WLS2016国際民事訴訟法
(a)・(b) ・(e)・(f)・(g): 比嘉隼人
(j):坂口泰裕
(k):田畑早紀
1. 第1のトラブル
(a) Aは、第2・第3のトラブルが全て決着し、損害額が確定した後、Bの来日キャンセル理由は、A・B・C間の契約上、Bには正当な理由のないキャンセルをした責任があり、CにはBの来日コンサートを円滑に実現させる義務に違反した責任があるとの理由でAが被った損害3億円の支払いを求める訴えを東京地裁で提起した。この訴えのうち、Bに対する訴えに対して、Bは、本案前の抗弁として、かつてCは自分のエージェントであったことがあり、代理契約等をしてもらっていたが、数年前にトラブルがあってエージェント契約を解除しており、CがBのために契約を締結する権限はなく、そもそもBに対する訴えについて日本の裁判所が本案判断をすることはできないというべきだと主張している。東京地裁は本案前の段階の判断として、この主張をどのように判断すべきか。
1 Bの主張の趣旨
Bの主張の趣旨は、「A・B・C間の契約(以下、本件契約とする。)はCが代理権なくして締結したものであるから,Bは民訴法3条の3第1号にいう「契約上の債務」を負わない,したがって,日本の裁判所に国際裁判管轄は認められない」というものであると考えられる。そこで、無権代理か否か、すなわちAB間に契約関係があるかという本案で審理する点について、訴訟要件の有無を判断する段階でも判断すべきかが問題となる。
2 本案の審理対象が管轄ルールに用いられているときの管轄の判断について
(1)ア 債務不履行責任追及の事案において、東京地裁平成21年11月17日判タ1321号267頁は、不法行為責任追及の事案で客観的事実関係証明説に立つことを判示した最判平成13年6月8日民集55巻4号727頁を参照しつつ、「原則として,原告と被告の間に当該債務の発生原因である契約が締結されたという客観的事実関係が証明されることが必要であると解するのが相当である。この事実関係が存在するなら,通常,被告を本案につき応訴させることに合理的な理由があり,国際社会における裁判機能の分配の観点からみても,我が国の裁判権の行使を正当とするに十分な法的関連があるということができるからである。」と判示している。
もっとも、かかる判示は、契約の成否を客観的事実関係からのみ判断することはできないため、妥当ではない[1]。
そこで、裁判所は、契約が成立していることについて一応の証明の証拠調べをして管轄を判断すべきである[2]。
イ 本件についてみると、AとCの間で締結された本件契約について、契約書が存在していることから、少なくともこの契約書を取り調べたうえで、Cに本件契約の締結についてBを代理する権限があるかについて一応の証明がなされたかで管轄を判断すべきである。そのうえで、仮に東京地裁が本件契約につき一応Bに効果帰属することについて一応の証明がなされたとの心証に至った場合は、Bの主張を排斥すべきである。一方で、仮に東京地裁が本件契約につき一応Bに効果帰属することについて一応の証明がなされたとの心証に至らなかった場合は、Bの主張を容れてAの訴えを却下すべきである。
3 結論
東京地裁は、本案前の段階の判断として、Cに本件契約の締結についてBを代理する権限があるか一応の証明の証拠調べをして判断すべきである。
(b) (a)記載の訴えのうち、Cに対する訴えについて日本の裁判所は国際裁判管轄を有するか。
1 民訴法3条の2の被告住所地管轄については、Cはニューヨーク州に住所があると考えられるため、「その住所が日本国内にあるとき」(同第1項)にあたらず、被告住所地管轄はない。
2 民訴法3条の3第1号該当性
Aは、Cが本件契約に違反したとして、債務不履行に基づく3億円の損害賠償請求をすることが考えられる。AのCに対する当該訴訟が、「契約上の債務の不履行による損害賠償の請求」(民訴法3条の3第1号)を求める訴えにあたるとして日本の裁判所に国際裁判管轄を認めることはできないか。
(1)ア 民訴法3条の3第1号の場合にあたるかについて、本件における「契約上の債務」がいかなる債務か判断する。
イ 本件契約によれば、Cは、Bによる2016年5月1日から18日までに日本の全国各地で計6回コンサートを円滑に実現させることとされていたといえる。そうだとすると、Cは、本件契約上、Bの上記期日の日本の全国各地におけるコンサートを円滑に実現させる債務を負っていたといえる。
