HLS2016国際関係法(私法系分野)T
15V9012 橋本長臣
[赤字は道垣内による加筆修正部分]
第1 設問1
1 本問で問題となっているのはEとA・B夫妻との嫡出親子関係の存否である。したがって、問題となる法律関係の性質(以下法性)は、「嫡出である子の親子関係の成立」に決定され、法の適用に関する通則法(以下通則法)28条で定まる準拠法で決定される。
2 通則法28条1項において、準拠法は子の出生時における夫婦の一方の本国法であるとされるところ、本件では受精卵を提供して代理出産を依頼したA・B夫婦及び、依頼を受けたC・D夫婦という2組の夫婦がいる。そのため、いずれの夫婦を基準とすべきかが問題となるも、この点、通則法28条1項に定める「夫婦」には代理出産を依頼した夫婦だけでなく、依頼を受けた夫婦も含まれると解すべきである。[一般論としてはその通りですが、ここではA・Bの嫡出子かという問題であるので、A・Bだけを検討対象とすれば足ります。]そこで、本設問で問題となっているA・B夫婦とEとの嫡出親子関係について通則法28条1項を適用して、その成立を検討する(注釈国際私法U 82-83頁[佐野寛])。
3 A・B夫婦の準拠法におけるEとの嫡出親子関係の成立の可否
(1) 本件では、子であるEの出生時においてAの本国法は甲国法であり、Bの本国法は日本法である。
(2)
甲国法では、母子関係は出産によって決定され、父子関係はDNAの繋がりによって決定されるとある。そのため、同法を適用した場合には、DNAの繋がりがなくとも、Eを出産したDがEと母子関係にあることになる一方で[甲国法を適用するのはAの嫡出子かという問題についてのみです。]DNAの繋がりからE・Aが父子関係にあるとされる。しかし、甲国には嫡出子制度が存在しないので、EがAの嫡出子とされることはなく、単に子であるとされるたけである。そして、D・A間には婚姻関係がないため、EはA・Bのいずれとも嫡出親子関係が成立しないこととなる。また、同法によればC・DとEとの間においても嫡出親子関係は認められない。
日本法において嫡出親子関係の成立が認められるのは、分娩した女性が母となるとされている(民法772条1項参照、最決平成19・3・23民集61・2・619参照)ため、Eを分娩していないBとEとの間には嫡出親子関係は認められず、その夫であるAとの関係でも認められない。そして、日本法によれば、Eとの嫡出親子関係が認められるのは、Eを分娩したDとその夫であるCということになる。
(3)
したがって、通則法28条により定まる準拠法によればEはA・Bの嫡出子ではない。準拠法として甲国法を適用した場合にはEと嫡出親子関係を有する者がいなくなり、日本法であればC・Dとの間に嫡出親子関係が認められる。
4 日本の公序(通則法42条)との関係
(1) 以上、28条1項の通則法にしたがって準拠法を適用した結果、EとA・B夫婦には嫡出親子関係がないことになるが、これが公序違反にあたるか。
(2) 通則法42条に該当した場合には、当該準拠法の適用が例外的に排除されるため、公序に反するか否かは慎重に決せられなければならない。具体的には、@事案と日本との関連性の程度(内国牽連性)とA準拠法の適用結果の異質性(反公序性)の2つの基準を相関的に考慮すべきである(ケーススタディー国際関係私法 19頁[高杉直])。
(3) そこで、検討するに、本件では嫡出親子関係という実子親子関係の存否ということであるから、国内的に内国関連性は高いといえる(@)。他方で、日本法によっても嫡出親子関係がA・B夫婦との嫡出親子関係は否定されるのでたからといって、結果の異質性(異常性)はない非嫡出親子関係までが否定されるとは限らず、また、C・D間とEとの間に嫡出親子関係が認められる可能性があり、必ずしも親子関係が不存在になると確定するわけではない(A)。
(4) したがって、本件準拠法の適用の結果は必ずしも日本において受け入れがたいとはいえず、公序には反しない。
