WLS国際私法U
石井康弘(問題7・8)
第1 問題7
解雇または契約の打ち切りの当不当を判断する法はいずれの法か。
1 まずYはXY間の契約は雇用契約ではなく通則法12条は適用されないと主張しているのに対して、Xは雇用契約であり通則法12条が適用されると主張している。このためまず本件XY間契約が通則法12条の適用を受けるかどうか検討する。
(1) 通則法12条は、労働契約において、当事者(労働者と使用者)間に交渉力の格差があることを考慮し、労働契約に最も密接な関係がある地の法上の強行規定の適用を確保することにより、労働者の保護を図るため定められたものである[1]。
もっとも消費者契約の特例を定める通則法11条と異なり、労働契約の定義が示されていない。そのため本件XY間の契約が「労働契約」に当たるか、「労働契約」の意義が問題となる。
(2) そして法性決定については、法廷地法説[2]、準拠法説[3]、法廷地国際私法自体説[4]などが存在するが、国際私法は実質法の上位レベルにあり、国際私法条の単位法律関係は、いずれか一国でなく各国の実質法に対応できる概念として構成される必要があるから、法廷地国際私法自体説が通説・判例である[5]。
(3) この見地から考えるとしても、日本の国際私法における法性決定において日本の同同法を参照することは認められると解される、そうすると、すれば「労働契約」とは、労働法6条を参照して、「労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うこと」を約する契約をいうこととなる。そして具体的な基準としては、@労働者による労務の提供、A労働者が使用者の指揮命令に服すること、B使用者による賃金支払いの3要素が基準となる[6]。
(4) 本件でこれを見ると、XはYが実際に売り出しをするに値すると判断する金融商品を年間2本以上開発し、本社の金融商品開発部長Wに報告し、Yの営業所に週3日以上勤務し、会議等に参加して有益な意見を述べ、金融商品開発に関する社内教育・研修を担当すること等が契約で定められており、これは労務を提供することに該当する(@充足)。次にXは営業所に勤務する間は上司の指揮命令に従うことが契約で明記されている。また、Yが売り出しに値すると判断する金融商品の開発をしなければならないことからすると、それ以外の時にもYの指揮命令にしたがって開発をせざるを得ないと言える。したがってXはYの指揮命令に服すると言える(A充足)。最後にYはXに成果を上げるのを条件として、すなわち労務の対価として年俸50万やその他のボーナスが支払われることとされている。そのためこれは賃金にあたり、賃金の支払いの要件を満たす(B充足)。
(5) 以上からXY間の契約は通則法12条の労働契約に該当すると言える。
2 通則法12条が適用されることによって、XY間の労働契約の準拠法はA国法によると明示されており、通則法7条によってA国法が準拠法となるのが前提であるが、A国以外が最密接関係地であれば、労働者がその地の強行規定を適用すべき旨の意思表示を事業者に大してすることを条件に、その規定が適用され得る。
そのため次に労働契約の最密接関係地がどこかが問題となる。
(1) これについてまず通則法12条2項では、労務を提供すべき地の法を最密接関係地法である推定するとしている。
本件では契約の打ち切りの通知を受けた当時日本にいたが、Y社は日本への転勤願に回答していないし、日本では葬儀のために休暇をとっており、労務は提供していない。[2017年1月中旬まで日本支店で稼働していた点についても言及が必要] そうすると実際に労務を提供していたのは2014年以降滞在していたC国である。そしてY社としても、同様の認識であったと言える。
(2) もっとも12条2項は推定規定であり推定を覆すことは可能である[7]。Yの主張するように契約締結地はA国であること、報酬はA国通貨であること、Xは金融のエキスパートとしての貢献に重点があり具体的勤務地は関係ないこと、A国の勤務は1年半であるのにC国での勤務は1年であることから、A国が最密接関係地だとも考えられる。
(3) しかしXは金融商品開発だけでなく、営業所への出勤、会議への出席、社内教育・研修を任されていることからすると、具体的勤務地での職務にも大きな重点が置かれていたと言える。さらに2014年12月以降、XはもちろんYも、XがC国で勤務するのを認めているのであり、C国法が労務の提供地であると考えるのが当事者の通常の意思に合致すると言える。そして勤務期間はA国の方が長いが、労働契約が途中で変更した場合には、新たな労務契約提供地法が最密接関係地法と推定することには何ら問題はない[8]。
(4) したがって本件労働契約の最密接関係地法はC国法である。
3 そうするとXがC国法中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を使用者に対し表示した時は、C国法の強行法規が適用される。
