法政大学法科大学院2017年度夏
「国際関係法(私法系分野) I」試験問題
ルール
- 設問のうち、国際関係法(私法系分野)
Iの部分のみがこの科目の試験問題ですので、そこだけに対応する答案を作成して下さい。ただし、事後に行う講評においては全ての設問を対象としますので、各自の勉強のために必要があると判断される場合には考えておいて下さい。すべての設問について、質問があれば適宜応じます。
- 文献その他の調査を行うことは自由ですが、他人の見解を求めること及び他人の見解に従うことは禁止します。
- 解答作成時間は自由ですが、解答送付期限は、2017年7月8日(土)18:00です。
- 解答は下記の要領で作成し、[email protected]宛に、添付ファイルで送付してください(emailアドレス中の_はアンダーバーです)。
- メールの件名は、必ず、「Hosei国際関係法(私法系分野) I」として下さい(分類のためです)。
- 文書の形式は下記の通り。
・ A4サイズの紙を設定すること。
・ 原則として、マイクロソフト社のワードの標準的なページ設定とすること。
・ 頁番号を中央下に付け、最初の行の中央に「Hosei国際関係法(私法系分野)
I」と記載し、次の行に右寄せで学生証番号と氏名を記載してください。
・ 10.5ポイント以上の読みやすいフォントを使用し、また、全体として読みやすくレイアウトしてください。
- 枚数制限はありません。不必要に長くなく、内容的に十分なものが期待されています。
- 判例・学説の引用が必要です。他の人による検証を可能とするように正確な出典を記載して下さい。
- 答案の作成上,より詳細な事実関係や外国法の内容が判明していることが必要である場合には、適切に場合分けをして解答を作成してください。
- これは、成績評価のための筆記試験として100%分に該当するものです。
- 各設問記載の事実関係は、当該設問においてのみ妥当するものとします。
問題
金融商品開発のエキスパートである日本人X(男)は、大学院卒業後いくつかの国の金融機関において仕事をしてきた経歴を有している。そして、2013年1月からA国の証券会社Yと契約をした。この契約によれば---、
(1)
Xは、Yが実際に売り出しをするに値すると判断する金融商品を年間2本以上開発し、Yの本社の金融商品開発部長Wに報告すること、
(2)
(1)記載の成果を上げることを条件に、YはXに50万ドルの年俸を支払うこと、
(3)
Xの開発した金融商品をYが売り出した後1年のうちに1000万ドルの販売実績を超えた場合には、その金額が5000万ドルに至るまでの間、1000万ドルを超えた金額の0.5%のボーナスをYはXに支払うこと、
(4)
Xは、Yが指定するYの営業所に週3日以上勤務し、その間は、金融商品開発部長Wを含む上司の指揮命令に従い、会議等に参加してYのために有益な意見を述べ、また、金融商品開発に関する社内教育・研修を担当すること、
(5)
YからXへの報酬の支払いは、Xが指定するA国にある銀行のX名義の口座にA国通貨で支払うこと、
(6)
契約期間は2013年1月1日から3年間とし、契約終了の前1週間以内以上前にいずれかから他方に対して契約更新をしない旨の通知をしない限り、以後、1年ごとに更新されること、
(7)
この契約の準拠法はA国法とすること、
(8)
この契約に関する一切の紛争は、まず、いずれの当事者とも利益相反がないことを条件として、Yが指定する3名の外部弁護士による調停に委ね、調停申立てから1年を経過しても和解が成立しない場合には、A国の首都を管轄する地方裁判所による裁判に専属的に服すること、
---概ね以上の通りとされていた。
Xは、2013年1月からYが指定したA国の首都のY本社に勤務していたところ、2014年8月にA国に観光旅行で訪れたB国在住のB国人P(女)と知り合った。PはB国の投資銀行Mに勤務しており、ともに国際金融のエキスパートであることをもあり、X・Pは急速に親密となり、PがB国に戻ってしばらく後に両者は婚姻の約束をするに至った。そして、2015年1月からPがMからC国にあるMの子会社(C国法人M’)に出向することになったため、2014年11月、XはYに2015年1月からC国にあるYの営業所勤務に変更してほしい旨の勤務場所変更願いを提出し、Yはこれを認めた。そこで、X・Pは、2014年12月に結婚と新婚旅行のためD国に旅行し、D国で結婚式を挙げ、そのままC国に向かい、C国で婚姻生活を始め、また双方とも同国内での勤務を開始した。