第2 設問2
1
EがDと母子関係にあるか否かという問題に関しては、まず嫡出実親子関係の成立についてはの問題であり、通則法28条による。そして、嫡出親子関係がないとされる場合には、通則法29条によるの「親子関係の成立」に法性決定されるため、同28条、29条に従って準拠法の検討をする。
2
そして、親子関係の成立が問題となる場合においては、まず嫡出親子関係を独立に定めた28条で定まる準拠法によってその成否を検討し、否定された場合に29条で定める嫡出以外の親子関係の成立の準拠法を検討し、その成否を判断すべきである(最決平成12・1・27百選65事件解説[青木清] ポイント国際私法総論97頁以下[道垣内正人])。
3 通則法28条により適用されるC・D夫婦のそれぞれの本国法のいずれかによる準拠法におけるEとの嫡出親子関係の成立の成否
(1) 本件では、子であるEの出生時においてCの本国法は乙国法であり、Dの本国法は丙国法である。
(2)
まず、Dの本国法である丙国法は甲国法と同様であるため、上述のA・Bと同様にC・DとEに嫡出親子関係は認められない。
他方、乙国人Cの本国法である乙国法によると、親子関係は分娩の事実ではなくDNAの繋がりのみによって決せられる。そのため、A・Bの受精卵によって生まれたEとCとの間には親子関係は認められず、EはCの嫡出子ではなく、そうすると、EはDの嫡出子ではない。の父母はA・Bということになる。したがって、C・D夫婦とEとの間に嫡出親子関係は認められない。しかし、乙国法によれば、AとBは夫婦であるからEと嫡出親子関係が認められる。
5 日本の公序(通則法42条)との関係
(1) 以上のように、Cの本国法である乙国法を準拠法とした場合には、A・BとEには嫡出親子関係が認められることとなる。しかし、上述のとおり日本法においては嫡出親子関係が認められないことから、同法の適用が日本の公序に反するのではないかが問題となる。
(2) そして、上述の通り、通則法42条に該当するか否かは@事案と日本との関連性の程度(内国牽連性)とA準拠法の適用結果の異質性(反公序性)の2つの基準を相関的に考慮すべきである(ケーススタディー国際関係私法 19頁[高杉直])。
(3) 実親子関係は身分関係の中でも最も基本的なものであり、様々な社会生活上の関係における基礎となるものであるから、公益に深く関わる事柄であり、かつ子の福祉にも重大な影響を及ぼすものであり、どのような者の間に実親子関係の成立を認めるかは、その国における身分法秩序の根幹を成す基本原則ないし基本理念に関わるものである(@内国牽連性大)。そのため、実親子関係を定める基準は一義的に明確なものであり、その存否は同基準によって一律に決せられるべきものであるところ、日本の身分法秩序を定めた民法は、同法に定める場合に限って実親子関係を認め、それ以外の場合は実親子関係の成立を認めない趣旨であると解すべきであるから、同法と異なる嫡出親子関係を定めた乙国法は日本においては相容れないといわざるをえない(A反公序性大 前掲最決平成19・3・23)。
(4) したがって、乙国法の適用の結果は日本の法秩序にとって容認しがたいものであるから、公序違反であり、通則法42条によって乙国法は適用されない。
6 Dの準拠法におけるEとの非嫡出親子関係の成立の成否
そこで、非嫡出親子関係について検討すると、通則法29条によれば、出生時における母であるDの本国法は丙国法であるから、準拠法は丙国法になる。そうすると、婚姻に関係なく母子関係は出産によって決定されるため、D・E間に母子関係が認められる。したがって、D・E間には非嫡出親子関係が認められる。
7 日本の公序(通則法42条)との関係
