Sophia 国際民事紛争処理
E1612221 XU SHENG
第1 問題1について
1.Xは東京地裁においてYによる不当な解雇行為があったとしてYに対して地位確認等を求める訴えを提起した。その際、Xの本件訴えに関して東京地裁に国際裁判管轄の有無が問題となる。
2.個別労働関係民事紛争に関する特則が適用について
個別労働関係民事紛争の国際裁判管轄について、労働契約において弱い立場にある労働者を保護する必要性があることから、民訴法では国際管轄の特則を定めている(民訴法3条の4第2項・3項・3条の7第6項)。個別労働関係民事紛争とは、@個々の労働者と、A事業主との間に生じた、B労働関係に関する事項についての民事に関する紛争である(民訴法3条の4第2項)。
(1)@について
「労働者」とは、対価を得て指揮命令に従って労務を提供する者をいう。その活動の独立性が強い場合のみ否定される余地がある。
本件ではXは金融商品の開発をYに提供し、Yから年俸として50万ドルが支払われ、さらに一定の実績が生じた場合においてボーナスが発生する契約を締結している。金融商品を提供するだけの契約であればXに活動の強い独立性が認められるが、金融商品の提供のほかにもXがYの指定するYの営業所に週3日以上の勤務が定められ、その勤務の間はYの本社の金融部品開発部長Wを含む上司の指揮命令に従い会議等に参加する。また、社内教育・研修を担当することも義務付けられている。
以上により、XはYの指揮命令に従って労務を提供する点から、Xは「労働者」にあたるといえる。
(2)Aについて
「事業主」とは、法人その他の社団または財団及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。YはA国の証券会社という法人であり、Xとの契約は金融商品の獲得を目的としている。Yは「事業主」にあたるといえる。
(3)Bについて
XとYの紛争はXが労働者としての地位の有無を確認するものと未払い賃金、本件労働契約に基づく損害賠償請求を求めるものであるため、労働関係に関する事項についての民事に関する紛争にあたるといえる。
(4)以上により、本件は個別労働関係民事紛争にあたる。国際管轄について、個別労働関係民事紛争に関する特則が適用される。
3.Yの主張について
(1)Yの主張@とA
本件労働契約ではA国の首都を管轄する地方裁判所を専属的管轄として指定している。しかし、個別労働関係民事紛争に関する特則が適用される場合において、当該専属的管轄は紛争発生後の合意である(民訴法3条の7第6項1号)ことが要求される。本件合意は労働契約によるものであり、紛争発生後の合意ではない。Xが合意された裁判所で提訴したまたはYの提訴した訴訟にXが援用したような事情もないため(民訴法3条の7第6項2号)、当該合意は無効となる。
次に、本件労働契約では訴訟に先行してXY間で1年間の調停手続を経ることが必要とされている。これはA国の裁判所を専属的管轄とすることと同一条項にあるため、A国の裁判所が専属的管轄となる場合においてのみ効力が生じるものであると解される。本件においてA国の裁判所が専属的管轄である合意が無効である以上、それに先行する調停手続の合意も効力を有しないと解すべきである。[個別労働紛争については上記の通り管轄合意が制約されていること、仲裁については仲裁法附則4条が無効としていることに鑑み、実際上、1年間の不起訴合意の効果を有する本件調停条項の有効性は制約されてしかるべきであり、生活を賃金に依存している労働者にとっては1年間もの間調停手続をすることは大変な負担となること等から、Yの主張@を認めることは妥当でないと解されること等を指摘する答案もあり、そのような実質的な内容のある議論が望ましいと思います。]
したがって、Xの提訴に対するYの主張@と主張Aは失当である。
(2)Yの主張B
東京地方裁判所に本件の国際裁判管轄を認めるには労務提供地(民訴法3の4第2項)が日本国内にあることが要求される。これについて、XはA国およびC国にあるYの営業所でそれぞれ2年勤務していた。XY間の労働契約は金融商品を提供する点から、労務提供地は必ずしもA国またはC国である必要はないが、労働契約内で定めた会議への参加、社内教育・研修等はA国またはC国のYの営業所でなければ提供できないものである。そして、日本のYの営業所への転勤は正式に認められたものではなく、金融商品部長WがXから送られてきた金融商品のアイデアについて返信しなかった点からしても、Xが日本において行われた金融商品の開発行為等はもはや労務提供とは言えない。
したがって、本件の労務提供地が日本であることは認められない。Yの主張B正当である。
[早稲田大学LSの河野智章氏の次のような指摘は適切であり、言及すべきであると思われます。
「(4) ここで、YがXに解雇通知をしたのちにXは日本のYの営業所において勤務し、臨時入館証等を与えられ、Y営業所執務室で勤務を行っていた。そうすると、YのXによる解雇通知以後も、XはYの日本営業所で実質的に勤務を行っていたと評価できるようにも思える。