2013年のXの勤務状況は極めて良好であり、上記(1)の条件をクリアしたのみならず、(3)により、年末には20万ドルのボーナスの支払いを受けた。2014年も15万ドルのボーナスを受け取った。ところが、2015年には、Xのパフォーマンスは悪化し、(1)の条件はクリアしたとされたものの、(3)によるボーナスはゼロであった。
2016年3月、PはQを出産した(Qは、日本・B国の国籍のほか、生地主義をとるC国国籍法により、C国国籍も有する。)。Pは、出産の際のC国の医療法人Nの医師N’の医療過誤のためか、体調を崩してM’を休職した。2016年5月、Xの勧めにより日本で高度の治療を受けることとし、PはQを連れ、一時休暇をとったXとともに来日して日本で入院した。そして、日本において、Xは、Xの母RにQの世話を託し、C国に戻って勤務を再開した。
2016年12月1日、Pの病状は回復しないまま、日本で死亡した。その後、QはRのもとで生活を続けている。
遡って、2016年初めからのXのパフォーマンスは前年以上に悪化し、Yとの間でXの勤務評価をめぐって対立が生じるようになっていた。そして、2016年12月1日、XはYに2017年1月から日本にあるYの営業所勤務に変更してほしい旨の要望をし、その回答を待たず、Pの葬儀のため休暇をとって日本に戻り、それ以来、R・Qとともに日本での生活をしている。Yは、2016年12月15日、Xに同年12月31日をもって契約を打ち切る旨の通知をした。
Yから契約打切りの通知を受けたXは、この契約打切りは不当解雇であると主張し、Yに抗議文をemailで送りつけた。そして、Xは日本にあるYの営業所に出向いたところ、混乱を避けようとしたその営業所の責任者の判断で、2017年1月初めから約2週間は臨時入館証等が与えられ、空いている執務室のコンピュータを使って勤務をすることができた。しかし、1月16日に出勤すると、その臨時入館証は無効とされ、営業所に入ることができなくなった。その後、Xは自宅から出ることはなく、新型金融商品の開発に打ち込み、その商品のアイデアをYの本社(A国)にいる金融商品開発部長W宛にemailで送付したが、それに対する返信はなかった。
以下の設問はそれぞれ独立しており、すべて、日本の裁判官の立場で、民事訴訟法、民事執行法、法の適用に関する通則法(以下、それぞれ「民訴法」、「民執法」、「通則法」という。答案においても同じ。)等に照らして答えなさい。
問題1 [国際民事訴訟法:XのYに対する地位確認等を求める訴えについての国際裁判管轄]
2017月7月1日、Xは東京地裁においてYに対して、地位確認、未払賃金の支払い及び損害賠償を求める訴訟を提起した。これに対してYは、@Y・X間の契約によれば(問題文(8))、提訴前に少なくとも1年間調停手続を経る必要があること、A仮に提訴することができるとしても、金融のエキスパートであるXは独立事業者としてYに貢献し、これにYは対価を支払うものであって、Y・X間の契約は雇用契約ではないので、民訴法3条の7第6項は適用されず、訴訟による解決についてはA国の裁判所に専属管轄があることを定める合意(問題文(8))は有効であること、B仮にY・X間の契約が雇用契約であるとしても、Xが来日する前にYはX宛てに解雇通知を送付しており、民訴法3条の4第2項の労務提供地は日本ではないので、国際裁判管轄は認められないこと、以上を主張し、訴え却下を求めている。東京地裁は@・A・Bの点につきどのように判断すべきか。
問題2 [国際民事訴訟法:医療過誤訴訟]
2017年7月2日、X・Qは東京地裁において、Pの死亡はC国の医療機関Nの医師による医療過誤が原因であると主張し、Nに対する損害賠償請求訴訟を提起した。
問題2-1: NはC国法に準拠して設立された公益法人であるところ、当事者能力につき問題はないか。
問題2-2: X・Qは、Pが日本で入院したのは、C国の医療水準が低く、高度な治療を受ける必要があったという必然的な事情に基づくものであり、Pの死亡という医療過誤の結果が日本で発生した以上、日本の裁判所には民訴法3条の3第8号に基づく国際裁判管轄があると主張している。これに対し、Nは、Nの医師N’が医療過誤を犯した事実はなく、仮に医療過誤があったとしても専らC国内での出来事であること、また、日本への移動及び日本での入院はX・Pらの主観的な判断によるものであって、Nの与り知らないことであるので、日本の裁判所には民訴法3条の3第8号に基づく国際裁判管轄はないと主張している。この点について東京地裁としてはどのように判断すべきか。
問題3 [国際民事訴訟法:信用毀損行為を禁止するA国判決の日本における効力]