この事案の全ての法的論点に日本法が適用されたとしても、EはDの非嫡出子となる。Dの準拠法によれば、Eとの間に非嫡出親子関係が認められるが、出産によって母を決している以上、日本においても公序違反は認められない。また、母子関係を認めなければ、Eと母子関係にある者がいなくなるなどの不都合が生じるため、この点についても公序違反にあたらないものである。
第3 設問3
1 Eの父親がAとCのいずれか、又は両者なのかという問題は実親子関係の成立の問題であり、通則法28条、29条の「親子関係の成立」に法性決定されるため、設問2と同様に同28条、29条に従って準拠法の検討をする。
2 嫡出親子関係(通則法28条)について
通則法28条1項の適用結果は設問1で記述した通りEはAの嫡出子ではなく、また、Cの本国法である乙国法も、Dの本国法である丙国法も嫡出親子関係の制度を有していないので、EはDの嫡出子でもない。と嫡出関係にある者は認められない。
3 Aの本国法におけるEとの非嫡出親子関係について
通則法28条によれば、甲国人Aの本国法は甲国法であるから、非嫡出親子関係の成立の準拠法は甲国法となる。そうすると、婚姻の有無に関わりなく、父子関係はDNAによって決定されるため、A・E間に父子関係が認められる。したがって、A・E間には非嫡出親子関係が認められる。
4 Cの本国法におけるEとの非嫡出親子関係について
乙国人Cの本国法は乙国法であるから、準拠法は乙国法となる。そうすると、甲国法と同様に、婚姻の有無に関わりなく、父子関係はDNAによって決定されるため、CA・E間に非嫡出父子関係は認められない。が認められる。したがって、A・E間には非嫡出親子関係が認められる。
5 日本の公序(通則法42条)との関係
(1) 甲国法及び丙国法のいずれの準拠法によっても、DNAの繋がりによってA・E間に非嫡出親子関係が認められるという結果は公序違反となるか。しかし、日本においては非嫡出親子関係の成立については認知による(民法779条参照)と定められている(認知主義)ことから、公序に反しないかが問題となる。
(2) この点、29条1項はその沿革から、生理的な血縁関係に基づいて当然に法的親子関係を認める法制(事実主義)の国の法が準拠法となることも予定されており(注釈国際私法U 84-88頁[佐野寛])、事実主義が採用されたからといって公序違反は認められないと解すべきである。
(3) したがって、通則法42条は発動されず、A・E間には非嫡出親子関係が認められる。
第4 設問4
1 本件における代理出産契約では乙国法を準拠法とする条項があるため、原則として通則法7条によって、準拠法は乙国法となる。そして、乙国法内において、本件代理出産契約は有効に成立しているところ、その契約の内容ともなっているEの引渡しは認められるとも考えられる。そこで、A・BとC・Dとの間の代理出産契約に基づく引渡し請求が認められるか否か、すなわち代理出産契約が日本において公序に反しないかについて日本の裁判所は判断すべきである。
2 代理出産契約の有効性
(1) 日本において実親子関係は身分関係の中でも最も基本的なものであり、様々な社会生活上の関係における基礎となるものであるから、公益に深く関わる事柄であり、かつ子の福祉にも重大な影響を及ぼすものであることは前述の通りである。
(2) そこで代理出産契約の有効性を見るに、婚姻していない男女又は男女のいずれか一方でも代理出産契約が締結できるとすると婚姻秩序が乱れること、代理出産契約によって生まれてくる子供の親子関係が煩雑になって親子関係秩序も不鮮明になること、現実問題としていずれの準拠法によっても親子関係不存在といった事態が生じ、子供の福祉的観点からも好ましくないことなどから、公序に反して無効であると解するべきである。
3 結論
以上のように代理出産契約は公序に反して無効であるから、同契約に基づく引渡し請求も認められないと裁判所は判断すべきである。<乙国法によれば引渡し請求が認められる点だけを問題とするという考え方もあり得ると思います。別に掲載している道垣内のコメント付き問題参照。>
以上