WLS国際関係私法基礎2015
47152063 返町雄也
問題1
第1 設問(1)について
1 本件において、Xは、Yがαの製法に関するXのノウハウを不正に取得したとして、Yに対して、甲国でのβの製造の差止めと、甲国及び乙国で被っている損害の賠償を求める訴えを東京地裁に提起している。ノウハウ、すなわち営業秘密の不正取得は不正競争の一類型であり、「不法行為」である。製造の差止めも損害賠償の請求の双方ともにノウハウの不正取得という「不法行為」に関する訴えであるため、東京地裁が国際裁判管轄を有するかを検討するにあたっては、両者を区別する必要はない。よって、以下、不法行為に関する国際裁判管轄を定める民事訴訟法3条の3第8号(以下、法律名省略)に照らして、検討する。
2 3条の3第8号は、不法行為に関する訴えについて不法行為があった地が日本国内にあるときは、日本の裁判所が国際裁判管轄を有する旨を規定している。ここにいう「不法行為があった地」には、加害行為地も結果発生地もいずれも含まれる[1]。また、結果発生地には「加害行為の結果が日本国内で発生した」といえる限り二次的・派生的損害発生地も含まれ、予見可能性の要件の適用によりコントロールすべきであると解される[2]。よって、本件においては、αの製法に関するノウハウの不正取得に関する「不法行為」の加害行為地又は結果発生地が日本であれば、東京地裁が国際裁判管轄を有することになる。
3 本件ノウハウ侵害の加害行為地及び結果発生地の判断ついては、ノウハウが実際に侵害されるのはβの製造時や販売時であり、それらを個々に見て、製造の差止めに関しては、βの製造地である甲国が加害行為地かつ結果発生地であり、損害賠償請求に関しては、βの販売地である甲国及び乙国が加害行為地かつ結果発生地であると解することもありうる。しかしながら、本件においては、YはAが未だXに勤めている時から、日本においてAと接触しており、αの製法に関するノウハウの不正取得を目的に行動している。このような本件の事情の下では、ノウハウの不正取得自体が不法行為であり、この不正取得によってXのノウハウの侵害という結果が発生したと解し、その後の製造・販売行為はノウハウの侵害に続いて生じた事後の事情に過ぎないと解するのが妥当である。
4 また、本件でAからYにノウハウが提供されたのは甲国においてであるが、ノウハウの不正取得という加害行為及びノウハウ侵害という結果は、そのノウハウが提供された場所ではなく、当該ノウハウが管理されていた場所において発生したと考えるのが妥当である。本件においては、αの製法は日本にあるXにおいて管理・使用されていたのであり、加害行為地及び結果発生地は日本である。
5 以上より、本件においてノウハウ侵害という不法行為の加害行為地及び結果発生地は日本であり、法3条の3第8号により、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる。よって、東京地裁は本件の訴えについて国際裁判管轄を有する。
第2 設問(2)について
1 小問(a)について
(1) 本問においては、設問(1)の場合と異なり、Yによるαの製法に関するノウハウの取得を働きかけたという事実は存在せず、AがXを退社後、甲国にあるYの本社を訪れて、A自身による発明と偽り提供しており、YはそれがXからAが盗んだ情報であるとは知らなかった。このような事情の下においては、Yによるノウハウの不正取得に向けた行為も不正取得であるという認識もない以上、設問(1)のように、ノウハウの不正取得行為自体がYの不法行為であると考えることはできない。
(2) ノウハウの不正取得行為自体をひとつの不法行為と考えることができない以上、Yによるノウハウの侵害の不法行為は、@甲国における、αに関するノウハウを利用した、βの製造、と、A甲国及び乙国におけるβの販売という個々の行為であると考えられる。これらの行為について法3条の3第8号により日本の裁判所が国際裁判管轄を有するか判断するため、加害行為地及び結果発生地を考えると、@についてはβの製造という加害行為は甲国において行われており、また、その加害行為によってXに日本国内において何らかの損害が生じているという事情は見受けられない。よって、@については、加害行為も結果発生地も日本ではなく、日本の裁判所の国際裁判管轄は認められない。次にAについては、βの販売という加害行為が行われているのは甲国及び乙国であり、損害も甲国・乙国で発生している(Xも、実際甲国及び乙国で被っている損害の賠償を請求している)。よって、Aに関しても、加害行為地及び結果発生地は日本ではなく、日本の裁判所に国際裁判管轄は認められない。
(3) 以上より、本問の訴えについては日本の裁判所に国際裁判管轄は認められない。よって、東京地裁は本問の訴えについて国際裁判管轄を有さない。