2016年12月15日にYから解雇通知を受け、2017年1月16日にYの日本営業所から閉め出されたXは、インターネット上の動画配信サイトをはじめ様々な方法を用いて、英語と日本語でYのビジネス手法を誹謗中傷する情報を流している。そこで、Yは、Xに対してこれらの情報を削除し、今後、そのような行為をすることを禁止する命令を求める訴えをA国の裁判所に提起した。この訴訟については、Yの代理人である弁護士からXに対してA国の言語で記載された訴状及び呼出状が書留郵便で2017年3月1日に送付されてきた。この呼出状には、第1回期日は同年4月17日10:00であるので、X又はその代理人はその裁判所のα法廷に出頭せよ、仮に何らの回答もなく被告が欠席した場合には、同日で結審し、速やかに判決が下されることがある旨の記載があった。Xはこの訴訟に対応するつもりはなく、何らの回答もせず、期日に欠席した。そのため、A国の当該裁判所は、同年5月1日にYの請求を全面的に認める判決を下し、これもXに送達された。これに対してもXは上訴の手続をとることはせず、同年5月15日にこの判決は確定した。そして、Yは日本においてこのA国判決の執行を求める訴えを提起した。
問題3-1: このA国判決は、民執法24条3項により適用される民訴法118条1号の要件を満たしているか。
問題3-2: このA国判決は、民執法24条3項により適用される民訴法118条2号項の要件を満たしているか。なお、Xに対して送付された送達はA国法上適法なものであり、また、A国は日本も締約国となっている「民事又は商事に関する裁判上及び裁判外の文書の外国における送達及び告知に関する条約」(答案では「ハーグ送達条約」と略すこと。)の締約国である。
問題4 [国際関係法(私法系分野) I:X・Pの婚姻]
X・Pは、2014年12月15日、D国にある日本大使館に赴いて外交婚をしたいと申し出たところ、同大使館の職員は、それはできない旨申し渡した。そこで、X・Pは、その足で同じくD国にあるB国大使館に赴いたところ、大使からお祝いの言葉をもらいながらB国法上の方式に適合する婚姻の儀式を執り行うことができた。とはいえ、Xは念のためと思い、X・Pの婚姻について、予め用意しておいた日本の婚姻届書に日本法上求められる通りに記載等し、D国内から郵便で日本のXの本籍地の市に宛ててその婚姻届書を送付した。この婚姻届書はXの本籍地の市に同年12月20日に到着した。
問題4-1: 上記の駐D国日本大使館員の対応は日本法上正しいものであったか。
問題4-2: 上記の駐D国B国大使館での婚姻の儀式がB国法の方式に適合するものであった場合、日本法上、X・Pの婚姻は有効に成立したということができるか。仮にB国大使館での儀式によって日本法上も有効な婚姻が成立している場合、Xの本籍地への婚姻届書の郵送は法律上いかなる意味があるか。
問題4-2: 仮に上記のD国にあるB国大使館での婚姻の儀式がB国法の方式に適合するものではなかったとする。この場合、D国から郵便による日本への婚姻届書の郵送により、日本法上、X・Pの婚姻は有効に成立したということができるか。
問題5 [国際関係法(私法系分野) I:相続と反致]
2016年12月1日に日本で死亡したB国人のPは、来日後の同年8月、治療費及びQの養育費に充てるため、金融の専門知識・判断能力を駆使して、病床からインターネットを介して、B国の証券会社の商品のうち、日本に所在する不動産に60%、C国に所在する不動産に40%を投資する証券を合計1億円分購入していた。Pの財産は、この不動産投資証券の他には、日本の銀行に300万円の預金口座を有しているだけであった。
B国の国際私法によれば、不動産の相続については不動産所在地法により、それ以外の相続は被相続人の最後の常居所地法によるとされている。そして、同国の判例によれば、同国の国際私法上、不動産投資証券は不動産とみなされ、複数国に所在する不動産を投資対象としている場合には、その割合に応じてそれぞれに所在する不動産とみなすとされている。
また、相続人が被相続人の配偶者と子である場合には、相続分は、B国法によれば3/4対1/4、C国法によれば2/3対1/3、日本法によれば1/2対1/2とされている。
XとQとは、それぞれいくら相続するか。額面1億円の不動産投資証券は1億円、300万円の預金は300万円として金額で示しなさい。なお、B国の国際私法には反致に関するルールは存在しない。
問題6 [国際関係法(私法系分野) I:相続と同時死亡]