ウ したがって、本件における「契約上の債務」とは、CがBの上記期日の日本の全国各地におけるコンサートを円滑に実現させる債務である。
(2) そして、Cの上記債務は日本におけるBの債務を円滑に実現させる債務であるため、Bの債務の履行地が日本とされる関係上Cの債務の履行地も日本であるといえ、「契約において定められた当該債務の履行地が日本国内にあるとき」にあたる。
(3) よって、AのCに対する債務不履行に基づく損害賠償請求について、民訴法3条の3第1号に基づいて、日本の裁判所は国際裁判管轄を有する。
3 民訴法3条の9該当性
もっとも、民訴法3条の3第1号に基づいて国際裁判管轄が認められたとしても、民訴法3条の9の「特別な事情」が認められるとして訴え却下とはならないか。
(1) ア 民訴法3条の9は、「事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別な事情があると認める場合には、」裁判所は訴えを却下することができるとする。そして、同条に該当するか否かは、前段に定められる事柄を考慮要素として、当事者間の衡平、審理の適正・迅速を妨げる特別の事情がないかを審査し、総合的に判断する。
イ 本件についてみると、Cへの訴えは、Bに対する訴えにおいて主な争点となるBを代理して本件契約を締結する権限があったかについての点をはじめとして共通の争点が多い。確かに、かかる代理権の存否については、C・B両者の常居所地であるニューヨーク州のほうが、C・Bらの関係者への尋問の容易さや、より多くの証拠が存在する蓋然性が高いといえる。しかし、代理権の存否については、C・B当事者の内部関係についてであることからしても、ニューヨーク州において特に証拠調べ等の手続きを行うことが必要不可欠とまではいえない。また、本件契約の実現地が日本であったことからすると、B・Cにとって日本での訴訟提起は予測可能であったといえる。加えて、B・Cが法廷地たる日本へ渡航するに際して支障となるような事情も存しない。そうだとすると、本件においては日本の裁判所が審理及び裁判をすることが、当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別な事情があるとはいえない。
ウ したがって、AのCに対する訴えは民訴法3条の9に基づき訴え却下とすべきではない。
3 以上より、東京地裁はCに対する訴えの国際裁判管轄を有する。
2. 第2のトラブル
(e) Eは、ソウル地方法院において、Aに対して独自の計算に基づき、A・E間の追加契約に基づく1コンサートにつき3,000万円を超える収入金額の70%分として、計7,000万円の支払いを求める訴えを提起した。これに対してAは、Eの上記ソウル訴訟の提起から数日後、東京地裁において、Eに対して同追加契約に基づく損害の補填として、計6,000万円の支払いを求める訴えを提起した。Eは、東京地裁において、日本に国際裁判管轄はないと主張するとともに、ソウル訴訟を理由として国際訴訟競合による訴えの却下も主張している。東京地裁として、これらのEの主張についてどのように判断すべきか。
第1 Aの訴えに対して、日本に国際裁判管轄はないという主張について
1 民訴法3条の2の被告住所地管轄については、Eは韓国に住所があると考えられるため、「その住所が日本国内にあるとき」(同第1項)にあたらず、被告住所地管轄はない。
2 民訴法3条の3第1号該当性
Aは、A・E間の追加契約(以下、単に追加契約とする。)に基づく履行請求として6,000万円の支払い請求をすることが考えられる。AのEに対する当該訴訟が、「契約上の債務の履行の請求を求める訴え」(民訴法3条の3第1号)にあたるとして日本の裁判所に国際裁判管轄を認めることはできないか。
(1)ア 民訴法3条の3第1号に該当するかについて、本件における「契約上の債務」は、追加契約で定められた、EのAに対する損失の補填としての6,000万円支払債務である。
(2) では、Eの上記債務の履行地はどこにあるか。「契約において定められた当該債務の履行地が日本国内にあるとき」もしくは、「契約において選択された地の法によれば当該債務の履行地が日本国内にあるとき」にあたれば、日本の裁判所が国際裁判管轄を有することとなるため問題となる。
ア i)Eの上記債務について、追加契約において履行地を日本と定めていた場合