2 小問(b)について
(1) 法3条の3第4号は、被告の事務所又は営業所が日本にある場合には、当該事務所又は営業所における業務に関する訴えについて、日本の裁判所の国際裁判管轄を認めている。この規定の趣旨は、営業所等は拠点として住所に準ずるところがあり、これらを通じて被告が日本で事業を行っている以上、当該営業所等の業務に関して日本の管轄が認められることについては、当事者の予測可能性や証拠収集の便宜、また訴訟追行能力等の観点から問題がないことにあるとされる[3]。
(2) 法3条の3第4号による管轄が認められるためには、被告の日本にある営業所等における業務に関する訴えであること必要である。この営業所等における業務と訴えの間の関連性については、具体的に当該営業所でされた業務から事件が発生していることを要するという説と、そこまでは必要でなく当該営業所等の抽象的な業務範囲に事件が入っていればよいとする説がある[4]ところ、当事者の予測可能性や証拠収集の便宜という本号の管轄が認められる根拠からすると、前者の見解が妥当である。
(3) 本件において、Yは日本に営業所を有しているが、本件の事件はYの日本営業所の具体的な業務活動から発生したものではない。よって、法3条の3第4号によっては、本件の訴えについて、日本の裁判所に国際裁判管轄は認められない。
(4) 次に法3条の3第5号について検討する。法3条の3第5号は、被告が日本において事業を行っている場合、当該訴えが被告の日本における業務に関するものであるときには日本の裁判所の国際裁判管轄を認めている。この規定の趣旨は上述した法3条の3第4号の趣旨と共通する[5]。
(5) 法3条の3第5号による管轄が認められるためには、当該訴えが被告の日本における業務に関するものである必要がある。この訴えと業務の関連性の程度については、法3条の3第4号の場合と同様の議論があり[6]、具体的に当該日本における業務から事件が発生していることを要すると解するのが妥当である。なお、訴えとの関連性については4号の場合とは異なり、「日本における」業務との間で認められる必要がある[7]。
(6) 本件において、Yは日本においてβの販売を行っておらず、Yの他の製品の日本での販売等の業務を行っているのみである。よって、Yの日本における業務から本件のαに関するノウハウの侵害という事件が起こっているとはいえず、法3条の3第5号によっては、本件の訴えについて、日本の裁判所には国際裁判管轄は認められない。
(7) 以上より、民訴法3条の3第4号又は5号に基づいては、日本の裁判所は本件訴えについて国際裁判管轄を有さない。よって、民訴法3条の3第4号又は5号に基づいては、東京地裁は本件訴えについて国際裁判管轄を有さない。
第3 設問(3)について
1 設問(1)の事実関係のもとで、東京地裁はこの訴えについて国際裁判管轄を有するとするとした上で、(a)(b)(c)のXの請求についてその準拠法を検討する。
2 第1設問(1)についての3で述べたように、本件の事情の下ではノウハウの不正取得自体が不法行為であり、(a)(b)(c)はいずれもこの不法行為によって生じた債権についての請求であり、単位法律関係としては、不法行為の問題である。
3 不法行為の準拠法について、通則法17条は、「不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法による」と原則として結果発生地主義を規定し、但書において、「その地における結果の発生が通常予見することのできないものであったときは、加害行為が行われた地の法による」としている。これは、不法行為の準拠法については、@社会秩序の維持という不法行為制度の趣旨からすると不法行為地が最密接関係地といえること、A当事者の予測可能性、B連結点の確定が容易であることから、不法行為地法主義に立った規定である[8]。そして、その上で、加害行為地と結果発生地が別々の国になる隔地的不法行為を視野に入れ、被害者の国際私法上の利益を尊重する趣旨で結果発生地主義を原則とし、加害者の予見可能性という面で調整を図った規定である[9]。通則法17条にいう加害行為の「結果」とは、「直接の法益侵害の結果」のみをいい、派生的・二次的な損害の発生地は結果発生地に含まれないと解される[10]。その理由は、派生的・二次的な損害は不法行為と関連が乏しく、また、被害者の恣意的な操作を可能にし、加害者の予測を超えることにあるとされる[11]。