Pが日本で入院治療を開始したところまでは上記の問題文と同じであるが、その後は異なり、病状が悪化したPは、現金1億円をベッドに残したまま(預金等その他の財産はゼロとする。)、Qとともに病院の屋上から飛び降り、P・Qとも死亡したとする。その後、Pは、Xとの婚姻前に他の男性との間の子Z(Qの異父兄弟)がいることが判明した。なお、Qは、祖母Rから出生直後に600万円の贈与を受け、その金額の預金が日本の銀行にある。
B国法によれば、同じ事故等で複数の者が死亡し、いずれが先に死亡したかが不明である場合、年長者が先に死亡したとみなされ、年長者を被相続人とする相続について年少者は相続人となるとされている。これに対し、日本民法32条の2によれば、そのような場合、同時に死亡したと推定され、両者の間には相続は発生しない。
また、B国法によれば、相続人が被相続人の配偶者と子である場合、相続分は3/4対1/4とされており、複数の子がいるときは、嫡出・非嫡出の区別なく均等に分割するとされている。また、B国法によれば、相続人が親と兄弟である場合には、親のみが相続人となるとされている。
なお、本問においては、通則法41条の適用は考慮しなくてよい。
問題6-1: Pが残した1億円につき、XとZとはそれぞれいくら相続するか。
問題6-2: Qが残した600万円につき、XとZとはそれぞれいくら相続するか。
問題7 [国際私法II:解雇又は契約打切りに適用される法]
問題1記載のXのYに対する地位確認等を求める訴えについて東京地裁には国際裁判管轄があるとする。
X・Y間の契約には、問題文(7)記載の通りの条項があるところ、YによるXの解雇又はXとの契約打切りの当不当を判断する準拠法について、Yは、(a) YとXとの間の契約はそもそも雇用契約ではなく、金融のエキスパートであるXは独立事業者としてその専門性に基づいてYに貢献し、これにYは対価を支払うものであるので、通則法12条は適用されず、両者の間の契約には明示的にA国法を準拠法とする旨の約定があるので、通則法7条により、A国法が準拠法となること、(b) 仮に通則法12条の適用があるとしても、@契約締結地はA国であること、AYからXへの報酬の支払いはA国の銀行の口座にA国通貨で行われていたこと、BXに求められていたのはYの本社の金融商品開発部への金融エキスパートとしての貢献に重点があるので、Xの具体的勤務地のいかんに関わらず、A国との関係が深いこと、C勤務地に関しても、A国での勤務は1年半であるのに対し、C国の勤務は約1年、日本での勤務は半年あったとしてもごく短期間に過ぎないこと、以上のことから、最密接関係地はA国であるので、A国法以外の法が適用されることはない、と主張している。
これに対してXは、(i) YとXとの契約は雇用契約であること、(ii)通則法12条1項の最密接関係法は日本法であり、これを覆す事情はないこと、(iii)仮に通則法12条1項の最密接関係地法が日本法でないとしても、それはC国法であること、以上を主張している。そして、Xは、日本法が最密接関係地法であることを前提に、(iv)日本の労働契約法上、本件契約は「有期労働契約」であり、同法19条によれば、本件は「契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合」に該当し、契約は更新されているので、同法17条により、「やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができ」ず、現在でも契約は有効に存続していることを主張し、(v)仮に通則法12条1項の最密接関係地法がC国法であるとしても、日本の労働契約法19条・17条に相当する強行法規がC国法上もあるはずであるので、その適用を求める旨主張している。
上記の解雇又は契約打切りの当不当を判断する法はいずれの国の法か。
問題8 [国際私法II:医療過誤]
問題2記載のX・QのNに対する損害賠償請求訴訟について東京地裁には国際裁判管轄があるとする。そして、準拠法をめぐっても、Nは問題2-2と同じような主張をしている。
問題8-1: Nの不法行為責任について適用される法はいずれの国の法か。
問題8-2: Nの不法行為責任が肯定されたとする。Nから医師N’に対する勤務医としての職務懈怠を理由とする求償請求に適用される法はいずれの国の法か。
問題9 [国際私法II:信用毀損の準拠法]
問題3記載のA国判決が日本では執行できない場合に備え、Yは、日本の裁判所において、Xに対して、Xがインターネット上でYの信用を毀損する情報を削除し、今後、そのような行為をすることを禁止する命令を求める訴訟を提起することを検討している。日本において、このYの請求に適用される法はいずれの国の法か。