この場合は、「契約において定められた当該債務の履行地が日本国内にあるとき」にあたる。
イ ii)Eの上記債務について、追加契約において履行地を日本と定めていない場合
この場合、「契約において定められた」とはいえない。また、「契約において選択された地の法によれば当該債務の履行地が日本国内にあるとき」については、「選択された」とあることから通則法7条・9条によって準拠法選択された地の法を指すと解されるところ[3]、本件においては明示的にも黙示的にも法選択はされていないから、「選択された」にもあたらない。そして、民訴法3条の3第2号以下、3条の4以下でも日本の国際裁判管轄を認める事情もない。
(3) よって、AのEに対する債務不履行に基づく損害賠償請求について、i)の場合、すなわちEの上記債務について追加契約において履行地を日本と定めていた場合は、民訴法3条の3第1号に基づき日本の裁判所は国際裁判管轄を有する。<追加契約には精算金の支払地の定めがないとの事実を前提として、管轄を否定するという答案もありましたが、それでも全く問題ありません。>
2 民訴法3条の9該当性
(1)ア 民訴法3条の9の場合にあたるか、(b)で述べた基準に従い判断する。
イ 本件においては、追加契約についての履行請求の存否が問題となるところ、追加契約は、当初のABC間の契約に追加でADE間において交渉を行い、その交渉についても日本で行うコンサートの収益に関するものであるから、本件訴訟に関する証拠の多くが日本に所在しているといえる。また、特別の事情の判断は謙抑的になされるべきところ、本件においては3条の3第1号により認められる国際裁判管轄を覆すような特別の事情はない。
ウ したがって、民訴法3条の9の場合にあたらない。
3 以上より、Eの上記債務について追加契約において履行地を日本と定めていた場合は、3条の3第1号により日本の国際裁判管轄が認められるから、Eの「日本には国際裁判管轄がない」とする主張は認められない。
第2 ソウル訴訟を理由として国際訴訟競合による訴えの却下の主張について
1(1) 前提として、本件では外国裁判所たるソウル地方法院でEがAに対してA・E間の追加契約に基づく履行請求を求める給付の訴え(以下、前訴とする。)を提起した後、日本の東京地裁においてAがEに対してA・E間の追加契約に基づく履行請求を求める給付の訴え以下、後訴とする)を提起している。
(2) Eは、国際訴訟競合を理由として訴え却下を求めているところ、@国際訴訟競合の前提として後訴について日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるか、A後訴と前訴の国際訴訟競合についてどのように解決すべきかが問題となる。
2 @訴訟競合の前提として日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるか
第1で検討したように、本件では、追加契約においてE債務について履行地を日本と定めていた場合には、AのEに対する訴えについて日本の裁判所は国際裁判管轄を有するから、@を満たす。<同上>
3 A後訴と前訴の国際訴訟競合についてどのように解決すべきか
(1) 後訴が前訴と競合するかについてどのように解決すべきか。国際訴訟競合を規律する条約・国内法の規定は日本にないため問題となる。
ア この点、国際裁判管轄の枠組みの中で、外国と日本のいずれが適切な法廷地であるかを利益衡量によって決定する説(特別の事情説)がある。この説によれば民訴法3条の9の「特別の事情」のとして様々な事情を考慮し、国際裁判管轄がないとすることで訴えを却下することになる。このように解することで、事案に応じて柔軟に対応できるとされる[4]。
しかし、体系的にみて訴訟競合と裁判管轄とは別の訴訟要件であり、訴訟競合は日本に国際裁判管轄があって初めて問題となるものであるから、国際裁判管轄の枠組みの中で判断することは妥当でない。
この点、民訴法142条は、同条の「裁判所」は日本の裁判所を意味することから国際訴訟競合には直接適用されない。しかし、同条の趣旨である重複訴訟による弊害の除去は、国際的な競合訴訟を規制しようとする理由である、@国際的な訴訟競合の場合における当事者の負担・労力は甚大であること、A裁判所にとっても自国での訴訟を控えられるならば訴訟経済に資すること、B矛盾判決を防止するという点と共通する。
