原告の信用が毀損されたとする事案において、「被告が本件警告書を我が国内において宛先各会社に到達させた」と判示し、日本を@加害行為地にあたるとして国際裁判管轄を認めている。そこで、本件においても、Pがインターネットを通じて、情報を日本国内で漏洩させたとして、@加害行為地を日本とすることはできるとも思える。

しかし、そもそも、上述の判例は警告書を香港から発送した行為ではなく、警告書を到達させた行為をもって不法行為としている点で、極めて不自然、かつ技巧的であり、妥当な判断であったとはいえない。また、上述の判例の判断が妥当であるとしても、判例の事案においては、被告は警告書を「日本の原告の事務所」という特定の場所に向けて送達している一方で、本件においてPは単にインターネット上に情報を漏洩させたに過ぎず、「日本国内」という特定の場所で情報を漏洩させるものではない。したがって、当該判例に即して、本件を処理することは妥当ではない。

   よって、本件におけるPが情報を日本国内で漏洩させたとして、@加害行為地を日本とすることはできない。

() では、Pが乙国から、インターネット上でAのカジノ建設計画を暴露し、Aの会社としての体質に問題があると示唆した行為が、日本においてAの信用を毀損したとして、A結果発生地を日本とすることはできるか。

   裁判例[5]では、米国において、インターネット上で、プレスリリースへの掲載行為が日本において名誉・信用を毀損したといえるかが争われた事案において、インターネット上に公開されることにより、日本国内でも閲覧可能な状態になることを理由として、信用毀損の結果は日本において発生したと判示している。今日において、インターネットは誰でも、どこからでもアクセス可能であることに照らせば、当該判決の判断は妥当であると考える。したがって、本件において、Pがインターネットで情報を漏洩させたことにより、日本にいるAの信用毀損という結果は発生したといえる。なお、本件において、Pは甲国語で情報を漏洩させているが、日本人の誰一人として甲国語を理解できないとはいえない以上、Aの信用毀損という結果発生は否定できない。

   そして、インターネット上での情報漏洩である以上、Pは自らの投稿が日本において閲覧される可能性は十分予測できたといえる。また、投稿の内容がAのカジノ建設計画を暴露し、会社体質の問題を示唆するものである以上、日本で閲覧されれば、Aの信用が毀損されることも十分予測できたといえる。

   よって、本件において、日本は「不法行為があった地」に該当するため、日本の裁判所には3条の3第8号に基づき、国際裁判管轄が原則として認められる。

2  民訴法3条の9該当性

もっとも、民訴法3条の3第8号に基づいて国際裁判管轄が認められたとしても、民訴法3条の9の「特別な事情」が認められるとして訴え却下とはならないか。

    本件は、日本法人であるAによる、契約の相手方であるBの下請業者の一社員であるPに対する請求である。本問からは、Aの会社の規模やBの資産等は判断できないが、法人と個人とでは、個人の方が資力に乏しいことが通常である。また、個人にとって、応訴のために他国の裁判所まで出頭することは、極めて負担が大きい。

    たしかに、本件の争点が日本においてAの信用毀損という結果が発生したか否か、発生したとしてその損害額はいくらかであることに照らせば、証拠の多くは結果発生地である日本に所在しているとも思える。しかし、これらの争点の立証のために必要な証拠の多くは、書面やデータであり、不動産等のように持ち運びが不可能なものではなく、また日本でなければ証拠調べをすることが困難なものであるとも言い難い。そして、上述の通り、本件は法人であるAによる一個人であるPに対する訴訟であることから、法人と個人間の証拠収集能力の格差に照らせば、日本に国際裁判管轄を認めることは当事者間の衡平の観点から妥当であるとはいえない。

   以上により、本件においては、日本の裁判所が審理および裁判することが当事者間の衡平を害する特別の事情があるといえるため、民訴法3条の9により訴えは却下される。その結果として、日本の裁判所には国際裁判管轄は認められない。

   [他の答案の多くは管轄を肯定するとの結論でした。Pの行動は情報を意図的にネット上に流し、さらにAの信用毀損に該当すると思われる記載をしており(甲国語によるとはいえ、それが世界に拡散することは容易に予測できるはずであり、だからこそそういう行為をしていると思われます)Aが日本で損害を被ることは十分に承知していたはずですので、管轄を肯定してよいように思われます。]