4 第1設問(1)についての3で述べたように、本件の事情の下では、Yの製造・販売・輸出という個々の行為がXのノウハウを侵害する不法行為であるとするのではなく、αに関するノウハウの不正取得自体が不法行為であり、この不正取得によってXのノウハウの侵害という結果が発生したと解し、その後の製造・販売行為はノウハウの侵害に続いて生じた事後の事情に過ぎないと解するのが妥当である。よって、本件のノウハウ侵害という不法行為によって生じた債権の成立及び効力に関する準拠法は、ノウハウ侵害の結果発生地である日本の法である。なお、ノウハウの不正取得自体を不法行為であると解する以上、その加害行為地は当該ノウハウが管理されていた場所であり、本件においてはXのある日本である。よって、そもそも本件は隔地的不法行為ではないため、隔地的不法行為について加害者の予見可能性から調整を図った通則法17条但書の適用はない。よって、通則法17条によると、(a)(b)(c)の請求の準拠法はいずれも日本法である。
5 しかしながら、通則法20条は、「前三条の規定にかかわらず、不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、不法行為の当時において当事者が法を同じくする地に常居所を有していたこと、当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたことその他の事情に照らして、明らかに前三条の規定により適用すべき法の属する地よりも密接な関係がある他の地があるときは、当該他の地の法による。」と規定するところ、本件において日本より請求に明らかに密接な関係がある他の地がある場合には、17条の規定にかかわらず、その最密接関係地法が準拠法となる。本件においては、βの製造は甲国で行われおり、ノウハウを漏えいしたAも甲国にいるため、証拠収集の面では甲国のほうが適しているのではないかとも思える。しかしながら、(c)ではYは日本にもβを輸出し、Xは日本においても損害を受けているし、そもそもノウハウの不正取得自体を不法行為と解する以上、加害行為も結果発生地も日本であり、これを覆してまで甲国(あるいは乙国)が明らかに日本より密接な関係があるといえる事情は見受けられない。よって、本件において通則法20条の適用はない。
6 よって、本件においては不法行為の結果発生地は日本であり、通則法17条但書及び20条の適用はないため、通則法17条により、(a)(b)(c)のいずれの請求に関しても準拠法は日本法である。
第4 設問(4)について
1 特許権の成立(有効性)を否定し、あるいは特許権を無効とする判決を求める訴訟については、一般に、当該特許権の登録国の専属管轄に属するものと考えられている[12]。その理由は、特許権は登録という国家の主権的行為によって効力が生じるものであるため、その有効性は専ら登録を行った国によって判断されるべきであること、特許権は登録をした国内のみで認められるものであり、属地性の強い制度であって、他国でその有効無効を判断しても、当該国でその判決が受け入れられるとは限らず、判決をする実益が乏しいことなどが挙げられる。
2 本件において、特許無効確認請求の訴えの対象となる特許は甲国の特許であるため、その無効確認の訴えについては、登録国である甲国の裁判所の専属管轄に属する。本件においては、ノウハウの不正取得という不法行為が日本で行われているが、本件の特許権無効確認請求は、YによるXのαに関するノウハウの不正取得を前提にするものではあるものの、あくまで特許権の有効無効を判断する訴訟であって、ノウハウの不正取得という「不法行為」に関する訴訟であるとはいえず、法3条の3第8号による管轄は生じない。また、Yはβの日本での販売開始を機にYは東京及び大阪に営業所を設置して、販売活動をしているが、特許権の無効確認の訴えは、Yの日本営業所におけるβの販売行為という業務に関する訴えではないため、法3条の3第4号、第5号による管轄も生じない。
3 以上より、甲国の特許無効確認請求の訴えについて日本の裁判所に国際裁判管轄は認められず、よって、Xは東京地裁においてこの甲国の特許無効確認請求の訴えを提起することはできない。
問題2
司法試験の選択科目にするという意図ではなく、純粋に国際私法とは今までの学部学習でほぼ耳にしたことがない法分野に対する興味で受講しましたが、実体法の条文の解釈とは異なる、抵触法という考え方自体がなかなか難しかったです。ただ、グローバル化がますます進展する現代において、いかなる地の法が適用されるのかというのは企業にとっても個人にとっても、訴訟の結果を左右しうる問題ですし、いかなる地の法が問題解決の準拠法にふさわしいかを考える国際私法というのは、予想以上に重要なのかもしれないということを感じました。また、管轄の問題について、普段の民訴ではそこまで意識しないのですが、今回の問題を考えていく中でかなり迷う部分が多かったです。日本に管轄があるか否かは当事者としては大問題ですし、正直今回の解答についても本当に妥当な結論か自信がないところも多いので、今後も考えたいと思います。