そこで、先に外国で係属する訴訟で将来下される判決が民訴法118条の承認要件を満たすと予測される場合、民訴法142条の類推適用し(承認予測説)[5]、後訴を却下すべきと解する。このように解することで、外国判決の承認ルールとの関係において国際訴訟競合を論理的に規律することができる。
イ 本件前訴についてこれを検討する。まず、民訴法118条1号については、判決裁判所に国際裁判管轄(間接管轄)があったことを要求するものであると解されるところ[6]、本件では間接管轄が韓国に認められるか。
間接管轄の基準について、設問(j)で後述する理由から直接管轄と同じ基準でその有無を判断する(鏡像理論)[7]。本件において、前訴被告たるAの住所地は日本であるから、民訴法3条の2の被告住所地管轄は認められない。また、追加契約のEの債務の履行地が契約で日本と定められている場合という仮定のもとでは、民訴法3条の3第1号の管轄も韓国には認められない。そして、民訴法3条の3第2号以下、3条の4以下でも韓国に管轄を認める事情はない。したがって民訴法118条1号を満たさない。<韓国を履行地と定めていたとの過程もあり得ますが、いずれにしてもこの点についてはどのような事実を前提としていても、法的判断と整合していれば問題ありません。>
ウ したがって、民訴法118条各号を満たすと予測される場合にあたらないから、民訴法142条の類推適用により後訴を却下すべきではない。
4 以上より、Eの「ソウル訴訟を理由として国際訴訟競合による訴えの却下」の主張を認めるべきではない。
(f) (e)記載の争点について東京地裁が判断をしていない段階で、同記載のソウル地方法院は、Aが適法な送達を受けていながら出廷を拒んだため、Eの主張のみに基づき、Aに対してEに7,000万円を支払えとの判決が下され、確定したとする。この判決は日本において執行することができるか。
1 (e)記載の争点について東京地裁が判断をしていない段階で、ソウル地方法院でAに対してEに7,000万円を支払えとの判決(以下、本件判決とする)が下され確定した場合、この判決が日本において執行することができるか。
2 外国判決の執行は、「外国裁判所の判決が、確定したことが証明されないとき、又は民事訴訟法第118条各号に掲げる要件を具備しないときは、却下しなければならない」(民事執行法24条3項)とされている。「外国裁判訴の判決が、確定したことが証明されないとき」については、本件では本件判決が確定しているから、これに当たらない。
(1) では、「民事訴訟法第118条各号に掲げる要件を具備しないとき」にあたるか。
まず、118条1号については、追加契約においてEの債務の履行地が韓国と定められていた場合は、民訴法3条の3第1号でソウル地方法院に間接管轄が認められる。<追加契約には精算金の支払地の定めがないとの事実を前提として、間接管轄を否定するという答案もありましたが、それでも全く問題ありません。>
ア 次に、118条2号を満たすか。「訴訟の開始に必要な呼び出し若しくは命令の送達」の意義が問題となる。
同号の趣旨は、手続き開始時点での審問請求権および手続関与権を保障する[8]点にある。そして、最判平成10年4月28日民集52巻3号853頁によれば、「訴訟の開始に必要な呼び出し若しくは命令の送達」は、@i)「被告が現実に訴訟手続の開始を了知することができ」、かつ、ii)「その防御権の行使に支障のないもの」であること、A訴訟手続きの明確と安定を図る見地から、「送達につき、判決国と我が国との間に司法共助に関する条約が締結されていて、訴訟手続の開始に必要な文書の送達がその条約の定める方法によるべきものとされている場合には」、「条約に定められた方法を遵守し」た送達であること、である必要がある。
イ 本件についてみると、Aについては、Aは適法な送達を受けているとされていることから、これを満たすといえる。@i)について、Aは適法な送達をうけて出廷を拒んでいることから、訴訟手続きの開始自体は了知していたといえ、i)「被告が現実に訴訟手続の開始を了知することができ」をみたす。ii)については、本件では詳細な事情は明らかではないものの、仮に呼び出し期日がAへの送達から差し迫った日にちでAの防御可能性を害するような場合は、「その防御権の行使に支障がないもの」とはいえないため、@を満たさない。
ウ したがって、本件の送達が「その防御権の行使に支障がないもの」といえる場合は、2号を満たす。
エ 118条3号,4号については、本件の事情から明らかではない。
