WLS国際私法2016II
(c)・(d): 宮本祥平
(h): 興膳遼
(i): 大場賢史
(l): 比嘉隼人
1. 第1のトラブル
(c)
(a)記載の訴えのうち、Bに対する訴えに対して東京地裁は本案についての判決手続に進むことができるとする。本案の判断として、Bの(a)記載の主張、すなわち、CがBの代理人ではないとの主張の当否を判断する準拠法は何か。
第1 設問(c)について
1.本問において、Bは、かつてCは自分のエージェントであったことがあり、代理契約等をしてもらっていたが、数年前にトラブルがあってエージェント契約を解除しており、CがBのために契約を締結する権限はない旨の主張をしている。この主張、すなわち代理権の消滅に関する準拠法は、いかなるものか。
2.(1)国際私法上、代理という単位法律関係が認められる。しかし、通則法には代理に関して規定していないから、代理に関する準拠法は、条理によって決定するべきである。
(2)代理に関する準拠法を決定するにあたって、有権代理の場合と無権代理の場合で分ける必要があるかが問題になるが、有権代理と無権代理を区別することは困難であるから、有権代理でも無権代理でも同じ準拠法によるべきである[1]。
(3)ア BとCの代理形態は、任意代理によるものであるところ、任意代理における準拠法決定にあたっては、@本人及び代理人間の内部関係、A本人及び相手方の外部関係にわけて考えるのが妥当である。
イ 本問で問題になっているのは、BのAに対するCの代理権消滅の主張であるから、Aの外部関係の場合である。外部関係においては、通則法7条及び8条の「適用又は類推適用により代理権を授与する法律行為あるいは第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者の責任についてはその表示行為の成立及び効力の準拠法によってこれを決するのが相当」[2]である。そうすると、原則として、本人と代理人が授権行為の当時に選択した地の法が準拠法となる(7条)。準拠法選択が認定できない場合には、最密接関係地法が準拠法となる(8条1項)。
ウ もっとも、「この場合には第三者たる代理行為の相手方にとつて,有効な代理権の存否はこれを知ることが必ずしも容易でな」く、相手方保護の必要性から、通則法4条2項を「類推して,代理行為のなされる場所の法律において本人が相手方に対し代理行為による責任を負うべきものと定められている場合には本人と取引行為の相手方との法律関係について右行為地法を適用すべき」[3]である。
エ したがって、Aは、上記の準拠法を選択的に主張することができる。[Aに選択権があるわけではなく、いずれかの準拠法により代理行為の本人への帰属が認められれば、本人帰属が認められる、というべきです。]
(4)ア 本問において、BとCの授権行為の際、準拠法を設定したという事実は認定できない。そうすると、最密接関係地が準拠法になるところ、Bは、スウェーデン国籍を有する者であるが、ニューヨーク在住であって、生活の本拠地はニューヨークにあると解される。Cについても、Bと同様、ニューヨーク在住であって、生活の本拠はニューヨークであると解されるから、最密接関係地はニューヨークであるといえる。したがって、原則として最密接関係地法であるニューヨーク州法が準拠法となるといえる。
イ 次に、代理行為地法を準拠法と選択した場合に、いかなる法が準拠法となるかが問題になるが、Aの代表者は自らニューヨークに赴いて契約を締結しているから、代理行為地もニューヨークであって、代理行為地法としてもニューヨーク州法が準拠法になる。
3. 以上より、Bの主張の当否を主張する準拠法は、ニューヨーク州法となる。
(d)
(a)記載の訴えのうち、Cに対する訴えについて東京地裁に国際裁判管轄が認められるとする。本案について、Cは、A・B・C間の上記契約上、自分の義務はBの来日公演についてB側のアレンジをすることにあり、その義務は完全に果たしているので、責任はないと主張している。その主張の当否を判断する前提として、A・B・C間の上記契約の準拠法何か。
第2 設問(d)について