(5) しかし、Xが臨時入館証を与えられたのは混乱を避けるためという現場責任者の判断であって、Y営業所執務室で勤務を行うことができたのも同様の理由である。そして、この判断は、XがYの日本営業所で勤務を継続することを認めた趣旨でなく、一時的な混乱を避けるための措置に過ぎない。また、Xは2017年1月16日よりYの日本営業所において勤務できなくなり、その後完成させた金融商品をWの下に送るも返信はなかった。これは、Yの意思としては、Xはすでに解雇されているものであり、本来であれば金融商品に対する報酬の支払いがなされるところ、解雇した以上これを支払う必要がないと考えていることに他ならない。したがって、Yが解雇通知後のXの勤務を許容していたとは言えないから、解雇通知後のXのY日本営業所での行為は勤務と評価できるものでなく、よって日本は「労務提供地」に当たらない。」]
4.結論
以上により、東京地方裁判所は本件の労務提供地が日本でないことを理由にXの本件提訴を却下すべきである。
第2 問題2について
1.問題2−1
(1)外国法人について
法人とは社団または財団に対して、国家が特別に法人格を付与する国家行為の結果として創り出されるものである。外国法人について設立準拠法所属国以外の国で必ずしも法人として認められるわけではない。日本において、法人として外国法人の権利能力を認めるためには、認許(民法35条)が要求される。
(2)本件について
NはC国法に準拠して設立された公益法人である。外国の公益法人について、その公益性は必ずしも日本の公益に合致しないため、原則として外国の公益法人は一切認許されない。例外として、条約による認許があった場合において外国の公益法人の認許が認められることがある(民法35条2項)。もっとも、日本の裁判所において訴訟当事者とする場合には外国の認許がなくても、権利能力なき社団または財団(民訴法29条)に準じてその当事者能力を認めることができる[i]。
(3)結論
Nに法人としての権利能力が認められないが、権利能力なき社団(民訴法29条)に準じてその当事者能力を認められるため、問題は生じないと考えられる。
2.問題2−2について
(1)PはQを出産した際、C国の医療法人Nの医師N’による医療過誤と思われる行為によって体調を崩した。その後、高度の治療を受けるため日本で入院したが、回復しないまま日本で死亡した。そこで、Xは医師N’に医療過誤があったとして、C国にある医療法人Nに対して不法行為に基づく損害賠償を請求した。その際、東京地方裁判所に国際裁判管轄があるかが問題となる。
(2)不法行為の国際裁判管轄について
民訴法3条の3第8号では「加害行為の結果が日本国内で発生した場合」として、結果発生地として国際裁判管轄を認める旨の規定がある。その際「日本国内におけるその結果の発生が通常予見することができ」ることが要求される。そして、たとえ相手方が結果の発生を通常予見できたとしても、日本で訴訟を行うことが当事者の衡平、裁判の適正・迅速に反するような特別の事情がある場合には、日本の裁判所の国際裁判管轄は否定される(民訴法3条の9)。
ア.通常予見の有無
医療過誤において、医師に最善の注意義務を要するところ、その義務の懈怠によって加害行為が行われた場合、医療における専門家として後続する結果の発生は当然予想しえる。そして、結果の発生は日本で生じている。日本の医療水準がC国よりも高度のものである。Pが危篤状態で移動に適していない状態での無理やりの移動など極めて異常な状況ではない限り、日本への移動はむしろ結果発生の回避につながるものと思われる。実際、日本への移動後においてもPが半年程度存命していたため、異常な状況下においての移動ではなく、よりよい高度の治療を受けさせたいという合理的理由がある。よって、Nの通常予見しえる範囲内の事情であるといえる。[日本の病院への転院は本件の特殊事情に基づくものであり、C国の病院が通常予見できてしかるべきであるとは言えないと思われます。]
イ.特別の事情の有無
本件医療行為はすべてC国で行われたものであり、NはC国内の公益法人であって、日本での拠点を有しない。医療過誤を争う場合、Nは自己に過失がないことを立証しなければならない。そして、医療過誤がないことを主張する際に、Pに対して行われた医療行為は「臨床医学の実践における医療水準」を満たすものであることが必要となる。この「臨床医学の実践における医療水準」について、「当該医療機関の性格、その所在する地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべき」[ii]とされている。Nの立証に要する証拠の大部分がC国内に存在しているといえる。そのため、Nが日本で自己がPに対する医療行為を行うにあたって過誤がなかったと主張するのが極めて困難であるだと考えられる。
そして、現在XはすでにC国で居住していないが、XはC国において2年ほど日常生活の拠点として過ごしていた。そのことから、C国において訴訟を行う場合では、多少の負担が存在するが、Nと対比した場合においてそこまで多大なものではない。
よって、Nに本件には訴えを却下すべき特別の事情があるといえる。
(3)結論
以上により、東京地方裁判所は本件不法行為損害賠償請求につき国際裁判管轄を有しないと判断すべきである。
第3 問題3について