(2) よって、@追加契約においてEの債務が韓国と定められている場合で、A本件の送達が「その防御権の行使に支障がないもの」といえ、Bかつ118条3号・4号を満たす場合には、「民事訴訟法第118条各号に掲げる要件を具備しないとき」にあたらない。
3 以上より、本件判決は、@ないしBを満たす場合は、日本において執行することができる。
(g) (e)・(f)記載の訴訟が終結した後、DのメンバーD1は台湾でのコンサートにおける曲の合間に、上記の日本公演ではAにひどい扱いを受け、いやな思いをした上にお金をごまかされたと発言し、それは日本・韓国・台湾で大きく報道された。これに対して、Aは信用を毀損されたと主張し、東京地裁においてD1に対する損害賠償請求訴訟を提起した。この訴えについて日本の裁判所は国際裁判管轄を有するか。
1 民訴法3条の3第8号該当性
Aの訴えは、D1の発言によって自らの信用を毀損されたとする不法行為に基づく損害賠償請求であると考えられる。
(1)ア 民訴法3条の3第8号によって国際裁判管轄が認められるためには、「不法行為があった地が日本国内にあるとき」であることが必要である。ここにいう「不法行為があった地」とは、@加害行為地と、A結果発生地が含まれる[9]。もっとも、同号括弧書きにより、「外国で行われたか加害行為の結果が日本国内で発生した場合」には、「日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのでき」るものであった必要がある。
イ @加害行為地について検討する。本件では、D1の信用毀損行為である発言は、台湾でのコンサートの曲の合間に行われている。したがって、加害行為地が日本であるとはいえない。
なお、最判平成13年6月8日民集55巻4号727頁では、被告が香港から警告書を原告の日本の取引先に送付したことにより、原告の信用が毀損されたとする事案において、「被告が本件警告書を我が国内において宛先各会社に到達させた」と判示し日本を加害行為地にあたるとして国際裁判管轄を認めているが、本件においては以下の理由によりかかる判例の判示は妥当しない。すなわち、そもそも当該判例は被告が警告書を発出した行為の地ではなく宛先各会社に到達させた行為の地を加害行為地として解釈しているが、かかる解釈は技巧的であり適切ではない。仮に当該判断の判断が妥当であるとしても、本件においては当該判例の事案で被告が被害者に向けて警告書を送っていたのとは異なり、D1はAに向けて本件の発言をしたわけではない。したがって、当該判例の判示は妥当せず、加害行為地は日本であるとはいえない。
次に、A結果発生地について検討する。本件での信用毀損行為たるD1の発言は、台湾でなされたのちに報道により日本・韓国・台湾で知られることとなった。そして、D1は日本で人気急上昇中のDのメンバーであることからすると、自らの発言が日本において報道され、Aの信用が毀損されることは十分予測できたといえるから、A結果発生地は日本であるといえる。
ウ したがって、「不法行為があった地が日本国内にあるとき」にあたる。
(2) よって、民訴法3条の3第8号に該当する。
2 民訴法3条の9該当性
(1)ア 民訴法3条の9の場合にあたるか、(b)で述べた基準に従い判断する。
イ 本件においては、D1は韓国在住であると考えられるところ、D1の入国を阻む事情などはとくに考えられず、3条の3第8号により認められる国際裁判管轄を覆すような特別の事情はない。
ウ したがって、民訴法3条の9の場合にあたらない。
3 以上より、Aの訴えについて日本は国際裁判管轄を有する。
[以上、比嘉隼人]
3. 第3のトラブル
(j) Fをはじめとする50名は、スウェーデンのストックホルム地方裁判所において、Aに対する訴訟を提起し、同裁判所は、本件が消費者契約事件であることを理由にFらの住所地国であるスウェーデンには国際裁判管轄があるとし、A欠席のまま、その他の点についてもFらの主張を認めた上で、Aに対してFら50名に各90万円を支払えとの判決を下し、これは確定した。この判決の日本での執行について、スウェーデンに間接的国際裁判管轄(民訴法118条1号)が認められるか。
問題3(j)について
(1)
消費者契約事件の管轄について
間接的国際裁判管轄を判断する際、民訴法では、日本の裁判所の国際裁判管轄を定めているが、外国判決の承認・執行における間接管轄の判断に際してはこれらの規定を準用し、「日本」を当該外国と読み替えて適用することになる。[i]