1. A・B・C間の契約は、代理による契約であるが、代理人を介さない契約における準拠法は、7条及び8条によって規律される。そして、代理における代理人と相手方との関係は、それぞれ行為の性質によって規律されると解されている[4]ところ、Cの行った代理行為は契約締結であるから、7条及び8条によって規律される。
2.(1)本件契約においては、紛争解決条項及び準拠法条項は存在しないから、明示的な準拠法合意は存在しない。
(2)ア 次に、黙示的な準拠法合意が存在するかが問題になるが、その前提として、黙示の準拠法指定の理論が、行為地法を連結点とした法例の問題点を克服するための理論であったことから、最密接関係地法を準拠法とする8条が規定された通則法下でも妥当するかが問題になる。
イ 確かに、法例の改正経緯からすれば、黙示の指定の法理は克服されたと見ることもできる。しかし、黙示の指定の法理は、あくまで当事者の意思に基づき、準拠法を決定する点で、通則法7条に根拠を有する当事者の意思を尊重するための法理であるところ、これは8条に規定する最密接関係地法を準拠法とする考え方とは相違するものであり、通則法下でも8条に優先して7条が適用されるのであるから、通則法下でも黙示の指定の法理は妥当する。
ウ 確かに、本件契約書は英文であり、Cがニューヨーク州弁護士のチェックを受けた上で従来から使ってきたものをもとに、A・C間で協議の上、若干の加筆修正を加えたものであるから、これをもってニューヨーク州法が準拠法と指定されたと見られないわけではない。しかし、Aは東京に本社を置く企業であるだけでなく、本件契約はBが日本において公演を行うものである上、国際的な契約を締結する場合に、契約書に国際的な通用力のある英語が用いられることは一般的であるし、一方当事者が契約書としてのフォームを事前に有している場合には、それを使用することはあり得、合理的であるとすらいえるから、このような事情をもって、黙示的な準拠法合意を認定することはできない。本問において、他に準拠法合意が推認できる事情は存在しない。
(3)そうすると、本件契約の準拠法は最密接関係地法となる(8条1項)。本件契約は、Bが日本で公演を行うことに対して、Aが対価を支払うというものであるが、Aは対価を支払うだけでなく、会場の確保や前座の容易等を行っているから、一方のみが特徴的給付を行うとはいえず、8条2項によって最密接関係地を推定することはできない。もっとも、本件契約書は英文であり、Cがニューヨーク州弁護士のチェックを受けた上で従来から使ってきたものをもとに、A・C間で協議の上、若干の加筆修正を加えたものであって、Aの代表者が自ら契約締結のため、ニューヨークへ赴いており、実際に契約が締結されたのもニューヨークであることからすれば、最密接関係地はニューヨークであるといえる。したがって、ニューヨーク法が最密接関係地法であるから、同法が準拠法となる。
[以上、(c)・(d):宮本祥平]
2. 第2のトラブル
(h) A・D・E間の当初の契約及び追加契約の準拠法はそれぞれいずれの国の法か。
1. AE間の当初の契約、及び、その後締結された追加契約の準拠法がいずれの国の法になるかについて、以下検討する。
2. 当事者による準拠法の指定がない場合、通則法8条2項・3項は、最密接関係地法を推定し、それによって推定される法よりも、当該法律行為とより密接な関係がある地があれば、1項によってその地の法が準拠法となる[5]とする。
最密接関係地法の具体的判断について、東京高裁平成18年10月24日判決[6]は、委任契約の準拠法につき、契約締結地の他、契約の目的や現実の活動場所等の事情を考慮している。
通則法8条2項は、いわゆる特徴的給付の理論を採用[7]している。双務契約においては、金銭給付は各種契約に共通するので、その反対給付が特徴的給付であるとし、この特徴的給付を一定の場所に結びつけて、準拠法を指定する[8]。
3. 本件の当初の契約は、EがAのために、Dを日本で公演させる準備・手続き等の役務を提供するものだと見られる。当事者の一方が役務を提供する契約においては、役務を提供する側の当事者が特徴的給付をする当事者である[9]。
すると、通則法8条2項によって、Eの常居所地方である韓国が最密接関係地法と推定される。しかし、Eは来日して日本で交渉をしていること、本契約はDを日本で公演させることを目的とするものであることを考慮すると、日本法がより密接な関係があると言え、同条1項により2項の推定は覆ると考えられる。