1. 外国判決について、日本国内で当該判決を認める国際法上の義務はなく否定することができる。しかし、国際私法秩序の安定のため、民訴法118条柱書と各号の要件を満たす限り当該外国判決の効力が承認される。そして、日本において外国判決の執行力は外国判決に効力が承認される限り認められる(民執法24条、22条6号)。
本件において、A国判決は外国であるA国の裁判所で行われたものであるため、外国判決にあたる。そして、2017年5月15日において、A国判決が確定されていた。よって、民訴法118条柱書の要件を満たすものとなる。A国判決の民訴法118条1号および2号の該当性につき以下で述べる。
2.問題3−1について
(1)民訴法118条1号については、判決裁判所に国際裁判管轄(間接管轄)があったことを要求するものであると解されるところ[iii]、本件では間接管轄がA国に認められるか。
(2)間接管轄について、日本で直接管轄を否定すべき場合に間接管轄を認めることは訴訟法上の正義や主権の観念に反するものとなるため、直接管轄と間接管轄は全く同じルールに服すべきである(鏡像理論)。よって、民訴法3条の2以下の規定が準用され、「日本」を当該外国と読み替えて適用することになる[iv]。
そして、民訴法3条の3第8号の「不法行為に関する訴え」は、違法行為により権利利益を侵害され又は侵害されるおそれがある者が提起する差止請求に関する訴えをも含むものと解される[v]。
(3)本件では、Xがインターネットを利用して動画配信サイト等で英語と日本語でYのビジネス手法を誹謗中傷する情報を流す行為を行った。本件行為はYの人格権を侵害するものである。インターネットを利用したものであるため、A国内においても閲覧できる。インターネットは不特定多数に公開されるものであり、A国内において当然日本語と英語で書かれた内容を認識しえる人間が存在するため、A国は当該不法行為の結果発生地のひとつであるといえる。不法行為の結果発生地で差止請求に関する訴えが認められている(民訴法3条の3第8号)以上、A国に本件のような差止請求に関する訴えにつき間接管轄があるといえる。[3条の9の特別の事情の有無についても判断すべきだと思います。]
(4)したがって、本件A国判決は民訴法118条1号の要件を満たしている。
2.問題3−2について
(1)本件Xへの訴状・呼出状はA国の言語で記載されたものであり、書留郵便という直接郵便の方式によってなされた。この送達は外国判決の承認と執行の関係において有効なものであるかが問題となる。
(2)民訴法118条2号は訴訟開始時の手続保障を定めるものである。民訴法所定の送達方法に従ったものであることを要しないが、@被告が現実に訴訟手続きの開始を了知することができ、かつ、Aその防御権の行使に支障のないものでなければならない。さらにB日本との間に司法共助として訴訟手続の開始に必要な文書の送達が条約によって定められていることが必要である[vi]。
(3)民訴法118条2号該当性
ア.@について
Xへの訴状・呼出状の送付は2017年3月1日に行われており、その内容はA国の言語によって記載されている。Xは国際的な金融商品開発のエキスパートとして英語が堪能であることがある程度推測できるが、A国で2年間生活していただけで必ずしもA国の言語が得意と断言できない[2年間もA国で生活しつつ勤務していたとすれば、受領した文書が少なくとも訴状・呼出状であることは分かるのではないでしょうか。上記の河野氏の次の指摘は適切であると思われます。「Xは2年間もの間A国で勤務しており、また訴訟に対応する気がなかったとの記述からも、Xは十分に内容を理解していたと思われる。そうすると、被告であるXは訴訟手続の開始を了知し、かつ防御権の行使に支障がなかったと言える。」]。特に訴状・呼出状は専門用語が羅列されていることが多い。このような場合において翻訳文添付が必要であると考えられる。
したがって、Xは現実に訴訟手続きの開始を了知することができたといえないと考えられる。
なお、XはA国の言語が堪能であって、通訳なくても容易に内容を知りえた場合につきABも以下で検討する。
イ.Aについて
Xへの訴状・呼出状の送付から第一回期日の開始までに一か月以上の期間があり、この期間で訴訟への準備等が充分可能であると考えられるため、防御権の行使に支障があるとはいえない。
ウ.Bについて
本件送達は直接郵便によってなされたものである。A国と日本はともにハーグ送達条約の締約国であるため、日本がハーグ送達条約10条(a)を保留していない以上、本件のような直接郵便であっても適法な送達となるが、外国判決の承認と執行の局面においても、適法な送達として扱うことを約束したものではない。しかし、郵便による送達を一律に民訴法118条2号違反とするのは行き過ぎであるため、両国がともにハーグ送達条約の締約国であり、上記@とAを満たしていればBも満たされると考えられる[vii]。
(4)以上により、XはA国の言語が堪能であって、@を満たしていた場合においてA国判決が民訴法118条2号の要件を満たしているというべきである。
XはA国の言語が堪能でない場合、A国判決が民訴法118条2号の要件を満たしないというべきである。
以上