(1) もっともXは「日本の労働契約法19条・17条に相当する強行法規がC国法上もあるはずであるので、その適用を求める旨を主張」しているに過ぎない。これでもC国法中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思表示を表示したことになるか。
(2) これについて、労働者は立場が弱く、類型的にその地の法の強行法規について具体的に知っていることは少ない。それにもかかわらずに厳格に特定を求めると労働者は強行法規の存在を主張できなくなる。そうすると労働者を保護するという法の趣旨を没却することになる。そのためこの特定は、最密接関係地法中の強行規定を適用すべき旨が客観的に認識できれば多少大雑把なものでも良いと解する[9]
(3) 本件では、C国法の中で、日本の労働契約法19条・17条に相当するものの適用を求めることが客観的に明らかであり、この程度でも特定は足りると解する。
4 よって、解雇又は契約の打ち切りの当不当を判断するのは基本的にA国法だが、C国法の強行規定も適用される。
5 なお労働契約に関する判例としては、東京地裁昭和40年4月26日のインターナショナル・エア・サービス事件があるが、これは平成元年改正前の法例の時代であるので、通則法12条のような解決は図っていない。しかし、公序によって労務提供地として認定した日本の労働法の制約を課している。
第2 問題8
1 問題8-1
2016年3月、C国の医療法人Nの医師N’の医療過誤によってPは日本で2016年12月1日に死亡した。これによってPの配偶者であるXや子であるQは精神上の損害を被り、また生活費等を出してもらう地位を侵害されたと言える。またPは身体的損害と精神的損害という固有の損害を賠償請求権をX・Qが相続すると考えることができる。
(1) まず前者の損害について
ア 不法行為によって生ずる債権の成立及び効力については、通則法17条によって判断するとされている。
ここで言う「不法行為」とは、違法な行為によって他人に損害を与えた者が、被害者に対してそれを賠償すべき債務を負う法律関係を指す[10]。
本件ではN及びN’の違法な行為によってX・Qは上述の損害を被っている。したがって本件は通則法17条の「不法行為」に該当する。
イ そして通則法17条は加害行為の結果が発生した地の法によると規定している。
本件ではPは日本で死亡している。ではX・Qの上述の損害も日本で発生したと言えるか。
Qは、2016年5月にPの治療のために日本に来て以来日本で生活をしている。またXは2016年5月にPの治療のために来日し、その後一旦C国に戻ってはいるが、再び2016年12月1日以降日本にいる。そして、XはYに対して2017年1月から日本の営業所での勤務を要望していることから、今後も日本で生活する意思であると言える。そうすると、Pが死んだことによって受けた精神上の損害や生活費等を出してもらう地位の侵害は日本において生じていると言える。
したがって、日本が加害行為の結果が発生した地であり、日本法が適用されそうである。
ウ もっとも、日本での結果の発生が通常予見することができないものであったときは、加害行為が行われた地の法によると通則法17条ただし書で記載されている。
ここでの予見可能性とは、加害者及び加害行為の性質・態様、被害発生の状況など、当該不法行為に関する客観的事情に照らして、その地において侵害結果が発生することを予見できたか否かという場所的要素を基準として考える[11]。
では、本件ではこれに該当するか。
医療法人N及びN’がPを治療する際には、通常現在のPの国籍や住所を問診票等によって確認するのみである。また家族について確認をするとしても、家族の現在の住所を確認するだけであると考えられ、今後どこに住むか等を確認することはない。そして通常はそのままC国に住み続けることを前提として治療するはずであり、仮に医療ミスを犯したらC国において加害行為の結果が発生すると考えるのが普通である。
そのため、たとえXが日本国籍であることを考慮しても、N及びN’は医療ミスを犯した場合、P・X・Qが日本に移動して、日本において加害行為の結果が発生するとは通常予見できないと言える。
したがって通則法17条ただし書によって加害行為が行われた地の法が不法行為の準拠法になると解する。
本件ではC国において医療ミスが行われているので、加害行為が行われた地の法がC国法である。
エ よって、X・Qの精神上の損害と生活費等を出してもらう地位の侵害に対するNの不法行為責任について適用される法は、C国法である。
(2) 後者について
ア X・Qが、Pが有している不法行為請求権を相続したと考えることができる。この時には当該不法行為債権が相続の対象となるのか、相続の対象になるとして誰が相続をするのかが問題となる。では何法によって判断すべきか。