したがって、当初の契約の準拠法は、日本法である。
4. 次に、追加契約の準拠法が問題となる。
本件追加契約は、当初の契約に基づく公演料について、Eが一定のリスクを負担する旨の定めを追加したものである。すると、当初の契約と密接な関係にあることから、当初の契約の準拠法が、追加契約と密接な関係を有する法であると考えられる。
したがって、追加契約の準拠法についても、日本法である。
5. よって、AE間の当初の契約及び追加契約の準拠法は、いずれも日本法である。
[(h): 興膳遼]
(i) (g)記載の訴えについて東京地裁に国際裁判管轄があるとして、本案判断において、D1行為が不法行為となるか否かを判断する準拠法はいずれの国の法か。
設問(i)について
Aに対するD1の信用毀損行為が不法行為となるか否かを判断するのは、いずれの国の準拠法か。
1.まず、かかる問題の単位法律関係は、他人の信用を毀損する不法行為によって生じる債権の成否に関する問題である。ゆえに、通則法19条の適用がある。
2.通則法19条は、名誉信用棄損行為について不法行為準拠法の原則である通則法17条に拠った場合には、同時に複数の国で名誉信用毀損の結果が生じた場合に、それぞれの国を結果発生地として準拠法決定をすると、法律関係が複雑になることから、特則を設けたものである。
同条によれば、かかる債権の成立に関しては、「被害者が法人その他の社団又は財団である場合にあっては、その主たる事業所の所在地の法」(同条かっこ書き)が準拠法となる。そして本件の被害者はA社であるから、同条によれば、同社の本店が所在する日本法が準拠法となる。
3.もっとも、通則法20条、21条によれば、19条によって準拠法が定められうる場合においても、例外的に他の国の法が準拠法となる場合がある。
(1)まず、通則法20条によれば、当事者の常居所地が同一である場合や契約上の義務に違反した場合など、他に明らかに密接な関係地がある場合には、その地の法によるとされる。
本件で、被害者Aの事業所所在地は日本であるから、加害者D1の常居所地は明らかではないももの、これが日本以外であったとしても両者の常居所は同一ではない。また、本件信用毀損行為は、AとD1間の契約上の義務に違反してなされたものではない。加えて、他に密接関係地を示すような事情もない。
したがって、20条により準拠法が決せられることはない。
(2)次に、通則法21条によれば、当事者による事後的な準拠法変更が可能であるが、本件ではAとD1の間で準拠法を明示的に変更するという合意はない。
また、本条の合意には、通則法7条の場合と同様に黙示の合意も含まれるが、本件の当事者が日本法以外の法を適用するとの黙示的意思を有していたといえるような事情はない。
4.さらに、以上によれば、準拠法は日本法となるから、通則法22条の適用はない。
5.したがって、D1の信用毀損行為が不法行為となるか否かを判断するのは、通則法19条により日本法となる。
[(i): 大場賢史]
3. 第3のトラブル
(l) (j)・(k)記載の事実がないとする。Fら50名は、東京地方裁判所においてAに対する損害賠償請求訴訟を提起した。この請求権の準拠法はいずれの国の法か。
1(1) Fらの訴えは、債務不履行に基づく損害賠償請求であると考えられる。債務不履行は契約の効力についてのものであるから、「法律行為」(通則法7条以下)に性質決定される。
(2) 通則法7条以下でいかなる準拠法指定がなされるか検討すると、当事者A・Fら間の明示的な準拠法選択の有無は明らかではない。また、また、当事者の黙示的な合意が認められる事情もない。
(3) 次に、8条による準拠法指定を検討する。8条2項による推定が働くかについて、FらとAとの間の契約では、コンサートを開催するという役務の給付をAが行う一方、Fらはその対価としてチケット代を支払うことになる。そうだとすると、Aのみが特徴的給付を行う一方当事者であると考えらえるから、「特徴的な給付を当事者の一方のみが行う者であるとき」、にあたる。したがって、Aの常居所地法たる日本法が指定されることになる。