消費者契約事件の管轄については民訴法3条の4第1項・第3項、3条の7第5項によって定められており、原則、消費者の住所がスウェーデンである以上、日本に国際裁判管轄は認められない。
しかし、能動的消費者である原告に対し、被告となる事業者にとって酷に過ぎる場合は、事業者の予見可能性への配慮の観点からも民訴法3条の9の準用により特段の事情を検討する必要がある。
(2)
本問の検討
本問において消費者契約であるため、消費者の住所がスウェーデンにある以上、スウェーデンに管轄は認められそうである。
しかし、Fらは自らの意思で能動的にインターネットを用いてAのホームページによって購入して、日本へ旅行するつもりであった。
一方、Aは日本において興行を企画、実施しており、国際的な興行を行っていた訳ではない。また、AからFらに対し積極的に勧誘したといった事情もない。
以上の特段の事情により、民訴法3条の9が準用され、日本での執行について間接的国際裁判管轄は認められない。
[(j):坂口泰裕]
(k) Fは日本の弁護士を選任し、東京地方裁判所において、Fだけが原告となって、50名全員のために、(j)記載のストックホルム地方裁判所の判決の日本での執行を求める訴えを提起した。Fは、スウェーデンでは任意的訴訟担当が認められる立場にあると主張している。Fのこの任意的訴訟担当を認めることができるか。
第7 問(k)について
任意的訴訟担当とは、本来の利益帰属主体の意思に基づいて、第三者に訴訟追行権が認められる場合のことをいう。本件では、Fだけが原告となって50名全員のためにストックホルム地方裁判所の判決を日本で執行を求める訴えを提起しているところ、任意的訴訟担当にあたるとすれば、Fは訴訟要件である当事者適格を具備していることとなる。逆に、任意的訴訟担当にあたらなければ、Fは当事者適格を欠くとして、訴えは不適法却下されることとなる。そこで、当該外国法の下で任意的訴訟担当であることをもって、日本において当事者適格を認めてよいのかが問題となる。
1 当事者適格を判断する基準
(1) この問題について、当該実体的法律関係の準拠法が外国法であるような場合に、かつては実体的準拠法が外国法であれば当該外国法の秩序に従うべきであるとする見解と、手続問題として法廷地手続法たる我が国の法によるべきであるが、法廷地手続法が実体法の判断にゆだねている問題については、実体準拠法による、あるいは考慮すべきであるとする見解が対立していた[ii]。
(2) しかし、当事者適格の中にも日本の選定当事者のような実体法との関係が薄いものから、実体的法律関係に基づくものまで多様なものがあるため、当事者適格を一括りにして一般論を定立することは妥当ではない。そこで、訴訟担当の問題に限定した場合、(@)訴訟担当権限が、被担当者と担当者間の実体的な法律関係から派生する場合(例えば、債権者代位のような場合)と、(A)被担当者と担当者間の実体的な法律関係とは関係なく訴訟担当権限が認められる、すなわち法廷地国の手続上の政策により訴訟担当権限が与えられているような場合(例えば、米国のクラス・アクションのような場合)に分類する。その上で、(@)については被担当者と担当者間の実体的法律関係に適用される準拠法により訴訟担当権限の有無が判断されるべきであるが、(A)については、法定地手続法に従うべきであると解する[iii]。
2 本件への当てはめ
(1) 本件では、担当者Fと被担当者49人の間には、あくまでAの販売する同種のチケットを購入して損害を被ったという事実的関係があるにすぎず、実体的法律関係はない。そして、Fはスウェーデンでは任意的訴訟担当が認められる立場にある旨を主張しているところ、これは先の判決を出した法廷地国であるスウェーデンの手続上の政策により訴訟担当権限が与えられている旨の主張だと理解することができる。したがって、本件の任意訴訟担当は(A)の類型にあたるといえ、その訴訟担当権限の有無は執行を求める訴えの法廷地である日本の手続法に従うべきである。したがって、Fは、民訴法30条1項の選定当事者といった日本で認められている任意的訴訟担当によらない限り、当事者適格を欠くこととなる。
(2) よって、日本の手続法によらずにFのスウェーデンでは任意的訴訟担当が認められる立場にあるとの主張をもって、Fを任意的訴訟担当と認めることはできない。
[(k):田畑早紀]