イ 損害賠償債務の相続について、大阪地裁昭和62年2月27日は相続準拠法と損害賠償債務の準拠法を累積適用した。
本判決は損害賠償債務の相続性という一つの問題を、相続と不法行為と二重に性質決定していることになる。
ウ しかしながら、法律関係の性質決定とは国際私法を構成する個別的な抵触規則の事項的適用範囲の確定の問題であるからそのような二重の性質決定は許されない[12]。
エ そこで、@被相続人に帰属していた権利義務のうちどのような属性を持つものが相続の対象となるかは、相続準拠法による。他方で、Aある権利義務が相続準拠法の要求する属性を持つかは、当該権利義務自体の準拠法によると考えるべきである[13]。
オ 本件でこれを見ると、まず@については相続の準拠法によるところ、通則法36条によってPの本国法であるB国法によって判断される。本件でB国法の内容は明らかではないが、一般に一身専属権は認められない等の規定が考えられる。
次にAについては不法行為の準拠法によって判断されるため、通則法17条によって判断する。
本件でPは日本で死亡しているため加害行為の結果発生した地の法は日本法となる。
しかし上述のように日本で結果が発生することは通常予見できないため、ただし書の適用により、加害行為が行われた地の法であるC国法が不法行為の準拠法となる。
そしてC国法の内容は明らかではないが、本件不法行為債権が一身専属権であるとされ、それがB国法によると相続できないとされていえば、X・Qはかかる不法行為債権を行使できないこととなる。
一方そうでなければ、X・Qは、Pの不法行為債権をPの本国法であるB国法に従い相続し、不法行為債権の準拠法であるC国法に基づいて、かかる債権を行使することができる。
2 問題8-2
NからN’に対する求償はいずれの法で判断すべきか。
(1) これについては、不法行為によって生ずる債権であるとして通則法17条によるべきか、NとN’間の内部の契約の問題であるとして通則法7条・8条で判断するべきか問題となる。
(2) これについて本件求償は、N’が起こした医療事故の責任を、NはN’を使用する者であるため、N’の肩代わりをして、X・Qに損害賠償をしており、これを求償したものである。そのため本件求償はX・QからNに対する損害賠償請求が形を変えたものであると言える。このように考えられる以上、本件求償は不法行為位よって生ずる債権の成立及び効力の問題であると言える。
(3) したがって本件求償は通則法17条によって判断する。
そして本件求償はX・QからNに対する損害賠償請求が形を変えたものである以上、求償の準拠法は、8—1と同様に、Nの不法行為責任について適用される準拠法で判断する。
(4) したがって加害行為の結果が発生した地の法は日本であるが、通常これを予見することができないため、ただし書の適用により、加害行為の地の法であるC国法が準拠法となる。
問題8についての別の答案その1
足立隼大
問題8-1
第1 法性決定及び連結政策
Nの不法行為責任の問題は、「不法行為」(通則法17条)に法性決定されるから、「加害行為の結果が発生した地の法」がNの不法行為責任について適用される法となる。
第2 準拠法の特定
1 「加害行為の結果が発生した地(以下「結果発生地」という。)」(同条本文)について
⑴ 本件で、Pは、Nの医師N’の医療過誤のためか、体調を崩しており、2016年5月に来日して日本で入院したが、同年12月1日、日本で死亡した。かかる場合、結果発生地はいかなる国になるのか、同文言の意義と関連して問題になる。
⑵ 結果発生地とは、現実に財産権や人の身体・健康などの法益侵害の結果が発生し、不法行為の成立要件が最初に充足された場所を指すと解する。法益侵害の結果が発生した後に、別の場所で発生した後続損害、特に治療費の支出や休業による給与の損失などの財産的損害は、結果発生地を構成しない 。
⑶ 本件で、Pは、Nの医師N’の治療を受けた後、C国内で体調を崩している。すなわち、この時点でPの身体・健康に法益侵害の結果が発生し、不法行為の成立要件が充足されているといえる。したがって、結果発生地はC国である 。
なお、Pは、C国で体調を崩した後に、来日し、日本で死亡しているところ、死亡という最も重大な結果が発生した地を結果発生地とすべきとして、日本が結果発生地であるとする説もあるが、妥当ではない。なぜなら、PがC国で医療過誤を受けた時点で不法行為は遂行されたと考えられ、その後日本に移動したとしても、すでに通則法17条により結果発生地であるC国法により法的評価が始まっているはずだからである 。
2 そして、通則法17条ただし書は、当該結果発生「地における結果の発生が通常予見することのできないものであったときは、加害行為が行われた地の法」を準拠法とするとしているが、本件では、N自身が本件医療過誤は専らC国内での出来事であると主張している。したがって、Nは、PがC国で体調を崩したことについて、予見することができたといえるから、同条ただし書の適用はない。