2 しかし、本件では日本法人たるAという「事業者」と個人であるFらという「消費者」との間の契約であるから、「消費者契約」(通則法11条)の規定の適用が考えられるため、以下検討する。
3(1)ア 通則法11条2項は、消費者と事業者との間で締結される契約の成立及び効力については、7条の規定による選択がないときは、8条の規定にかかわらず、当該契約の成立及び効力は、消費者の常居所地法によるとする。
イ 本件では、上述のように7条による準拠法選択はない。そして、消費者たるFらはスウェーデンに在住する者らであると考えられるから、消費者の常居所地法はスウェーデン法である。
ウ したがって、11条2項によればスウェーデン法が準拠法となる。
4 もっとも、通則法11条6項は、「各号の一に該当するとき」は、11条1項ないし5項が適用されないとする。そこで、6項各号に該当しないかを検討する。
(1) 1号について、本件では、FらがAの事業所の所在地たる日本に赴いてチケットの契約を締結していないから、1号の適用はない。
(2) では、2号に該当するか。本件でAの事業所はFらの常居所地たるスウェーデンではなく日本に所在する(「事業者の事業所で消費者契約に関するものが消費者の常居所地と法を異にする地に所在した場合」)。そしてFらは、日本で、Aの履行の内容たる”Bの日本でのコンサートの開催”という履行を受けることが予定されていたのであり、「消費者が当該事業所の所在地と法を同じくする地において当該消費者契約に基づく債務の全部の履行を」「受けることとされていたとき」にあたる。したがって、本件は2号の場合に該当する。
(3) ここで、2号但書に該当すれば結局2号は適用されなくなることから、2号但書にあたるか検討する。本件では、Aが英語版ウェブサイトでチケットを購入できるようにしていたことが「勧誘」に該当しないかが問題となる。
ア 通則法が11条6項2号但書を定めた趣旨は、能動的消費者として2号本文の場合に当たる場合でも、但書に該当する場合、消費者が必ずしも自発的に外国へ行ったわけではなく、また、消費者の常居所地法が適用されると事業者が予見することも可能であることから、保護される消費者契約に該当すべきとした点にある[10]。
そこで、かかる趣旨に鑑み、「勧誘」とは、単なる一般向けの宣伝行為では足りず、何らかの形で特定した消費者を相手とする行為である[11]と解する。
イ これを本件についてみると、Fらがチケットを購入する際に閲覧したのは世界中の誰でもアクセスのできるAのウェブサイトである。そして、Fらが閲覧したウェブサイトは、スウェーデン語で掲載されていたわけではないから、特にスウェーデンの消費者に対して向けた宣伝行為ともいえない。そうだとすると、Aのウェブサイト上のBのコンサートについての広告は、単なる一般向けの宣伝行為に過ぎず、何らかの形で特定した消費者を相手とする行為にはあたらない。
ウ したがって、Aが英語版ウェブサイトでチケットを購入できるようにしていたことが「勧誘」に該当しない。よって、2号但書に該当しない。
(4) なお、3号については、本件ではFらが購入する際に、通常このような形態の取引であればFらの常居所を購入の際に購入フォーム上に入力しないと決済まで進めないし、FらがAにスウェーデン以外の虚偽の常居所を伝えたような事情もないことから、AがFらの常居所を知らなかったとはいえない。したがって、3号の適用もない。4号についても、Fらが法人名義で契約したような事情もなく、個人として契約したと考えられるから、4号の適用もない。
(5) よって、11条6号2号に該当し、本件では11条1項ないし5項が適用されない。
5 以上より、本件では通則法8条1項によりFらのAに対する損害賠償請求権の準拠法は日本法となる。
6 なお、仮に本件損害賠償請求を「不法行為」(通則法17条)として性質決定したとしても、本件損害賠償請求権は、「当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたこと」(通則法20条)にあたり、17条の「規定により適用すべき法の属する地よりも密接な関係がある他の地があるとき」であるから、「当該他の地の法」として、契約の準拠法として決定された日本法となる。 以上
[(l): 比嘉隼人]