 

第3 問(e)について

 1 民訴法3条の3第1号該当性

ACに対する工事遅延による損害賠償請求訴訟が、「契約上の債務の不履行による損害賠償の請求」にあたるとして、民訴法3条の3第1号により、日本の裁判所に国際裁判管轄を認めることはできないか。

() 上述の通り、民訴法3条の3第1号に該当するかを判断するに際して、まず、本件における「契約上の債務」とは何かを特定する必要がある。

   本件追加契約は、AC間で本建設契約に定める設計の一部変更と後期の短縮を定めるものある。したがって、本件追加契約に基づいて、Cは短縮された工期までに建設工事を完成させる債務を負っていたといえる。それにもかかわらず、Cの建設工事難航し、工期の半年を過ぎて工事は完成しており、本件追加契約に基づく当該債務の不履行があったといえる。

   よって、本件における「契約上の債務」とは、Cが短縮された工期までに建設工事を完成させる債務である。

() では、「当該債務の履行地が日本国内にあるとき」にあたるか。

   ()で検討したとおり、本件における「契約上の債務」とは、Cが短縮された工期までに建設工事を完成させる債務である。そして、Cは日本国内において、カジノ施設Zの建設工事を行っている。

   したがって、本件は、「当該債務の履行地が日本国内にあるとき」に該当する。

   以上により、本件ACに対する工事遅延による損害賠償請求訴訟は、民訴法3条の3第1号に基づいて日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる。

 2 民訴法3条の9該当性

もっとも、民訴法3条の3第1号により国際裁判管轄が認められるとしても、民訴法3条の9の「特別な事情」が認められるとして訴え却下とはならないか。

   たしかに、本件追加契約の交渉地はもっぱら乙国であったことから、被告であるCとしては、紛争処理の際にも乙国に国際裁判管轄が認められると期待を抱いたとも考えられる。しかし、Cは3年半という長期間、日本において建設作業を続けてきている。そして、これだけの長期間、日本で作業がなされたことに照らせば、Cの当該債務の履行、不履行に関連する証拠も日本にあると考えられる。また、たとえ証拠が乙国にあるとしても、その多くは書面やデータであり、不動産等のように持ち運びが不可能なものではなく、また乙国で証拠調べをしなければならないものでもない。そして、本件訴訟の当事者はどちらも法人であり、情報収集能力や資力の点で、法人と個人間のような格差があるとはいえず、特にCの応訴の負担を考慮すべき事情もない。

   したがって、民訴法3条の9に基づく「特の事情」は認められない。

   よって、上述の通り、本件ACに対する工事遅延による損害賠償請求訴訟は、民訴法3条の3第1号に基づいて日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる。

第4 問(f)について

1 民事保全法11条該当性

仮差押の申し立てについて、日本の裁判所の国際裁判管轄は、@本案について日本の裁判所に国際裁判管轄があるとき、またはA仮に差し押さえるべき物若しくは係争物が日本国内にあるときに認められる(民事保全法11)

   本件において、仮に差し押さえるべきものである、本件建設機械はCが日本に持ち込み、日本においたままになっている(A充足)

   したがって、Aによる本件建設機械の仮差押の申し立ては、民事保全法11条に基づき、国際裁判管轄がみとめられるとも思える。

2  もっとも、上述の通り、本件においては乙国を仲裁地として、一切の紛争を仲裁によって解決する旨の仲裁条項が定められている。そこで、当該仲裁条項により、本件仮差押の申し立てについての国際裁判管轄が否定されないか。

   保全訴訟は、緊急性が求められる。そのため、管轄の判断に際して、その他の事情を考慮し、その判断が左右されることは妥当でない[6]。また、民事保全法には、民訴法3条の9にあたるような規定もない。

   したがって、本件のような仲裁条項がある場合であっても、仮差押の申し立てについての国際裁判管轄の有無の判断に影響はない。

   よって、本件において、日本の裁判所に国際裁判管轄は認められる。

 

[()については、下記の別の答案参照]

 

[参考文献]