3 本件不法行為について、C国よりも「密接な関係がある他の地」があるとはいえないから、通則法20条の適用はない。もっとも、本件は、不法行為の問題につき、C国法という「外国法によるべき場合」であるから、通則法22条により、日本法が累積的に適用される場合がある。
第3 以上より、Nの不法行為責任について適用される法は、通則法17条に基づきC国法となるが、通則法22条に基づき累積的に日本法が適用される場合がある。
問題8-2
第1 法性決定
1 X・QのNに対する損害賠償請求訴訟は不法行為訴訟であり、医師N’は医療法人Nに勤める勤務医であるから、形式的にはNとN’とは共同不法行為者である。そうだとすると、医療法人Nから医師N’に対する勤務医としての職務懈怠を理由とする求償請求は、共同不法行為者間での求償請求である。それでは、本件請求は、いかなる問題と法性決定すべきか、検討する。
2 裁判例 は、共同不法行為者間の求償請求について、「本件請求権の法的性質を厳密に考えれば、製造物責任者間で、当該不法行為に基づく損害賠償請求権が発生するとは考えられず、事務管理ないし不当利益に基づく請求権と言わざるを得ない。」と判示している。この事件での求償請求権の法性決定は、共同不法行為者間で事前に何らの法的関係もなかったことから、不当利得と考えるべきであった 。しかし、本件では、医療法人Nと医師N’とは、雇用契約関係にある。したがって、本件求償請求の法性決定について、かかる裁判例のように解することはできない。
3 むしろ、本件求償請求は、使用者責任を負う使用者Nから不法行為を行った被用者N’に対する求償請求と解するべきである。そうであるとすると、本件求償請求は、「不法行為」に性質決定される(通則法17条)。
第2 本件求償請求に適用される準拠法
1 本件求償請求は、通則法17条に基づき、結果発生地法が準拠法となる。
2 そして、本件では、上述の通り、Pに対する共同不法行為の結果発生地はC国である。また、本件求償請求においても、N’の使用者であるNが本件医療過誤は専らC国内での出来事であると主張しており、N’自身がPをC国にて治療した以上、PがC国で体調を崩したことについて、予見することができたといえるから、同条ただし書の適用はない。
3 また、本件共同不法行為について、C国よりも「密接な関係がある他の地」があるとはいえないから、通則法20条の適用はない。もっとも、本件は、不法行為の問題につき、C国法という「外国法によるべき場合」であるから、通則法22条により、日本法が累積的に適用される場合がある。[雇用契約に違反する不法行為として、雇用契約の準拠法によるという解釈もあり得るのではないでしょうか。]
第3 以上より、本件求償請求について適用される法は、通則法17条に基づきC国法となるが、通則法22条に基づき累積的に日本法が適用される場合がある。
問題8についての別の答案その2
平松莉沙
[問題8-1]
1. 通則法17条の検討
不法行為責任については、通則法17条が適用され、原則として「加害行為の結果が発生した地の法」が準拠法となる(通則法17条本文)。本問では、Pは日本で死亡しているので、Nの不法行為責任については日本法が適用されるものと考えられる。
もっとも、結果発生地における侵害結果の発生が「通常予見することのできないものであったとき」は、例外的に「加害行為が行われた地の法」が適用される(通則法17条ただし書)。本問についてみるに、Pの夫Xは日本人であるが、P自身はB国人であり2016年5月までは日本を訪れたことがなかったこと、Xと婚姻後C国で生活をしていたことなどから、日本での結果発生については通常予見できないものであったと考える。したがって、加害行為地法であるC国法が準拠法となる。
2. 通則法20条の検討
通則法20条は、通則法17条によって指定された地の法よりも「明らかに」「密接な関係がある他の地」がある場合には、当該地の法を準拠法として指定する。Pは日本での療養の途中で死亡しているが、Pの日本への移動・入院はX・Pの判断によるもので、Nには予見することができなかったものである。したがって、C国よりもより密接な関係の地はないと考える。
3. 通則法22条の検討
通則法22条は、不法行為につき外国法が準拠法となる場合には日本法を累積的に適用する旨を規定している。
したがって、本問では、C国法及び日本法が累積適用される。
[問題8-2]
1. 共同不法行為者間の求償であると考えた場合
N及びN’が共同して医療過誤という不法行為をしたものと考えた場合、NのN’に対する求償請求は共同不法行為者間の請求となる。したがって、「不法行為によって生ずる債権」の効力に当たり、通則法17条が適用される。
通則法17条の適用がされた場合、問題8-1で検討したようにC国法及び日本法が累積適用されることとなる。