・松岡博 (2012) 『国際関係私法入門』第3版 有斐閣

・澤木敬郎・道垣内正人 (2012) 『国際私法入門』第7版 有斐閣双書

[参考判例]

最判平成1368民集554727

・東京地判平成251021(LLI/DB 判例秘書登載)

 

[以上、上村香織氏の答案]

 

47142139 前田俊斉

3のトラブル

設問(j)

 

1 丙国国際裁判管轄の有無

  外国判決承認の要件

  まず、本件のように、外国で下され確定した判決について日本が承認するための要件として民訴法118条各号が存在する。その中の第1号が当該外国裁判所に国際裁判管轄があったことを要件として掲げており、本問ではこれについて検討する。

  間接管轄の基準

  判決国の国際裁判管轄を間接管轄と呼び、また、日本(法廷地国)の国際裁判管轄を直接管轄と呼ぶ。この間接管轄については2つの問題が存在する。@間接管轄の存在の判断の基準は判決国か、承認国か。A判断の基準が承認国であった場合、その基準は直接管轄と同一か。である。

  まず、@については承認国に求めるべきである。そもそも間接管轄を承認の要件とする趣旨は、事件との関連が薄いにも関わらず、判決国裁判所が不当に管轄を行使し、そのために被告の権利保護が不十分となってしまうという異常な状態を避けるためである。それにもかかわらず、判決国法を基準とすると、判決国の管轄判断を単に追認するだけになり、118条1号の要件が形骸化すると言える。この趣旨からすると、間接管轄の基準は承認国に求められるべきであり、判例(最判平成10年4月28日)に同旨である。

  次に、Aについてであるが、間接管轄の判断基準が承認国に求められるべきだとして、その基準は直接管轄と同一である必要はあるか。この点、内外の法的状況の調和を重視し、承認を出来る限り認めようとする考慮から、間接管轄の基準を直接管轄の基準よりも緩やかにすべきとする説と、直接管轄と間接管轄は同じ問題を異なる角度から見たに過ぎず、表裏一体の関係に立つから、両者の判断基準は鏡で映したように同一であり、間接管轄の有無は直接管轄によって判断されるという説がある。前者は身分関係事件を念頭にしたものだと考えられ、本件のような財産関係事件にはより適した考え方があると思われるし、後者に関しては、そもそも表裏一体、鏡で映したなどという抽象的表現で誤魔化しているように感じられ、採用したくない。そうすると、折衷的に考えて、ベースとしては後者の説をとるが、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念によって、条理に従って決定するのが相当とした、上記最判平成10年判決の立場を取ることとしたい。これによると、間接管轄の基準は直接管轄と同一ではないが、ほぼ同様に考えられ、その際には具体的事案での妥当性を検討することになる。

   本件の検討

  では、本件について見てみると、本件訴えは、消費者Rが事業者Aに対して起こした訴訟であるから、民訴法3条の4の第1項の訴えにあたる。その要件は訴え提起時又は消費者契約締結時における消費者の住所が日本国内にあるときであるため、本件に当てはめると、Rの住所が訴え提起時もしくはAとの契約締結時に丙国にあればよい。これは、消費者の住所によって当事者に予測可能性をもたせる趣旨であり、AとしてはRの住所を知ってジャンケット契約の勧誘をしているのであるから、この趣旨にも適合している。そうすると、訴えの提起時にも、消費者契約締結時にもRの住所は丙にあったものであるから、丙国に国際裁判管轄が認められる。 

  結論

 以上より、本件訴えにおいて日本の裁判所は丙国に国際裁判管轄があると判断する。

 

以上

 

参考文献

 国際私法入門 (第6版 澤木敬郎・道垣内正人著)

国際関係私法入門(第3版 松岡博編)

 国際民事手続法(第2版 本間靖視・中野俊一郎・酒井一著)

国際私法判例百選(2)

その他判例については文中に記したものによる

 

[以上、前田俊斉氏の答案]

 



[1] 松岡博『国際関係私法入門』第3版261

[2] 松岡博『国際関係私法入門』第3版278

[3] 澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門』284

[4] 最判平成1368民集554727

[5] 東京地判平成251021(LLI/DB 判例秘書登載)

[6]澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門』341