2. 使用者から被用者に対する求償であると考えた場合
N’の不法行為責任についてNが使用者責任を負ったものと考えた場合、NN’間の労働契約の効力に関する問題となる。そして、労働契約の効力の準拠法は、当事者による選択がある場合には通則法7条により、当事者による選択がない場合には8条1項により最密接関係地法が準拠法とされる。さらに、12条3項により労務提供地が最密接関係地に当たると推定される。
本問において、NN’間の労働契約について当事者による準拠法の選択があったという特段の事情は見受けられない。そこで、N’の労務提供地であるC国が最密接関係地であると推定され、最密接関係地法であるC国法が準拠法となる。
3. いずれが妥当か
NがN’に対して職務懈怠を理由とした請求をしていることから、2.の考え方の方が当事者の意思に合致していると考える。また、NがC国の法人でN’もC国で働いているにもかかわらず、日本法が累積適用されるという1.の結論は妥当ではない。したがって、上記2.の考え方によって、C国法を準拠法とするのが妥当である。
問題9
田中将也
1 本件は、XのYに対する信用毀損行為の事後差止め等を求める請求であるが、この請求権についてどのように法性決定をすれば良いかを検討する。
(1) この点につき、国際私法上、名誉毀損を理由とする差止請求権は、民法の定める不法行為に基づくものではなく、物権類似の絶対権ないし支配権としての人格権に基づく妨害排除(予防)請求権とされ[i]、通則法においても物権的請求権は物権の本質的効力に該当するものとして物権の侵害を理由とする損害賠償請求権とは法律関係の性質を異にするものと解釈されている[ii]。判例においても、特許権に基づく差止め及び廃棄請求と特許権侵害を理由とする損害賠償請求の法律関係が区別されており、後者のみが不法行為と性質決定されている[iii]。以上の点を鑑みると、名誉毀損による差止請求について法19条以外の条文による準拠法選択になるようにも思える。
(2) しかし、名誉毀損では権利の存否と権利の侵害の問題とが表裏一体の関係にあり、差止請求は損害賠償請求と並んで名誉毀損に対する一般的な救済方法であるから[iv]、そのような請求においても法19条の定める単位法律関係に該当すると解されている[v]。
そして、これは名誉毀損に限らず、信用毀損においても妥当するものであるから、本件の請求についても同条の単位法律関係に該当すると考える。
2 法19条は、他人の信用を毀損する不法行為によって生じる債権の成立及び効力について、被害者が法人である場合はその主たる事務所の所在地の法としている。
今回のXの行為によってYの信用が毀損されており、Yの主たる事務所、すなわち本社はA国に所在しているから、同条によれば、A国法が準拠法として指定される。
3(1) では法20条の適用により他の国の法が準拠法とならないか検討する。本件は、同条が例示列挙している事情には当たらないのでA国よりも他の国の方が密接な関係があるといえる「その他の事情」が存するかが問題となっている。
(2) YはXの信用毀損行為の事後差止め等を求めている。すなわち、Xは現在日本に所在しており、日本における信用毀損行為をYは差し止めようとしているのである。法19条によれば、A国法が適用されることになるが、ある国でこれからなされようとしている行為を別の国の法で判断するというのは合理的ではなく[vi]、むしろ信用毀損行為がなされようとしている国の方が本請求についてより密接な関係があると解する。
4 したがって、法20条における「その他の事情」が認められるため、A国よりもより密接な関係を有する国の方である日本法が本請求には適用される。
[1] 櫻田嘉章・道垣内正人『注釈国際私法 第1巻』(有斐閣、2011)271頁
[2] 跡部定次郎『国際私法論 上巻』(弘文堂書房、1925)270頁以下
[3] 江川英文『国際私法に於ける法律関係の性質決定』法律外交雑誌474−475頁及び463頁
[4] 久保岩太郎『国際私法に於ける法律関係の性質決定に関する論争(1)(2・完)』国際法外交雑誌30巻8号1頁以下、9号16頁以下
[5] 松岡博『国際関係私法入門 第3版』(有斐閣、2007)34頁
[6] 国際私法の現代化に関する要綱中間試案補足説明・資料と解説158頁
[7]村上愛『国際私法判例百選 第2版』75頁
[8]櫻田嘉章・道垣内正人『注釈国際私法 第1巻』(有斐閣、2011)288頁
[9] 神前禎『解説 法の適用に関する通則法————新しい国際私法』(弘文堂、2006)
[10]櫻田嘉章・道垣内正人『注釈国際私法 第1巻』(有斐閣、2011)439頁
[11] 小出邦夫編著『逐条解説 法の適用に関する通則法』(商事法務、2009)194頁以下
[12] 早川眞一郎『相続財産の構成』(関西大学法学論集38巻2=3号、1988)743頁
[13] 中西康『国際私法判例百選 第2版』161頁